ミミとシバ 2
家に入ると焼きたてくるみパンのい~香りが漂ってきて、思わずお腹がググーっと鳴ってしまったので、慌ててメルメルは歌を歌って誤魔化す事にした。
「ググーっとモーニングおじいちゃん♪ ググーっとモーニングおばあちゃんっ♪」
メルメルが適当に作った歌を聴いて、プラムじいさんは嬉しそうに手を叩いた。
「お! 良い歌じゃな~。初めて聞いたぞ。園で習ったのかのう?」
「そうよ!」
プラムじいさんはいよいよ嬉しそうにニッコニコ顔になった。
「どれ、ワシにも教えてくれんかのう?」
「いいわよ! それじゃ、私の後に続いて歌ってね!」メルメルはスーッと息を吸い込んだ。
「ググーっとモーニングおじいちゃん♪」
「ググーっとモーニングおじいちゃん♪」
「ググーっとモーニングおばあちゃん♪」
「ググーっとモーニングおばあちゃん♪」
「朝は爽やか楽しいな~♪」
「朝は♪ よっと、爽やか楽しいな~っと♪」
プラムじいさんがオーブンからパンを取り出しテーブルに並べ、
「晴れたらなおさら楽しいな~♪ えいっと」
メルメルがお皿を取り出してテーブルに並べ、
「晴れたら♪ やっ! なおさら楽しいな~♪ ほっ」
プラムじいさんはお皿にシチューをよそいながら、
「ネコも楽しげ~に鳴いているよ~♪ よいしょっ」
メルメルはテーブルにスプーンを並べ、
「お、少し曲調が変わったの? ネコも楽しげ~に鳴いているよぉ~♪」
「はい、おしまい!」
メルメルがパン! と手を叩いたので、目を瞑って気持ち良さそうに歌っていたプラムじいさんはパッチと目を開いた。
「なんじゃ? 何だか尻切れトンボじゃな」
「最近の流行りの歌はみんなそんな感じなのよ。それよりシチューが冷めちゃうといけないから、早く食べましょう!」
「ま、それもそうじゃな。しかし良い歌じゃな~」
プラムじいさんはまだごにょごにょと小さく歌を口ずさんでいる(だけどそれは、メルメルがお腹の音を誤魔化す為に今さっき作った歌なので、もう一度一緒に歌おうとせがまれたらどうしようかと、内心ヒヤヒヤしてしまったんだ)。
「それじゃ、頂きます!」
「はい、召し上がれ」
美味しそうにシチューをすくって食べているメルメルの、短く刈った形のキレイな頭を眺めながらプラムじいさんはふ~むと唸った。
「少しは伸びてきたのう」
「モグモグ、ゴックン。髪? いいのよ短い方がスッキリして」とメルメルは強がってみせた。
実はこの前の魔法の授業の最中に、ペンの先に炎を灯す魔法を習っていたら、メルメルは誤って髪に炎をつけてしまって、せっかく腰の辺りまで伸ばしていた髪の毛を短く切る事になってしまったのだ。強がってみせてはいるが大泣きに泣いた話を、プラムじいさんはペッコリーナ先生から聞いて知っているのだった。
その時の事を思い出してしまったらしく、メルメルのクリクリの目が赤くなってきて、大きな黒目がウルウルしてきたので、プラムじいさんは大いに焦ってしまった。
「も、もうすぐ十二才の、ハッピーバースデートゥーユー♪ じゃな、メルメル!」
「グスッ! もうすぐって言っても、あと十ヶ月あるわ。ズズズズ~」
どうやら鼻水も出てきてしまったらしい。プラムじいさんはいよいよ焦ってしまった。
「た、誕生日には盛大にバースデーパーティーをしよう! ほら、あれじゃ、あれ。仲良しのトンピー君も連れておいで! たくさんの美味しい料理や、とびっきりのプラムじいさん特製ケーキを用意するから!」
「本当に? 嬉しい! トンフィーも喜ぶわ! だってトンフィーったらこの間来た時、おじいちゃんの焼いてくれたチーズ苺クッキーがとってもおいしかったって言っていたもの!」
これにはプラムじいさんは顔を真っ赤にして喜んでしまった(だってプラムじいさんが一番嬉しい事が自慢の孫を誉められる事で、二番目に嬉しい事が自慢の手作り料理を誉められる事なんだ)。
「トンフィーったら、お母さんにも食べさせてあげたんだって。ほら、おじいちゃんが残ったのを包んであげたじゃない? そしたらお母さんも美味しい美味しいって食べたんだって言っていたわ」
