戦士ライン 7
初めは暖かく気持ちの良かった日差しも、遮るものが何もない草原を進んで行くうちに、段々厳しい物へと変わってきた。メルメルは、馬の振動でずり落ちてきた最初の頃より大分重くなってしまったうさぎのアップリケのついた鞄を、よいしょと持ち直した。トンフィーがどうしても持って行きたいから、こっそり持っていてくれと頼んできた教科書やら参考書やらがたくさん(グッターハイムに言ったら、間違いなく置いて行けと言われると思ったんだ)入っているのだ。
ライン、グッターハイム、ペッコリーナ先生とメルメル、ニレとトンフィー、それぞれを乗せた馬の前を、森を抜けてから再び現れた灰色猫――この猫はチャーチャンと言う――が一生懸命走っている。メルメルは、馬に追われるように走るチャーチャンが、暑さで倒れはしないかと心配になった。ミミとシバは腕の中でのんびりしている。
「まったく奇っ怪な事だ……」チャーチャンとミミとシバを交互に見ながら、ラインは溜め息混じりに呟いた。「是非とも、変身するところを早く見たいものだ」
自分の方を見て言われて、メルメルはもじもじした。出会ってからずっと、メルメルはなんだかこの美しい戦士に気後れしてしまって、上手に話し掛けられずにいた。一つには、青い透明な目が全てを見透かしているようで少し恐ろしいのもあったし、ラインのしゃべり方が素っ気なく、冷たい感じがするのもあった。
「こいつらの変身を見たら、さすがのラインもおったまげるぞ。余りにも……おかしくてな! ハッハッハッ!」
グッターハイムは大笑いをしている。おそらくミミとシバのポーズを思い出しているのだろう。ラインは首を傾げてメルメルを見た。
「面白い……とは?」
「え? えっと、ポーズがあって……」メルメルは顔を赤らめて手を上げた。「こう――ヤーヤーヤーヤー! って……」
ニコリともしないラインに困ってしまい、ゆっくり両手を下げた。
「それは――面白いな」
ちっとも面白い顔では無かった。
「それにしても本当に美味しかったわ~」
後ろでペッコリーナ先生がウットリと言った。メルメルはなんだかほっとして振り返る。
「おじいちゃんのクッキー?」
「そう……。チョコと――あと――」「バナナよ!」
ペッコリーナ先生はニッコリした。
「そう! サクサクのクッキーの中に、チョコがやわらかくジュワッと入っていて、バナナの甘い香りが……」
「何だかよだれの出そうな話しだな」言いながら、グッターハイムは本当によだれをすすり上げる。
「とっても美味しいのよ! プラムはお菓子作りの天才ね!」
「エヘヘ」メルメルは、自分の事を誉められているわけでも無いのに、照れくさそうに笑っている。
「本当におじいさんのお菓子は最高なんだ! ケーキもシュークリームもプリンも……。勿論、クッキーも!」
トンフィーも、自分の自慢でもするように興奮している。メルメルはいよいよ嬉しくなってきた。
「そうだ! ……メルメル、私、最高のアイデアを思いついたわ!」
「な~に?」メルメルはワクワクしながら後ろを仰ぎ見る。
「プラムが帰って来たら、メルメルと二人でお菓子屋さんをするの!」
メルメルはびっくりしてクリクリの目を更にクリクリに見開いた。「お菓子屋……さん?」
「そうよ! だってあんなに美味しいお菓子を、メルメル一人が味わうなんてずるいもの!」
「いいね! それ、最高だ! 僕、休みの日は手伝いに行くよ!」
勝手に盛り上がっているペッコリーナ先生とトンフィー。
メルメルはほんわかと想像してみた。メルメルの家を少し改造して、お肉屋ラウルのように商品のお菓子をガラスケースに並べるのだ。プラムじいさん自慢のマロンチーズタルト、卵たっぷりプディング、生クリームと丸ごと苺のサクサクパイ。そして、園から帰ったらメルメルもプラムじいさんを手伝って店先に立つのだ。きっと町中の人が買いに来る(だって、プラムじいさんのお菓子は最高に美味しいんだ)。
