ミラークルクルマン 9
ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、ポク
馬の背に揺られながら、メルメルは疲れ切ってウトウトしていた。ふと隣を見ると、同じようにグッターハイムの前に座ってウトウトしているトンフィーの姿が目に入った。腕にはアケを抱きしめている。メルメルは自分の腕の中に視線を移した。ミミとシバが、こちらは完全にスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。可愛い寝顔をしばらく眺めていると、後ろから覗きこんでいたらしいペッコリーナ先生がフフッと笑った。
「よっぽど疲れたんでしょうね。変身なんて、初めてしたのかも知れないものね」
メルメルは頷く。すると横から、
「しかし変身とは驚きだな……」グッターハイムは、もう何度目かのセリフを口にした。
ミミとシバの変身も猫の道案内も、全てトンフィーが話して聞かせたのだ。最初半信半疑だった二人だが、実際目の前でミミとシバをボルディーに変身させたり、いつの間にか現れた茶トラのアーチャと三毛猫のユトロニャーオが先頭に立って道案内を始めると、完全に信じざるおえなくなってしまった。
「変身……か。まぁ、変身と言うか、変化自体はまったくあり得ないわけじゃないさ。中には変化を得意とする生き物がいるからな」
グッターハイムの言葉にウトウトしていたトンフィーが顔を上げた。「知ってます。竜族でしょう?」
グッターハイムは大きく頷く。
「お前は本当に良く勉強してる。――その通りだ。竜族は強大な魔力故に、様々な生き物に変化する事が出来る。中には人間に変われるなんて言う奴もいるが、これは定かじゃない」
(強大な魔力……)
メルメルは驚いて腕の中の二匹を見た。相変わらず可愛い顔で寝息を立てている。シバの方はよだれまで垂らしていて、とても強大な魔力を持っているようには見えない。
「後はペットとして契約した動物が、飼い主の力の影響を受けて変化する事があるな。例えば――よくあるのが飼い主に合った武器に変化するというものだ。剣や槍、魔法の一部になる事もある」
メルメルは驚いた。武器に変化するペットの話なんかは本で見た事があるが、魔法の一部とはどういう状態だろう?
「いずれにしてもペットが変化して加わった攻撃は威力が何倍にもなるという事だ。ただ、そんな風に変化するのだって稀で、飼い主かペット、あるいはその両方が強大な力の持ち主でなきゃいけない。しかも様々な動物に変化するペットなんて……。俺は聞いた事がないな。あるとすれば、やはり竜族か……。あるいは、それに匹敵するほどの魔力を持った生き物だな」
メルメルは再び、まじまじとミミとシバを見てみる。何か夢でも見ているのか、ミミは目を瞑ったままムニャムニャと口を動かしている。
「とてもそんな風に見えないわ」
メルメルが言うと、グッターハイムはニヤリと笑った。
「実は猫をかぶった竜かも知れないぞ」
メルメルは目を見開いてミミとシバを見つめる。
「ガハハハハハハ!」
「あんまりからかわないのよ、グッターハイム。竜族は高貴だし気位が高い生き物だから、めったに普通の人と接触したりしないのよ。それに竜ともあろうものが、狼ごときに踏みつけられますか!」
「ガウ」横を歩いているルーノルノーが不満そうな声を出した。どうやらごときが気に入らなかったらしい。
「ガッハッハッ! まぁ、まさか竜な筈も無いだろうから、ただヘンチクリンで訳分からんどら猫共なんだろうさ」
説明にはなっていないが、竜だなんて言われるよりはヘンチクリンなただの猫と言われる方が、まだ納得出来るメルメルなのだった。
「ウニャーン」
林の中から薄い灰色の猫が現れて、先頭を行くアーチャとユトロニャーオに並んだ。すると、
「ニャーォ」「ミニャー」アーチャとユトロニャ~オが灰色猫に声をかけるように鳴いて、森の奥に去って行ってしまった。
「お? 選手交代か?」
グッターハイムが言うように、今度は灰色猫が先頭に立って歩き始めた。
「本当に不思議な猫達ね。このままプラムのところまで私達を案内してくれるつもりかしら?」ペッコリーナ先生が顎に指を当てて、首を傾げる。
「まぁ、変身に比べりゃ道案内なんてどうってことないが、不思議には違いないな」
「もしかして、ミミちゃんやシバちゃんに従ってやっているのかしら?」
