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戦士ライン 10

「……!」トンフィーは、真っ青な顔で固まってしった。

「だ、黙って来てしまったのトンフィー? だってあなた、ちゃんと言ってきたって――」

 ペッコリーナ先生がオロオロしながら言う。トンフィーは、俯いて黙り込んでしまった。

「別にいいじゃないか。言えば止められると思ったんだろ。男はそれくらいやんちゃな方がいいさ」

 グッターハイムがフォローする。ペッコリーナ先生も珍しく、トンフィーの余りの落ち込みように叱りつけられずに、困った様な顔をしていた。

「苦しい時は苦しいと素直に言えばいい。大人ぶる必要はない。大人になったって悩みや迷いはある。自分一人では解決出来ない事もたくさんある。どうやら――お前には幸いにも、素晴らしい友がいるじゃないか?」

 言いながら、ラインがメルメルを見る。トンフィーもじっとメルメルを見てきた。メルメルには、トンフィーの目が、ゆらゆら揺れているように見えた。じっと見つめ返すと、トンフィーは泣きそうな顔をして俯いてしまった。

「……ペッコリーナの言う通り、ソフィーは大人になったら全て話そうと思っていたんだろう。……私は余計な事をいったな」そこで言葉を一旦区切り、ラインはトンフィーを見た。「変に混乱させてすまなかった。ただ――これだけは言っておこう。お前の親は、父も母も素晴らしく勇敢で優しく、誇り高き戦士であったと……」

 トンフィーはパッと顔を上げてラインを見た。ラインはもう何も言わずに前を向いてしまっていた。

(お父さんと、お母さん……か)

 ラインとトンフィーのやりとりを聞きながら、メルメルの頭の中をある疑問がフワフワしていた。すなわち、「私の両親も兵士だったのか? トンフィーの父親と同じように戦いで死んでしまったか?」

 実は、メルメルはプラムじいさんに、「どうして私にはお母さんとお父さんがいないの?」と聞いた事が無い。物心ついてからずっと、おじいちゃんしかいないのが当たり前だった。園に入る前からトンフィーとは仲良しで、トンフィーにだってお母さんしかいないし、自分にはおじいちゃんしかいない事が、それ程不思議ではなかった。

 寂しい――と感じた事もなかった。

 おじいちゃんはたっぷり愛情を注いでくれた。時に優しく、メルメルが間違った事をすれば、あのニッコニコ顔からは想像つかない程の雷が落ちた。トンフィーのオモチャを黙って持って帰って来てしまった時は、お尻を二十回も叩かれて、その日は一日口をきいてもらえなかった。プラムじいさんは料理は大得意で、勿論、メルメルのお弁当は園でも注目の的だったが、残念ながら裁縫は得意ではなかった。でも、メルメルの体操服につける名札や、木登りで破いてしまったスカートも、針を指に刺し刺し、全部プラムじいさんが縫ってくれた。彼女が大切にしている鞄についていたうさぎのアップリケも、実はプラムじいさんお手製の物なのだ。

 園に入って、クラスメートから両親の話を聞いたりしているうちに、自分の家が他とは違う事には気付いていた。しかし、朝早く起きてお弁当作ったり、夜は遅くまで針仕事をしたり、そんなプラムじいさんを見ていたら、「私の両親はどうしていないの?」なんて、なんだか聞けなくなってしまったのだ。メルメルは、もしそれを聞いたら、プラムじいさんが悲しい顔をするような気がしていた。だから、ずっと知らんぷりして生きてきた。だけれど……、「やっぱり気になる」のだ。

 後ろを振り返ってペッコリーナ先生を見上げる。ペッコリーナ先生は、斜め後ろを振り返って、相変わらずしゅんとしといるトンフィーを心配そうに見ていた。メルメルは想像してみた。もしも、自分の親もトンフィーの父親と同じように青暗戦争で死んでしまったと教えられたら……。

(なんだか、ちょっぴり悲しいけれど……実感はあんまりわかないな)

 ましてや、暗黒王に復讐を誓う程の怒りは湧いてこない。メルメルは、トンフィーに聞こえないように、小声でペッコリーナ先生に囁いた。

「ねぇ先生、トンフィーはどうしてあんなに怒ったのかしら?」

 ペッコリーナ先生は顔を前に戻し、メルメルの顔を見た。顎に指を当てて考え込んでいる。

「……トンフィーは、お母さんが病気で苦しんでいるのを見てきたでしょう? それに、小さな時からずっと、家の事をトンフィーが一人でやってきたんだもの。泣き言を言わない子だけれど、本当はとっても辛かったと思うわ……。それが、暗黒王のせいだったんだって知って、許せなくなったのよ……分かるわ」

 目に涙を浮かべるペッコリーナ先生。メルメルはトンフィーをもう一度見てみた。相変わらずトンフィーは、しょげて下を向いていた。


 川を渡り、丘を超え、林を抜け、街道をひたすら進んで行く。道案内をしてくれている灰色猫のチャーチャンが、心なしかフラフラしてきたような気がして、メルメルは心配になってきた。

「ねぇ先生、少し休ませてあげた方が良いんじゃないかしら?」

「――猫ちゃん? あら、そうね……。ずいぶん走っているものね」

 ペッコリーナ先生が皆に声を掛けようとしたその時。

「ミギャー!」木の陰から、ずんぐりとしたキジトラの猫が現れた。

「ニャ~ン」灰色猫のチャーチャンは、後は任せたとばかりに林の中に去って行った。

「またまた選手交代だな」

 グッターハイムが呟いた。ところがキジトラの猫――のんびり屋のワーチャは、道案内を始めないで、キョロキョロこちらを見ている。

「どうした? 早く案内してくれ。それとも道を忘れちまったか?」

 ワーチャは、ラインをピタッと見た。ラインは首を傾げる。

「……なんだ?」

 すると突然、「ミギャー!」ワーチャがラインの馬に飛び乗ってきた。

「な、なんだ?」

 さすがに動揺しているライン。ワーチャは後ろを振り仰いだ。

「ミギャー! ミギャー! ミギャー!」顔を前に突き出し、急かすように鳴き続ける。

「……行けって事じゃないかしら?」

 メルメルが呟くと、グッターハイムが呆れた声を出した。

「馬に乗って道案内か? ずいぶん怠け者の猫助だな~」

「だが、これなら早く進める」

 ラインが薄っすら笑ってワーチャの背中を撫でる。今までは猫に合わせて、スピードを大分押さえていたのだ。

「よし、行こう!」

「ミギャー!」

 ラインが腹を蹴ると、馬は猛スピードで走り出した。慌てて皆それに続く。ラインの手に支えられながらワーチャは、呑気に大欠伸をしていた。

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