「そ、そうか~。じゃあ、お、お母さんもパーティーに呼んであげよう~!」
プラムじいさんがいよいよ顔を真っ赤にして、いつもよりもっとニッコニコ顔でいるのを見てメルメルは少し困ってしまった。
「ダメよ……。だってトンフィーのお母さんは病気でほとんどベッドから出られないもの」
プラムじいさんはニッコニコ顔をハッとさせた。
「そ、そうじゃったな~。それじゃあ、たくさん作ってまたトンピー君に持って帰って貰おうかのう……」
プラムじいさんはしょんぼりして、いつの間にかちゃっかり膝に乗っているシバを撫でている。
「そうね。トンフィーとっても喜ぶわ。それにね、パーティーでは料理も一緒に作るといいわ。だってトンフィーもとっても料理が上手だし、前におじいちゃんに色々な料理の作り方を教えてもらいたいって言ってたもの」
「そうか~! もちろんOKじゃよ~」 またまたプラムじいさんはニッコニコ顔を復活させた。 「あの子はとっても良い子じゃの~。この間もワシの書いたレシピ本を熱心に見ておって、おじいちゃん字もとってもキレイだなんて言ってのう、ワシに字を習いに来ていいか? な~んて言っておったよ」
「そうよ! ――メッ! テーブルの上はダメよ! ――すごいんだから! トンフィーはとっても頭が良いんだもの。魔法も歴史も科学も算数も国語も、全部クラスで一番なのよ!」 メルメルはまるで自分の自慢でもするように胸を張った。「この間の歴史の授業でも先生が説明をする前に、七代前までの女王様の名前を全部言い当ててしまったし、算数の授業でもこ~んな長い計算式を十秒もかからないで問いてしまったし、それにそれに、魔法の授業では誰より早く炎をペン先につけたのよ! 私なんて……私なんて……ヒック!」
喋っている内にその時の事を思い出してしまったらしく、メルメルはまたまた涙目になってしまった。
「で、でも体育の授業ならメルメルの方がすごいじゃろ!」
「それはそうね。だってトンフィーはあんまり運動が得意ではないもの。――ね、お片ししたら少しだけテレビを見て良い?」
プラムじいさんは、そわそわしながら時計を気にしているメルメルを見てピンときた。
「お! もうすぐ、メルメルの大好きなミラークルクルマンの時間じゃな。もちろん良いともさ」
メルメルは慌てて食器をカチャカチャと片し始めた(少し慌てすぎてミミの尻尾のさきっちょを踏んでしまい、「にぎゃーー!」「ごめん、ごめん!」)。
プラムじいさんもヨッコラショと立ち上がりながら、
「それじゃあ、片しながらもう一回さっきの歌を……」
「はい、片付いた! あー、始まっちゃうわ!」
聞こえなかった振りでメルメルがテレビのスイッチを入れると、「鏡に写したかのように~♪ う~り~ふた~つぅ~♪」とミラークルクルマンの主題歌が流れ始めた。メルメルが目をキラキラさせて、「ミラ~クルクル♪ ミラ~クルクル♪」と夢中でテレビを見て一緒に歌い始めてしまったから、プラムじいさんはやれやれとあきらめる事にした。これが始まってしまうと、めったな事ではこちらを振り向いてはくれなくなる。
仕方がないのでプラムじいさんが食器を洗いながら一人小さく、「ググッとモーニングお母さん♪」と歌っていると、
「あー! 大ピンチだわ! 早く、早く変身しなくちゃダメよ!」
どうやらメルメルはテレビを見て興奮して騒いでいるようなのだ。様子を見に、プラムじいさんがテレビの前に行ってみると、ちょうど悪者達にやられかけ、一人の少年がピンチに陥った所のようだった。少年の年頃はメルメルより三つ四つ上くらいか。何だか気の弱そうな顔をしている。
「仕方ない。こうなったら……」
画面の中で少年が呟き、おもむろに両手を高く掲げた。すると何故か、メルメルも慌てて同じ様に両手を高く掲げた。そうしてテレビの中の少年と一緒に、
「ヤーヤーヤーヤー!」
と、交互に両手を高く掲げ、
「ミラークルクル、ひつじマンにな~れ!」
ピッカー!