「ガッツリ美味い爺のお菓子屋ってのはどうだ?」
「か~! 長いわ、くどいわ、ダサいわ、最低なネーミングセンスね!」
「な、なにおっ!」
「シンプルにプラム&メルメルなんてど~お?」
「あ、ちょっと可愛いかもね」
「そ~か~?」
いつの間にか、メルメルをそっちのけで、話は店の名前まで進んでいるようだ。
「じゃあ、お腹がペコペコペッコリーナはどうかしら?」
シーーーーーン……。
「こ、こほん。メルメルはどんなのがいいの?」
トンフィーに聞かれて、メルメルは首を捻った。――お店の名前……。
「ペコペコペッコリーナは無いな」
「ガッツリ美味い爺のお菓子屋よりはましよ!」
「なにー!」
まったく選択肢に入りそうに無い名前で争うグッターハイムとペッコリーナ先生を、「まあまあまあ……」とニレとトンフィーがなだめている。メルメルは良い名前が思いつかず、首を捻っていた。
「プラムのお菓子屋メルメルメルヘン」
皆無言で、発言者であるラインを見つめた。
「――なんて、どうかな?」ラインは少し照れくさそうにしている。
「……いいわね」ペッコリーナ先生が呟いて、皆コックリ頷いた。
「いいんじゃないですか? 今のところ――」
「一番いいね!」
「ま、俺のも悪かないが、妥当だわな」
「メルメルはどう思う?」
突然振られて、まだ、ラインが似つかわしくない可愛い名前を付けた事に驚いていたメルメルは、ちょっと焦ってしまった。
「え? あ、ああ。うん。とっても――」
少し不安げにラインがこちらを見る。メルメルはなんだかおかしくて笑ってしまった。
「とっても素敵! 名前は――プラムのお菓子屋メルメルメルヘン! で、決定~!」
「お~」パチパチパチ!
ラインが薄く微笑んでいるのを見て、メルメルも嬉しくなってしまった。
「プラムのお菓子屋メルメルメルヘン……」
いよいよプラムじいさんに会いたくなってしまった。
(必ず無事でいてね、おじいちゃん。みんなで、とっても素敵な事思いついたのよ……)
ぎゅっとミミとシバを抱き締めて瞳を閉じた。その様子を、ラインはじっと見つめていた。すると、メルメルが急にパッと目を開き、その目があまりにもキラキラしていたので、ラインは少し驚いてしまった。
「ググッーとモーニングおじいちゃん♪」
突然歌い出したメルメルに、周りの大人は唖然としている。
「ググッーとモーニングおじいゃん♪」トンフィーが続けて歌う。
「あら、楽しそう」ペッコリーナ先生がニッコリした。
「ググッーとモーニングおばあちゃん♪」
「「「ググッーとモーニングおばあちゃん」」」
トンフィー、ペッコリーナ先生、ニレがハモって歌った。ペッコリーナ先生はグッターハイムを睨んだ。さあ、一緒に歌えといった顔だ。グッターハイムは怯んでいる。
「朝は爽やか楽しいな~♪」
「「「「朝は爽やか楽しいな~♪」」」」
今度はグッターハイムも入って来た。グッターハイムがラインを見つめる。ラインはその視線を逃れて、あさっての方を見ている。
「晴れたらなおさら楽しいな~♪」
「「「「晴れたらなおさら楽しいな~♪」」」」「ニャー」
グッターハイムはラインの横に馬をつけてその顔を覗き込む様にした。ラインは顔をそむける。すると、逆側にいたメルメルと、バッチと目が合ってしまって、わずかに弱った様な顔になった。メルメルは期待をつのらせてラインをじっと見つめた。
「猫も楽しげ~に歌っているよ~♪」
「猫も楽しげ~に♪ ――なんで私だけなんだ!」
ラインが歌って、他は全員黙ってしまった。皆笑いを堪えている。
「ぶっ……くくく……お、お前……お、音痴過ぎだ……くくく」
グッターハイムに言われ、ラインは顔をしかめる。
「……だから、歌いたくなかったんだ――ハッ!」ラインが空を見る。「……来るぞ!」




