戦士ライン 3
「ん? そうさ。言ってなかったか?」
グッターハイムは変な顔のメルメル達(髭もじゃの大男から、なんとか女性戦士への想像に切り替えようと必死なんだ)をほったらかして先へ進み、とある小屋のドアの前で立ち止まった。
「ほらニレ。とっとと鍵を開けろ」
「とほほほ……」
ニレはガックリ肩を落として、腰に下げている鍵束の中から一つを選び、鍵穴に突っ込んだ。ゆっくり回しながら、
「ら、ラインさんに叱られたら、ちゃんと事情を説明して下さいよ~」
グッターハイムはあさっての方を向いて口笛を吹いている。
メルメルは我に返り、二人を追い駆けて慌ててドアの前に走って行った。
ドアの真ん中に、『ライン』と書かれた木のプレートが掛けられている。書いてある字は太く鋭く乱暴な感じで、ラインのンなど最後がはね過ぎて上に突き刺さってしまっていた。しかしプレートはピンクや白の可愛らしい造花で縁取られていて、如何にも女性らしい雰囲気を醸し出している。そのアンバランスなプレートをメルメルは、(きっと字はグッターハイムあたりが書いたんだわ)と考えたが、
「しかしいつ見てもラインの字は酷いな。ニレ、お前こんな字の回りに花なんか飾るなよ」
「でも、少しは女性らしさが出るかな、と……」
という二人の会話に思わず呆れた。
(……多分、ペッコリーナ先生より縦にも横にも三回りくらいでっかくて、おっきな鎖鎌を振り回すような女戦士ね)
メルメルは、やっと想像が固まったところで部屋に足を踏み入れた。
「……ずいぶん片付いているじゃないか。以外だな」
グッターハイムが部屋を見渡して首を傾げながら言う。
「私が毎日片していますから」
ニレが言うと、グッターハイムは納得顔で頷いた。
「しかし何だ? この匂いは……」
グッターハイムは顔をしかめる。確かに、何だか焦げ臭いような、何かが腐ったような妙な臭いがしている。
「窓を開けましょうか?」
ニレが窓を開けると、外から気持ちの良い風が入ってきて匂いが少し薄れた。
メルメルとトンフィーはぐるりと周りを見回した。殺風景な部屋だ。寝床は綺麗にベッドメイクされていて少しの乱れもなく、確かに主が不在である事を告げていた。他には小さな本棚と、机が置いてあるだけ。机の上には書類らしき紙や手紙の束が積み上げてある。グッターハイムは手紙を持ち上げてひっくり返して裏を見たりしながら、つまらなさそうな顔をしていた。
「何だよ。ラブレターの一つでもありゃあ面白いのにな……」
メルメルは何となしに棚にある本を眺めていた。
『フェンリファルコム箸 究極の氷魔法』
『スベルス箸 古の剣術と進化した技』
『ナンブラカラコッツ著 闇の王国の謎』
(これ、ワタシも持ってるわ。園で配られたもの。――何だか真面目な学問書がほとんどでつまらない……あ! これ――)
『トルリンペラ箸 スカラの大冒険一』
(ワタシも持ってるわ! スカラが友達のレリックを殺されて、怒りに燃えて敵の城にたった一人で乗り込んで行くところがとっても泣けるの! ……ラインさんも読んだのかしら?)
子供向けの冒険小説だ。しかし良く見てみると一から八まで全ての巻が揃えられている。
(……完全にファンね)
それにしてもおよそ女性らしいとは言い難い本ばかりだ。すると、同じ様に本棚を眺めていたトンフィーが、「メルメル」と呼びかけてきた。トンフィーは本棚の一番下の端っこを指差している。
『あなたにも出来る美味しいパスタの作り方』
『安心簡単おふくろの味』
『子供でも作れる百のレシピ』
『彼に家庭的だと思わせる方法』
なんだかホッとして、トンフィーとメルメルは思わず顔を見合わせて微笑んだ。
「なんだ? あの布は」グッターハイムの指差した先。そこには壁一面黒い布が貼り付けられていた。
「あれ?」
良く見てみると、布は天井に釘で打付けられていて、窓から入ってくる風で端の方がはたはた揺れていた。
「さては向こう側にも部屋があるな? 外から見た感じよりやけに部屋が狭いと思ってたんだ」
ニヤリと悪い顔をして、グッターハイムが黒い布に向かって歩き出す。
「だ、ダメですそっちは! ――あ、あ~!」
ニレの制止を無視して、グッターハイムがバサッと布をめくって、向こう側に消えた。
「………………………………なんじゃ、こりゃあ!」
叫び声が聞こえて、メルメル達は慌てて後を追って布をめくり上げる。
「…………な、何? これは」
――そこには六畳程の空間があり、様々な大きさの鍋やらフライパンが雑然と置かれ、床には粉の様なものや、木の実やら葉っぱの乾いた物やらが散乱していた。一言で言えば、
「ぐちゃぐちゃだ……」である。
部屋には二つ並んだガス台があり、両方とも大きな鍋がかけられていて、さんざん噴きこぼれた様な跡があった。中を覗いてみるといずれもどす黒いおかしな色をしていて、部屋の匂いの原因に違いない腐った様な臭いがするものが入っていた。ガス台の前は壁がすすけて黒っぽくなってしまっているし、見上げると天井も焼け焦げていた。
机の上にはボールが置いてある。中に不思議な色の液体が入っていているのを見て、メルメルは突っ込んだままになった棒でグルグルと掻き回してみた。ところが、なんだかネバネバとして糸を引いたので直ぐに止める事にした。
何かの本があちこち開いたままだったり、隅に積み上げてあるのに気が付いて、メルメルは、(きっと呪いの本だわ……)と思った。
「ど、毒薬作りでもしていたのか? ラインは……」我に返ってグッターハイムが呟いた。
「こ、この部屋は私もめったに入れてもらえないんですから、見た事は絶対秘密にして下さいよ!」
額に汗まで浮かべて泣きつくニレを横目で見ながら、メルメルはこっそり床に落ちている本を拾ってみた。
『初めてでも簡単! 今日からあなたも名パティシエ』
「…………」
トンフィーも別の本を覗いている。
『包丁も火も使わないで出来る魔法の一品料理』
「…………」
グッターハイムは恐ろしげに後ずさって、黒い布をめくり上げた。
「ま、まぁニレのたっての願いだからな。こ、この部屋に入った事は黙っておこう。うん。……それにしても、誰を呪い殺すつもりなのか……ラインの奴。……ブツブツ」
一人でブツブツ言いながらグッターハイムは逃げるように去っていった。
取り残されてボーっとしているメルメルとトンフィーの肩を、ニレがポンっと叩いた。
「さ! ご飯でも食べに行こうか?」
二人はコックリ頷いて踵を返した。黒い布を捲り上げて出て行くニレに続いて布を持ち上げながら、メルメルとトンフィーはもう一度部屋を振り返った。とても料理をする部屋には見えないが、残念ながらそこいらに転がったどの本を見ても、『呪いの秘薬の作り方』という様なものは見つかりそうに無かった。




