レジスタンス 3
「グスン……秘密のお仕事?」
少し落ち着いてきてメルメルが問い返すと、ペッコリーナ先生は顎に指を当てて頷いた。
「そう。大切な……ね。えっと、メルメルは青暗戦争を知っているわね?」
急に全く関係なさそうな質問をされて、メルメルは戸惑ってしまった。
「えっ? ……えっと、暗黒王率いる闇の軍隊対、トキアの国の大臣達が中心になった正規軍の戦い……かな?」
今日、歴史の授業で復習したばかりなので、勉強が苦手なメルメルにも何とか答える事が出来た。
「そうね。……メルメルはまだ赤ちゃんだったから知らないでしょうけど、それはそれは恐ろしい戦いだったのよ。たくさんの人が殺されたわ……」
ペッコリーナ先生は悲痛な表情に変わった。
「――突然、どこからともなく現れた暗黒王なる謎の人物が、たくさんの兵隊を引き連れて、トキアの国の首都であるハルバルートを襲って来たの。始めは正規軍の方が優勢だったわ。首都ですもの。守りは強固だし、大臣達は国で一、二を争う魔法や剣の達人ばかりで、それぞれが率いる軍もとても強かったわ。都に住む人々や正規軍の兵士達もどこか安心していたの。どうせ負けるはずがないって……。ところがある時から急に、優勢だった正規軍が闇の軍隊に押され始めたの」
「分かったわ! 女王様を人質に取られたせいね!」
すっかり話に引き込まれていたメルメルは、興奮して思わず叫んでしまった。ペッコリーナ先生は冷静な顔で、ちょっと嬉しそうに頷く。
「大正解。さすがは私の生徒だわ。――暗黒王は女王様を人質に取り、女王様と黒の大臣の間に生まれたばかりの世継ぎ――つまり、お姫様を殺してしまったの」
「ひ、ひどい……」
「そうね……。そして、それからが本当の悲劇の始まりだった。闇の軍隊はその後、女王様を盾にされたせいでほとんど無抵抗になってしまった正規軍に、容赦なく襲いかかって行った――」
「…………」
外ではいつの間にか雨がやんでいるのだろうか。家の中はとても静かだ。メルメルの腕の中で、ミミとシバは疲れて眠ってしまっている。
「大臣達も次々に倒れた。まず始めに橙の大臣が殺された。それと紫の大臣は、情け無いことに正規軍が劣勢と見るとすぐさま闇の軍隊に寝返ったの。そして遂に、女王様の右腕左腕とも呼ばれた白黒両大臣が殺された……。残った緑の大臣も、一人抵抗を続けたみたいだけれど、戦いの中で行方知れずになったらしいわ。おそらくはもう……ね。そして赤の大臣は遠征中で、残念ながら戦いには間に合わなかった。何せとても短い戦争だったのよ。たったの六日間で正規軍は負けてしまった。だから別名六日間戦争とも呼ばれているわね……」
「どうしてそんなにすぐ負けてしまったんだと思う? 初めは優勢な戦いだったにもかかわらず」
グッターハイムが突然話に割り込んできた。メルメルは首を傾げ考えてみる。
「女王様が――人質に取られたから?」
グッターハイムは大きく頷いた。
「その通りだ。だが女王を人質に取られたからといって、何故そんなに及び腰になる必要がある? 負けてしまえば大変な事だ! 国を奪われてしまうんだぞ!」
その迫力にメルメルがたじたじになっていると、見かねたペッコリーナ先生が助け船を出した。
「そんなに脅かさないでちょうだい」
「お、俺は別に脅してなんか……」
グッターハイムは再び口をへの字にして黙り込んでしまった。
「つまりねメルメル。女王様を殺されるということが、それだけトキアの国にとっては大変な事だったの。少なくとも大臣を含め、ほとんどの国民がそう思っていたわ」
「どうして? 一番えらい人だから?」
メルメルが言うと、ペッコリーナ先生は左右に黒目を動かし、言葉を探すように少し考え込んだ。
