ミラークルクルマン 3
メルメルとトンフィーは口をポカンと開けた。思わずウンピョウへの恐怖も吹き飛んでしまう。
突如として現れた同じ姿をした二匹の犬は、お互いを確かめるかのように鼻面を合わせてフンフンしている。
「グゥゥ……」
ウンピョウだってビックリしているに違いないのだ。しかし取りあえずは、新しく現れた先程までより厄介いそうな敵を警戒しているようだった。
(ミミとシバが、へ、変身したの?)
自分で、「ボルディーになれ!」なんて叫んでおいて、メルメルは今一信じられないでいる。二匹の犬の回りに、小さな茶色の影がないか思わず探してしまう。ところがそんなメルメルの隣では、
「す、すごい! ミラークルクルマンみたいだ!」
トンフィーは何の疑いも持たず、すっかり感動して瞳を輝かせていた。
「ミラークルクルマン……。ミミとシバが……」
メルメルが相変わらず状況を忘れて茫然としている間に、戦いは再開されようとしていた。
「ガウゥゥ……」
自分より体は小さいけれど相手は二匹である。ウンピョウはすぐには攻撃を仕掛けず、耳を伏せて体勢を低くしながら、ミミとシバであろう犬の回りをゆっくりと歩き始めた。
「ワウゥ~!」
鼻面を合わせていた二匹もようやくお互いの確認が出来たようで、戦闘体制に入った。メルメルとトンフィーもその姿を見てようやく我に返り、どちらからともなく手を繋いでゆっくりと後ろへ下がった。
パチパチと火の粉がはぜる中、二匹の犬とウンピョウは瞳の中に炎を宿しながら、牙を剥いて向かい合った。
「頑張れ! ミミ、シバ……」
そっくりすぎてどっちがどっちか分からないけれど、二匹に向かってトンフィーは祈るように言った。
「大丈夫よ! ボルディーは強いもの!」と、メルメルはまるで自分に言い聞かせているようだ。
「ワオーン!」
片方のボルディーが遠吠えのように鳴き、ウンピョウはそれに誘われたように飛びついた。
「グワー!」
ウンピョウは鋭い爪を振り下ろす。しかしそれを、犬とは思えぬ素早さでボルディ―はひらりと避けた。その隙に、もう一方のボルディーは急いでウンピョウの後ろに回りこむ。
「ガウガウ!」
向かい合った一匹が素早く飛び交って、ウンピョウの前足の付け根辺りに噛みついた。
「グワー!」ウンピョウは大暴れするが、相手はまるでスッポンのように離れない。
「ガウワ~!」
猛り狂ったウンピョウが口を大きく開けて、その恐ろしく鋭い牙を犬の首目掛けて突き立てようとした。
「ワオオオーン」
後ろに回りこんでいたもう片方が、ウンピョウのお尻目掛けて体当たりをかました。ウンピョウは思い切りはね飛ばされ、木にドカンとぶつかって倒れた。
「ガルルルル」
キバを剥きながら、二匹の犬はウンピョウににじり寄って行く。
ウンピョウは慌てた様子で起き上がると、身を翻して脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「ガウワウ!」
片方のボルディーが逃げるウンピョウを追いかけようと走り出した。それを見て、慌ててメルメルは叫んだ。
「ダメよ、ミミ!」
するとピタッと停止し、耳だけをこちらに向けてピクピクさせている。
「もう十分よ。無理に追いかける事ないわ」
ミミボルディーは名残惜しそうにウンピョウの消えた闇を見つめている。
「――おいで! ミミ、シバ!」
メルメルがパンパンと手を叩いて呼びかけると、戦いが終わって少しぽやっとしていたシバボルディーが駆け寄って来た。
「ワウ~ン!」尻尾を振りながら、猫のように体をこすり付けてメルメルに甘えている。
「ワフワフ!」ミミボルディーもウンピョウを追うのは諦めて駆け戻って来た。
「二匹とも、えらかったね!」
メルメルがギュッと抱きしめてやると、二匹は嬉しそうに尻尾をブンブンと振った。
「すごいや! ウンピョウを追っ払っちゃった」
トンフィーはアケを抱き締めながら、感心した目で二匹を見ている。
「それにしても驚いちゃった! ね、あなた達どうして変身なんて出来るようになったの?」
メルメルは二匹の目を覗きこんだ。相変わらず嬉しそうに尻尾を振るばかりで、何を言われているのかは全く理解出来ていないようだ。変身した事の他に特別な変化は無いのかも知れない。
「今まで変身した事はないの?」
トンフィーが聞くとメルメルは思わず笑った。
「当たり前じゃない。変身なんてしたら、すぐにトンフィーに知らせに行くわよ」
「そっかぁ……。でも、本当に不思議だね~」トンフィーは目をパチクリしながら首を捻っている。
「何がなんだか訳が分からないわ……。でも、おかげでとっても助かった」
不思議顔のメルメルとトンフィーをよそに、二匹はまるで猫のように前足で顔を洗ったり、お腹をなめて毛繕いしたりしている。姿は変わらずボルディーのままだ。
「……やっぱり、ミラークルクルマンのように三十分すると自然に元に戻るのかな?」
丁度メルメルが考えていたのと同じ事を、トンフィーが口にした。変身の法則はミラークルクルマンと一緒なのか? ――だとしたら、三十分後に自然に戻る以外にも、自分で元の姿に戻る方法もある。
「ミラークルクル! 元通りにな~れ!」
「クワ~」ミミボルディーは間抜け顔で大欠伸をした。
「……ダメみたいね」メルメルは首を横に振る。
「やっぱり――ヤーヤーヤーヤー! がないと駄目なんじゃない?」
トンフィーが両手を交互に掲げながら言うと、メルメルはそれを見て頷いた。
「この子達の場合は――ニャーニャーニャーニャー! だけどね。きっとそうね。あのポーズとかけ声がポイントなんだわ」
メルメルが人差し指を立てながら言うと、トンフィーはふと思い出して噴き出してしまった。
「ププー! さっきの、ミミとシバのかっこ!」
メルメルも、後ろ足で立って両手を掲げたミミとシバの姿を思い出し、トンフィーと一緒になって笑い出した。
「アハハハ! 笑っちゃ可哀想じゃないトンフィー! この子達のおかげで助かったんだから~」
「め、メルメルだって笑っちゃってるくせに~! クックック」
「アッハッハッハ!」「ハーッハッハッハッ!」二人ともお腹を抱えて笑っている。
ミミとシバはその間、知らん顔でアケを交えて追いかけっこをしていた。
「ひ~ひ~! ――で、でも心強いね。ピンチの時は正義の味方が助けてくれるもの」
メルメルは笑い過ぎて出てきてしまった涙を手で拭った。
「そうね! ミラークルクルマンならぬ、ミラークルクルにゃんがね! フフ……」
思う存分笑って、元気も勇気も百倍になったメルメルとトンフィーは、再び手を繋いでまるでスキップするように歩き出した。後ろからのほほんとミミボルディー、シバボルディーが、そのまた後ろからチリリンと、アケが慌ててついて来る。
「ググーッとモーニングおじいちゃん♪」
「ググーッとモーニング……」




