戦士ライン 5
翌朝。まだ、日も登りかけの午前五時。夕べ、強行軍に疲れきって日も落ちる前から眠りこんだグッターハイムにとっとと起こされたメルメルとトンフィー。眠い目をこすりながら(だって、二人は追いかけっこのせいで眠るのが遅かったんだ)朝からゴージャスに、魚の丸焼きやらステーキやらフルーツポンチやらが並んだテーブルに、ちょっとうんざりして立ちつくしてしまった。そのテーブルの脇には、「何か御用があれば何なりと」とばかりに女性が三人立っている。メルメルは、(やっぱりリーダーだから特別待遇なのかしら?)などと考えながら席に着いた。
「俺には果実酒をくれ。メルメル、トンフィー、何か飲み物は?」
グッターハイムは慣れた様子で女達に言いつける。メルメルは何だか焦ってしまった。
「え? あっと、紅茶がいいわ」
「ぼ、僕は、あの、み、ミルク……を下さい……」トンフィーはもっと焦っている。
「冷たいのですか? それとも、暖かいものを?」
「暖かいのがいいな」「ぼ、僕も……」
やんわり微笑んで部屋を出て行く女性を見送り、メルメルはふと一つ空いている席に目を移した。
「ペッコリーナ先生は?」
「……ああ。声をかけたんだがな。疲れているから、もう少し寝させて欲しいとさ……モグモグ」
朝から豪快にステーキにかぶりつくグッターハイムに、何だかメルメルは感心してしまった。
「大丈夫かしら? ペッコリーナ先生……」
「バグ、モグモグ。もう少し休めば大丈夫だろ……モグモグ。あんまりグズグズしてはいられんが、ペッコリーナも年だからな……ゴクン。ちと無理させ過ぎたかな?」
喋りながらも次々と食事を口に運ぶグッターハイムに半ば呆れながら、メルメルはバスケットに山盛りになったパンを一つ取って頬張る。
(まあまあだけれど、おじいちゃんのパンの方が美味しいな……)
「バクバク、ほら。モグモグ、二人とも、もっとたくさん食え……ゴクン。戦いに出たら飯なんて、モグモグ、思う存分はなかなか食えないぞ!」
トンフィーは運ばれてきたミルクをちびちび飲みながら、「戦士って大変なんだね」と溜め息を吐いていた。
「おはようございます」ニレが、ニジイロインコのウォッチを肩に乗せてニコニコと現れた。
「よ! ……モグモグ」
「おはようニレ……ムシャムシャ」
「おはようございます」
「おはよう。夕べは良く眠れたかい?」
メルメルもトンフィーもコクコクと首を振る。
「ミミは帰って来たかい?」
「ええ。あの子ったら、朝になって気付いたら、おふとんで一緒に寝ていたのよ」
「よーし! 腹も一杯になったし――ニレ! 一汗流すか!」
グッターハイムが腹を叩きながら立ち上がり、ニレは思わず後ろに仰け反った。
「え、え~!」
「え~……じゃない! 喜べ。リーダー直々お相手してやるんだ」
「とほほ……お手柔らかに……」
のっぽのニレが、すっかり肩を落として小さく見える。その肩にグッターハイムは手を回し、半ば引きずるようにしてドアの向こうに消えて行った。メルメルは二人の稽古を見てみたい気持ちで一杯だった。しかし、
「ね、トンフィー。ペッコリーナ先生の様子を見に行きましょうよ」
「そうだね。心配だもんね」
トンフィーは残りのミルクを男らしく一気に飲み干した。
先程飲み物を持ってきてくれた女性に場所を聞いて、外に出て三つ左隣の小屋に向かう。広場の中央には及び腰になって剣をかまえたニレ。そして、ニヤリと片頬をあげて腕組みをしているグッターハイムがいる。あちこちの小屋から続々と観客が集まり始めている。メルメルとトンフィーは、気持ちをそちらに半分持って行かれながら目的のドアの前に立った。
「起こしたら可哀相だから、ノックしないで入ろうか?」
トンフィーの言葉にこくりと頷いてメルメルはドアを開けた。無言のまま、こんもり膨らんだベッドに、そろりそろりと近づいて行く。
「……………」二人並んで、じっとペッコリーナ先生の寝顔を見つめてみる。それほど顔色は悪くなさそうだ。
「ムニャムニャ……それよりお団子の方がいいわ……ムニャムニャ」
どうやら夢を見ているようだ。トンフィーは肩を震わして、笑い声を出さない様に堪えている。
「ププププ……。この様子なら、少し寝て甘い物でも食べたら元気になりそうだね……ププププ」
これを聞いてメルメルは良い事を思いついた。
「そうだ!」「しー!」
トンフィーは人差し指を口にあててメルメルをたしなめる。メルメルは首をすくめてペッコリーナ先生を覗きみる。
「ムニャムニャ……もちろんプリンも好きよ……ムニャムニャ」
口を両手で塞ぎ、肩を震わせながらメルメルは忍び足で小屋を出た。自分が先程まで眠っていた小屋に駆けて行く。ドアを開ける前にちらっと視線を送ったが、広場には野次馬が集まり過ぎて、グッターハイムとニレの戦いの様子は良く見えなかった。ベッドの横に置いてあったピンク色のうさぎのアップリケのついたカバンを開けて、中を覗きみる。
ワー…… と外で歓声が聞こえた。メルメルはうさぎのカバンをひっつかみ、外へと飛び出した。
バガーン! ゴギン! バッコーン!
