七色の勇者 13
その部屋はとても重苦しい空気に包まれていた。ざわつく人々の中には涙を流している者や、がっくりと肩を落としてうなだれた者がいる。
――第一部隊は女性が多い。
以前誰かがそう言っていたが、確かにその通りだった。教室にいる八割が女性で、皆若く、逞しい体をしていた。子供達が座るように作られた椅子や机はやや小ぶりで、屈強な戦士達が使っているとなんだか少し滑稽だった。しかしそんな彼女達も、今敵に襲われたら一発でやられてしまうのではないかと思われるほど覇気がなく、意気消沈してしまっていた。
グッターハイムに連れられてメルメル達が部屋に入った時、何人かは顔を上げ一体誰の子供なのかというような顔で首を傾げたが、いずれにしてもそれ程興味を抱いた様子はなかった。グッターハイムはちらりとメルメルに視線を送った。
――な? だから言っただろう。これが希望を失ったレジスタンスの姿だ。
そんな、目だった。
教壇の上にグッターハイムと並んで立つと、さすがに皆の視線が集まってきてメルメルは少し緊張してしまった。そばに控えたトンフィーやペッコリーナ先生の方を見ると、二人は大丈夫だというように大きく頷いてくれて、それで少し安心仕掛けたところで、グッターハイムが皆に大きな声で呼びかけた。
「みんな聞いてくれ!」
ざわめきが収まっていよいよ注目されると、ドキドキとメルメルの心臓は高鳴ってくる。隠れ家で一応顔を合わせた者もいるが、メルメルにとってはほとんど知らない人々といった感じで、苦境に立たされた彼らの厳しい目つきにやや萎縮していると、その中に穏やかで優しいニレの顔を見つけて、メルメルは思わずホッとした。ニレはどうやらグッターハイムの思惑に気付いているらしく、なにやらそわそわと期待を膨らませている様子だ。
「いくつか発表する事があるんだが、まずは、町の者との話し合いの結果、一部の仲間が町に残る事を許された事を伝えておく」
グッターハイムの言葉に、おお……とわずかだが喜ぶ声があがった。
「良かったですね。町の者は軍隊に襲われたのをレジスタンスのせいだと思っている様でしたから……」
一番前に座った大柄な女が言った。波打つ長い黒髪が印象的だ。メルメルとトンフィーは一度、彼女に隠れ家で会っている。
――確か名前は……、
「その通りだマリンサ。実はかなりもめたんだ。出て行けと言う者もいたよ」
グッターハイムが言うと、あちこちから不満そうなうめき声が聞こえてきた。
「出ていけだなんて……。町の者を守って命を落とした者もいるのに……」
「連中はどうせ人任せなのよ!」
「そうそう。自分は何もしないで、何か不都合があれば人のせいにしてさ」
「挙げ句には必死で戦う我々の事を、勝手に好きで戦っているだけだなんて言うのさ」
「まったくだ! なんだかバカらしくなってきたわ。誰も分かってくれないのに、命をかけて戦うなんて――」
「そんな事ないわ!」
口々に不満を言うレジスタンス達に、メルメルは堪えられずに叫んでいた。
「分かってくれている人もいたわ! それに、最後はみんな納得してくれたもの」
訴えかけるように言う少女に、一同はキョトンとした顔になった。グッターハイムが、こほん、とわざとらしく咳をした。
「そうさ……。町長やマーヴェラ、それに――」グッターハイムはメルメルの肩に手を乗せた。「このメルメルのおかげでみんな納得してくれたんだ。おそらく、もうレジスタンスに悪意を持っている町の者はいないだろう」
「ほ、本当ですか?」
先ほどまでの町の者の態度を考えて、皆驚いてしまったようだ。そして、自分達のリーダーの隣に立っている少女に初めて強い関心を抱いた。メルメルは、自分がトンフィーのように耳まで赤くなってはいないかと心配になった。
「あの……リーダー、その少女は……」 マリンサが眉をひそめて呟いた。
「この少女はプラムの孫だ」
「ああ……。確か、さらわれてしまったとか……」マリンサは少し憐れんだ目でメルメルを見た。
「それに――」
グッターハイムが言いかけた時、ニレの横に座っていた、歯の出た小さな男が急に立ち上がった。
「リーダー! わ、私はニレから聞きました。そ、その少女と共にプラムさんを助けに行って……ラインさんは、命を落とした、と……」
一気に室内がざわめきに包まれた。グッターハイムは頭を掻きながらうめいた。
「フーバー……。まぁ、確かに、その通りなのだが――」
「どういう事ですかリーダー! 説明して下さい!」
「そうですよ! 私達はラインさんの死について、詳しい話をまだ聞かされていないんですよ!」
「いや、だから、それは――」
不満の声をあげる人々に、グッターハイムはもごもごと何か喋ろうとはするが、誰一人話を聞こうとはしない。
「一体どんな相手にやられたんですか?」
「よっぽど腕の立つ者か……それとも何かの罠にでもかかったとか……」
「そ、それより本当にラインさんは死んだんですか? ――私には信じられない!」
「確かにそうだ……あのラインさんが死ぬなんて……」
「うう! そ、そうよ~! 何かの間違いよ~!」
騒ぎ出してしまった人々を鎮めるように、グッターハイムは両手を広げた。
「ま、待てお前達……まずは俺の話を――」
「本当にラインさんが死んでしまったのなら、もうレジスタンスはおしまいよ!」
