戦士ライン 8
空の彼方に、黒い点が無数にあり、少しずつ大きくなってきた。そして、地平線の彼方からも同じように点が現れ、見る間に近づいてきた。それが自分達と同じ様に、馬に乗った人だと分かりメルメルは息を飲んだ。
(悪魔の兵隊だわ!)
スラッと、ライン、グッターハイムが剣を抜く。ニレは、ベルトに差し込んでいた短い杖を手にした。メルメルの後ろで、ペッコリーナ先生が空に向かって弓を構える。
「また、随分と頭数を揃えたものだ……」
前方の敵は五十以上いそうだ。メルメルもトンフィーも驚いた。これではまるで戦争だ。
「やっかいね……。さすがに数が多すぎるわ」
ペッコリーナ先生が空を見上げながら言う。鳥の様な物が、空が真っ黒になる程飛んでいる。
「ピッピーはマーヴェラのところに報告にやってしまったし……」
「少しはお役に立てますよ!」
ニレが叫んだ。見ると、メルメルに向かっていたずらっぽくウインクした。
「さあ、行くんだウォッチ! メルメルにかっこいいところを見せておくれ!」
ニレが叫ぶと、肩に乗っていたニジイロインコのウォッチがピューっと空へ飛び出した。すると、空の彼方から、真っ黒いシミが近づいてきた。
「な、なにあれ?」
シミは海の中のマンタのような形で、畳十畳程もある。その中に向かってウォッチは飛び込んで行った。
「に、ニジイロインコの群れだ!」
トンフィーが叫んだ。近づいてきたのを良く見ると、マンタは小さなニジイロインコが集まって出来たものだった。空を飛んでいる敵をどんどん飲みこんでいく。
「助かるわ!」
ペッコリーナ先生も負けじと矢を次々放つ。空から矢に射抜かれて落ちて来たのは、カワセミとハリネズミを合わせた様なものだった。
「やはり、キメラか……」
グッターハイムが呟いた。前方の悪魔の軍隊は、あと百メートルといったところまで迫って来ている。
「行け、ルーノ!」
メルメル達の馬の横を追走していたルーノルノーが飛び出した。猛スピードで走るルーノルノー。その時、メルメル達の後ろから大きな影が飛び出した。見る間にルーノルノーに並び、更には追い抜いて行く。――それは、赤毛の豹だった。
「ガウガウガウ!」「ガオー!」
争うように、悪魔の兵隊に襲いかかって行く狼と豹。命の石の存在を心得ているのか、しっかり心臓めがけてキバを立てている。
「あ、あの豹は……?」
「ラインのペットよ」
後ろからの答えに振り返る。ペッコリーナ先生は、相変わらず矢を放ち続けていた。
(ラインさんのペット……)
ニヤリとしながら、嬉しそうに敵の中に飛び込んで行くグッターハイム。ラインの方は相変わらずの無表情だ。
「下の敵は僕が食い止めますから、ペッコリーナさんは気にせず戦って下さい!」
ニレが叫び、ペッコリーナ先生はニッコリした。どちらにしても、前方の悪魔の兵隊は皆、二人と二匹が残らず倒してくれそうだ。鮮やかに、次々と二本の剣で敵を倒して行くライン。メルメルは食い入るようにその姿を見つめていた。
(なんて……なんて……かっこいいのかしら!)
美しい姿に夢中になっていると、戦いの最中にもかかわらず、ラインがチラリとメルメルを見てきた。敵を倒して、またチラリ。
(……そうか!)
「ミミ、シバ……戦ってくれる?」
自分達の出番は無い、とばかりに呑気にしていたミミとシバ。メルメルが下に下ろすと、ようやくのろのろと敵に向かって行こうとする。
「変身よ! ミミ、シバ!」
ミミとシバは並んで後ろ足で立ち上がった。メルメルはホッとして顔を上げた。ラインは敵を倒しながらも不思議そうにミミとシバを見つめている。
「ニャーニャーニャーニャー!」
「ミラークルクル! ボルティーにな~れ!」
ピッカー!
眩い光に誰もがきつく目を瞑る。そして、
「……フッ。なる程な。これは驚きだ」
言葉とは裏腹に、あまり動揺したようには見えないが、どうやら驚いているらしいライン。グッターハイムはニヤリと笑った。
「な? 面白いだろう?」「最高だ」
二匹のボルティーは戦いに飛び込んで行く。片方には、水色の石飾りのついた青い首輪が光っており、それで直ぐにそちらがシバだと分かった。ルーノルノーや、ラインのペットの豹にはかなわないが、ミミとシバも悪魔の兵隊を何匹か倒し、メルメルの想像よりもずっと早く戦いは終わりを迎えた。
「凄い……」トンフィーが呟くのも無理は無い。回りに山積みになった敵の数は、百はいそうだ。
「この匂い……たまらんな。とっとと先へ進もう」
「そうだな。出発だ!」
疲れを知らない若い戦士達に、ペッコリーナ先生はこっそり溜め息を吐いた。
「は~。少しはおばばをいたわって欲しいわ……」
メルメルはクスクス笑ってしまった。と、その時、前を行くラインがピタリと動きを止めた。後ろを振り返り、目を凝らすようにして遠くを見ている。
「ラインさん? ――あ!」
首を傾げるメルメルをよそに、突然ラインは猛スピードで走り出した。
「あ、あら! ライン!」ペッコリーナ先生も驚いている。
ラインはどこまでも駆け抜けて行く。するとその後ろからラインのペットである赤毛の豹が追いかけて行き、「あ、の、乗っかった……!」途中でフワリとその背にまたがったラインを見て、メルメルとトンフィーはその姿がカッコ良すぎて大興奮した。獣は驚きの速さで駆け抜けていく。
「ああ! ――人が!」
ラインが向かった先に大きな岩があって、その後ろから慌てたように人が飛び出した。
「あれに気付いたのか! ――行こう!」グッターハイムが叫んで一同は走りだした。
獣は見る間に人影に追い付き、飛びかかっている。ラインは獣から降りて立ち尽くしていた。一番初めに追い付いたのはメルメルだった。
「ラインさん! どう――」思わず言葉を飲み込む。
「自決しちまったのか……」
いつの間にか追い付いていたグッターハイムが、メルメルの後ろで呟いた。そうなのだ。その男は、口から血を流して、死んでいたのだ。
「ふ~……。――あら! だ、駄目よメルメル、こっちに来なさい!」
息を切らしながらようやくたどり着いたペッコリーナ先生が、死んでいる男を見て慌ててメルメルを引き寄せた。トンフィーはペッコリーナ先生の背中に隠れておっかなびっくり覗いている。
「一体何者ですかね?」ニレが首を傾げた。
「さて……」ラインは腕組みして男を見下ろしている。
「おいおい。もしかしてずっとつけられてたんじゃないだろうな」
グッターハイムが言うと、ペッコリーナ先生は呑気に笑った。
「そうだとしても、もう安心ね。さっすがはラインだわ!」
「ふむ……」
ラインは特に照れた様子もなく、少し不思議そうに男を見つめていた。




