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七色の勇者 11

「……そう言わんでくれ。彼らだって暮らす場所は必要なのだから」

「だったらよそで暮らせよ! 俺達の町に迷惑をかけるんじゃねぇよ!」

 男は唾でも吐きかねない様な顔でドラッグノーグ先生達の方を睨んでいる。あれは確か、トンフィーの家の近くで古道具屋をやっている男だ。メルメルは一生あの古道具屋には行かないと心に誓った。

「まぁ、まぁ……。落ち着きなさいよ。終わった事をどうこう言っても仕方ないじゃない」

 先ほどの髪の長い女性が言うと、男は、今度は彼女の方をギロリと睨み付けた。

「それじゃあ、今後はどうする? 町長はこの先も奴らをこの町に置いて置くつもりだぞ!」

「……どうするんですか? 町長……」

 髪の長い女性が不安げに問い掛けると、町長は弱った顔で後ろを振り返った。二人の女性と小さな声で二、三、言葉を交わすと、マーヴェラ園長が固い表情で頷いて前に進み出て来た。代表して何か話すつもりらしい。メルメルは急に緊張してきた。

(大丈夫かしら……)

 実は、マーヴェラ園長はあまり人前で話すのが得意ではない。いつもは変わりにペッコリーナ先生が話をするのだが、やはりこういう時は園長という立場上、前に出ざるを得ないのかも知れない。マーヴェラ園長は館内をぐるりと見渡し、急に少女のようにもじもじと俯いて喋り始めた。

「あ、あの……わ、私達は今後……み、皆さんに迷惑に……な、なるような事は……あの……」

「なんだ、なんだ~? 何を言ってやがるのか全く聞こえねぇな~?」

 古道具屋の男が意地の悪い声を出して、メルメルはそちらを睨み付け、拳を握り締めた。

「そ、その……だから……その……」

 マーヴェラ園長は真っ赤になって俯いて、今にも消え入りそうな様子だ。

「もう、あんた達の話はいい! みんなだってあんな連中に居座られちゃ困るだろ!」

 男は問いかけるように、ぐるりと周りを見渡した。何人かが賛同するように頷いている。

「ほらみろ! お前らがいたら、また軍隊に酷い目に合わされちまう!」

「で、でも……わ、私達は……あの……」

 どんどん男に攻め立てられて、マーヴェラ園長は完全に頭が真っ白(顔は茹でダコみたいに真っ赤なんだ)になってしまったようだ。もう見てられないとばかりにペッコリーナ先生がずずいと出てきて、メルメルとトンフィーはホッと胸をなで下ろした。

「――この町に残るレジスタンスの者は、今後絶対に国に逆らうような行動はしません!」

 ペッコリーナ先生が大声で怒鳴ると、館内は一瞬静まり返った。

(町に残る者……)

 それはつまり、残らない者もいるという事だろうか。メルメルは眉をひそめた。

「あなた方と同じように普通の生活を送ります。軍隊のしてきた要求もそのようなものです。今後、一切レジスタンスの活動を辞めるように求めてきたのですから……」

「軍隊に攻撃されたからって急に活動を辞められるのか! だったら、何の為に逆らうような真似をしてやがったんだ! 自己満足か! 自己満足に人を巻き込むんじゃねぇよ!」

 男が唾を飛ばしながら怒鳴ると、ペッコリーナ先生は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。

「違うわ! ここに残るのは、そもそも戦う意志はあっても、それがままならない人達だけよ! 残りの者は町を出て戦い続けます!」

「それじゃあ、今度は他の町に迷惑をかけに行くのか!」

 ペッコリーナ先生が一瞬青い顔になり、男に怒鳴り返そうとしたその時、「そうだ!」と別の場所から声が上がった。メルメルが驚いてそちらを見ると、端の方にいた白髪の老婆がすっくと立ち上がるところだった。

「あんた達がレジスタンスなんてかっこつけて国に逆らったりするから、周りの人間が迷惑するんじゃないか! あんた達のせいでこの子の旦那も死んだんだよ!」

 老婆は隣に座った女性の肩をぎゅっと掴んだ。女性は顔を伏せて泣いているようだ。ペッコリーナ先生がその姿を見て何も言えなくなってしまったのを察して、古道具屋の男は今がチャンスとばかりに声を張り上げた。

