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七色の勇者 14

 叩いたマリンサは思わず自分の手を見つめ、自らのとってしまった行動を恥じて直ぐに誤ろうと口を開きかけた。しかし、殴られた少女の驚く程静かな目を見てはっと息を飲んだ。

「あなた達が今まで戦ってきたのは、自分の意志ではないの? ラインさんに戦えと言われたから戦っていた訳ではないでしょう」

「…………」

 マリンサは呆然と少女を見つめた。

「マリンサ……。お前が無理だと言うなら、今後第一部隊の隊長は俺が務めようと思う」

 メルメルと同じように静かな口調でグッターハイムが言って、マリンサはようやく少女から視線を外し、そちらを見上げた。

「……レジスタンスのリーダーと部隊長を兼任するんですか?」

「いや。俺に変わって、これからレジスタンスのリーダーは、この――」

 グッターハイムはメルメルの肩に手を回して、ぐっと引き寄せた。メルメルはその手の平が異常なほどに熱を持っている事に気付いた。彼も、本当はかなり興奮しているのだ。

「――メルメルが務める事になる」

 室内にいる大人達は皆、ポカンと口を開けた。トンフィーやペッコリーナ先生、それに言われた本人すらも驚いてグッターハイムの顔を見た。グッターハイムはしれっとした顔をしていて、その様子から、勢いで言った訳ではなく初めからそういうつもりだったという事が窺えた。

「困った人だわ……」

 思わずペッコリーナ先生が呟いた小さな声は、隣にいたトンフィーの耳にだけはしっかりと届いていた。

(め、メルメルがレジスタンスのリーダー?)

「な、何を言ってんのよリーダー! 冗談にもほどがあるわ!」

 マリンサの隣にいるキーマと呼ばれた女が叫ぶと、周りの人間もまるで金縛りが溶けたかのように騒ぎ出した。

「な、なんだ冗談か……」

「あ、当たり前じゃない! ちょ、ちょっと驚いちゃったけどね……ハハ」

「そりゃあそうよ。まさかあんな子供にリーダーをやらせる訳がない」

「アハハ……そうよねぇ。そんな事になったらレジスタンスはおしまいよね~」


「――俺は本気だ」


 冗談だと決めつけて笑い合う人々に、グッターハイムはにこりともしないで言った。

「これからは、メルメルがレジスタンスのリーダーを務める!」

 皆笑いを引っ込めて改めてメルメルの顔を見た。何の変哲もない子供だ。あまり似つかわしくないような、大きな剣を腰に二本ぶら下げてはいるが、まさかあれを振り回して戦うようにはとても見えない。

「なんのつもりなのリーダー! 私達をバカにしてんの!」キーマはヒステリックに叫んだ。

「バカになどしていないさ。真剣に考えて出した結果なんだ」

「し、真剣にって……」キーマは言葉を失った。

「リーダーはもう、レジスタンスを投げ出すつもりなんだ……」

 隣でフーバーが呟いて、ニレは慌てて手を振った。

「ふ、フーバー。そんなんじゃないさ! リーダーにはちゃんと考えがあって――」

「どう考えたら、あんな子供を自分の代わりにリーダーにするってんだよ! 要するに……リーダーも戦う事を諦めちまったんだ!」

「そういう事ね」フーバーに賛同するように誰かが言った。

「ラインさん抜きで闇の軍隊と戦っても無駄だと思って、リーダーを辞めたくなったんだわ!」

 この言葉に賛同するような声が、あちこちで上がった。

「もう終わりだわ……レジスタンスは……」

「一体……何の為に戦って来たんだ……」

 人々の嘆き悲しむ声を聞いて、トンフィーはオロオロとメルメルの顔を見た。当の本人は特に動じた風もなく、女副隊長と何故か無言で見つめ合っている。

「マリンサ! マリンサからも何とか言ってちょうだいな!」

 キーマが苛立ったように叫んだ。しかしマリンサはメルメルから視線を外さず、何かを推し量るようにその瞳を見つめ続けている。メルメルの方も同じで、その厳しい目を受け止め続けていた。

