戦士ライン 6
メルメルは呆然と、その、突然現れた人物を見つめた。
背は女性としては高い方だ。良く引き締まった体に小麦色の肌。鎧――という程の物ではないが、革の胸当てや肘あてなどを着けていて、それらがみんな赤色をしていた。そして、風に揺れるやや短めの髪も鮮やかな赤だった。
グッターハイムはニヤリとした。「やっと現れやがったか」
「やった! ラインさんだ!」
ワー……と人々が歓声を上げた。遠巻きに見ていた者も、グッターハイムにやられて倒れた者も、皆嬉しそうにニコニコしている。
「あれが……ラインさん……」
メルメルとトンフィーは吸い込まれるようにその姿を見つめた。
「みんな! もっと下がるんだ!」
いつの間にか、ニレがメルメル達の横に来ていて叫んだ。
「君たちも少し下がって。巻き添えをくったら大変だ。なにせレジスタンスで一、二を争う二人の戦いなんだから」
ニレがゴクリと唾を飲み込むのを見て、メルメルとトンフィーも同じように唾を飲み込んだ。
「随分私の部下を可愛がってくれたようだな」
ラインは両手で剣を構えながら、ズリズリと左手に円を描くように移動する。
「まあな。へなちょこばかりで驚いたぜ。隊長の顔を見てみたいと思っていたところだ」
剣を右手にぶら下げ、同じように左手に移動しながらグッターハイムはニヤリと笑う。
「挑発しようとしているんだ……」
隣でニレが呟いて、メルメルは思わずラインの顔をじっと見た。初めと変わらず涼しい目をしている。
「総大将はお前だろう? 鏡ならトイレにあるぞ」
「減らず口をたたきやがって……」
なんだか逆にグッターハイムの方が興奮してきたようだ。
「だいたい仲間をこてんぱんにして気分良くなってどうする? 自信を奪ってしまうだろうが。脳味噌まで筋肉で出来ているのか?」
「ぬわに~!」
ラインの言葉に完全に血がのぼった(確かに、脳味噌まで筋肉かもしれないとメルメルとトンフィーは思ったんだ)グッターハイム。怒りの為、明らかに大振り過ぎた一撃は、スカッとラインに避けられてしまった。ラインがすかさず下から剣を振り上げ、その攻撃を何とかギリギリでグッターハイムは後ろにかわした。しかし体制を崩して片膝をついてしまう。
ガキーン! 今度は上から振り下ろされてきた剣を、グッターハイムは自らの剣で受け止める。ググググと上から思い切り体重をかけてくるライン。
「ぐぬぬ……」顔を赤らめて、徐々に押し返し始めるグッターハイム。
「あ、いかわらずの、馬鹿力め!」
ラインは力を抜いてクルクルと回りながら後ろに飛び退き、空中で腰にもう一本ぶら下げていた剣を抜いた。間を置かず着地と同時に飛びかかる。
ガキーン! キーン! ガキーン! ガキーン!
二本の剣で矢継ぎ早に攻撃してくるラインに、グッターハイムは受けるのが精一杯と言った様子だ。
「踊っているみたい……」
まるでサーカスのショーでも見ているようだ。それ程ラインの動きはしなやかで美しい。
「二人とも凄すぎる……!」
二本の剣を巧みに使いこなすラインも凄いが、その剣を全て受け続けているグッターハイムも凄い。
「一体どっちが勝つんだろう……」
ガキーンガキー! ガキーン! キーン!
広場はいつの間にか静まり返っていた。観客は余りの壮絶な二人の戦いに固唾を飲んで見守るばかりだ。剣と剣がぶつかり合う音、二人の激しい息遣いだけが聞こえている。どちらが勝ってもとにかく最高の戦いだったと言えるだろう。メルメルやトンフィー、ここにいる全ての人間が今日この場にいられたことを神に感謝した。
ガキーン! ガキーン!
