七色の勇者 10
メルメルはぎゅっと拳を握り締めた。少しずつ、闇の軍隊への憎しみが湧いてきている。
「本当に酷いよ……。それからまだある。えっと、……メルメルは税金って知ってる?」
「税? 知ってるわよ。国に納めるお金の事でしょ」
メルメルはそのくらい知っているに決まってる、といった感じで胸を張った。
「そうだね。トキアの国から闇の王国へ名前を変えた今も、この国に住む者は変わらず税金というものを国に納めている。例えこんな田舎町の人間だって、もしも納めなければどんな目に合わされるか分からないし、闇の王国になってから税率がとても上がって苦しくなったけれども、それでもちゃあんと納め続けていたんだ」
メルメルはなんとなく税というものがあるのは知っていたが、トンフィーの様に詳しくは分かっていなかった。闇の王国になってから税率――つまりお金を納める量が増えたなんて事も全然知らなかった。
「ところが今回軍は、そのただでさえ高くなっていた税率を更に上げると言い出したんだ」
「どのくらい?」
細かい数字を言ってもメルメルには難しいかも知れないとトンフィーは考えた。
「ちゃんと毎日のご飯を食べる事も厳しい人が出るくらいさ」
「そ、そんなのダメじゃない。どうしてそんな酷い事するのよ……」
「たぶん、見せしめの為にやるんだ。暗黒王に逆らうとどうなるかを、レジスタンスや民に分からせる為にね……」
「…………」
それじゃあみんな怖がって余計に暗黒王に逆らう事をしなくなる。どんな酷い目にあっても諦めて我慢してしまう。メルメルはそこではっと気付いた。
「そっか、それが狙いなんだ……」
「え……?」トンフィーは不思議そうに首を傾げる。
「みんなが、間違った事を間違ってるって言えなくなるように……。恐くて何も文句が言えないように仕向ける為なのよ」
メルメルがいかにも悔しくて仕方ないという顔で言うと、トンフィーは確かにその通りだと頷いた。
「それどころか、もっと酷い事になりそうなんだ。町の人がレジスタンスの人を責め始めてる。町が襲われたのはレジスタンスのせいだって言ってるんだ」
「そ、そんな」
「確かに間違いではないよね。だって、確かにレジスタンスがいなければ、こんな田舎町にわざわざ闇の軍隊は訪れたりしなかったかも知れないんだから。たとえどんなに他の場所で酷い事が起きていたって、暗黒王に逆らうような気持ちを持たなければ、この町は平和でいられたかも知れないんだ」
「それは……。そうかも知れないけど、でも、そんなの……」
メルメルは何だかとても悲しくなってしまった。――別にレジスタンスは悪い事をしていた訳じゃない筈なのに。
「でも、難しい問題だよね……。僕だって、この先この町の中を悪魔の兵隊がうろうろしたり、町の人同士がお互いを監視したりなんて嫌だもの」
「だったら戦わなきゃ! そんな町にしたくないなら町を守るために戦わなきゃダメじゃない!」
突然メルメルがとっても興奮して怒鳴ったから、トンフィーはビックリしておどおどと首を横に振った。
「そ、そんな簡単な訳にはいかないよ」
「どうしてよ!」
「だ、だって――」
「メルメル~?」
何やら聞いた事のある穏やかでゆっくりな声が聞こえて、メルメルとトンフィーは驚いてそちらを見た。
「フレンリー!」
少し先の教室のドアからフレンリーがひょっこり顔を覗かせていた。
「ブー」
「あ! プ―助だー!」
ドアから小さな子豚が出てきて、二人は笑顔で駆け寄った。ブーブー言いながら歩いて来る子豚を抱き上げ、メルメルはフレンリーに微笑みかける。
「フレンリー! 無事で良かったわ!」
フレンリーは相変わらずのゆっくりさで、一拍おいてから話し始めた。
「……メルメルとトンフィーこそ~無事で良かったわね~。ニレから聞いたわ~。本当に大変だったわね~」
フレンリーはラインの事を言っているのかも知れない。とても悲しい表情を一瞬だけ見せた。
「うん……。でも、フレンリーだって大変だったわ。おばあちゃん……とっても心配だもの」
メルメルが目を伏せると、フレンリーはにこりと笑ってメルメルの肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫よ~。お婆様は無事よきっと~。私には~なんとなく分かるのよ~」
「そうなの?」
トンフィーが不思議そうに首を傾げながら言うと、フレンリーは再びにこっと笑った。
「占い師の~孫だからね~」
メルメルは、もしもそれが本当ならおじいちゃんの無事も分かるかどうか聞こうかと一瞬思ったが、直ぐにその考えを消した。どういう占い結果が出ても、フレンリーは無事だと答えるだろう。
「それよりも~随分大きな声で~何を話していたの~?」
「ああ……」
先ほどの、メルメルの怒鳴り声を聞きつけてフレンリーは出てきたのだろう。トンフィーは、かいつまんでフレンリーに事情を話した。話しを聞くとフレンリーは、う~んと唸った。