テレビの中の少年が光輝き、次の瞬間――頭から角を生やした、もじゃもじゃ頭の別人に変わってしまっていた。
「うへぇ! なんじゃ? ひつじマンって……」
「ひつじマンは前々回戦った敵よ。ミラークルクルマンは一度戦った敵には必ず変身出来るのよ!」
ひつじマンに変身した少年――ミラークルクルマン──は、画面の中を縦横無人に走り回って次々に悪者達を倒していく。プラムじいさんがちょっと席を外して、メルメルの為にポカポカ紅茶を入れて戻ってくると、ミラークルクルマンは元通りの気の弱そうな少年に戻ってしまっていた。
「は~、良かった……。これで町の平和は保たれたわ」
エンディング曲が流れ始めて、心からホッと一息しているメルメルの横で、シバは呑気顔でお腹を舐めて毛繕いしていた。
メルメルはチラッとその様子を見て、ふと思いついてニヤッとし、おもむろにシバを抱き上げて両手を掴んだ。
「ヤーヤーヤーヤー!」と、先ほどと同じように両手を交互に掲げ、
「ミラークルクル! ひつじマンにな~れ! いたっ!」
シバはメルメルのお腹をおもいっきり蹴飛ばして逃げ出すと、棚の上に駆け上がった。そうしてそこで知らん顔を決め込んで眺めていたミミに寄り添って座り、上から恨めしげにこちらを見つめるのだった。メルメルは、キラキラのブルーのおめめがとってもキレイだわと思いながら、下から二匹を見上げてあ~あと言って溜め息を吐いた。
「ほれ、ポカポカ紅茶でも飲んで明日の宿題でもやっておしまい」
プラムじいさんの言葉にメルメルはもう一度あ~あと言って、大きく溜め息を吐いたのだった。
それからしばらく経ったある夜。メルメルが寝ていると、玄関の辺りでボソボソと人の話し声が聞こえてくる。何だかオシッコに行きたくなってきたし(たぶん寝る直前に飲んだココアのせいなんだ)すっかり目が覚めてしまった。時計を見ると、もう夜中の二時過ぎだ。
メルメルはここの所しょっちゅうだな、と思う。真夜中に誰か尋ねて来て、しばらくの間プラムじいさんとボソボソと話し込んでいくのだ。長いときは朝方までそうしている。
オシッコに行きたいけれども、メルメルはなんだか恐くて部屋を出る事が出来ないのだ。だって、その相手の男の声はやけに低いし、プラムじいさんの喋り方もいつもとは少し違う感じがするからだ。でもだんだんオシッコを我慢出来なくなってきたし、変な相手の顔を見てみたいような気もしてきた。勇気を出してドアの前に立ち、深呼吸をス~、ハ~としてみる。
「暗黒王は女王を……ボソボソ……占い師……居場所が……レジスタンス……ボソボソ……」
途切れ途切れに聞こえてくる男の低い声。メルメルにはその話す内容は訳が分からなくて、思わず眉をひそめながらガチャッとドアを開けた。
視界に飛び込んできたのは、玄関で驚いたように振り向いたプラムじいさんのビックリ顔。そしてその向かいには、上から下まで真っ黒の服を着て、フードを深くかぶった謎の人物がいた。
なんとも怪しい出で立ちにメルメルが目を丸くしていると、男は、「……ではまた」とやはり低い声で囁くように言って、ドアの向こうの暗闇の中に消え去ってしまった。メルメルがじっと固まって暗闇を見つめていると、バタン! とプラムじいさんが素早くドアを閉め、カチャカチャっと鍵をかけてしまった。
「あー――どうしたんじゃ? こんな夜中に」
「おトイレよ」
プラムじいさんはメルメルの顔を見ないで、あっちこっちに視線をさ迷わせている。
「うん。そりゃ~、あれじゃな、寝る前に飲んだココアのせいじゃな、うん。あー……明日起きられなくなるとあれだから、トイレに行ったら早く寝るんじゃよ。それじゃ、おやすみっ!」
とプラムじいさんは逃げるように自分の部屋に入ってしまった。
メルメルはなんだか、「あの人は誰なの?」と聞くタイミングを逃してしまった。