ペッコリーナ先生が言う。メルメルはビックリして、目をクリクリさせた。
「そんな事あるの?」
ペッコリーナ先生は頷く。
「ライオンなんかでは良くある事よ。リーダーの指示で他のライオンが様々な事をするの。だから戦士はみんな群れのリーダーをペットにしたがるわ。そうすれば自分のペット以外も思うように操れるから」
ライオン――と聞いてメルメルはクスタフの顔が思い浮かんだ。あまりにもリーダーとはかけ離れたグターっとした背中を思い出して、メルメルが笑い出しそうになると、「プフッ」トンフィーがとなりで吹き出した。メルメルと目が合って思わず二人でニタニタする。
「逆にペットになったが故にリーダーにのし上がる動物も多いな。ペットになると、飼い主の能力に応じて特別な力を手に入れたりするからな。……なる程、こっちに行くわけか」
灰色猫は二つに別れた道を左に進んで行く。すると、少し緩やかな下り坂になった。早足の猫を馬はゆったりと追いかけている。
(それにしても疲れた……)
メルメルはまたウトウトとする。ペッコリーナ先生達が馬で来てくれていて良かったと思った。もう眠いしヘトヘトで、とてもじゃないけど自力では歩けそうにない。
(今、何時頃かな……、もうすぐ朝かしら? 先生達はずっと休まず行くのかしら)
プラムじいさん救出に焦る気持ちはあるが、どうにも眠い。
(寝る時はキャンプみたいにするのかしら……)
宿がなければ当然そうだろう。メルメルが半分寝ぼけながら考えていると、
「ペッコリーナ……」「分かっているわ」
なんだかやたらと厳しい声のグッターハイムとペッコリーナ先生。謎のやり取りに、メルメルは、「? ? ?」と、二人の顔を交互に見た。共に、声と同じように厳しい顔をしている。グッターハイムの前に座っているトンフィーは今や完全に眠っていて、全くその事には気付いていない。
突然、灰色猫のスピードが上がった。
ところが、メルメル達の乗っている馬達のスピードも一気に上がったから、灰色猫はあっという間に追い越されてしまった。
「あ、あれれれ?」
駆け足をする馬の尋常じゃない揺れ方に、トンフィーが驚いて目を覚ました。スラッっと無言でグッターハイムが腰の剣を抜く。メルメルの後ろではペッコリーナ先生が弓を構えた。
「せ、先生」「伏せていなさい」
堅い声で言われて、メルメルは震えて体を倒す。腕の中でミミとシバはとっくに目を覚まして、毛を逆立てていた。
「もう少し走ろう。恐らく、そろそろ森を抜ける」グッターハイムが誰にともなく言う。
道の両脇には人の丈程もある草がびっしりと生えている。どうやら自分達の乗った馬と平行するように、その草むらの中を何かが走っている様だ。しかも、一匹や二匹ではない。
メルメルもトンフィーも息を飲んで、必死で馬の背にしがみついた。
「抜けるぞ、ペッコリーナ!」
突然開けた場所に出た。背後の森以外は見渡す限りの草原が広がっている。遂に、森を抜けたのだ。回りを覆う物がなくなる。
「ガウガウガウ!」
まだ日は出ていないが、月明かりのおかげで辺りの様子は良く見えている。走り続ける馬の両脇を、ハイエナのような獣が追走していた。
「す、すごい数!」
体を倒し必死で馬のたてがみを掴みながら、メルメルは周りを見渡した。またまた動物図鑑には載っていない様な動物だ (体のほとんどがハイエナで、顔や尻尾がワオキツネザルで出来ているんだ)。
驚いたのはその数で、二十匹近くはいる。
「上を見てメルメル!」
トンフィーの悲鳴が聞こえて、メルメルは頭上を見上げる。空に鳥の群れが飛んでいた。地上の敵と同じくらいの数がいそうだ。遠目で見え辛いが、翼を広げた姿は一メートルくらいありそうだ。
「上は頼むぞ、ペッコリーナ!」
グッターハイムが叫びながら剣を大きく振るう。平行していたハイエナもどきの頭が吹き飛んだ。
「任せて!」
ペッコリーナ先生が空に向かって弓を構えた。メルメルは首を必死で捻り、空を見上げた。
「久しぶり過ぎて腕が鈍ってるんじゃないか? 肩慣らしには丁度良い相手だろう!」
グッターハイムが叫んだ。すると、その馬鹿にしたようなセリフが聞こえたかのように、空で旋回していた鳥が数匹、メルメル達に向かって急降下して来た。
ペッコリーナ先生が目にも止まらぬ早さで続けざまに弓を打つ。
ヒューンヒューンヒューンヒューンと、大きな鳥が次々に降って来た。やはり見た事のない姿(今度はカラスとマングースが混ざった様な生き物なんだ)に、メルメルは目を丸くした。
