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七色の勇者 8

 ――誰もいない。

 チムニーが首を傾げてもう一度問いかけようとした、その時。後ろにいたスリッフィーナがすっと二人の前に出てきた。尻尾を一度ブルンと大きく振って牙を剥き、「グウゥ……」と低い声で唸っている。それでようやくチムニーの心臓がドキドキと高鳴りだした。

「――――――」

 遠くの方で何者かが叫んだような気がして、チムニーはビクリと肩を持ち上げた。怯えて一歩後ろに下がると、メルメルが安心させるように小声で呟く。

「大丈夫よ。スリッフィーナがいるから……」

 そうは言うが繋いだ手はしっとり濡れていて、チムニーにはその緊張が伝わってきてしまうのだ。

(逃げた方がいいかしら? でも、もしかしたら味方かも……。だけどチムニーがいるし危険は避けた方が……。あ、でもそろそろグッターハイムが追い付く頃だわ)

 メルメルは激しい焦燥にかられながら道の先に広がる闇を睨みつけていた。後ろで燃え盛っている炎の明かりのせいで、闇が一層濃く見える気がする。

「――イ―――ム――」

 声が近づいてくる。もっと良く聞いてみようとメルメルが必死で耳を澄ましていると、体を低くしてずっと攻撃体制をとっていたスリッフィーナが、すっと後ろに体を引いてしまった。

「スリッフィーナ? ……どうしたの?」

 スリッフィーナはメルメル斜め後ろでお座りをしている。もう完全に警戒を解いてしまったようだ。それを見て、メルメルも肩の力をゆっくり抜いた。

 ――味方なのだろうか?

「――ニ――ムニー――」

「……チムニー?」

 ふらふらとチムニーが数歩前に出て、メルメルは首を傾げながら繋いだ手を軽く引いた。

「チム―――ニ――」

「ママ……」

 チムニーはメルメルの手をパッと振りほどいて走り出してしまった。

「あ! チム――」

「ママーーー!」

 大きな声で叫びながらチムニーは走って行く。追うようにメルメルは数歩駆けたが、直ぐに走るのを止めた。

「チムニー! チムニーーー!」

 ふいに暗闇の中から大柄な女が現れて、こちらに向かって全力で走り寄ってきた。

「ママ!」

「チムニー!」

 親子は道の真ん中で固く抱き合った。どうやら二人とも涙を浮かべている様だ。

 メルメルはしばらくぼんやりとその様子を眺めていた。隣で「グウゥ」とスリッフィーナが唸って、ようやく我に返りにっこりと笑う。スリッフィーナの頭を一撫でして二人に向かって駆け出した。

「良かった……。良かったわねチムニー!」

 大きな声でそう言いながら走り寄ると、母親の方が気付いて顔を上げた。

「あら……あんたメルメルじゃないの!」

「おばさん! 無事で良かったわ! 心配して、二人で探しに行くところだったのよ!」

「あら! こっちこそよ! 園にチムニーがいないと知ってどれだけたまげたか! クラスのみんなに聞いたら昼休みに園を抜け出したって言うじゃないの! お前一体どこに行ってたんだい、まったく!」