モヤモヤっとしてしまったし、少しだけ恐くなってブルッと身震いをする。トイレに駆け込み、今夜はミミかシバを抱っこして寝たいな~、とメルメルは思ったのだった。
次の朝メルメルが目を覚ますとキッチンから焼きたてパンの良い匂いが漂ってきて、瞼をこすりながら椅子に座ると、プラムじいさんが目の前にホッカホカミルクセーキの入ったマグカップを差し出してきた。
「ググッとモーニングお嬢さん♪」
「……おはようおじいちゃん」
昨夜の事など何もなかったかのようにご機嫌な様子のプラムじいさんに、メルメルは少し腹を立てた(だって、メルメルはあの後しばらくモヤモヤとして寝れなかったんだ)。
「おじいちゃん、昨日の夜の人は――」
「あー! 焦げる、焦げる!」とプラムじいさんは慌ててキッチンに走って行ってしまった。
「まったく、もう!」
メルメルがいよいよプリプリして待っていると、大好きなレーズンパンのバターシュガーサンドをお皿に乗せて、プラムじいさんがニッコニコ顔で戻ってきた。
「今日のお弁当のおかずは、メルメルの大好きなレンコン入りコロッケと、フワッフワ卵のキャベツクリームソース包みじゃよ!」
「へ、へ~」
見え見えでばればれなご機嫌取りだと分かっていながら、メルメルは頬が緩んできてしまって口の端が少しずつ上がってきてしまった。そして極めつけにプラムじいさんが、
「食後のデザートに、サクサククリームアップルパイを持っておいき!」
「わーい! やったー! おじいちゃん、だ~いすきっ!」
これですっかり昨夜の事など忘れてしまった。プラムじいさんはこっそり、ホッと胸をなで下ろした。メルメルは大好きなレーズンパンのバターシュガーサンドにかぶりつきながら、もう、すっかりご機嫌だ。
「モグモグ、そういえばミミとシバはやっぱり、モグモグ、まだ来ていないの? ゴクンッ」
「あの子達は毎朝メルメルが出てからしばらくせんと来やせんよ。この間も言ったが、毎日必ず同じ時間に来るんじゃからのう」
メルメルは不思議そうに首を傾げた。
「最近、夜はどこで寝ているのかしらね? 昨夜もいなかったし」
「もう暖かいからのー。冬の間は家に来て寝ることもあったの。――あ、そうそう。この間、ラウルの店に肉を買いに行ったら、その途中で二匹を見かけてのう」
メルメルは、お気に入りのウサギのアップリケのついたキルトの鞄に教科書やらノートやらを詰めている手を止めた。
「お肉屋ラウルなら園のすぐそばじゃない! あの子達、そんなに遠くまでお出かけするの?」
「そうじゃな~。もしかしたら、メルメルより遠くまで遊びに行っているかもしれんよ」
そう言われると、何だかメルメルは二匹に負けている様な気がして、悔しくなってしまうのだった。
「そんな事ないわ。だって、ミミとシバはツインビーンズパークまでは行けないでしょ?」
ツインビーンズパークは、遠足で行った事のある大きな豆の木が二本生えた公園で、メルメルの通っている園から車で三十分くらいの場所にある。豆の木の一番高い所まで誰より早く登った話を、メルメルが大興奮して話していたのを思い出しながらプラムじいさんはふ~むと唸った。
「メルメルだって園のバスに乗らなきゃ行けないじゃろうが?」
言われてメルメルは口をへの字にして黙ってしまった。プラムじいさんはこういう、少しデリカシーに欠けた所があるのだ。
メルメルがやけに静かになってしまったので、プラムじいさんは雰囲気を変える事にした。
「それでその時、つまり肉屋ラウルのそばでミミとシバを見かけた時じゃけども、二匹が戦っているのを見たのじゃよ」
メルメルはビックリした。「あの子達、本当は仲が悪いの?」
「いやいや、あの二匹で戦い合っておったんじゃなくてな。ラウルの家の二軒隣に、大きな犬を飼っとる家があるじゃろ?」
メルメルは目の玉を上にして少し考えた。
