戦士ライン 12
トンフィーの作った美味しいシチューのおかげですっかり満腹になり、メルメルはウトウトとしてきた。外で眠った事なんてないから、果たして眠れるかと思ったけれども、まったくその心配はいらなかったようだ。
パチパチ、パチパチ。――皆、無言で焚き火の炎を見つめている。
「くわぁぁ~。さて、交代で火の番をして眠るか」グッターハイムが大欠伸をしながら言う。
「では、とりあえず私が番をするから、みんな休んでくれ」
「じゃ、頼むわ……くわぁ~」
ラインの言葉に、グッターハイムは再び大欠伸をしながら目を閉じてしまった。直ぐにいびきが聞こえてくる。
「早~い。もう寝ちゃったわ」
メルメルは呆れた。横を見ると、ペッコリーナ先生はすやすやと寝息を立てている。こちらは、食事を終えると直ぐに眠ってしまったのだ。
「何だか昔を思い出すな、ニレ」
ラインが呟く。メルメルはラインを見た。青い瞳が赤い炎に照らされ、何とも言えずに美しい。
「そうですね……」
ニレが頷き、メルメルとトンフィーは首を傾げる。「昔って?」
ラインは炎に揺れる瞳をメルメルに向けた。「十一年前の事だ」
「十一年前……」
十一年前と言えば青暗戦争の起こった年だ。メルメルはラインの瞳を見つめ、次の言葉を待った。
「十一年前、ハルバルートの都を逃げ出し、闇の軍隊の追撃から逃れ、我々は永遠とも感じる程の長い旅をした」
メルメルもトンフィーも黙って、語り始めたラインを見つめた。
「大人数だと敵に見つかる可能性が高くなる。十人くらいの人数に分かれて、それぞれ、生き残った人々は様々な方角に逃げた。その中には、傷ついた兵士、子供や老人、お腹に子供を抱えた母親までいた……」
ラインは機械的に薪を炎にくべる。心はすっかり当時に飛んでしまっているようだ。
「先が見えない、行き先も定まらないような不安な旅だった……。皆泣き言も言わず、よく頑張ってくれたものだ」
「我々のグループには、ラインさんがいたからまだましでしたよ」
メルメルは首を傾げる。その様子を見て、ニレは微笑む。
「みんなラインさんに励まされて、諦めずに済んだのさ」
成る程と納得して視線を戻すと、ラインは、炎の揺らめきをじっと見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
「私は……本当は、誰よりもくじけそうだったのだ」
メルメルとトンフィー、ニレさえも驚いてラインを見た。ラインは自嘲するように笑った。
「炎に包まれたハルバルートの都。失われたたくさんの命。恐ろしい程、私は無力だった」
「………………」
「ニレや他の人間を励ましながら、実は私自身、生きる事を迷っていた。逃げ延びる旅の間、眠る度に死者の呪いの歌が聞こえた……。――我々は、命を落とすまで戦ったのに、何故お前が生きているのか! ――と」
「誰もそんな風に思ってませんよ! 誰もがあなたを尊敬して、信じていた……」
「信じて戦って、殺されてしまった」
「そ、そんな――」
ラインまた自嘲するように笑う。
「バカだな私は。そんな事は無い――そう言ってもらいたくて、泣き言を言っているのだな……」
メルメルもトンフィーも驚いたが、どうやらニレはその百倍驚いているようだ。目を見開いてラインを凝視している。ラインは子供二人に視線を移した。
「二人は、青暗戦争の事を詳しく知っているか?」
メルメルとトンフィーは顔を見合わせる。「ある程度は……」
「赤軍の戦いの結末は?」
再び顔を見合わせる。
「う~んと……。ハルバルートを取り戻してくれると、みんなにとっても期待されていたのに、女王様が死んでしまったのを知ったせいで志気が落ちて、案外あっさり負けてしまった……とか?」
メルメルが答えると、ラインは少し笑って頷いた。
「そのあっさりと負けた戦いに挑んだ時、赤軍はハルバルートにいる闇の軍隊の、約二倍の数を要していたのだ」
「そ、そんなに?」
メルメルは驚いてしまった。敵よりも数も多くて、優秀な隊長がいて、トキアで最強の軍隊と言われた赤軍なのに、女王が死んだという理由だけでそんなに簡単に負けてしまうのだろうか? 闇の軍隊とはそんなに強いのか……。
「赤軍を率いる赤の大臣は、ハルバルートを取り戻す事は難しくはないと考えていた」
ラインは遠い目をして語り続ける。その表情は、なんだか寂しげにメルメルには見えた。ニレが悲しげにそちらを見つめている。
「赤の大臣は、女王陛下の死を知った後もそれ程焦りはしなかった。周りにおだてられ――いや。自らの過信から、とりあえずは自分がトキアを統べれば良いと考えていた。勿論ずっとではない。落ち着きを取り戻すまでは、と……。だが、一国を率いる事と、一軍を率いる事は、まったく違う物だったのだ」
メルメルとトンフィーはじっとラインの横顔を見つめた。――誰の話をしているのだろう? 赤の大臣? それは、もしかして……。
「とりあえず国を統べるどころか、見事にあっさりと戦いに負け、ハルバルートを取り戻す事さえ出来なかった。女王陛下を失った後の、民の、驚く程輝きを失った瞳を私は忘れない……」
そう言うラインの瞳も輝きを失っていて、その失意が伺える。
「女王は絶対に必要だったのだ。たとえどんな存在であれ、この国には欠かせないものなのだ」
「でも、それじゃあ――」
突然トンフィーが口を開いて全員がそちらを見た。注目を浴びて、耳を赤くしている。
「それじゃあ、どうしてあなたは戦っているんですか? 女王様がいないなら、もう戦ったって――」
「無駄か?」
ラインの青い瞳に見つめられて、トンフィーはいよいよ耳を赤くした。
「む、無駄っていうか……。大群を要した赤軍さえ勝てなかったのに、しっかり基盤を整えてしまった暗黒王に、レジスタンスは勝てるのかな、と……」
へどもどしながら言う少年を、ラインはじっと見つめる。
「勇者だよ」
今度はニレが呟いて、全員そちらを見る。その瞳がキラキラ輝いている。
「君達は、古の大予言を知っているかい?」
「大予言?」
メルメルもトンフィーもそんな話は聞いた事がない。ニレは瞳を輝かせたまま、力強い声で続ける。
「――安らかなる青き国に生れし闇、瞬く間に広がり、青き国は暗黒の国へと変わるだろう――」
初めて聞く古の予言とやらに、メルメルとトンフィーは目をパチクリさせた。
「暗黒の国って……」
思わずメルメルが口を挟むと、ニレは手を上げて制した。
「ちょっと待ってね。とりあえず最後まで聞いておくれ。――民が光を失い、暗澹とした日々が過ぎし時、七色の光をまといし勇者現れ、闇を打ち砕き、青き石を女王の手に取り戻すだろう……」
ラインもニレも黙って、驚く子供二人を見守っている。
「勇者……」「女王って……。もしかして……でも、だって……」
「これは噂だなんだけど――」何故か小声になるニレ。「姫が――いや、女王は死んでしまったから、今では新女王になるのかな。――つまり、殺されてしまったと伝えられていた、女王と黒の大臣の娘が生きていて、暗黒王にいまだに捕らえられているというんだ……」




