レジスタンス 8
その後、ピンクおばさんのしつこい質問攻撃を振り切ると、家に戻るまでの間にトンフィーはメルメルに言った。
「メルメル。戻っても今の話をペッコリーナ先生達にはしないで」
メルメルはきょとんとした。「どうして?」
トンフィーは何か考えているらしく一点をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
「メルメルはおじいさんの事を助けに行きたい?」
「もちろんよ!」
唐突な質問にもかかわらずメルメルは大きな声で即答する。トンフィーは、そんなメルメルを見て頷いた。
「だよね。僕も付いて行きたい。おじいさんが心配だし、何よりメルメルが心配だもの」
メルメルは嬉しくて、キラキラとした目でトンフィーを見つめた。
「だからトンフィーって大好きよ!」
トンフィーは耳を赤くしながら頭を掻いている。
「いや~、そんなぁ……。――あ、そうそう。だからねメルメル、僕らがおじいさんを助けに行くには、すぐにあの二人に情報を渡しちゃ駄目なんだ」
またメルメルはきょとんとしている。「どうしてよ?」
「たぶんおじいさんを助けに行くのに、ペッコリーナ先生は僕らを連れて行ってはくれないと思うんだ」
「どうしてよ!」とメルメルは思わず興奮する。
「子供だからさ。予想だけどね。だから、さっきの情報を交換条件にするんだ。連れて行ってくれなきゃ教えない」
この言葉にメルメルは驚いてしまった。
「すごいわ! トンフィーってビックリするような事考えつくのね!」
「……凄くずるいかも知れないけど。仕方ないよね……」
少し落ち込んだようなトンフィーに、メルメルは励ますように繋いだ手を振った。
「ずるくなんてないわ! トンフィーはワタシの為に考えてくれたんでしょ? ありがとうトンフィー。やっぱり天才ね!」
メルメルが言うと、トンフィーは少し元気を取り戻したらしく再び頭を掻いている。
「そ、そ~かな~」
「でも、いいの? きっと、ペッコリーナ先生怒るわよ?」
メルメルが心配そうに言うと、トンフィーはスッと背筋を伸ばし、眉毛をキリリッと上げて男らしい顔で前を向いた。
「怒られるくらいどうって事ないさ! メルメルの為だもん!」
その、いつになく頼りがいのあるかっこいい姿に、メルメルは思わず惚れ惚れしてしまったのだった。
ところが……。
「そんな小狡いやり方をどこで覚えて来たの! 絶対、ぜぇ~ったい、連れて行きませんからねっ!」
今までに無いほどのペッコリーナ先生の怒りように、トンフィーはすっかりビビって縮み上がってしまっている。
「あ、あのっ……。――でも」
それでもメルメルの手前、しどろもどろになりつつも一応抵抗を心みるが、まったくペッコリーナ先生は聞く耳を持ってはくれない。
「素直に連れて行って欲しいと言うならともかく、連れて行かなきゃ聞いてきた事を教えないですって……? バカにするのも大概にしなさい!」
トンフィーは泣き出しそうな顔になっている。「ば、バカにしているわけじゃ……」
「そうよ! トンフィーはバカにしてなんかいないわ! だって……じゃあ、素直に言ったら連れて行ってくれた?」
見かねてメルメルが加勢すると、更にペッコリーナ先生は怒りの炎を全開にした。
「連れて行ってくれる筈がないでしょう!」
「ほら! だからトンフィーは――」
「だから、そんな狡賢い手を思いついたって言うの?」
トンフィーはいよいよ小さくなってシュンとなった。それを見てペッコリーナ先生は少しだけ声のトーンを抑えた。
「大体そんな危険な事に、子供を参加させられるわけがないでしょう? それに敵がどこにいるか分からないのよ? 探して回れば、長い旅になる可能性だってあるわ。あなた達には授業があるの。休んじゃ駄目よ」
「先生にだってあるわ」
とメルメルは負けじと言った。それが余計にペッコリーナ先生の怒りを買ってしまった。
「先生の変わりに勉強を教える大人は他にもいるわ! でも、あなた達の変わりに勉強不足を補える子供はいないのよ!」
「勉強、勉強って、おじいちゃんを助けなきゃいけないのに、勉強どころじゃないじゃない!」
ペッコリーナ先生はすぐには反論せず、ひたとメルメルの顔を見つめた。そして静かな声で言った。
「子供に一体何が出来るって言うの?」
「そ、それは……」
今のメルメルには一番堪える言葉だった。メルメルだって自分が役に立つとは思ってないのだ。ただ、家でじっと待つだけなんて我慢ならないだけなのだ。
「連れて行けばいいじゃないか、ペッコリーナ」
ここで思わぬ助け舟が出た。それまで成り行きを黙って見守っていたグッターハイムが、突然口を開いたのだ。
「……何言ってるのよ」
ペッコリーナ先生の怒りの矛先は、グッターハイムにも向かった。
「こいつらはただおじいさんを助けたい一心なのさ。連れて行ってやりゃあいい」
グッターハイムが軽い調子で言うから、余計にペッコリーナ先生は怒りのボルテージがどんどん上がってきてしまった。
「無責任な事言わないでちょうだい!」
「だけどメルメルのじいさんの事だ。メルメルには参加する権利があるだろ」
メルメルもトンフィーも調子に乗ってうんうん頷いている。ペッコリーナ先生はそんな二人に恐い目を向けた。
「この子達はまだ子供だから正しい判断が出来ないのよ。私達大人がきちんと導いてあげなければ駄目なの。ましてやこの子達は私の教え子よ?」
「そうは言うが、園だって未来を担うレジスタンスを育成する為に作ったもんだろうが。卓上で学ばせるよりも、実践させた方がよっぽど勉強にだってなるさ」
メルメルとトンフィーは驚いて顔を見合わせた。二人とも幼い頃から通っていたが、園にそんな意味があるなんて知らなかった。
「あなたや他の人がどう考えているか知らないけれど、私はそんなつもりは無いわ。私はあくまでこの子達に色々な事を学んで貰いたいだけ。暗黒王の息のかかって無い場所で真実を学ばせたいだけ。そして大人になった時、選ぶ道が何であっても構わないわ。それがレジスタンスでなくてもね」
「――暗黒王の兵でもか?」
グッターハイムとペッコリーナ先生はしばし見つめ合う。
「……真実を知った上での判断なら、構わないわ」
「暗黒王の兵隊になんてならないわ! ワタシはレジスタンスに入るもの!」