「ごめんママ……ぐすっ」

「おばさん! みんなは無事なの?」

 チムニーのママは気の良さそうな顔でにっこり笑った。「勿論よ! みんな――」

「マグニーニ~! ……ゼ~ゼ~」

「……園長先生!」

 メルメルは目を丸くした。なんと闇の向こうからマーヴェラ園長が現れたのだ。走り疲れて肩で息をしている。

「ひ~ひ~……あ、あら……メルメルちゃんじゃないの。……あ! チムニーちゃん!」

 大きな母親の陰に隠れていたチムニーを発見して、マーヴェラ園長は目を見開いた。

「あ~、良かったわねマグニーニ~。あんたが血相変えて園を飛び出した時は焦ったわよ~! アッハハハハ!」

 マーヴェラ園長はチムニーのママの肩を叩きながら、酒で焼けたガラガラ声で良かった良かったと繰り返し笑った。

「――メルメール!」

「……グッターハイム!」

 今度は逆側の道の向こうからグッターハイムが現れて、メルメルは再び目を丸くした。

「おお良かった! 無事か……ん? マーヴェラじゃないか!」

「リーダー!」

「どうしたマーヴェラ! 町の者は無事か!」

「大丈夫! ……とは言えないか。みんな、死んじゃったり怪我しちゃったり大変だからね」

「そうか……」

 グッターハイムもマーヴェラ園長も眉根を寄せて俯く。メルメルは不安げに二人の大人を見上げていた。

「でもね、とりあえず子供達はみんな無事よ! 園にまでは手を出させなかったからね! レジスタンスのみんなが守ってくれたのよ~!」

 マーヴェラ園長が嬉しそうに言うのを聞いて、チムニーは思わず、「……レジスタンス?」と呟いた。

「隠れ家の連中も来たか?」

 今度はグッターハイムの言葉にチムニーは、「隠れ家?」と首を傾げる。

「来てるわ! 仲間も町の連中もみんな園に集まってるわ!」

「よし。それじゃあ詳しい話しは園に行ってからにしよう。町の中はまだ安全と言えそうにない。ここに来る前に悪魔の兵隊とかち合っちまったからな」

 マーヴェラ園長はコクリと頷いた。

「そうなのよ。まだヤツらウロウロしてんのよ。レジスタンスのメンバーが何人か見回りしてんだけど……」

「そうか。よし、とにかく行こう」

「ええ」

 マーヴェラ園長が先に立って歩き出した。グッターハイムとチムニーのお母さんがよそよそしい感じでお辞儀をするのを見て、メルメルは、(なんだ。チムニーのママはレジスタンスじゃないんだわ)と少しがっかりした。そして親子がしっかりと手を繋いで歩き出したのをぼんやり眺めていた。

「ほら、メルメル。行くぞ」

 グッターハイムに背中を叩かれメルメルはようやく歩き出した。

「どうして、スリッフィーナがここに……」

 横に並んで歩き出したスリッフィーナを、グッターハイムは不思議そうに見つめた。

「……ラインさんよ」メルメルは言いながらグッターハイムの横に来て、その手を握った。

「きっと……ラインさんが助けるように伝えてくれたんだわ……」

「…………………」

 グッターハイムはぼんやりと、スリッフィーナの赤い毛並みを眺めていた。


 園に辿り着くと、門の脇に槍を構え松明を掲げたレジスタンスと思しき戦士が二人立っていた。二人はグッターハイムの姿を認めて深々と頭を下げて挨拶してきた。グッターハムは、「ご苦労さん」とだけ言って、特には会話もせずに中に入ってしまったから、メルメルもぺこりと頭を下げて二人の脇を通り過ぎた。校庭を突っ切って校舎に向かいながら、一度後ろを振り返った。見慣れた門の脇に革の鎧を着けた戦士二人が立っている光景が実におかしな感じがして、メルメルは軽く頭を振った。どうかしたのかとグッターハイムに聞かれたが、何でもないと答えた。

 校舎に入るとメルメルは、マーヴェラ園長に二階にある自分達の教室に行くようにと指示された。グッターハイムとマーヴェラ園長は別の教室に向かい、チムニーは、お父さんが怪我をしたので治療を受けていると聞いて母親と保健室に向かってしまった。それでメルメルは一人で自分の教室に向かい、階段を上がりかけた所でスリッフィーナが消えてしまった事に気付いた。

 慌てて校庭にまで出て探したがスリッフィーナは見当たらず、代わりに校舎の裏で嫌な物を見つけてしまった。普段そこにはドラッグノーグ先生のペットのライオン、グスタフが寝そべっているのだが、今日はグスタフの代わりに全く別の物が横たわっていた。

 それは、ずらりと並べられた、たくさんの死体だった。

 その中には見慣れた顔も幾つかある。メルメルはふらつきながらその場所をあとにした。

 教室に入ると、クラスメートが大勢集まって来てメルメルを取り囲んだ。無事を喜んでくれる声や、一体今まで何をしていたのかと疑問を投げかけてくる声が聞こえたが、何故か急に泣き出してしまった相手に戸惑ってしまい、結局誰も何も聞けなくなってしまった。