 キーマは見つめ合った両者を交互に見て、小さく舌打ちした。メルメルの顔をキッと睨み付ける。

「小娘! あんたはどうなのよ! まさか、自分がリーダーにふさわしいなんて考えてないだろうね!」


「……わからないわ」


 マリンサから目を離さず、静かな声でメルメルがそう答えると、キーマはふんっと笑った。

「宿題の答えを聞いてんじゃないよ! 分からないで務まると思って――」

「分からないけど――」言って、ようやくメルメルはマリンサからキーマへと視線を移した。「あなた達よりはマシかも知れないわ」

 キーマは一瞬ポカンという顔になった。それがみるみるうちに茹で蛸のように赤くなる。

「こ、こ~む~す~め~……!」


「だって、ワタシは諦めたりしないもの」


 女性としてはちょっといかめし過ぎる顔のキーマが赤鬼のように怒る様はかなり恐ろしい。トンフィーあたりならば腰を抜かしそうな程だ。しかし、メルメルは全く怯む様子もない。

「ワタシは、希望を捨てたりしない。前に進む事を辞めたりしない。だって……だって、ワタシはまだ生きているんだもの」

 ――また、あのキラキラした目だ。

 メルメルのあの目は、何かを期待させる様な、不安な気持ちを吹き飛ばしてくれる様な輝きを放っているのだ。トンフィーは思わずにこりと笑った。

「ワタシはこの町が大好き。おじいちゃんが大好き。ラインさんが大好き。それを奪っていく闇の軍隊が――暗黒王が大嫌い」

 カタリ……とマリンサが無言で椅子に座った。もうメルメルに対して、探るような目付きはしていなかった。穏やかとさえ言える様な顔をしている。

「可哀想なキメラや悪魔の兵隊の為にも、きっと暗黒王を倒さなきゃダメなのよ。だからワタシ、戦う事に決めたの。大好きな人達の為にも、今はそれしか出来る事を思い付かないから。ワタシは出来る限り精一杯、一生懸命生きるって決めたの。そう――」

 メルメルは言葉を区切り、輝く瞳で虚空を見つめた。


「ラインさんのように」


 キーマがふらりとよろけて、ガタッガタッと体を投げ出すように椅子に座りこんだ。そのうち肩を震わせて嗚咽を漏らし始める。静まり返った人々は、あきらかに初めとは違った目でメルメルを見つめている。グッターハイムはそれを感じとって、今がチャンスとばかりに声を張り上げた。

「みんな聞いてくれ! ――七色の勇者なんだ! この子は、メルメルは七色の勇者なんだ!」

 突然、今度は何を言い出すのかと誰もがひっくり返るほどに驚いてしまった。キーマも、そしてマリンサも目を見開いていポカンとしている。

「あの……伝説の、七色の……勇者?」

 キーマが呆然と呟き、グッターハイムはコクリと力強く頷いた。

「そうだキーマ。あの伝説の七色の勇者だ! 古の大占い師様が直々にそう占ったんだよ。正直言って俺は初め、あんなボケ婆さんの占いなど当てにならんと思った……。だが、こいつを見ているうちに、もしかしたらと考えるようになったんだ」

「――確かに」

 メルメルは少し驚いて、目の前の女性の顔を見た。思わずといった感じで呟いたのは、あのマリンサだった。

「今では間違いないと確信してる。まだ子供だなどと侮れない力をこの子は持っている。俺は……この子に賭けてみたいんだ……」

 誰一人として言葉を発しようとはしなかった。じーっと視線は全てメルメルに注がれている。

 ――事を焦りすぎたか……? やはり他の者には理解出来ないのか……。

 メルメルを見ていて感じた特別なものは、自分一人だけが感じとったものだったのか。グッターハイムが弱気になって諦めかけたその時、マリンサがふっと頬を緩ませて笑った。

「リーダー。……いや、これからは隊長ですね。――私もその賭けに乗らせて下さい。暗黒王を、七色の勇者が討ち滅ぼすという、大きな賭けに」

 グッターハイムが勿論だ、とマリンサに答えた声は、地を揺らすほどの人々の歓声に掻き消されてしまった。レジスタンスは七色の勇者の出現を喜び、新リーダーの誕生を喜んだ。  

 その声は園どころか町中に、――いや。東の草原にいる敵にまで届いてしまうのではないかというくらい大きく響き渡って、トンフィーはちょっとだけ心配になった。

「あの子は……ラインが残していった希望なんだわ……」

 人々の歓声が少しおさまってきた頃、ペッコリーナ先生がポツリと呟いた。トンフィーの頭の中にその言葉は、いつまでもいつまでも残ったのだった。

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