「見ろ! お前らの犯した過ちを! これだけ人に迷惑をかけまくっておいて、それじゃあ他の町に住み替えます、はいさようならなんて、許されんのか!」

 視界の片隅で、グッターハイムが溜め息を吐いて壁にもたれていた体を起こすのが見えた。メルメル達の立っている出口の方に向かって歩いてくる。何だかつまらなそうな様な、空しい様な顔をしているのを見て、メルメルは口をへの字に曲げた。

「だいたい、レジスタンスなんてくだらねぇ! 国を相手に何が出来るってんだ! そんな意味のねぇ活動なんてやめちまえ! それがこの世の為だろうが!」


「待ちなさいよ!」


 一番後ろの方から聞こえてきた子供の怒鳴り声に、館内はシーンと静まり返った。トンフィーは、怒りの為に顔を真っ赤にした少女を隣で見つめながら、

(メルメルの声って、とっても良く通るな~)などと、何故か珍しく呑気な事を考えていた。

 メルメルはずんずんと大人達の間を掻き分けて、びっくりたまげた顔で立ち尽くしている町長とペッコリーナ先生の間に割り込んでくるりと前を向いた。

「みんなは暗黒王のする事を認めてるの? 意味のない虐殺をしたり、命の石で無理やり死んだ人を兵隊にしたり、こんな平和な町にまでやってきて家を壊したり、りんごの木に火をつけたり。それは悪い事ではないの? みんな……それは正しい事だと考えているの?」

 館内は静まり返っていた。大人達は戸惑ったように、隣同士顔を見合わせたりしている。

「どうしてレジスタンスの人達を責めるの? あの人達は悪くなんて全然ないわ。町を破壊したのは闇の軍隊よ? レジスタンスの人達は一生懸命みんなを救おうとしたんじゃない」

 まぁ確かにな、などと皆メルメルの言葉に頷いたりしている。

「だが、奴らが町にいなければ軍隊は襲ってきやしなかったんだ!」古道具屋が慌てたように叫んだ。

「だから……軍隊が来たから町は酷い目にあったのよ? 悪いのは軍隊――つまり暗黒王じゃない。どうしてレジスタンスのせいにするのよ。レジスタンスの人達だって大変なのよ? 町のみんなと同じように普通の仕事をしながら、その合間にも一生懸命正義の為に働いているの。この国に平和を取り戻したくて――」

「正義なんて誰が決めた! 俺達の暮らすような田舎町には、トキアの支配だろうが闇の王国の支配だろうが関係無かったんだ。十一年前の青暗戦争だって、どっちが正しくてどっちが間違ってるかなんてどうでも良かった。……この町が平和ならそれで良かったんだ!」

