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戦士ライン 9

 戦いが始まってからどこかに隠れていた灰色猫のチャーチャンが出てきて、再び道案内を始めた。これなら、簡単にプラムじいさんを助け出せるかも知れない。そう、メルメルは思った。

 ニレが横に来て笑いかけてきた。ニジイロインコのウォッチが、いつの間にか肩に戻って来ている。

「ミミとシバ、かっこよかったね。良い物を見せてもらったな。ねぇ、ラインさん?」

「ああ。素晴らしかった」

 相変わらず表情は無いが、メルメルは嬉しくなってしまった。だんだんラインという人間が分かってきた。

「ウォッチもとってもかっこよかったわ!」

「それは、ありがとう」

 ニレが言う。ウォッチがメルメルの肩に乗ってきた。メルメルのほっぺたを甘がみする。

「ウォッチも、ありがとうだってさ」

「ウォッチは、群れのリーダーなのね?」

 ニレは微笑みながら頷いた。「そうだよ」

 メルメルは小さなウォッチを、すっかり感心して見てしまった。

「ラインさんのペットも、とってもかっこよかったな。名前は、なんて言うんですか?」

 馬と一緒に悠然と歩く豹を見て、トンフィーが問い掛ける。

「スリッフィーナという」

 いかにも、ラインのペットといった感じがする。強くて、早くて、しなやかだ。じっとスリッフィーナを見つめていると、ニレもニコニコと優しい顔で自分を見つめている事に気付いた。とても、戦いには向きそうにない優しい笑顔だ。メルメルは少し不思議になった。

「ね、ニレも昔は、トキアの兵士だったの?」

 急に言われて、ニレは少しキョトンとした。

「――へ? ……いや、私はレジスタンスに入る前は、羊飼いをしていたんだよ」

「羊飼い?」

 それは、兵士よりよっぽどニレには似合っている。

「トキアから少し離れた田舎町でね。のんびりとした、平和な良いところだった……」

 ニレは昔を思い出しているらしく、遠い目をしている。

「どうして、レジスタンスに入ったの?」

 メルメルが首を傾げると、ニレは一瞬真顔になった。いつもニコニコしているので、メルメルは思わずドキッとした。しかし、ニレはまた直ぐにニコニコ顔に戻った。

「私はずっとね、戦いなんてした事がなかった。口喧嘩すら、ろくすっぽした事がない男だったんだ。戦いは嫌いでね、争いは良くないと思っていたよ。戦争に、正義なんてないと思っていた……」

 笑顔で語りながらも、どことなく寂しげなニレに、メルメルは少し困って周りを見渡す。しかし、誰もがやけに真面目な顔で静かに前を見ていた。トンフィーと目が合い、お互い小さく首を傾げる。

「……私には妹がいてね」少し明るい声でニレが言う。

 話が急に変わったのでメルメルは少しびっくりした。「妹?」

「そう。妹はハルバルートの都に住む人のところにお嫁に行っていてね。青暗戦争が起こったのを知った私は、妹が心配で直ぐにハルバルートの都に駆けつけたんだ」

 なんだか辛い話になりそうな予感がしてきて、メルメルはドキドキとしてきてしまった。

「妹は――無事だったよ」

 メルメルはホッとした。

「だけれど、妹を連れて命からがら都を逃げ出してしばらくすると、妹はハルバルートに戻りたいと言い出したんだ」

「な、なんで?」

「妹の旦那様は正規軍の兵士だったんだ。ハルバルートで闇の軍隊と――暗黒王と戦っていた。実は私は、引きずるように、都から妹を連れ出していたんだ……」

 メルメルは、またドキドキしてきた。おじいちゃんがさらわれてから幾度となく聞いている、暗黒王にまつわる悲劇。

「やがて青暗戦争が終わり、正規軍が敗れた事を知った。妹は夫の死を悟り、遠征から戻りハルバルートを取り戻さんとする赤軍に入ると言い出した」ニレは少し俯いた。「私は、反対した」

