古の大占い師 9
ビュッ!
「六八~」「ハーハーハー……」
ビュー!
「六九~」「ゼーゼーゼー……」
ヒュ――バス!
「ゼ~八~……ふぇ~」
メルメルは、地面に突き刺さった剣をそのままに、座り込んでしまった。
「きついだろう? せいぜい三十回くらいのものだと思ったのに、頑張った方だ」
そんな風に誉められても、喜ぶ元気すらも無い。ゼーゼーと肩で息をするので精一杯だ。
「フッ……。まぁ一日一回ずつ回数を増やしていけばいい。今日六九回だったのだから、明日は七十回だな」
「ゼー……ら、ラインさんも、ハーハー……いまだに素振りを毎日しているの?」
「そうだな。ほぼ毎日している。何事も基本が大切だからな」
そう言いながら、メルメルに貸してくれている物よりも、長く重たそうな方の剣を片手でブンブン振っている。
「……何回くらい?」
「五百」
「うへぇ」メルメルは、思わず目の玉を上にして寝転がった。
「我々のように女だと、どうしても力不足は否めない。体の構造が違うのだ。男のように剣を振るう事は出来ない。だから、人一倍の努力が必要になる。……女だから弱くて仕方がないなんて、思われたくないだろう?」
メルメルはガバッと起き上がり、大きく頷いた。負けん気だけはもう一人前だ。
「それでも、グッターハイムのようなバカ力には敵わない事もある。しかしそこは――」
ラインは足元に落ちている小枝を拾い上げ、空に投げた。
ヒュ! ヒュ! ヒュ! ヒュ! 目にも止まらぬ早さで剣を振るう。下に落ちる間に、小枝は四つに分かれていた。
「――早さで補えばいい」
メルメルが、ニッコリ笑って頷こうとした、その時、
パチパチパチパチ!
「すごいすごい!」
思わぬ場所から歓声が聞こえて、メルメルが驚いて見ると、トンフィーが耳を赤くして手を叩いていた。
「トンフィー!」
「あ、メルメル、ラインさんおはよう! 早起きして稽古していたの?」
興奮冷めやらぬ顔で走り寄って来た。
「おはようトンフィー! ――そうよ。素振りを六九回もしたんだから!」
「うわ~……。すごいなーメルメル」
「トンフィーもやってみるか?」
ブンとラインが剣を振って、トンフィーは慌てて首を横に振る。
「いやいや。僕は……」
「トンフィーは弓がいいんだものね? あ、もしかしてトンフィーもペッコリーナ先生と弓の練習?」 そう言ってメルメルが首を傾げると、トンフィーはハッとした顔をした。
「そうだっ! こうしちゃいられないんだ! 大変なんだよメルメル!」
「どうしたの?」
「ブーちゃんの子供のプー助がいなくなっちゃったんだ!」
「ぶ、ブーちゃん? プー助??」メルメルは目をパチクリさせる。
「ブーちゃんはフレンリーのペットの豚だ。プー助はその子供。……プー助の奴、また小屋を抜け出したのか」
ラインが言うと、トンフィーはこくこくと首を縦に振った。
「そうなんです! でも、小屋を抜け出すのはしょっちゅうだけれど、どうやら橋を渡っちゃったらしくて、そんなの初めてなんだって。フレンリーが血相変えるから、みんなで必死で探してるんだけど……」
「見つからないの?」
「そうなんだ……」
メルメルはラインを見上げる。ラインはこっくり頷いた。
「それでは手分けして探そう。おそらく子豚の足じゃ、そう遠くまでは行っていないだろう」
「プ~助~!」メルメルは大声で、見たこともない子豚の名前を繰り返し呼んだ。
「プ~助~! ……あ!」
朝日を浴びてキラキラと輝くトネリコの陰に、ぷりっとした小さな白いお尻が見えた気がして走り寄る。近づいて見て、ただのまるびをおびた白っぽい石だと分かってガッカリとした。
ぐぅ~……。メルメルのお腹から情けない音が聞こえてきた。朝から素振りを六九回もしたせいで、とてもお腹が空いていた。
「プ~助~!」
呼びかけた後、今度は、「ブヒブヒ……」と鳴き声が聞こえたような気がしてキョロキョロと辺りを見回す。やはり空耳だったらしく、またガックリと肩を落とす。しかし、フレンリーが泣きべそで、子豚を必死に探してるに違いないと思い(アケが迷子になった時、トンフィーがそんなだったんだ)メルメルは諦めずに再び歩きだした。背の高い草を掻きわけて前に進む。
「プ~、すけぇ~」今一力の入らないお腹をさする。「まったく! これからはもっと柵を高くするべきね!」
子豚は、柵を飛び越えて逃げ出したらしい。メルメルが、お腹が空いて少しだけ子豚を恨めしく思い、ぶつくさ言いながら歩いていると、
「あ!」
朝露をきらめかせるアジサイの陰に、小さな丸いおしりを見つけて走り出した。今度こそ石という事はあるまい。石に、あんな風にくるんと巻いた尻尾は生えてないだろう。
「プー助!」
「ブヒ……」子豚はメルメルの姿をみとめて、慌てて逃げ出した。
「こ、こら! なんで逃げるの!」
「ブヒブ~!」
必死で逃げても所詮は子豚の足。メルメルはすぐに追い付いた。「つーかまえた!」
「ブヒヒ~」
屈んで子豚を持ち上げようとすると、視界の片隅に誰かの爪先が映った。
「あ、プー助捕まえたわ……よ……」
プー助を抱きかかえて前を見ると、そこには見た事の無い女が立っていた。




