戦士ライン 15
ラインは目を丸くして固まった。ペッコリーナ先生がニッコリ笑った。
「憧れの人はラインと言うわけね?」
「そうよ。だってラインさんは優しいし、とっても強いし、綺麗だし……」
メルメルは思っている事を素直に伝える。ペッコリーナ先生はうんうん頷きながら、ニコニコしている。ラインは――相変わらず固まったまま無言でいた。いくらか顔が赤いようだ。
「じゃあ、メルメルもラインの様に戦士になりたいの?」
「う~ん。それも素敵かも」
「ま、メルメルはお勉強より運動の方が好きみたいだから、それもいいかもね? ねぇ、ライン?」「え? あ、ああ……」
ペッコリーナ先生はポンと手を打った。「そうだ! メルメル、ラインに剣術を教えてもらったら?」
「え!」ペッコリーナ先生の提案に目を輝かせる。そして、期待を込めてラインを見つめた。
「ライン、メルメルは教えがいがあるわよ。園で剣の授業をした時、花丸を五つもあげたんだから」「はなまる……」
ラインは呟いてメルメルを見る。メルメルは相変わらず期待に満ちた目をこちらに向けて、ワクワクドキドキしながら返事を待っている様だ。
「その代わり魔法の授業はてんで駄目だったけれどね」
ペッコリーナ先生が余計なひと言を付け加えて、メルメルは口をへの字にした。ラインは思わず吹き出してしまった。
「魔法は苦手か?」
「う……。まぁ、少しだけ……」
爪先で足元の小石をつついているメルメル。その、ちょっといじけた様子を見て、ラインは薄っすら微笑んだ。
「苦手なものは誰にでもある。ゆっくりと時間をかけて、少しずつ克服していけばいい。得意なものは――」ラインはスラリと左右の腰にぶら下げている剣を抜いた。短めの方をくるりと回して刃の方を持ち、メルメルに差し出す。「どんどん伸ばすと良い」
メルメルはパッと顔を輝かせる。そして、おっかなびっくり剣を受け取った。
「この辺りを――こう持って。重ければ、両手でもかまわない」
短めの方とはいえ、子供には少し長く重い。園でやった授業の時は、本物ではなく棒切れを使ったのだ。初めて持つ真剣の感触に、メルメルはドキドキした。
「私の真似をしてごらん。剣を持つ手を絶対に緩めないように……」
頷いて、真剣な眼差しでラインを見つめる。ラインはメルメルと同じ様に両手で剣を構え、頭上から足元へ向けて振り下ろした。チラリとこちらに目を向け、促す。メルメルは頷いて、同じ様に頭上から足元へ向けて剣を振り下ろした。
「……ほう」
ラインは感心したように呟いた。ペッコリーナ先生はニコニコとラインを見た。
「ね? なかなかでしょう?」
「確かに。筋が良い」
何だか二人に誉められているらしい事が分かって、メルメルはトンフィーの様に頭を掻きたくなった。
「では、少し真面目に仕込んでみるとしようか。メルメル、少し下がって……」
「は、はい」
何だかすごい人に剣を教えて貰える事に気付いて、メルメルは頬を紅潮させた。
思わず練習に力が入り過ぎて、日がすっかり高くなってしまった。三人が慌てて戻ると、トンフィーは心配してソワソワ、グッターハイムは、木にもたれて呑気に大欠伸をしていた。
「すまん。すっかり遅くなってしまった。すぐ出発しよう」
「ごめんねトンフィー」
「くわぁ~……。まぁ慌てるな。ニレが心配して探しに行っちまったから、飯でも食って待つといい。そのうち戻って来るだろ」
どうやらグッターハイム達は食べ終わったらしく、使い終わった皿が重ねてある。メルメルはお腹をさすった。
「たくさん動いたから、おなかペコペコだわ!」
トンフィーは夕べの残りのシチューをよそいながら、首を傾げた。「たくさん動いたって?」
「実はラインさんに、剣の稽古をしてもらっていたの。――頂きまーす!」
「稽古?」