 ――当然だろうと思う。ニレにとって、妹はとても大切に違いないのだ。わざわざ戦いの最中のハルバルートに、助けに向かった程に。

「だが、妹は赤軍に入り、戦死した」少し怒りをおびた声でニレは言った。「私は、とても後悔した」

「そんな――しょうがないわよ。だって、ニレは一生懸命止めたんでしょう?」

 メルメルは慌てて慰めようとした。しかし、ニレは微笑みながらも、首を横に振った。

「そうじゃないんだ、メルメル。私はね、妹を止めた事を後悔したんだ。何故、共に赤軍に入らなかったのか……情けない、臆病者の自分を呪ったよ」

「そんな……。争いは……良くないとワタシも思うわ」

 なんとなく、ラインやグッターハイムを気にしながらメルメルが言う。ニレは泣きそうな微笑みのまま続けた。

「妹が戦いに出る、前の晩の事だ。私は必死で妹を説得した。――戦争なんて、どうせ互いの利害があるだけだ。正義も正しさも無い。都から遠く離れて、戦渦の届かない場所でのんびり暮らそう。――そんな風に逃げようと繰り返す私に、妹は言った……」

 ニレはきつく目を瞑った。苦しげな表情だ。メルメルは胸を締め付けられるような気がした。

「――私は夫を失った事が悲しい。同じように愛する者を失った人がいる事が悲しい。家を奪われる事が悲しい。平和な暮らしを奪われるのが悲しい。争わなければそれらは失わずに済むのか? 遠く離れて暮らせば、知らん顔で幸せに暮らせるのか? 私には無理だ。――と、妹は言った……」

「………………」

 ニレは、静かに目を開いた。涙は、流れていなかった。

「戦争が正しいかどうかは、今でも分からない」

「戦争に正義などないさ」

 グッターハイムが呟いた。ニレはその言葉にこくりと頷いた。

「だけれど、私はあの時、妹と共に戦うべきだった……」

 メルメルには掛ける言葉が無く、ただじっとニレを見つめていた。ニレはこちらの視線に気付き、また優しく微笑んだ。メルメルは少しホッとした。

「妹の死を知って生きる気力を無くしてハルバルートの都をさ迷っていた私は、ある女性に怒鳴りつけられたんだ」

「ある女性?」

 メルメルが首を傾げるとニレは軽くウィンクした。

「赤い髪の女性でね。後悔したいなら生き抜いてからにしろ! たっぷり後悔するために、まずは必死で逃げろ! ……ってね」

 ラインは知らん顔で前を向いている。ニレとメルメルは顔を見合わせて笑った。皆、色々あるのだ。

「父さんは……どうやって死んだんですか?」

 トンフィーが思い詰めた様な声で言った。メルメルは慌ててそちらを見た。トンフィーは少し暗い目で、ラインを真っ直ぐ見ていた。

「……何故そんな事を知りたいんだ?」

 ラインが青い瞳でトンフィーを見つめ返す。トンフィーは怯まない。

「親の事です。そりゃ、子供は知りたいでしょう?」

「知ってどうする? 興味本位か?」

「そんなんじゃ……」

「では、暗黒王に火炙りにされたと言ったらどうする?」

 トンフィーは目を見開いた。耳が、赤い。「……僕は、暗黒王を許さない!」

「何故だ?」

「自分の親を殺されたんだ! 当たり前じゃないか!」

 見た事無いほど激するトンフィーに、メルメルは驚いてしまった。

 ――一体どうしたというのか?

「会った事も無い親の死に怒り、見た事も無い敵に復讐を誓うのか……」

 トンフィーは、足の付け根まで真っ赤なんじゃないかと思うほど顔を赤らめている。メルメルはハラハラドキドキした。

「か、母さんだって暗黒王に傷を負わされたんでしょう? ……そ、それが原因で、病にずっと苦しんでいるんだ」

「それで、ソフィーはお前に暗黒王を倒してくれと頼んだか?」

「――か、母さんは」

「それどころか、父親の死の真相さえお前に隠していた。お前を見ていると、私には、何故ソフィーが全てを秘密にしていたのか分かる気がする」

 トンフィーは愕然とした顔をしている。「な、何故ですか?」

「お前がまだ恐ろしいほど幼いくせに、知識ばかり豊富だからだ」

 トンフィーは赤いを通り越して青い顔をしている。拳が、小刻みに震えている。そんな様子を見ていて、メルメルは泣きそうになってしまった。

「ちっと言い過ぎだぜライン」

 見かねてグッターハイムが口を出す。ラインは変わらぬ表情でトンフィーを見つめる。

「お前は、本当にソフィーに行き先を告げて来たのか?」

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