古の大占い師 2
「私達の町からここまでは遠いもの。そもそも私は自分の町の外にはめったに行かないの。フレンリーも恐らくはここを離れはしないわ。ホラッタばあさんを一人には出来ないもの……。久しぶりフレンリー! 美人さんになってて驚いたわよ~」
最後の方は近づいて来たフレンリーに向かって言った。フレンリーは、馬からヨッコラショと降りたペッコリーナ先生を抱き締めた。
「おば様久しぶり~! とっても~お元気そうで良かったわ~!」メルメルを見て首を傾げる。「ん~? この子はどちら様かしら~?」
近くで見ると、確かに綺麗な女性だ。薄茶の髪がサラリと腰まで伸びて、透けるような白い肌に、憂いをおびた瞳――薄幸の美少女、と言った感じか。
「初めまして。メルメルです」
ちょこんと頭を下げて挨拶すると、フレンリーはニッコリ微笑んだ。
「メルメルはプラムの孫娘なのよ」ペッコリーナ先生が付け足す。
「…………」
そのまましばらく無言のフレンリーに、メルメルは、(な、何か変な事でも言ったかしら? それとも顔に何かついているのかしら?)と不安になった。しかし、
「……そう~! プラムおじい様のお孫さんなの~。初めまして~メルメル~」
どうやらフレンリーは、少しとろい――いや。おっとり、ゆっくりとした性格の様だ。
「フレンリーごきげんよう、久しぶりだね! こっちはトンフィーだよ!」
ニレが普段より一オクターブ高い声を出した。フレンリーは鈍い――いや、ゆっくりとした動作で振り返って、先ずはトンフィーに挨拶する。
「初めまして~トンフィ~」
「は、初めまして~」
(うふ! トンフィーったら、ゆっくり喋りが移っちゃってるわ!)メルメルは笑ってしまった。
「ニレ~、久しぶりと言っても~、つい~、三日前に来たばかりじゃない~?」
「そうだったかな? ハハハハ!」
「そうよ~。ところで~、今日は一体どうしたの~? こんなに大人数で~」
「あ、そうそう。今日はとっても大切な用事があるんだよ!」
「用事~?」
妙にハイテンションなニレと、ゆっくりおっとりなフレンリー。グッターハイムが、如何にも堪えられなくなったように口を挟んだ。
「フレンリー! ホラッタばあさんはいるか?」
「………………」黙り込むフレンリー。
「……………………」何かを堪えるかの様に、顔を赤らめて返事を待つグッターハイム。
「あら~、グッターハイムお兄様~! 久しぶり~」
「だー! 挨拶何てどうでもいいから、ばあさんがいるかどうかだ!」
割とせっかちなグッターハイムは、フレンリーのゆっくりおっとりが我慢ならないようだ。
「お婆様なら中に~」
「よし、いるんだな!」
言うなり、グッターハイムは家の中にズンズン入って行ってしまった。
「いるけれど~、今、着替え中よ~」
しばらくすると、「ぎょえ~!」家の中から、グッターハイムの悲鳴が聞こえてきた。
「……さて、立ち話もなんだから、我々も中に入れて貰おうか」
ラインが、肩を震わせて笑うメルメルとトンフィーの背中を押した。フレンリーはしばらく無言でラインを眺める。そして、
「あら~、ラインお姉さま~久しぶり~」
家の中は、メルメルの想像よりもずっと可愛らしい造りになっていた。白い壁に、白いレースのカーテン。壁にかかった、どこかの草原に少女が佇んでいるパステル画。暖炉の上にたくさんのぬいぐるみが置いてある。クマや猫、ゾウやライオン。――何故か、やけに豚のぬいぐるみが多いのが少し気になる。パチンとフレンリーが指を鳴らすと、天井からぶら下がったペンダントライトに明かりが灯り、暖色の光が室内を照らした。
占い師の家というのは、もっと神秘的なものだと思っていた。黒い繻子のカーテンに、紫色のテーブルクロス、その上には大きな水晶玉が乗っている。壁には大きなタランチュラがクモの巣を張り巡らし、ぼんやりと青白いろうそくに明かりが灯されている。そんな、メルメルの勝手な想像とはかけ離れてた部屋だった(その代わり、ふわふわの白いフレアスカートをはいたフレンリーには、この部屋はとっても合っていたんだ)から、少しがっかりしてしまった。
「適当にその辺りに座ってちょ~だいね~。何か飲み物をお出ししないとね~」
そう言いながらフレンリーは手を上げて、暖炉の上を指差した。メルメルが、適当にその辺りのソファーに座って見ていると、
「ブーブーカモ~ン!」
すると、暖炉の上に乗った豚のぬいぐるみが三匹、もぞもぞと動き出し立ち上がった。
「あ~!」
メルメルとトンフィーがビックリして目を見張っていると、豚は二本足で立っていそいそと台所に向かった。一匹はカチャカチャと茶箪笥からティーカップを取り出し、一匹はヤカンに火をかけて、一匹は流しの前の窓の枠に置いてある紅茶が入ったカンカンにぴょんぴょん飛びついている。