「そんな風に自分勝手を言うなら、なおさらレジスタンスの事を責めるなんて出来ないじゃない!」

 年端もいかぬ少女の言葉に押されて、男はムッと押し黙った。

「平凡な日々を望むのはそんなに悪い事かい? メルメルちゃん……」

 メルメルは驚いた顔で声の主を見た。肉屋のラウルが寂しそうな目でこちらを見上げていた。

「あの男の言い方は良くないが――」ラウルはちらりと後ろを振り返って、古道具屋の顔を見た。

「考え方は俺も似たり寄ったりだ。正直、国に平和を取り戻したいとか、そんな大それた気持ちを抱いた事は今までないよ。俺の毎日なんてこうさ。

 ――朝は四時に起きて妻の入れてくれたコーヒーを飲みながら届いたばかりの新聞を読む。その後、結婚当時の体重により近付けようと妻と三十分程の散歩で無駄な抵抗をしたら、商ケースに並べる為の肉を切り始め、同時に惣菜のコロッケやらカツやらを揚げる。妻がそれらを並べ始める頃、必ずペッコリーナがコロッケかメンチカツを買って妻と二人で五分くらいお喋りをして園へと向かう。それを見送ったら、のんびりと一日店先に立って、園へ通う子供達を眺めたり、お喋り好きの奥さん達の相手をしながら夜七時には店を閉める。妻と一時間かけて店の掃除をしてから、みんなより少し遅めの夕食を食べ、やっぱりうちのコロッケは最高だと自画自賛しながら腹を満たし、最後は大好きなラムで一杯やる。時には酔っ払ってベッドにも入らないで居間で寝てしまうのだが、朝起きるとそんな俺の体には布団がちゃんとかけられていて、それだけで俺はなんとも嬉しい、幸せな気持ちになるのさ。そして、次の日も、次の次の日も同じような毎日を繰り返す……。

 その生活の中に、闇の王国に対する怒りや戦う心など入り込んだためしが無い。俺はそんな毎日に満足している。平和というのは……そんなものじゃないのかい?」

 ラウルの言葉に賛同するように、メルメルは何度も頷いた。

「そうよ。ワタシもそうだと思うわ。でも、ラウルさん、そうじゃない町もこの国にはたくさんあるのよ。中には暗黒王に滅ぼされた町だってあるっていうわ……」

「その町は、おそらく暗黒王に逆らうような事をしたんじゃないかい? 逆らわず大人しくしていればそれなりの平和は得られるさ。そりゃあ、暗黒王ってのは多少悪い奴なのかも知れないが、国を支配している連中なんてみんなそんなものだろう。所詮、俺達には遠く離れた分かりっこない世界さ」

「そ、そんな風に諦めちゃダメよ……」メルメルは悲しげな顔をして、首を横に振った。

「諦めている訳じゃない。それで良いと思っているんだよ。……メルメルちゃん、レジスタンスの人達は暗黒王を倒したいのかい?」

 ラウルが首を傾げながら聞くと、メルメルはパッと顔を上げ、瞳を輝かせて頷いた。

「そうよ……! 平和な国を取り戻す為に――」

 ラウルは手を上げてメルメルの言葉を制した。

「でも、俺達は今だって十分平和だと感じているんだ。それなのに、勝手に国の平和なんてお題目を掲げるのはおかしくないかい? ……そりゃあ、暗黒王に酷い目に合わされている町もあるのかも知れない。可哀想だとは思うが、人の町の事まで考える余裕はないよ。普通の人は自分の暮らしに一生懸命で、そんな、他人の生活まで考える余裕はないと思うな。逆に、そんな風に世界の平和を思って正義の為に国と戦っている気になるなんて、少し傲慢な考え方の様な気さえするよ。……実際ここには、それを望んでいない人間がいるんだから」

 メルメルはギュッと拳を握りしめ、涙で瞳を潤ませながらラウルを見つめた。

「そんな……。でも、それじゃあ、レジスタンスは――」

 ――ラインさんは――

「ただ、自分勝手に戦ってきたって言うの? 誰も望んでいない平和を――ご、傲慢な気持ちだけで――」

 メルメルの頬を涙がつたって、ラウルは困った様に頭を掻いた。古道具屋さえも、やれやれといった顔で苦笑いしている。

(泣いちゃダメなのに……)

 泣いてはただの子供のわがままの様になってしまう。ちゃんと自分の気持ちを伝えられないで終わってしまう。しかし、メルメルはどうにも涙を堪える事が出来ないのだ。

「本当に意味の無い事だったの……? ただの迷惑だったの……? それなら――」


「私はそうは思わないよ!」


 館内に響き渡った大きな声に、その場にいる全員が一斉にそちらを見た。

「おばちゃん……」

 ラウルの斜め後ろの辺りに、チムニーのママが仁王立ちで立っていた。

「私は彼らの――レジスタンスとかいったかしらね? ――レジスタンスの人達が間違った事や自分勝手な事をやってるなんて、これっぽっちも思わないよ! あんたたちは――」そう言って交互にラウルと古道具屋を見た。「自分がちょっと正義感に欠けてるからって、他の人間のやっている正しい行いまで責めちゃいけないよ」

