ミラークルクルマン 2
闇の奥にいる何かは、少しずつ近づいて来ている。――声が、大きくなったのだ。
「ニャワワワォ~ン!」
ミミが喉の奥から威嚇するような大きな声で鳴いた。その時遂に、光の届く場所に大きな顔がぬっと現れた。
期待を裏切って闇の奥から登場したのは、アケの十倍以上はありそうな生き物だった。その見覚えのある姿にメルメルは驚いて悲鳴を上げた。
「――ウンピョウ!」
前にドミニクが飼っていた、野生のそれ、だ。
「ガルウウウ~……」
ウンピョウはギラギラした目でこちらを見ている。足元で生意気に、「フガー!」などと威嚇している二匹のトラ猫なんて、まったく眼中には無いようだ。
ペットとして調教されている訳ではないのだから、当然ウンピョウにしてみればメルメル達なんて、ただの『餌』くらいの物だろう。少しずつ――近づいて来る。
ウンピョウがミミの存在を完全に無視して、その脇を通り過ぎようとした、その時。
「ミギャー!」ミミはビヨーンと飛び上がり、その大きな背中に爪を立てた。
「グガオー!」ウンピョウはすぐさま振り返り、ミミめがけて鋭い爪の生えた前足を振り下ろす。それをミミは寸でのところで左に避けた。
「ミミ!」
このままではやられてしまう。小さいから素早いとはいえ、もし爪の先でも引っかかってしまえばイチコロだろう。メルメルの背中を冷や汗が流れ落ちていく。
再びウンピョウが前足を振り下ろし、いよいよもって寸でのところでミミは後ろに避けた。しかし避けた場所は木の根がはびこっていて足場が悪く、次の攻撃がきたら上手く逃げられそうにもない。ウンピョウは勿論手を抜くことなく、すぐさま前足を高く振り上げた。
「ウニャオォォ!」
ウンピョウのお尻にシバが頭から飛び込んだ。はね飛ばされてコロンと転がる。ウンピョウは振り向きざま、シバに向かって前足を振り上げた。シバは僅かに身じろぎして逃げようとしたが、
(――間に合わない!)
「ファイヤーボール!」
火の玉がウンピョウ目掛けて飛んでいった。しかしウンピョウは俊敏な動きでそれを避けてしまった。
「ファイヤーボール!」
再びトンフィーが魔法を投げつけている間に、メルメルは素早く棒切れに飛びついた。
武器を手にして振り向くと、トンフィーの投げた当たり損ねのファイヤーボールがあちこちに燃え移り、辺りはすっかり明るくなってしまっていた。ウンピョウは怒りで、いよいよ牙を剥いていて一層恐ろしく、ミミの攻撃もシバの攻撃もまったく効いている様には見えない。こうなったら頼りはトンフィーの魔法だけ。ところが、
「ファイヤーボール! ……あ、あれ? ファイヤーボール! あ、あらら?」
トンフィーの手の先からは、マッチの火くらいの玉しか出てこない。どうやら魔力切れのようだ。
「わ! わ~、わ~」パニック状態で足踏みしているトンフィーに、ウンピョウはギラリと目を向けた。
(も、もう駄目よ! 助けて神様――)
ウンピョウがトンフィーに歩み寄って行く。メルメルは棒切れを振り上げた。
「やー!」
バコッ!
「グウ!」
見事にヒットしたが、ダメージは期待出来そうにない。
「グワ~!」ウンピョウが大きな口を開けて吠えた。
(助けて――おじいちゃん――先生――グッターハイムさん――助けて――助けて――ミラークルクルマン!)
「ニャーニャーニャーニャー!」
「……………?」
それは、とても不思議な光景だった。
ミミとシバが後ろ足で立って、両手を高く掲げていたのだ。メルメルもトンフィーも一瞬恐怖を忘れて、思わず目が点になってしまった。
「ニャーニャーニャーニャー!」
ミミとシバは必死で鳴きながら、両手を交互に繰り返し掲げている。
「な、何?」
「グウ……」
心なしか興を削がれたような顔のウンピョウが、ミミとシバにゆっくり歩み寄って行く。そして前足を大きく振り上げた。
「ニャーニャー――ニャ!」
二匹は慌ててウンピョウの攻撃を逃れる。
「イヤー!」メルメルは棒切れを振り上げ、背後からウンピョウに襲いかかった。
「グガオー!」ウンピョウの爪がメルメルの棒切れを弾き飛ばしてしまった。
(助けて!)
「ニャーニャーニャーニャー!」
ミミとシバは再び二匹並んで後ろ足で立ち、先程と同じように両手を交互に掲げた。
(こ、このポーズは……! ――わ、分かってるけど、でも……そんな……そんな)
再び、ウンピョウが大きく前足を振り上げた。しかし、何故か二匹とも避けようとしない。
「ニャーニャーニャーニャー!」
「ウガー!」
「み、ミラークルクル! ボルディーにな~れ!」
ピッカー!
ミミとシバが眩い光に包まれて、メルメルも、トンフィーも、アケも、ウンピョウも、余りの眩しさにきつく目を瞑った。――そして、ゆっくりと瞼を開く。
そこには、茶色に黒い斑模様の大きな犬が二匹いた。