ある者が叫んだこの言葉に、室内は一変で静まり返ってしまった。しばしの沈黙の後、しくしくとあちこちで泣き声が聞こえ初めてきた。グッターハイムは、とことん参った顔でバリバリと頭を掻いた。
「リーダー……。これもニレから聞きましたが……。実はラインさんは、ホラッタ婆さんの占いによって、事前に死んでしまう事が分かっていたのにも関わらず、自らの意思でカルバトの塔に向かったとか……」
再び、歯の出た男――フーバーが言うと、室内はまたまたざわめきだした。
「そ、そんなバカな……」
「何故、死ぬと分かっていて行ったりするのよ」
「もしかしたら、ラインさんは死んでしまっても、構わないと考えていたんじゃないか?」
「な……そ、それはどういう意味だい?」
「つまり、ラインさんは生きる事が嫌になっていたんじゃないかしら? 勝てるあてのない戦いを続けて行く事に、虚しさを感じていたとか」
「なるほど……」
「確かに。国を相手にいくら頑張っても虚しい気もするものねぇ」
「ラインさんは、きっと諦めてしまわれたんだ。生きる事さえも……」
「それどころか、自ら死を選んでしまわれたのかも知れないぞ」
「そんな事……。いや、もしかしたらそうかもな……」
勝手な事を言って納得し始めている人々に、グッターハイムは呆れ顔で溜め息を吐いた。
「まったく……どうにもならんなこれじゃあ……」
「リーダー……。まさか、皆の言っているのは事実なのですか?」
マリンサが疑うような目で言うと、グッターハイムは更に深い溜め息を吐いた。
「マリンサ……。副隊長のお前までそんな事を言ってくれるなよ」
「それなら真相を教えて下さい。皆もこのままでは納得しませんよ」
「う~む」グッターハイムは腕を組んで唸った。
「あなた達は、ラインさんの事を何も分かっていないのね」
「……なに?」
グッターハイムの隣でポツリと呟いた少女に、マリンサは怪訝な顔を向けた。
「ラインさんは自分から死を選んだりはしない。生きる事を投げ出したりしないわ」
「知った風な事を言うな小娘。お前に何が分かるって言うのさ」
マリンサの隣に座った女が不愉快そうに言った。男のように髪を短く刈り上げている。
「あなた達が分かっていなさ過ぎるのよ。真相なんてわざわざ聞かなくても、そんな事くらい分かるわ。長い間そばにいたくせに、一体ラインさんのどこを見ていたのよ」
「なにぃ!」
噛みつかんばかりに身を乗り出した女をマリンサは手で制し、少女の目をじっと見据えた。少女は強い眼差しで、そんなマリンサの目を見つめ返してきた。
「……では、死ぬと分かっていて、何故ラインさんがカルバトの塔に向かったのか、お前には分かるのか?」
「……分かるわ」
「この……小娘が……」マリンサの隣で女が顔を赤らめて、唸るように言った。
「ラインさんは死ぬと分かっていても、精一杯生き抜く為にカルバトの塔に向かったのよ」
マリンサは目を細める。「精一杯、生き抜く為……? どういう意味――」
「あんたみたいな子供に何が分かるのさ! 適当な事を言って誤魔化してるだけだわ! 精一杯生き抜くも何も、ラインさんは死んじまったじゃないか!」
「落ち着けキーマ。……リーダー、何のつもりでこの少女をそこに立たせているか知りませんが、言い争うのは後にしましょう。まず、町を出てからの行き先だけは決めておかないと。明日の朝までに我々はこの町を出なければなりません」
「うむ……そうだな……」
グッターハイムは仕方なく頷いた。確かに、時間に余裕はないのだ。
「ラインさんの死についての真相も、今後レジスタンスをどうするかについても、簡単に済ませられる話ではなさそうですから」
マリンサの言葉に、グッターハイムは苦い顔になった。
「今後レジスタンスをどうするかについてか……。随分含みのある言い方をするんだな」
「リーダーだってお気付きでしょう? ……ラインさんを失って、今後皆が戦い続ける事が出来るのかどうか……」
「マリンサ……。副隊長のお前がそんな事では駄目だろうが」
「分かっています……。しかし、この度の事は、あまりにも……。レジスタンスの存続は……いや、少なくとも第一部隊は隊長を失ってしまったのですから……。このまま続けて行く事は――」
「あなたが隊長になればいいじゃない」少女が軽い口調で言った。
「…………」
ギロリとマリンサは少女を睨みつけた。さすがに腹を立てたという顔付きだ。
「あなたは副隊長なんでしょう? 隊長がいなくなってしまったのなら、あなたが隊長をやればいいわ」
「いい加減にしろ娘……。そんな簡単な話ではない」
「そうよ! あんた、子供だからってなんでも言って許されるわけじゃないよ!」
マリンサの隣の女が再び身を乗り出したが、もうマリンサは抑えようとはしなかった。
「あなた達の方がよっぽど子供みたいだわ。ラインさんが死んでしまってどうしよう。ラインさんがいなくなってしまっては戦えない。もう終わりだ、諦めるしかない……って。ラインさんがいないと何も出来ないの? それこそ、誰か何とかしてくれって駄々をこねてる子供みたいなものじゃな――」
パーン! とメルメルの頬が小気味良い音を立てた。少しざわついていた室内は、それで一気に静まり返ってしまった。