「どうしたニレ! もう終わりか!」
「うひー!」
少し輪が広がっていて、隙間からチラチラと二人の姿が見える。その様子からも、聞こえてくる声からも、ニレがこてんぱんにやられているのが分かった。メルメルは急いでペッコリーナ先生のもとに戻った。
バン! 「しー!」
焦って、勢いよくドアを開け過ぎてしまって、またトンフィーにたしなめられてしまった。ペッコリーナ先生は相変わらず熟睡だ。メルメルはうさぎの鞄をごそごそと探った。
トンフィーは首を傾げた。「一体何を取りに行っていたの?」
「じゃ~ん」メルメルはリボンのついた小さな袋を取り出した。「これはね、おじいちゃんの焼いたチョコバナナクッキーなの」
言いながら、再び鞄をあさって紙とペンを取り出した。メルメルがサラサラっと書いたものをトンフィーは覗き見て、ニッコリとした。
「これを食べて元気だしてね……か。なるほどね!」
ワー……ワー……。外から大歓声が聞こえて、メルメルはトンフィーの手を取った。
「なんだか凄そうなの! 早く行きましょう!」
「うん!」
慌てて外に飛び出す二人。ペッコリーナ先生の枕元には、クッキーの袋が置いてある。
「ムニャムニャ……クッキーもいいわね……ムニャムニャ」
バッコーン! 手首に激痛が走り、持っていた剣が吹っ飛んだ。ニレはすっかり丸腰になった自分に気付いて両手を上げた。
「ぎ、ギブアップでござる……」
「ガーハッハッ! だらしないなニレ! ……よし。次!」
次と言っても、誰もグッターハイムに向かって行こうする者などいないのだ。
「おいおい! 誰かいないのかー? 第一部隊は腰抜けぞろいか!」
「ふ、フーバー! 行け!」
ニレに言われて歯の出た小男、フーバーは慌てて手を振る。
「お、俺は魔法専門だから、
剣はちょっと……」
「わ、私だってそうだ!」
ニレが怒鳴ると、グッターハイムはニヤリとした。
「別に魔法を使っても構わんぞ?」
トントンと、手に持った棒切れで肩を叩く。そうなのだ。グッターハイムは棒切れ。ニレは真剣での勝負だったのだ。
「私がお相手します!」鞭を持った大きな女が前に出て来た。
「よーし! 来い、マリンサ!」
「あの人、洗濯物を干してた人だよ」
人混みを掻きわけて一番前で観戦しているメルメルとトンフィー。横で目をキラキラさせながら、食い入るように戦いを見ているメルメルが、万が一にも、「ワタシが戦うわ!」なんて言い出さないかとトンフィーはドキドキしていた。
「やー!」
マリンサの腕から、怒涛のような勢いで鞭が繰り出される。それを、グッターハイムは大きな体には似つかわしくない程の素早い動きで、右へ左へと逃れ続けている。
一瞬鞭の動きが止まり、グッターハイムは首を傾げる。次の瞬間、マリンサは思い切り腕を横に振った。
ビュー!
グッターハイムは左右に避けるのは無理だと判断して、上へと大きく飛んだ。マリンサはニヤリとして腕を振る。鞭は蛇のようにくねくねと、降りてきたグッターハイムの足に絡みついた。
「ふん!」マリンサが鞭を引っ張る。しかし――。
「どうした?」グッターハイムはびくともしない。
「ぐぬぬ……ふん!」渾身の力を込めて引っ張る。
――やはりびくともしない。グッターハイムはニヤリとした。
「ふん!」今度はグッターハイムが、鞭が絡まっている足を思い切り引っ張った。
「ああ!」マリンサは前倒しに倒れ、鞭から手を離してしまった。
「はっ!」グッターハイムは素早くマリンサに飛びつき、首に棒切れを押し付けた。
「ま、参りました……」
「なかなか健闘したな。――よし! ニレ! フーバー! 他の皆もまとめてかかってこい!」
ワッ! と数人が一斉に飛び交る。グッターハイムは次々と、棒切れで向かって来る人々の剣や槍を叩き落として行く。
「す、凄い……」
メルメルもトンフィーも、あまりのグッターハイムの強さに唖然としてしまった。
「ハッハッハッ! なんだ、なんだ! こんな事で闇の軍隊と戦えるのか!」
このままではグッターハイム一人に全員がやられてしまう。とそこへ、
「グッターハイム!」
広場全体に凛と澄んだ声が響きわたり、皆が一斉にそちらを見た。
(……誰?)
隠れ家の入口に誰か立っている。
(遠過ぎてよく見えないわ……)
メルメルは目を凝らした。すると突然、その人影が走り出した。
ザザザザザッ!
みるみるうちに近づいて来て、ようやく容姿を確認しかけたその瞬間。バッ! と前方に大きく跳躍した。
メルメルの目の前を、赤い影が風のように通り過ぎた。
ザン! ガキーン! ズザザザー!
構えた棒切れが真っ二つに切られ、グッターハイムは瞬時に腰にぶら下げた剣を引き抜いた。続けて振り下ろされた二撃目をその剣で受けて後ろに大きく下がった。
「私が相手しよう」




