ミミとシバ 3
園に向かって走りながら肉屋ラウルの角まで来ると、
「フギャギャギャー!」「ウ~、ワンワン!」
すぐにメルメルはピンときて、急いで二軒先まで走った。
「ミミ! シバ!」
柵の向こうで茶色に黒い斑模様の大きな犬――ボルディーが、その唇をめくりあげ牙を剥いていて、それと向かい合って同じような顔の二匹の茶トラの猫が毛を逆立てていた。
「駄目よ! ミミ!」
今にも飛びかからんばかりのミミ。シバは背を低くして、その後ろに隠れている。
「ヴ~、ヴ~!」
繋がれた鎖をガチャガチャさせて、ボルディーは暴れている。
「あ~! ……どうしようかしら? このままじゃ遅刻しちゃうし……」
メルメルは困って、あっちへウロウロ、こっちへウロウロしていた。すると、
「メルメール!」
「――トンフィー!」
園の方から、トンフィーがサラサラな栗色の髪をなびかせ、額に汗を一杯浮かべながら走ってきた。
「きょ……ぜーぜー……教室の窓から……ハーハー……見えたんだ。一体、どうしたのさ? フー」
メルメルが指差した先を見てトンフィーは目を丸くした。
「ミギャー!」
「ウガオー!」
その時遂に、ミミがボルディーの長い鼻づらにパンチした。
ボルディーが千切れんばかりに鎖を引っ張って暴れると、シバはその後ろに素早く回りこんだ。メルメルは柵を乗り越えようとして、トンフィーはそれを見て、慌ててメルメルのシャツを掴んだ。
「わ、わわわ~! 危ないよメルメル!」
「だって! 止めなくちゃ!」
「いつものボルディーじゃないよ! 興奮しているから、噛まれちゃうよ!」
「でも、ほっとけないわ!」
メルメルがトンフィーの手を振りほどき、いよいよ柵を乗り越えようと足をかけたので、トンフィーは耳を真っ赤にしてすっかり焦ってしまった。
「ど、え、あー! ファイヤーボール!」
トンフィーの叫び声と同時に、その手の平から火の玉が飛び出した。火の玉は地面に当たって、ボルディーの周りの草に燃え広がっていく。
「ウニャニャニャニャ!」大慌てでミミとシバは逃げ出してしまった。
ボルディーが尻尾を丸めてうずくまっているのを見て、慌ててメルメルは柵を乗り越えて、足で火を踏み消そうとした。
「ウォーターボール!」
トンフィーが再び呪文を唱える。今度は水の玉が飛び出して、燃え広がった炎の上にぶつかって弾けた。火が消えてしまった後も怯えた様子のボルディー。その頭を安心させるようにメルメルはやさしく撫でた。
「ありがとうトンフィー! すごいじゃない、ウォーターボールなんて、まだ習ってもいないのに!」
「昨日の夜予習しておいたんだ。良かった。まだ上手くいくか自信がなかったから……」
「ううん、バッチリだったじゃない! やっぱりトンフィーは天才よ!」
メルメルはトンフィーに抱きついた。
「いや~、てへへへ……」
トンフィーは雪のような白いほっぺを赤くして、嬉しくてニコニコウキウキしている。ところがその時、カラ~ン コィ~ン、と園の方から鐘の音が聞こえてきた。ニコニコ顔の赤い顔が、見る見るうちに青くなる。
「し、しまった! 遅刻だ~! どうしよ~」
いつもの弱虫トンフィーの顔で悲鳴を上げているのを見て、メルメルは思わずガッカリしてしまったのだった。
トンフィーが肩を落としながら園の門をくぐると、
「ンゴー! ガゴー!」
どこからか大きないびきが聞こえてきて、二人は思わず顔を見合わせた。「さてはまた……」
いびきの聞こえてくる方に近づいて行くと、見事に咲き誇る桜の木の陰で、マーヴェラ園長が大の字になって眠っているのを見つけた。
メルメルは辺りに漂う匂いと真っ赤に染まったその顔を見て、すぐにピンときた。
「まったくもう。園長先生ったら、また酔っ払ってこんな所で寝ちゃってるわ!」
「本当だ。フフフ……。ね、起こしてあげた方がいいかな?」トンフィーは心配そうな顔をしている。
「そんな必要ないわよ。いい大人なんだから」と、メルメルの方は呆れ顔だ。「もう暖かいし、風邪も引かないだろうから大丈夫よ。女性がこんなところで酔っ払って大の字になって寝ているなんて。ペッコリーナ先生にでも見つかって、少しお小言でも言われた方がいいわよ」
トンフィーが、それは少し可哀想だなぁ、なんて思いながらマーヴェラ園長の幸せそうな寝顔を見ていると、突然足元にサワサワっと何かが触れた。
「わ~……。――あ、アケ! どこに行っていたのさ、お前!」
「ニャニャニャン」 小さな三毛猫が後ろ足で立って、トンフィーの足に両手を伸ばしている。
メルメルは大好きなアケの頭を優しく撫でた。「どこかに行ってしまっていたの?」
「さっき、門を出る辺りまではついて来てたんだけど、気がついたらいなくなっちゃってたんだよ」
トンフィーがアケを抱き上げて、その鼻を指でツンツンすると、アケの首輪に着けた赤色の鈴がチリチリと鳴った。
「さては、ボルディーが恐くて隠れてたな~」
「ニャ~ン」
アケは何にも分からない、といった顔でトンフィーの顔にグリグリと自分の顔を擦り付けている。そんなアケの様子を見て、思わずトンフィーは溜め息をついた。
「あ~あ。やっぱり、この間ハンティングブリーダーが売りに来てた、ジャッカルみたいなペットが欲しいな~」
「あの大きな犬みたいなやつ? あんなの言うこと利かせられないわよ。アケの方がよっぽど可愛いわ」
トンフィーはアケを下に下ろし、ちょこちょこと走り回っている姿を眺めた。
「そりゃあ、アケは可愛いけども……戦いには向かないでしょ?」
「戦う必要なんかないじゃない。トンフィーは兵士になる気なんてないでしょ? 学者とかの方がいいって言っていたじゃない」
「そりゃあそうだけども……」
「それともケンカにでも使いたいわけ? ドミニクみたいに!」
「そ、そんなんじゃないよ~」
メルメルがだんだん興奮してプリプリしてきたので(それはたぶん、この前ドミニクのペットのウンピョウに脅かされて、木から降りれなくなった時の事を思い出したからなんだ)トンフィーは慌てて手を振った。
「いや、僕、間違ってしまった! ペットはアケ以外には考えられないよ!」
アケを抱きしめながら大げさにトンフィーが言うと、メルメルは満足そうに笑顔になった。
「分かればよろしい」
「こら~! 何をしているの二人とも!」
突然、頭の上から大きな声がふってきて、トンフィーは思わず飛び上がってしまった。声の主が誰かは分かっているけれど、恐る恐る上を見上げて確認してみると、二人の教室の窓からペッコリーナ先生が身を乗り出しているのが見えた。
「早く上がって来なさ~い!」
いつもはほがらかなその顔が、目尻をつり上げるととっても恐ろしく見えて、トンフィーは慌てて足をもつれさせながら走り出した。
メルメルもその後ろに続いて走りながら、ちょっとだけ気になって後ろを振り返ると、マーヴェラ園長は相変わらず花弁舞う桜の木の陰で、大の字になって気持ち良さそうに眠っていた。
「何をぐずぐずしているの、メルメル! 一体、何を見て…………! あ~! 園長先生ったら、またなの? ――まったく!」