「それは~……駄目よメルメル~」
「どうして? 町を守るために戦うのは悪い事?」
フレンリーはゆっくり首を横に振った。「みんな~殺されてしまうわ~」
「でも……分からないじゃない? レジスタンスだっているし、戦う前から諦めちゃダメよ」
「レジスタンスは~初めから戦う気はないわ~。私が戦うのを~止めたくらいだもの~」
「え? ど、どうして?」メルメルは思わず目を丸くした。
「私は~こう見えてもかなり強いわ~。隠れ家にいた戦士も~そこそこ強いし~おじさま(グッターハイムの事なんだ)や~おばさま(ペッコリーナ先生の事なんだ)を合わせれば~、東の草原にいる敵の軍隊くらいなら~倒せるかも知れないわ~」
「それだったら……」
「でも~、その後必ず敵は~新たな軍隊を~率いてくるわ~」
「……でも――」
「その軍隊を~倒したとしても~、更に敵は~新たな軍隊を~率いてくるわ~」
「…………」メルメルはじっとフレンリーの顔を見つめた。少しずつ、その肩から力が抜けていく。
「つまりねメルメル、最終的には闇の軍隊全部を相手にする事になるんだ。一度負けたからって敵が諦めてくれる訳無いもの。そして、レジスタンスに闇の王国そのものを相手にする力は、まだないんだよ」
トンフィーに諭されるように言われて、メルメルはいよいよしょんぼりと肩を落とした。
「でも……それじゃあ、レジスタンスは何の為に存在するのよ」
――ラインさんは何の為に戦ったのか……。
「メルメル~これで終わりな訳じゃないわ~」
フレンリーが、顔や声に似合わない力強さでメルメルの手を握り締めた。
「…………」
「落ち込んじゃダメよ~」
(そうだ……。落ち込んでちゃダメだわ……。そんなの、きっとラインさんに怒られるわ)
メルメルはぎゅっとフレンリーの手を握り返した。
「そうよね……そうだわ。まだまだ終わりじゃないものね」
フレンリーはにこりと笑った。メルメルもそれに答えるようににっこりと笑ったのだった。
体育館の重い扉をメルメルとトンフィーが力を合わせて開けると、少し寒いくらいの夜なのに、中からむわっとした熱気が出てきて、二人は思わず顔を見合わせた。明かりがこうこうと灯された館内には五百人近くの大人達が集まっていた。普段は、過疎化が進んだこの町には子供が三十人ほどしかおらず、広々とした体育館にメルメル達が集まるとちょんぼりとした感じになって寂しいくらいだった。
しかし、今日はその体育館が手狭に感じられるほどの人の数になっている。それはそうだ。おそらく今ここには、ほとんどの町の人間が集まっているのだろうから。大人達が、自分達と同じように体育座りをしていたりあぐらを組んで座り込んでいる様子は、二人にはなんともいえずおかしく感じられるのだった。
「な、なんか凄いね……」トンフィーが圧倒されたように呟いた。
良く見ると、ざわつきながら座り込んでいる町の人間から少しだけ距離をおいて、十人ほどがまとまり肩を寄せ合うようにして立っている。そこには見知った顔や、クラスメートの母親や父親の顔もあるが、全体的にはやけに老人が多いように感じられる。
静かに俯いているその人達の中に、ドラッグノーグ先生がペットのグスタフを従えて所在なげに立っているのを見つけて、メルメルは、もしかしたらあれは町に潜伏していたレジスタンスの人達かも知れないと考えた。
そしてそこからも更に離れて、一人ぽつんとグッターハイムが腕を組んで壁にもたれている。目を瞑ってしまっているから、その表情からは何を考えているのかは読み取れない。
「話しをそろそろまとめようじゃないか。いつまでも言い争いをしても虚しいだけだ……」
皆の座っている正面には、舞台のように高くなっている場所があり、その壇上に立った大柄な老人が声を張り上げて言った。
「連中は明日の朝までに答えを出せと言って来ておるんだ……」
老人の後ろにはマーヴェラ園長とペッコリーナ先生が、両方とも難しい顔をして立っている。
「それでは、やはり町長は向こうの要求を全て聞き入れるつもりですか?」
一番前に座っている髪の長い若い女性が言った。メルメルの知らない顔だ。
「まさか突き返す訳にはいかんだろう。そんな事をすればどうなるか……」
老人は眉根を寄せた。この老人はメルメル達の町をまとめている長なのだが、実はドミニクの祖父でもあるのだ。
「何とか交渉の余地はないんですか? これ以上税を上げられたら、食えない者も出かねませんよ」
前の方に座った太った男が言った。あれは肉屋のラウルだ。
「勿論、言うだけは言ってみる。何とか少しでも軽減するよう働きかけもする。だが、恐らくはこちらの相談に乗るような連中じゃないだろう」
町長は疲れた顔で言った。後ろにいる女性二人も同じように疲れた顔をして頷いている。
「そもそも、あんな連中を町に入れるからいけないんだ!」
突然、後ろの方に座った男が立ち上がって叫んだ。ドラッグノーグ先生達の方を指差している。




