ミラークルクルマン 1
森に入るまではビクビクしていたけれど、いざ入ってしまえば、トンフィーは隣にいるし、小さなアケはちょこちょこチリチリとついて来るし、少し先をミミとシバが可愛いお尻を揺らして歩いているし、メルメルはち~っとも怖くなんてなくなってしまったのだった。だが、
「め、メルメル! 今あの木の影に、な、なにか……」
ありもしない影に、トンフィーはビクビクドキドキ怯えている。
「大丈夫よトンフィー。何もいないわよ」
ランプの灯りを頼りに、メルメルはトンフィーを励ましながら一本道をどんどん進んで行く。丘の上から見ていた時は途切れ途切でも道は見えていた。ところが、実際に森の中から見上げてみるとほとんど空は見えず、月明かりもまったく届きはしなかった。ランプが無ければ前に進む事も出来なかっただろう。それでも、手元の明かりが不気味に照らし出す木々の影には、トンフィーでなくとも確かに何かが潜んでいそうな気がするのだ。
バサバサバサ!
「わ! わ~」
「鳥の羽ばたきよ。大丈夫。フクロウか何かでしょ」
メルメルの言葉を裏付けるように、ホー、ホーと聞こえてきた。
「ね、トンフィー、歌でも歌いましょうか?」
「う、歌? ――そ、そうだね。何の歌?」
メルメルは首を捻って少し考える。
(……そうだ。あの歌にしよう)
「よく覚えてないんだけど、おじいちゃんが好きだって言ってくれた歌があるの。一生懸命思い出すから、ワタシに続いて歌ってくれる?」
「オッケー!」
メルメルはおぼろげな記憶を懸命に呼び起こし、スーっと息を吸い込んだ。
(おじいちゃんと二人で楽しく歌ったのが、もう遠い昔のよう……)
メルメルはしんみりしてしまった気持ちを吹き飛ばすように、大きな声で歌い出した。
「ググーッとモーニングおじいちゃん♪」「ググーッとモーニングおじいちゃん♪」
「ググーッとモーニングおばあちゃん♪」「ググーッとモーニングおばあちゃん♪」
「ニャ~」タイミング良くアケが鳴いた。
「朝は健やか楽しいな~♪」「朝は健やか楽しいな~♪」
「ウニャ~」今度はシバがタイミング良く鳴いた。
「晴れたらとにかく嬉しいな♪ ほっ」メルメルはクルッと回った。
「晴れたらとにかく嬉しいな♪ やっ」トンフィーもクルッと回った――が、躓いた。
「猫も楽しげ~に歌っているよ~♪」
「イタタタ。ね、猫も楽しげ~に歌っているよ~♪」
メルメルは大満足で、嬉しそうに手を叩いた。「結構覚えているものね!」
トンフィーも大分緊張がほぐれたらしくニコニコしている。「良い歌だね~」
「でしょ! よ~し、二番も作っちゃお」
「作る?」
メルメルは不思議顔のトンフィーをよそに、調子に乗って二番を歌い始めた。
「ググーッとモーニングお母さん♪」「ググーッとモーニングお母さん♪」
「ニャ~ン」
「ググーッとモーニングお父さん♪」「ググーッとモーニングお父さん♪」
「朝はご機嫌嬉しいな~♪」「朝はご機嫌嬉しいな~♪」
「雨ならすこーし淋しいな♪」「雨なら――」
「フー!」ミミがタイミング悪く威嚇した。
「すこーし淋しいな♪ …………」
メルメルとトンフィーは思わず顔を見合わせた。
「フー?」
二人とも、ハッとして前を見る。
ミミとシバが、体の毛も尻尾の毛もパンパンに膨らませて、前方の暗闇を睨んでいた。トンフィーとメルメルの足の間では、小さなアケが更に小さく縮こまっている。トンフィーはアケを抱き上げた。
「――め、メルメル」
「何かしら……」
メルメルはランプを高く掲げたが、暗闇の向こうに何かいるのかどうかは確認出来ない。しかしミミとシバのただならぬ様子から、何かがいるのは確かなように感じられた。
「グゥゥ……」
暗闇の向こうから、ドミニクのペットのサーベルのような低い唸り声が聞こえた。トンフィーの肩がびくりと震えて、メルメルのこめかみから汗が流れ落ちた。
(み、見えないから余計に怖いだけよ! 案外、アケなんかと大して変わらない大きさかも知れないわ……)
メルメルもトンフィーもお互い肩がぶつかるほど寄り添っていた。トンフィーは足がガクガク震えているようで、その振動が伝わってくると、メルメルは自分も一緒に震えているのかどうかも分からなくなってしまうのだった。
「へ、平気だよ……。いざとなったら、僕の魔法で……」
この言葉にメルメルは淡い期待を抱いた。そしてふと気付く。
(そうだ。いざとなったらワタシも戦わなきゃ。何か武器になるような物……)
メルメルはキョロキョロと目玉だけを動かして辺りを探す。目的の手頃そうな棒切れが、右手の奥に見えた。
「グルルルル……」