「す、凄い! 一体どうやって動いているのかしら?」
「勿論魔法だよ」
うんざりした声が聞こえてそちらを見ると、青い顔をして何だかぐったりとしたグッターハイムが壁にもたれていた。
「ま、魔法なの?」
「当たり前だろう。ぬいぐるみの豚が動く訳がない。……まったく。そんなぬいぐるみに魔法で作らせるより、自分でやっちまった方がよっぽど早いだろうに……ブツブツ」
どうやらご機嫌斜めな様子だ。ペッコリーナ先生が、グッターハイムの癇に障らない様に小声でメルメルに囁いた。
「ところがフレンリーがやるよりは、豚ちゃん達がやってくれた方がよっぽど早いのよ」
「先生もあんな魔法が使えるの? 私にも出来るかしら?」
メルメルが目をキラキラさせて聞くと、ペッコリーナ先生は首を横に振った。
「私も出来るには出来るけれど……。普通は日常生活ではそんなに魔法は使わないのよ」
メルメルが見ると、フレンリーはまた指を振って、新たな豚を二匹出動させているところだった。どうやら、テーブルの上を拭かせたり、棚からケーキを出させたりさせるようだ。
「どうして? とっても楽しそうよ!」
「魔法はたくさんのエネルギーが必要なのよ。人それぞれ魔力が違うけれど、無限ではないの。使いすぎるととても疲れるし、回復するのには時間がかかるわ。日常生活――紅茶を入れるのにまで魔法を使っていたら、すぐ魔力切れになっちゃうわよ」
「……でも」ツンツンと足元をつっつかれて、見ると、豚のぬいぐるみが紅茶カップを持ってこちらに差し出していた。「あ、ありがとう……」
再びペッコリーナ先生を見ると、すでにカップを持って美味しそうに紅茶をすすっていた。
「フレンリーは特別なんだよメルメル。彼女は魔力切れなんて気にする必要ないから」
座りもせずにウットリとフレンリーを見つめているニレ。
メルメルは首を傾げた。「……どうして?」
「それは――」
バーーーーン!
その時突然、部屋の奥の扉が開いて、ビックリして皆一斉にそちらを見た。背の小さな腰の曲がったしわくちゃのおばあさんが、恐ろしげな表情を浮かべて立っていた。
「……もうだめじゃ」何が駄目なのか、肩がわなわなと震えている。
「お婆様~どうしたの~? お着替えは済んだの~?」
「済んだ。……いや、すんどらんかったかな? どうだったか……」
良く見ると、おばあさんの着ている鮮やかな赤色のシャツはどうやら表裏が逆のようだ。
「おい婆さん。とりあえず紹介するが――」
グッターハイムが溜め息まじりに喋り初めると、おばあさんはグッターハイムをハッとした顔で見て、指差した。
「――お前じゃ!」
「うっ……。なんだよ」
「お前ワシの着替えを覗きおったな! ワシのお、おっぱいを……! もう駄目じゃ~! 嫁にいかれん~」
顔を伏せておいおい泣き出したおばあさんを、全員無言で見つめている。グッターハイムがふらふらと外へのドアに向かった。
「お、俺は少し……風に当たってくる……」
「あー! 逃げるのか! このどすけべえ!」
バタン、とドアの向こうへ逃げるように去ったグッターハイム。メルメルが呆気にとられていると、一人、全く動揺した素振りのないフレンリーがニッコリ笑った。
「お婆様も~紅茶を飲まれますか~?」
「飲む」
言うなりドッカとトンフィーの横に座ったので、トンフィーは一瞬メガネザルの様な顔になってしまった。
「……で、どちら様じゃ?」おばあさんは、真っ直ぐにニレを見ている。
「お、おばあさん! 私ですよ! ニレですよ!」
「……はて? ニレ様?」おばあさんは首を捻っている。
ニレはやれやれと言うように頭を掻いた。おばあさんは豚のぬいぐるみが持ってきた紅茶をガブリと飲んだ。
「ニレが忘れられたんじゃ、私なんか絶対覚えてるわけないわね。なにせ十年ぶりだし」
ペッコリーナ先生が諦めたように呟いた。しかし、
「なんじゃ、ペッコリーナじゃないか。大きくなったな」
後半部分は謎だが、ペッコリーナ先生も周りも、まともな答えに逆に驚いてしまった。完全にボケた訳では……ないのか?
「これがかつての王宮使いの占い師、大予言者とまで言われたホラッタばあさんだ。まあ、ちょっと記憶やら何やら微妙だが、占いの方は完全に駄目な訳ではない筈だから……そんな顔するな二人共」
疑わしさを顔一杯に浮かべたメルメルとトンフィーを見て、困ったように笑うライン。そんなラインを、またハッとした顔でホラッタばあさんは見た。
「お、お前は……」
「……ん?」
ホラッタばあさんは目に涙を一杯に浮かべている。メルメルは嫌な予感がした。
「ワシの生き別れの双子の姉、ホケッタではないか~!」
「双子……」
思わず、ホラッタばあさんとラインを見比べてしまうトンフィー。メルメルは深い溜め息を吐き、プラムじいさんの行方は猫達に任せようと決めたのだった。




