古の大占い師 4
「分からん」
メルメルは、クロットプリックホリンスリーフロンタープーピーを手の平に乗せて戯れる事にした。 こちらを見上げて首を傾げる仕草がとても可愛い。
「おいババア! ふざけるのも大概にしろよ! 大体、何の為の水晶玉なんだこら? ちゃ・ん・と・使・え・よ・なー!」
ホラッタばあさんの頭の上についている髪の毛を束ねて作ったお団子を、ぐいぐいと引っぱるグッターハイム。
「つ、使ったって使わなくたって、分からんもんは分からんのじゃ! ……こ、こら離せ!」
「まあまあまあまあ! リーダーも落ち着いて……!」
ニレに止められて、グッターハイムはようやく手を離した。
「じゃ、じゃあ、こんな質問はどうですかね? プラムさんがミデルの街にいるかどうか」
「ミデル?」
「そう。ミデルの街に捕らわれていると思うんですが、いかがですか?」
「さあ? たぶんおらんな」
「たぶんて、そんないい加減な占いがあるか! ミデル以外に考えられないんだよ!」
「おらんもんはおらんのじゃ」
「大体、瞑想の一つもしないで一瞬で占いやがって! こんなもん着たり、部屋の雰囲気作りにばっかり力入れてんじゃねぇ!」
グッターハイムに襟首を引っぱられて、ホラッタばあさんは苦しそうに舌を出した。
「ぐええ~! 雰囲気作りじゃないわ! 死者の魂を呼び寄せる為にやってるんじゃ!」
「し、死者?」敏感にトンフィーが反応して、悲鳴の様な声を出した。
「し、死者ってお化けの事? 何の為に呼び寄せてるの?」
メルメルが大きな声を出したので、クロットプリックホリンスリーフロンタープーピーはビックリして手の平の上から逃げてしまった。
「占いの為じゃ」
「占いにお化けが必要なの?」
「そりゃそうじゃ。そもそも、未来を知るなんて事が生きた人間に出来る訳なかろう? 死者の魂に手伝いをさせるんじゃよ。しかも、どうせなら魂はたくさんあった方がいいのじゃ。じゃから死者が好むように部屋を暗くしたり、よりどころとなりやすい水晶玉を置いたりしとるのじゃ」
「じゃ、じゃあ、この部屋にはお化けがうようよ……。ひえ~」
トンフィーが青くなって悲鳴を上げた。メルメルも何だか部屋の温度が急に低くなったような気がして、ブルッと身震いした。――じゃあ、もしかしたらさっき水晶玉の中に見えた気がした目の玉は……。メルメルは、もう一度身震いした。
「……そんで、その死者の魂とやらが、プラムじいさんはミデルにゃいないって言ってやがんのか?」「そうじゃ」
「んじゃ、どこにいるんだよ?」
「それは分からん」
グッターハイムだけでなく、他の者も皆深い溜め息を吐いた。
「じゃから最初から言っとるじゃろうが。占って貰いたい事を占なって貰いたい時に占って貰えるもんじゃないと……。死者の魂は気まぐれなんじゃ」
「そうよね~。お婆さまは~自分の無くしたメガネの場所さえ~満足に占えないものね~」
フレンリーが言って、何故かホラッタばあさんは、「そうじゃ!」と胸を張った。
それなら仕方無いのだろうか? グッターハイムなどは不満げだが、メルメルは当初の目的である「一応占ってもらうだけ占ってもらう」と言うのは達成したので取り合えず満足した。
「ありがとうございました。おばあちゃん」
「うむ」
メルメルはちょこんと頭を下げて御礼をし、とっとと席を立ってドアを開けた。皆仕方無さそうに後に続いて(トンフィーは最後になりたくなくて慌てて転んだんだ)出て行こうとする。
「こらこらこら、ちょっとまちんしゃい!」ホラッタばあさんが立ち上がって大声を出した。「せっかくじゃから一人一人占ってやろう。今日は特別大サービスデーじゃ! みんなラッキーじゃな!」
「………………」