「えらい人だからと言うか……ちょっと違うわね。みんな、王族の血を絶やすのが恐ろしかったのよ。――何百年も前からの決まり事だったのだけれど、トキアの国では必ず王になるのは女性でなければならなかった。そして、その女王が死んだ場合は、その者に一番近く、濃い血の流れた者が次の女王にならなければならなかったの。あなたや、トキアの国を知らない子供達には理解出来ないでしょうけれど、王族以外の人間が王になるなんて私達には考えられなかったわ」
何だか難しくなってきたし、混乱し始めたメルメルに、今度はグッターハイムが助け船を出した。
「そんなに難しく考えなくてもいい。つまり国のみんなが、女王様の支配していたトキアは豊かで平和な国だったと思ってた事が分かればいい。それでみんな幸せだったし、いつまでもその幸せは続くと思っていた。要するに何が言いたいかというと、当たり前の事を失うことが、みんな怖かったんだと言うことさ。――女王様がいる当たり前の幸せ。メルメルだって、おじいちゃんがいるのが当たり前で幸せなのに、急にいなくなったら不安だろう?」
メルメルが目をパチクリしながら考えると、頭の中にプラムじいさんの暖かいニッコニコ笑顔が浮かんできて、それで妙に納得した。納得したけれどもそのせいで、再び涙が飛び出て来た。
「あ、あ、泣くな泣くな」グッターハイムはまた困って、額に汗まで浮かべている。
「だから、あなたは一言余計なのよ。とにかくメルメル、トキアの国にとって女王様というのがとても大切で、国の要になっていたのが分かったわね?」
メルメルは涙を堪えながら頷いた。
「ところが結局、暗黒王の手によって女王様は戦いの最後に殺されてしまったの。王族で生き残っていたのは、もう女王様ただ一人だけだった。暗黒王は全ての王の血を根絶やしにしてしまったのよ。国の要を失うということがどれだけ恐ろしい事かをみんなが思い知ったのは、女王様を失ったもっと後だったわ。あなた……大丈夫? メルメル」
メルメルは少し震えていた。雨に濡れて寒いせいもあったし、話の内容が恐ろしいせいもあった。
「ルルル~ラララ~、――炎よ灯せ!」
ペッコリーナ先生の魔法で、暖炉に火がついた。
「少し休憩しましょう。メルメル、濡れた洋服を着替えて来なさい」
メルメルは頷いて、寝ぼけているミミとシバをソファにそっと置いて立ち上がり、自分の部屋へと入って行った。そしてタンスから洋服を取り出し、着替えながら、
(やっぱりトンフィーに一緒に来てもらえばよかった……)
と泣きべそになりながら思っていた。一人ではあまりにも心細い。
メルメルは今までそれ程、暗黒王や滅ぼされたトキアの国について深く考えた事はなかった。何だか現実味が無いし、教科書の中の出来事、といった感じだった。何故なら都から遠く離れたこの田舎町には、暗黒王の支配も無ければ悪魔の兵隊もいない。トンフィーが悪魔の兵隊を見たと言う隣街でさえ遠く、車で一時間もあるという話だし、その街でさえ普段は闇の軍隊などはいないのだ。だから生々しくそんな話をされて、しかもそれが、まだ良く分からないけど、どうやら大好きなおじいちゃんと深く関わっているらしいと知ってすごく怖くなってきたのだ。
メルメルが着替え終えて戻ってみると、すっかり部屋が暖かくなって、ポカポカココアの入ったマグカップがテーブルに置いてあり、気持ちの悪いあれは部屋から消え失せていた。
「少しは落ち着いた?」
ペッコリーナ先生に問われてメルメルが頷くと、グッターハイムが安心した顔でニヤリと笑った。
「泣きべそはもう勘弁してくれよ、お嬢さん」
「もう……大丈夫だわ」メルメルは全然自信がなかったけれども、とりあえず強がってみせた。そしてまどろんでいるミミとシバの横に座ると、「それじゃ、続きを聞かせて下さい」と精一杯大人ぶって言ってみせた。




