ミラークルクルマン 8
ドウッと倒れたカンガルーもどきの後ろに、抜き身の剣をぶら下げたグッターハイムが、ニヤリと片方の頬をつり上げて立っていた。
「な、な、な」言葉にならずにグッターハイムを指差して口をパクパクさせるメルメル。
「ん? 何で居場所が分かったのかって? お利口さんのトンフィー王子に感謝するんだな。もしあいつが――」
「わーーーーん!」
グッターハイムが言い終わらないうちに、メルメルが飛びついてきた。
「お? お?」
「わーん! わーん!」
メルメルは大声を出して泣いている。グッターハイムは頭をボリボリかきながら、
「参ったねどうも……」と本当に参ったような顔で呟いた。そして不器用そうな大きな手で、なるべく優しくメルメルの頭を撫でてやった。「トンフィーがな、空に向かってファイヤーボールを打ち上げたんだ。偵察に出してたピッピーがそれを見つけて知らせたんだよ。でなきゃ、もしかしたら間に合わなかったんだぞ?」
頭を撫でてもらって、少し落ち着いてきたメルメルは、(――やっぱりトンフィーって天才だわ)と思ったのだった。
その後腰がふにゃふにゃになって座りこんでしまったメルメル(本当は腰がふにゃふにゃなんじゃなくて、とっても怖い思いをしたからちょっと甘えちゃっただけなんだ)を仕方なさそうにグッターハイムはおんぶして行く事にした。メルメルはグッターハイムの首にギュッと抱きついて大人しくしている。
「ま、あれだな、うん。ペッコリーナセンセは激怒するかもな。ま、気にするな。うん」
グッターハイムはメルメルがまた泣き出さないかドギマギしながら、林を出て開けた道を足早に進んでいく。
「メルメル!」
メルメルがグッターハイムに渡された、異常に明るいランプを高く掲げると、道のずっと向こうから同じように異常に明るいランプを掲げ、肩に弓を引っ掛けたペッコリーナ先生が走り(……たぶん走ってるんだ)寄って来た。
メルメルはグッターハイムの言葉を思い出した。
(大目玉かしら?)
ところが予想外な事に、近づいてみるとペッコリーナ先生は涙目になって顔をクチャクチャにした。
「よ、良かった……。メルメル……」グッターハイムごとメルメルを抱きしめる。「もう大丈夫。大丈夫よメルメル。大丈夫、大丈夫……ズズー!」
鼻を啜りながらギューギューと抱きしめてくるペッコリーナ先生に、メルメルも再び涙が飛び出てきた。そして何だか怒られた時よりも申し訳ない気持ちになって反省してしまった。
「こらこらペッコリーナ! 分かったから、は、離せって」
グッターハイムに言われて、ようやくペッコリーナ先生は二人を解放した。下に降りて、メルメルは改めてペッコリーナ先生に抱きついた。
「ごめんなさい……先生」
「怖かったでしょう。メルメル……」
ようやくペッコリーナ先生もメルメルも落ち着いてきた頃、
「ニャーン」
「ミミ! シバ!」
メルメルの足に体をこすりつける二匹。この勇敢なる猫達の話を二人に聞かせなくちゃいけないとメルメルは考える。しかしそういう話を上手に大人に話せるのは、
「ね、先生、トンフィーはどこ?」
「トンフィーーーー!」
メルメルの呼び声が聞こえると、ペッコリーナ先生の指示で草むらの中に身を潜めていたトンフィーは、慌ててそこから飛び出した。
「メルメル!」
「トンフィー!」
「良かった……。メルメル!」
メルメルがトンフィーの倍のスピードで見る間に駆け寄ってきて、ガバッと飛び付いて来た。トンフィーは勢いに押されて二、三歩後ろによろめいた。
「トンフィーのおかげよ! 殺される寸前だったの……」
涙声のメルメルに、トンフィーもちょっと泣きそうになってしまった。後ろからはグッターハイムと、更にかなり後ろからペッコリーナ先生が追いかけて来た。ミミとシバとアケが、何だか嬉しそうに二人の回りをグルグルしている。
チリチリ「ニャーン」グルグル「ニャーン」チリチリグルグル「ニャーンニャーン」
「おーおー。良かった、良かった」グッターハイムはニコニコしながら手を叩いている。
「メルメル」
小声で呼びかけられて、メルメルがトンフィーから体を離して顔を上げると、そこにやけに真面目な顔があった。
「ちゃんと、お願いしようメルメル。僕達も連れて行ってもらえるように」
「…………」しばらくトンフィーを見つめ、メルメルは小さく頷いた。
「はー、ひー、はー、ひー……」
ようやく追いついたペッコリーナ先生は、しばらく喋れそうにも無い。メルメルとトンフィーはゆっくりとそちらに近づいて行った。
(どうしてもダメだと言われたら、今度こそ地面に寝転がって足をバタバタして暴れよう)
「先生、あの、ワタシ達――」
不安そうに上目づかいで見つめるメルメル。その言葉の続きを、ペッコリーナ先生は手を上げて制した。
「ひー、はー。も、もう分かったから。……ふ~」
メルメルとトンフィーは驚いて顔を見合わせる。そして、再びペッコリーナ先生をキラキラした目で見つめた。
「じゃ、じゃあ……」
「連れて行くわよ」そう言って溜め息をつくペッコリーナ先生。もうすっかり諦め顔だ。「グッターハイムが言うんだもの。私のせいだって。――いいえ。でもね、今でも間違っているとは思っていないわ。連れて行くのはやっぱり反対。けれど……とてもじゃないけどこんな思いはもうごめんだわ!」
お手上げポーズのペッコリーナ先生を見て、メルメルとトンフィーは顔を見合わせてニッカ~と笑ったのだった。




