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七色の勇者 7

 チムニーは顔を歪めて頷く。

「それで、悲鳴とか叫び声がいっぱい聞こえてきて、何だか怖くなって。……あたし、急いで直ぐそばの家の庭に隠れたの。植木の隙間から通りを見てたら、鎧を着た兵隊がたくさん現れて……。さっきの気持ち悪いの――悪魔の兵隊? ――も、たくさんいた。そいつらみんな剣を持ってた。勝手に人の家の中に入ったりして……。そのうち直ぐ近くでも悲鳴が聞こえて……」チムニーは目尻に涙を浮かべた。「庭にいるのも怖くなって、中に入れて貰いたくてその家の窓をそっと叩いてみたの。そうしたら知らないおばさんが出てきて、あたしを家に上げてくれたの……。おばさんも何かあったのに気付いてたみたい。あたしが、たくさんの兵隊が来たって言ったら床の下にある小さな穴に隠れるようにって……。不思議なの……。ぱっと見ではそんな穴があるようには見えなかったのに。まるで、こんな時隠れられるようにわざわざ作ったみたいだった……」

 メルメルはチムニーの話しを聞いていて、もしかするとそのおばさんはレジスタンスの人かも知れないと考えていた。

「そのおばさんはどうしたの? チムニーに隠れるように言って、自分はどこに行ったのかしら?」

「分からない。ただ、おばさんが出てきて良いって言うまでは、絶対出てきちゃ駄目だってあたしに言っていなくなっちゃった。だからあたし、さっきまでじっと隠れてたんだけど、喉も渇いたし何時間経ったのかも分かんないし……。それで外に出ちゃったんだ……。だって……だって一人きりで隠れているのもすごく怖くって……ぐすっ」

 チムニーは手の甲で飛び出してきた涙をグイッと拭った。メルメルは安心させる為にチムニーの手を優しく握った。

「出てきたら真っ暗で……誰もいなかった。おばさん……どこに行っちゃったんだろ……」

 メルメルは少し嫌な予感がしたが、その事は勿論口にはしなかった。

「でも、メルメルが助けてくれて良かった! あいつに見つかった時は、絶対もうダメだと思ったんだもん!」

 チムニーは二人の横を颯爽と歩くスリッフィーナを見つめて、溜め息を吐いた。

「すごいねぇ……。この虎って、メルメルのペットなの?」

「――え? ……違うわ。ワタシの……ワタシの大好きな人のペットよ」

 虎ではなく豹だという事はあえて無視して、メルメルは寂しそうに呟いた。チムニーは首を傾げる。

「大好きな人? メルメルのおじいちゃん?」

「違うわ……。ねぇ、チムニー。取りあえず園に行ってみましょうか? 他に当てもないし、園ならみんながいるかも知れないし」

 メルメルが話をすり替えるように言うと、チムニーは何故か急に真面目な顔になってしまった。

「う~ん。あのさメルメル、あたしんちに行っちゃだめかな?」

「チムニーの家?」まさか縄跳びを取りに行くはずはないだろうしとメルメルは首を傾げた。

「うん。たぶんママが家にいるはずだから……」

 チムニーが少しもじもじして言うと、メルメルは心得たとばかりに頷いた。

「無事を確かめたいのね? 分かったわ! 行きましょう!」

 メルメルはチムニーの手を引いて歩き出した。ここからチムニーの家はそんなに遠くない。行き方もちゃんと分かっている。

「ありがとうメルメル!」チムニーは嬉しそうに笑ったが、直ぐにその笑顔を曇らせた。「ママ……大丈夫かな?」

 不安そうに見つめてくるチムニーに、メルメルはにっこり微笑んだ。

「大丈夫に決まってるじゃない! チムニーのママはとっても強いもの! ……あの、恐怖のお尻百叩きの刑を忘れたの?」

 それは以前、メルメル達がドッチボールに夢中になり過ぎて夜中まで遊んでしまった時の事だ。皆がいた公園に、ペッコリーナ先生とチムニーのママが現れて、その場にいた全員を「お尻百叩きの刑」にしたのだ。五人目くらいでペッコリーナ先生は疲れて音を上げてしまって、残り二十人を全てチムニーのママ一人で叩ききったのだ。その体力と、最後まで衰えなかった平手の勢いを思い出して、メルメルはチムニーのママもレジスタンスに違いないと考えた。

「そっか……。じゃあ……きっと大丈夫よね」

「そうよ! 絶対大丈夫!」

 根拠はあんまりしっかりしてないが、メルメルの笑顔を見てチムニーはすっかり元気になった。

「そうだ。ママの無事を確かめたら、メルメルの家に行こうよ! メルメルだっておじいちゃんが心配でしょ?」

「……ううん。ワタシの家はいいわ……」メルメルは思わず俯いた。

「どうして?」

「今、おじいちゃんは家にいないの」

「え、そうなの? どこ行ったの?」

「う~んと……」

 メルメルは困ったような顔になった。いきなり、おじいちゃんは闇の王国の者にさらわれた、などと言ってもチムニーには訳が分からないだろう。分かり易く説明するにはどうしたものかとメルメルは頭を悩ませる。