 クラスメートの顔を見て安心したのと、いつもと変わらぬ教室の何とも言えない穏やかな空気にたまらなくなって、メルメルは泣いてしまったのだ。そこに父親のお見舞いを終えたチムニーが戻って来て、泣いているメルメルの姿を見て一瞬とても驚いたような顔になった。チムニーに手を引かれて隅の方の席に座り、二人して色々と話しているうちに、ようやくメルメルは気持ちが落ち着いてきた。

「それにしても、お父さん大丈夫そうで良かったわね。チムニー」

「うん。怪我したなんて言うからどんだけかと思ったけど、ほんのちょっと腕を擦りむいただけなんだもん。……でも、逆らった人の中には殺されちゃった人もいるんだから、パパは運がいいよってママが言ってた」

「そう……」

 チムニーの父親はりんご農園を営んでいる。彼は突然やってきた闇の軍隊がりんごの木に火をつけていくのを必死で止めたらしいのだ。だが、結局はレジスタンスの人間に助けられながら、命からがら逃げ出す事になってしまった。

「パパったら助けてくれた人――マリンサさんとか言ってたかな? ――その女の人に文句言っててさ。あんたが止めたせいで農園を守れなかったって……」

「でも……殺されちゃった人もいたんでしょう?」

「そう! だからママはパパを叱ってた。農園よりも命の方が大事だろうって。農園は頑張って一からやり直せばいいってさ」

「そうよね……」

 そんなに簡単な事ではないだろう。チムニーのパパが作るりんごは町でも評判だった。メルメルがチムニーと農園に遊びに行った時、チムニーのパパは嬉しそうに話したものだ。

 ――このりんご農園はチムニーのお父さんのおじいちゃんの頃からずっと大切に世話してきたんだ。だから、水もきれいで土も栄養たっぷりになってるから、うちのりんごはとっても甘いんだよ。

 百年以上かけて作り上げたものを一からやり直す。口で言うほど容易くはないだろう。

「パパったら……泣いてた……」

「…………」

 二人は思わずしんみりと俯いてしまった。

「おい!」

 突然横から乱暴に呼びかけられて、メルメルはいつもの癖で眉根を寄せて不機嫌そうにそちらを見た。

「何よ、ドミニク」

 ドミニクは腰に手を当て、相変わらずの偉そうな態度でメルメルを見下ろしていた。

「お前、今までどこに行ってたんだよ」

「あんたには関係ないでしょ」

 ドミニクはムッと口をへの字に曲げた。「……あいつも一緒だったのか?」

「あいつって誰よ?」

「ちび助だよ!」

 鼻息荒く言うドミニクの顔を、メルメルはバカにしたように横目で見た。

「あんたには関係ないわ」

「お前――」

「メルメル!」

 その時、教室の扉が勢い良く開いてトンフィーが飛び込んできた。

「トンフィー!」

 メルメルは慌てて立ち上がって、満面の笑みを浮かべながらトンフィーのもとへ駆け付けた。その元気そうな姿を見て、トンフィーも安心したように笑った。

「良かったメルメル……怪我もなさそうだ」

「ええ、全然大丈夫よ! ――ペッコリーナ先生やニレは?」

「勿論無事さ。二人は別の教室にいるよ」

「良かった……。うふっ。ミミやシバも元気そうね」

 足元にトラ猫が二匹すり寄ってきて、メルメルはにっこり笑った。「にゃ~ん!」

「うふふ……勿論アケもね!」

 トンフィーの足の間からチリチリとアケが顔を覗かせている。

「メルメル……ちょっと来てくれる?」トンフィーはメルメルの手を取って教室を出ようとした。

「おい!」

 突然呼び止められ、トンフィーは後ろを振り返った。ドミニクが不愉快そうに腕を組んで立っている。

「待てよ、ちび助。まだオレとの話が終わってないんだ」

 声には威圧するような響きがある。しかしトンフィーは顔色一つ変えず、涼しい目でドミニクの顔を真っ直ぐに見た。

「……急ぎなんだよ。悪いけども後にしてくれる? ――行こうメルメル」

 ドミニクも、二人のやりとりを見守っていた教室中の皆も、口をポカリと開け唖然として二人が出て行った扉を見つめた。

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