食べるのに夢中なメルメル。トンフィーはメルメルからの返事を諦めて、シチューをよそいながらラインを見た。
「メルメルはとても筋がいい。鍛えれば、良い剣士になるだろう」
「へ~。すごいな~メルメル!」トンフィーは尊敬してメルメルを見た。
「なんなら、トンフィーにも教えてやろうか?」
ラインに言われて、トンフィーは慌てて手をブンブン振る。
「え! い、いや、僕は……」
「ガッハッハッ! 女に教えて貰うなんて嫌だよな~? 男は男同士が一番! 俺が教えてやろう」
トンフィーは、今度は手だけじゃなく、首もブンブン振る。「いや、いやいや……」
「何だよ! レジスタンスのリーダーやら隊長が教えてやろうってんだ、遠慮しないで喜んで受けろ!」
「え、え~! でも、その……。僕、剣はあんまり得意では……」
体を起こして近づいて来るグッターハイムから逃げるように、トンフィーは首を振りながら後退りする。
「得意じゃないなら尚更だ! よ~し! 俺がいっちょ鍛えてやる」
「ひえ~」
ニヤリと不敵に笑うグッターハイム。トンフィーはだんだん泣きそうな顔になってきた。見かねたペッコリーナ先生が助け舟を出す。
「トンフィーは運動があまり得意じゃないのよ。でも、勉強は園で一番なんだから、無理して剣術なんて教えなくても……。魔法だって上手だし」
「ケッ! ダメダメ! 男なら自分の体を鍛えなきゃ。いざという時、好きな女も守れないぞ!」
グッターハイムに言われて、トンフィーはチラッとメルメルを見る。メルメルは――シチューにかぶりついていた。
「……い、いや、でも、僕――」
「観念しろ。よし――この棒を構えてみろ」
グッターハイムは足元の木の棒を拾い上げ、トンフィーの胸をこずく。トンフィーは仕方なく棒を受け取り、構えてみた。
「…………」あまりにもへっぴり腰で、思わず全員無言になる。
「――振って見ろ」
グッターハイムに言われて、トンフィーは棒を振り上げる。「や、や~」
「………………」
無言の大人達を、トンフィーは情けない顔で見上げる。グッターハイムは腕を組み、眉毛を片方上げ、トンフィーを見下ろした。
「……百回」
トンフィーは首を傾げる。「へ?」
「素振り百回だ」
「ひえ~」
「いや、二百回は必要じゃないか?」とライン。
「ひえ~」
「そうだな……。いや、どうせだから五百回くらいやるか」
「ひえ~」
トンフィーはいよいよ泣きそうな顔になる。助けを求めてペッコリーナ先生を見つめるが、素知らぬ顔で弓の手入れを始めてしまった。弦を引っ張って、張りを確かめている。
「さあ、早くやれ!」
グッターハイムに言われて、トンフィーはぐっと顎を上げる。「じ、実は僕――」
「ん?」
トフィーはペッコリーナ先生を指差した。「ペッコリーナ先生に、弓を教えて貰いたいんだ!」
「あら!」
ペッコリーナ先生は驚いてトンフィーを見た。グッターハイムは面白くなさそうな顔をする。
「ゆみ~? ……いや、やっぱり男だったら剣の方がイケてると思うぞ」
「な~にが剣の方がイケてるよ。弓だって十分イケてるわよ。……そうよ! そう言えばトンフィーは、とっても弓の筋が良かったわ!」
ペッコリーナ先生がトンフィーの横に来て肩を抱いた。トンフィーは照れて頭を掻いている。
「じゃあ、特訓よトンフィー!」
「はい!」
ペッコリーナ先生とトンフィーは見つめ合った。その目がキラキラ輝いているのを見て、グッターハイムはつまらなそうに、「ケッ!」と言った。
「あ! みなさん戻ってたんですか!」
ニレが息を弾ませながら戻って来た。グッターハイムは、相変わらずのつまらなそうな顔を一同に向けた。
「悪いが特訓は明日からにしてくれ。ぐずぐずしてる隙はない。とっとと出発するぞ」
取りあえず素振り五百回から逃れられて、トンフィーはこっそり溜め息を吐いたのだった。