(こういう説明とかはトンフィーにお願いしたいわね……)

「そう言えばメルメル、最近どこ行ってたの? 先生は風邪だって言うけど、あたしメルメルんちにお見舞いに行ったのよ? いくらノックしても誰も出なかった。どこか――旅行かなんか行ってたの?」

「えっと……まぁ、旅行と言えば旅行みたいな感じかしら?」

「……もしかしてあの日何かあった? ほら、猫が迎えに来てさ、ペッコリーナ先生と二人でメルメルの家に行ったでしょ? それからずっと休んでるもんね。――あ、そうだ! ペッコリーナ先生もあの日からずっと休んでるんだ! ドラッグノーグ先生ってばやけに元気ないから、もしかしてペッコリーナ先生すごく具合悪いのかと思って、あたしお見舞いに行きたいって言ってみたの。だけど先生ったら風邪が移るからダメだって。……あの日、もしかしてペッコリーナ先生と何かあったの?」

「え、えっと……」

 メルメルが目の玉を上にして頭を悩ませていると、チムニーが顔をグッと近づけてきた。

「もしかして――トンフィーも一緒だった?」

「えっ……」

「一緒でしょ? だってトンフィーも同じように休んでたもん。ふ~ん……一緒かぁ……」

 メルメルの答えを聞かずにチムニーは勝手に納得して、へ~とか、そうなんだ~とか言っている。メルメルは、(まぁ別に本当の事だし、隠す必要もないか)などと考えていた。

「――ああ!」

 突然チムニーが叫び声を上げて、メルメルは思わずビクリとしてしまった。

「ど、どうしたのチム――」

「あたしんちが! ……そ、そんなぁ!」

 メルメルは慌てて首を捻りチムニーの見つめる先に目をやった。そこにはメラメラと激しく燃え上がる一軒の大きな家があった。炎の隙間から赤色の屋根がチラチラと見えている。

「ま、ママ……」

 チムニーはふらふらと前に進む。メルメルは何も言わずについて行きながら、繋いでいる手をぎゅっと握ってチムニーが離れていかないように気を付けていた。まさか炎の中に飛び込んだりはしないだろうが、万が一という事もある。

「ママ……ママ……」

 チムニーは燃え盛る自らの家の前に立ち、それを下から上までゆっくりと眺めた。チムニーの薄い茶色の瞳が炎を映し出してゆらゆら揺れている。その目に涙がみるみるうちに浮かび上がった。

「ママー……」

「これ以上近づいたら危ないわチムニー……」

「う……うわぁぁん!」

「チムニー……」

 座り込んでしまったチムニーをメルメルは両手でぎゅっと抱きしめた。丸まった背中を優しくさすり、顎を上げて燃え盛る家を見つめる。その瞳は怒りのために、目の前の家と同じようにメラメラと燃え上がっていた。メルメルは心の中で、――どうして、と呟いた。

(何の為にこんな酷い事をするんだろう……。何故こんな悲しい事を……)

「ひっく……ママ……ひっく……」

「大丈夫。チムニーのママはきっと無事よ。家が燃える前に逃げ出したわよ」

「ひっく……そ、そっかな?」

「そうに決まってるわよ。……そうだ! チムニーと同じようにどこかに隠れてるかも知れないわ。探しに行きましょうよ!」

 力強くメルメルが言うと、少しだけチムニーは不安そうにその顔を見つめていた。しかし、メルメルの輝いた瞳を見つめるうちに少しずつ元気が湧いてきたようだ。

「よし……さぁ、立って!」

 勢いよく立ち上がり、メルメルはにこりと笑顔で手を差し出す。それにつられてチムニーも笑顔でその手を取って立ち上がった。

「うん……。行こう!」

 ところが、そうして数歩進んだところで、何故かメルメルはピタリと立ち止まってしまった。

「……メルメル?」

 チムニーは不思議そうにメルメルの横顔を見つめる。先ほどまでとはまるで別人の様に厳しい顔付きで前方を見つめている。

「ど、どうしたのメルメ――」

「シ! 静かに!」

 厳しい顔付きのままそう言われて、チムニーは戸惑ったように黙り込んだ。

「……誰か来るわ」

 呟いて、メルメルはチムニーと繋いでるのとは反対側の手で、腰に下げた剣をスルリと抜いた。

「め、メルメル……」

 チムニーは驚いて、その、見た事のないような友人の姿と、前方の道の先とを見比べた。

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