「きっとアンジェラさんの所の、ボルディーの事だわ。ラウルさんにお肉の残りカスをもらって、トンフィーとあげに行った事があるのよ。茶色に黒い斑の犬でしょ?」
「そうじゃ、それじゃ。そのポルティー君に二匹で立ち向かっていっておったんじゃよ」
メルメルはいよいよビックリして、ただでさえクリクリの大きな目を、更に一杯に見開いた。
「そんなの無茶だわ! ボルディー相手じゃ、すぐにやられちゃうわよ! こーんなに大きいんだから! キバだってこーんなに! トンフィーなんて恐くてなかなか近寄れなかったんだから」
「それがなかなかどうして、二匹とも頑張っておってのう。何せすばしっこいから、ミミが前から引っ掻く振りをしている間に、シバが後ろから引っ掻いたりしてな。ポルティーニョ君も結構参っておったよ」
メルメルは、小さな二匹が果敢に、十倍近くもある大きな犬に立ち向かう様子を思い浮かべ、すっかり感心してしまった。
「すごい、すごい! でも、気をつけないと……。ボルディーは優しい子だけれども、勢い余って噛みつかれたら、ミミとシバなんてきっと一コロでぶっ殺されちゃうわ」
「ぶっ、ぶっ殺……。ま、まぁ、大丈夫じゃよ。そのうちに飽きたみたいで帰りよったからのう。きっと遊び半分なんじゃろう。……おや? 随分荷物が少ないんじゃな?」
いつもはパンパンに膨れているウサギの鞄がぺったんこになっているのを見て、プラムじいさんは不思議そうな顔でお弁当を差し出した。メルメルはそれを受け取りながら、嬉しそうな顔になった。
「今日は体育の時間に弓の練習をするの! 初めてだから三時限分使って、た~っぷり練習するんですって! だから、他の授業は歴史と調教術しかないのよ」
「ほ~。弓の練習か。じゃったら、やっぱりペッコリーナ先生が教えてくれるのかのう?」
「え? 分からないけど、どうして?」
メルメルが不思議そうに首を傾げると、プラムじいさんは何故か一瞬、しまった! というような顔をした。
「いや……。なんか、あれじゃよ。あれ。女の先生の方が優しくて良いじゃろうな~……と、思ってな」
「そんな事ないわよ。ペッコリーナ先生は結構厳しいもの。ドラッグノーグ先生の方がよっぽど優しいわ。その代わりに、と~ってもやかましいけれどね」
メルメルが、ドラッグノーグ先生の顔を思い出して心底ウンザリといった顔で両手を小さくあげると、それを見てプラムじいさんは可笑しそうに笑った。
「あの夫婦は相変わらず喧嘩ばっかりしとるのかのう?」
「そうよ。私達にはみんな仲良くなんて言っておいて。先生達の方がよっぽど仲良くするべきだと思うわ。誰も周りにいないから平気だなんて思ってるのかも知れないけれど、ペッコリーナ先生もドラッグノーグ先生も声がとっても大きいんだもの。怒鳴り合う声が三つ隣の教室にいても全部丸聞こえなんだから」
メルメルの呆れ顔を見ながら、プラムじいさんは心底可笑しそうに笑った。
「うっほっほっほっほっ! まったく、しょうがないのう。あの夫婦は昔っから……や! メルメル、そろそろ行かんと遅刻してしまうぞ」
メルメルは時計を見上げ、慌ててウサギの鞄を肩にかけた。
「本当だわ! それじゃおじいちゃん、行ってきまーーす!」
「ほいさ! 気をつけてな~」
ドアをバン! と勢い良く開けて、メルメルは猛スピードで走り出す。
園に向かうには七軒先の家の角を左に曲がるのだけれど、メルメルはそこで急に――自分でも何故だか良く分からないけれど――胸がざわざわっとして思わず立ち止まってしまった。くるりと家を振り返る。すると、プラムじいさんはわざわざ外に出て来てくれていて、遠くからでも良く分かるくらいの、いつもの暖かいニッコニコ笑顔で手を振っていた。メルメルはそれを見てやけに安心して何だか嬉しくなり、プラムじいさんに負けないくらいの満面の笑顔になった。そうして両手を大きく振り返し、再び園に向かって猛スピードで走り出したのだった。