「あら! ライン帰って来たの!」
突然、静まり返っていた広場に場違いな明るい声が響きわたり、皆一斉にそちらを見た。そこにはペッコリーナ先生が、満面の笑みを浮かべて立っていた。
「良かったわよー。もしも帰って来なかったら、諦めて出発しちゃうところだったんだから!」
ペッコリーナ先生はどんどん人並みを掻きわけて、広場の中央に向かう。ラインとグッターハイムは剣を合わせたまま固まっている。
「ね、グッターハイムから大体の話は聞いたかしら?」
そうして、遂に二人の真横まで来てしまった。
「いや、まだ何も聞いていないな……」
ラインが言うと、ペッコリーナ先生は呆れた目でグッターハイムを睨んだ。
「何してるのよ? 遊んでる場合じゃ無いのよ?」
「あ、遊んでって……」
「フッ」ラインは薄く笑って二本の剣を鞘におさめた。「何やら深刻そうだな? それでは遊びは止めて話を聞こうか?」
ラインに言われて、グッターハイムは目をパチパチさせた。
「――ガッハッハッハ! まったく、ペッコリーナ先生相手じゃ、リーダーも隊長も形無しだな!」
「アッハッハッハッハッ!」
グッターハイムが笑うと、いよいよ広場の緊張が解けてみんな一斉に笑い出した。
「……? 何よ、みんなどうしたのよ一体?」ペッコリーナ先生は一人首を傾げている。
メルメルとトンフィーも、笑いながらペッコリーナ先生のもとに駆けつけた。
「先生!」「もう具合はいいの?」
「すっかり元気よ!」ペッコリーナ先生は両手でガッツポーズをした。
「………………」ラインは、透き通るような青い目でメルメルとトンフィーを見つめる。
「ああ、挨拶もまだだったな。こっちは、プラムの孫のメルメルだ」
「は、はじめまして……」メルメルがもじもじしながらあいさつした。
「プラムの? ……ああ、はじめまして」
ほとんど表情を動かさないライン。メルメルはたくさん話しかけたかったけれども、なんだか気後れしてしまった。
「それからこっちは――ソフィーの子のトンフィーよ」
ペッコリーナ先生が妙な紹介の仕方をした。メルメルもトンフィーも首を傾げる。
「ああ……。確かに面影がある」
「母さんを知っているんですか?」
「勿論知っている。ソフィーは私の大切な戦友だ」
トンフィーは目を見開いて驚いている。メルメルは目の玉を上にして考えた。
(戦友……。二人ともトキアの正規軍の兵士だったのかしら?)
「ソフィーの様子はどうだ? 傷は少しは良くなったか?」
「傷……?」
訳が分からず首を傾げるトンフィー。見かねてペッコリーナ先生が口を挟んだ。
「ソフィーの病は、戦で受けた傷が原因なのよ……。ソフィーは最近大分調子がいいらしいわ」
最後はラインに向かって微笑みながら言った。ラインの方もいくらか笑ったように見えた。
「そうか。それは良かった」
「か、母さんは兵士だったんですか?」
トンフィーがラインとペッコリーナ先生の両方に向かって問い掛ける。
「そうだ。知らなかったのか?」
ラインが不思議そうに首を傾げると、思わずトンフィーは俯いてしまった。
「僕は……何も……知りません……」
ラインはそんなトンフィーの様子をじっと見つめている。ペッコリーナ先生が気遣うように明るい声で語り掛けた。
「ソフィーは、もう少し大人になってから話そうと思ったのね。きっと」
「父さんも兵士だったんですか?」
パッと顔を上げて、トンフィーはペッコリーナ先生の目を真っ直ぐに見た。ペッコリーナ先生は少し気後れしたような顔をした。
「え、ええ。そうよ」
「もしかして、父さんは……父さんは、戦死したんですか?」
メルメルは驚いてしまった。確かトンフィーのお父さんは、トンフィーが生まれる前に病気で死んでしまったはずだ。
(トンフィーが、ソフィー母さんにそう聞いたって言っていたもの)
「その通りだ。青暗戦争で命を落とした。ソフィーはお前に何も教えていないんだな……」
相変わらず表情に乏しい顔でラインが言った。トンフィーは驚いて言葉を失った。
「おい、話は後だ! のんびりしている場合じゃ無い。とりあえず出発だ」
「何処へ?」ラインは首を傾げる。
「詳しい話はおいおいする。とりあえず黙って付いて来い。それと、ニレ。お前も来い」
「へ? あ、はい」
なんだか分からないけれども、リーダー命令には逆らえないので、取りあえず頷いているといった様子のニレ。メルメルはこの優しいお兄さんが大好きになってきていたので、大いに喜んだ。
「一週間、もしかしたらそれ以上戻って来られないかも知れない。それなりの支度をしておいてくれ。準備が出来たらすぐ出発する」
頷いて皆走り出した。メルメルとトンフィーも部屋に荷物を取りに走り出す。
「トンフィー! お前の荷物は大き過ぎる。俺の荷物と一緒に入れておいてやるから、無駄な物は置いて行け!」
「は、はい……」
トンフィーは、なんだか弱ったような顔をして頷いた。