何だかちっともラッキーだと思えなくて、誰も占って貰いに行こうとはしない。
「なんじゃ貴様ら! 古の大占い師、ホラッタばあさんに占って貰いたいとは思わんのか!」
「……自分で言っちゃった」
トンフィーが小声で呟いた。ホラッタばあさんは口を尖らして膨れている。
「……仕方がないわね。じゃあ、私が占って貰うわ」
ペッコリーナ先生が言って、椅子に座った。まるで駄々っ子でもあやす様だ。ホラッタばあさんは不満げに鼻を鳴らした。
「ふんっ! 仕方がないとは何事じゃ! まったく……ぶつぶつ……ワシの有り難い占いを一体なんじゃと……ぶつぶつ……ん? なんじゃお前らは! 占って貰う者以外は外に出ておれ! 集中出来んじゃろうが!」
ペッコリーナ先生の周りを取り囲んだメルメル達を、シッシッとホラッタばあさんは手を振って追い払った。
「はいはい! じゃあみんな外に出て。さ、それじゃとっとと占って頂戴!」
「なんじゃ! その、占わせてあげるから早くしろみたいな言い方は!」
ドアの向こうからは、しばらくホラッタばあさんの不満げな声が聞こえていたが、やがて静かになった。メルメルは何気なく窓の外を見て、大分夕闇が深くなってきている事に気が付いた。
「今日はここにお泊まりするの?」
首を傾げると、ニレは、
「あ、そうそう……」と言ってフレンリーの方を向いた。「フレンリーに事情を何も説明していなかったね。実は――」
その時、奥の扉がガチャと開いた。ペッコリーナ先生が疲れたような顔で出てくる。
メルメルは驚いた。「もう終わったの?」
「ろくすっぽ占ってないもの。さ、次はグッターハイムですってよ」
グッターハイムの肩をポンと叩く。
「――は? 俺は結構だ! ……どうせあのクソババアは昔から、お前には悪霊が憑いてるだの、若くして死ぬだの、ろくな占いをしやがらないんだ……ぶつぶつ」
「ま~だ~か~?」
奥からホラッタばあさんの呼び声が聞こえる。しかし、グッターハイムは不機嫌そうな顔をして動きそうにない。
「は~や~く~こ~い~」
「あ、で、では、私が行って来ます」ニレが慌てて奥に向った。「みなさん、フレンリーに事情を説明してあげて下さいね」言いながら暗い部屋に入りドアを閉めた。
「……一人ずつじゃなきゃいけないのかな?」
トンフィーが不安げな声を出す。幽霊の部屋に一人で行きたくないのだろう。
「大丈夫よ。一緒に占ってもらいましょ」
メルメルが言うと、トンフィーはあからさまにホッとした顔になった。
「ねぇ~? 一体何があったの~? プラムお爺さまを探しているの~?」
「そうそう。大変な事がおこったのよフレンリー……」
ペッコリーナ先生は、フレンリーに向き直りこれまでの経緯を説明した。ペッコリーナ先生の長い長い話を聞きながら、メルメルは改めてこの数日間に起こった様々な出来事を振り返った。
(おじいちゃんがいなくなって、ミミとシバが迎えに来たのが、ずっと昔のようだわ……)
「じゃあ~、その~、グッターハイムお兄様を呼び出した手紙が~何だか怪しいわね~。今持っている~?」
「ああ……。これだがな」
グッターハイムが、懐から再び例の手紙を取り出した。フレンリーが受け取り、横からラインが覗き込んだ。
無敵の闇の軍隊を
まかす事が出来る
技法を編み出した
たいしょうに直接
に伝えたいので、
是非きてほしい。
メルメルも手紙を覗き込み、もう一度読んでみる。
「……?」何だかこの文章をどこかで見たような気がして頭を捻る。
(……気のせいかな)たぶん、何度も見ているせいだと納得する。
「何故『たいしょう』が、ひらがななのかしらね~」
急にフレンリーの横から覗いていたラインが、ハッとした顔をして手紙を奪い取るようにした。
「これは……」