落ちて来たカラスもどきの体には皆、ペッコリーナ先生の放った矢が突き刺さっていた。それを見てグッターハイムはピューっと口笛を吹いた。
「こりゃあ大変失礼しました。俺も負けてられんな~」
たくさんの敵に囲まれているとは思えないほど呑気な声を出しながら、グッターハイムは大剣を縦横無尽に振るう。あっという間にハイエナもどきは半分近くに減ってしまった。空からはどんどんカラスもどきが降って来る。
「す、すごい!」
トンフィーが感嘆の声を出す。メルメルも二人の余りの強さに唖然とした。
「ガウワウ!」「キャイーン!」
ハイエナもどきの倍以上ありそうなルーノルノーが一咬みでハイエナもどきを倒してしまった。すぐさま次に飛びかかる。
「もう体を起こしていいわよ、メルメル」
後ろから声をかけられて、メルメルは体を起こして空を見上げる。もう、カラスもどきは一匹もいなくなってしまっていた。
「待てルーノ!」
地上では、最後の一匹のハイエナもどきにルーノルノーが飛びかかろうとしていた。グッターハイムに止められて不満そうに、「グゥ」と鳴いている。
「メルメル!」
グッターハイムに呼ばれて、メルメルはそちらを見た。既にトンフィーも体を起こしてこちらを見つめていた。
「ミミとシバを変身させるんだ!」
トンフィーに言われてメルメルは不思議に思って首を傾げる。ハイエナもどきはもう一匹しか残っていない。何故わざわざミミとシバを変身させるのか。
「次に変身させる為だそうだ! 確かに犬よりはましかも知れない。さぁ、早くしろ!」
グッターハイムが叫ぶ。恐らくトンフィーが考えたのだろう。納得してメルメルは腕の中の二匹を見た。
「出来る? ミミ、シバ」
手を離すと二匹は馬から飛び降りた。そして後ろ足で立ち上がり両手を交互に掲げながら、
「ニャーニャーニャーニャー!」
「ミラークルクル! ボルティーにな~れ!」
ピカー!
二匹から放たれる眩い光に皆きつく目を閉じた。そして再び目を開けると、そこには想像通り二匹のボルティーが立っていた。今のところ唯一まともに変身出来る、ミミとシバのレパートリーだ。
「かはー! 何度見てもおっどろきだな!」
グッターハイムが愉快そうに言う。メルメルの後ろでは感心したようなため息が聞こえる。
「ガウガウ!」
ミミとシバは、うずうずしているルーノルノーの脇を抜けてハイエナもどきに飛びかかった。
「ギャイン!」
片方のボルティーがハイエナもどきの足に噛みついた。ハイエナもどきは体を捻って噛みつき返そうとする。しかしボルティーは直前で口を離し後ろに避けた。すると横からもう一匹のボルティーがハイエナもどきのお腹の下に頭を突っ込んで勢い良くすくい上げた。「ギャン!」倒れたハイエナもどきに二匹のボルティーが食らい付く。
「もういいわ! ミミ、シバ!」
メルメルが叫ぶとミミとシバは攻撃を止めて、まだ息の根が止まっていない敵を名残惜しそうに見ながら戻ってきた。
「何故止める?」
グッターハイムが咎めるような声で言う。メルメルは馬から下りて二匹の頭を撫でようとする手を止めた。「え?」
「トドメを刺させろ」
珍しく怖い顔のグッターハイムにメルメルはたじろぐ。
「でも、もう……」
言いながらハイエナもどきを振り返る。なんとかフラフラと立ち上がったところだった。
「どうせ逃げて行くわよ……」
「そんな事はない。見ろ」
少しずつこちらに歩いて来る。メルメルは逃げてくれれば良いのにと思う。
「あ、あれじゃどうせ戦えないわ」
助けを求めるようにペッコリーナ先生を見る。しかしペッコリーナ先生は、悲しそうな顔で首を横に振っている。
「ルーノ」
静かな声でグッターハイムが言うと、ルーノルノーは素早くハイエナもどきの喉元に食らいついた。動かなくなったハイエナもどきから顔を上げメルメルを振り返る。黒っぽい毛が敵の血を吸い込んで、鼻の周りだけ月明かりを受けてヌラヌラと光っている。ゴクリとトンフィーが唾を飲む音が聞こえた。
「メルメル。必ず敵にはトドメを刺せ。最後の最後で手を抜くな、命取りになるぞ」
厳しい声で言われて、メルメルは何も言えずに口をへの字にして押し黙る。殺さなくて済むなら、殺さない方が良いではないかと思う。そんなメルメルの気持ちを察したようにグッターハイムは声を柔らかくした。
「可哀想だと思うか? だが、こいつらのようなキメラは生かしておく訳にはいかないんだ」
「キメラ?」