 古道具屋は怒りで顔を真っ赤にしたし、ラウルさえもムッとして何か言い返そうと口を開きかけた。

「おっと、言い訳は聞きたくないよ。まぁ、そうは言っても私だってあんた達とおんなじだよ。日々の暮らしをなげうってまで、正義の為に戦う度胸なんてないんだから。だけどさぁ、こんな小さな子が一生懸命――レジスタンスの人達は頑張ってるんだ! 平和の為に戦ってるんだ! って訴えてんだよ? それを、傲慢な考えだとか自分勝手の自己満足だとか……。大人がそんな風に言い返して、恥ずかしくないのかい?」

 ラウルと古道具屋はしょんぼりと(だって、二人共恥ずかしくなっちゃったんだ)俯いた。

「あたしの娘は、このメルメルと、それから――死んじまったんだけど、レジスタンスの女性に命を助けられたんだよ。娘を家の中にかくまって、自分は軍隊と戦って死んじまったらしい……。ダンナだってそうさ……。ねぇ、あんた?」

 チムニーのママは隣であぐらをかいていた亭主の肩を、バンと叩いた。

「お、おう」チムニーのパパはすっくと立ち上がり、何故か、えへんと胸を張った。「そうさ! 俺はレヂスタンスのマリンサさんって人に助けられたんだ! もしもあの人がいなきゃあ、今、俺にはこの二本のなが~い足は付いちゃいなかったろうよ!」

 そう言ってチムニーのパパはその場でピョンピョンと跳ねて見せた。チムニーのママは調子にのるなと亭主の頭を叩いて座らせた。

「二人の事を、命懸けでレジスタンスの人は守ってくれたんだ。それが傲慢な事かい? 自己満足で出来る事かい? ――この人が家族の次に大事にしていたりんごの木は、もうほとんど燃やされてしまった。ダンナもあたしも悔しくて悔しくてしょうがない……」

 チムニーのパパは、肘が地面に着くほどにガックリと肩を落とした。

「でも、それはレジスタンスの人達が悪いんじゃない。軍隊の奴らが、自分達の力を思い知らせる為にやったんだ。なんて酷い奴らなんだろうね……。許せないよ。人をたくさん殺して、町に火を付けて……。あたしは軍隊が憎いよ。暗黒王が憎い……」チムニーのママは深い溜め息を吐いた。「本当はずっと前から分かってたのさ。暗黒王は悪い奴で、あっちこっちで苦しんでる人もいるし、それこそハルバルートの都なんて酷い有り様らしいって。でも、そういう事を真剣に考えたり取り組んだりするのは大変な努力が必要だし、私はしんどい思いをするのが嫌で、見て見ぬ振りをしてただけなんだ。どっか他人ごとに考えてたんだよ。自分の国の事なのにさ。だからほったらかしにした分、そのツケが一気に回って来ちまった」

 チムニーのママは、ぐすん、と隣で鼻をすする亭主の頭を優しくポンと叩いた。

「自分が嫌で逃げていた事と、しっかり向き合って戦い続けてた人達を責めちゃ駄目だよ。一緒に戦う勇気が出なくても、せめて、――有難う、頑張ってって言ってやらなきゃ……。そうだろう? みんな……」

 そうだ、その通りだと頷きあう人々。その中には、すすり泣くような声も混じっている。だが、もう誰からもレジスタンスを責めるような言葉は出て来なかった。メルメルは堪えられず声を上げて泣き出した。

「わ~んわんわん! ――あ、ありがとう、おばちゃ~ん!」

 どっと館内は笑い声に包まれた。そのうちには拍手さえ起こり、町長もマーヴェラ園長もホッと胸をなで下ろした。ペッコリーナ先生はギュッとメルメルの肩を抱き寄せた。

「ありがとう……メルメル……頑張ったわね……ぐすっ……」

 町長は力強く頷き、改めて大きな声で人々に語りかけた。

「それじゃあ、皆……。これからきっと苦しい時代を迎えるだろう。だが、希望を捨てずに頑張って行こうじゃないか! 諦めずに戦う人々がいるのだから!」

 体育館は、割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

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