七色の勇者 6
森をあっという間に抜け、森と町の間にある小高い丘に駆け上がってスリッフィーナは一度立ち止まった。
「ひ、酷い……こんな……」見下ろした町の様子に、メルメルは思わず言葉を無くした。
あちこちから白い煙が上がっているのが見える。それどころか、いまだに火を噴いて燃え上がっている家もたくさんあった。暗闇の中で赤々と燃え上がる炎はとても不気味で、メルメルはまるで地獄絵図の様だと感じていた。暗くて、ここからでは町の中に人影があるかどうかまでは確認出来ない。
「みんな……」
立ち止まっていたのはわずかな時間で、直ぐにスリッフィーナは丘を猛スピードで下り始めた。余りの風圧にメルメルは思わず目を細める。下りる直前にチラリと自分の家の方に目を向けてみたが、その辺りからも白い煙がたくさん上がっているように見えた。しかし、今は取りあえずその事は頭から振り払って前方の景色に意識を集中させる。
町に足を踏み入れてからスリッフィーナは速度を一気に落とした。メルメルは体を起こしキョロキョロと辺りを見回す。燃えている家などは今のところまだないが、門が開け放たれたままであったり、ドアが壊れてはずれている家などもある。町の人間の姿はない。敵の姿もない。やけに静まり返っていて、人の気配を全く感じないのだ。
「す、スリッフィーナ! あれ……」
メルメルが少し先の道端に倒れた人影を見付けて声をあげると、スリッフィーナは心得たように直ぐにそれに駆け寄る。しかし、何故か少し手前でピタリと立ち止まってしまった。
「スリッフィーナ……?」メルメルは首を傾げながら人影をじっと見つめた。「…………! あ、悪魔の兵隊……」
暗闇の中でも、良く目を凝らせばそれは普通の人間ではなく、鎧を着た皮膚がドロドロでボロボロの悪魔の兵隊なのだという事が分かる。全く動かないところを見ると何者かに倒されたのか……。
スリッフィーナは倒れた悪魔の兵隊を通り過ぎ、再び走り始めた。
その後も、いくつかの死体を発見したがいずれも悪魔の兵隊ばかりだった。
――もしかしたら、闇の軍隊はレジスタンスに負けて追い出されたのかも知れない。などと、メルメルが楽観的に考え始めた、その時。燃え尽きてシューシューと煙を上げている家の前に、再び倒れた人影を発見した。
「あ、あれは……」
今までの死体とは雰囲気が違う。暗闇に目が慣れてきたメルメルは、すぐにその事に気が付いた。スリッフィーナから飛び降りて駆け寄る。
「ねぇ、大丈夫? …………!」
肩に手を掛けようとして、うつ伏せに倒れたその人の頭から、大量の血が流れ出ている事に気付いた。横を向いた顔を覗き見ると、目を見開いて苦悶の表情を浮かべている。
メルメルは唇を噛み締め、無言でスリッフィーナの元へ戻った。
――ついに死者を発見してしまった。メルメルは彼と余り親しくはなかったが、確かに町の中で何度か姿を見かけた事がある。他の皆は無事だろうかといよいよ不安になった。とにかくもう少し町の様子を見てみようと考え、スリッフィーナに跨る。その時突然、暗い夜の町に絹を切り裂くような少女の悲鳴が響き渡った。
「キャーーーー!」
「――スリッフィーナ!」
メルメルが命ずるまでもなく、スリッフィーナは猛スピードで走り出していた。
「助けてーーー!」
スリッフィーナは声の主の居所を正確に把握しているらしく、十字路を躊躇せず(スピードも落とさないから、メルメルは落ちない様に必死で堪えたんだ)左に曲がった。
まず初めに視界に飛び込んできたのは、遠くでメラメラと激しく燃え上がっている誰かの家。そしてその炎の明かりに照らし出され、道の上に小さいのと大きいのと、二つの人影が見えた。
「いやー! 来ないでーーー!」
近づいて行くにつれて、どうやら二人は共にこちらに背を向けて走っている事が分かる。そして大きな方の影が右手に剣を掲げている事や、鎧を着て肌がボロボロのドロドロなのが分かってくる。
「キャ……!」
前を走っていた小さい方が躓いてしまった。後ろから追い駈けていた悪魔の兵隊は、手にした剣を思い切り振り上げた。
「い、いや……!」
「ガォー!」
パキーン!
スリッフィーナは後ろから悪魔の兵隊に飛びかかり、一撃で左胸に光る命の石を噛み砕いた。倒れた兵隊を中ば踏みつけるようにしているスリッフィーナは、ちょぴり誇らしげだ。
メルメルはその背に跨ったまま、座り込んで(たぶん腰を抜かしちゃったんだ)呆然とこちらを見上げている少女を見つめ、その無事を確信してにっこり微笑んだ。
「チムニー!」
「――め、メルメル!」
メルメルはぴょんとスリッフィーナから飛び降りて、クラスメートのチムニーに抱き付いた。
「無事で良かったわ!」
「え? あ……う、うん……」
直ぐには状況が飲み込めずに、チムニーは目をパチクリしてスリッフィーナを眺めていた。
「……本当に良かった。ねぇチムニー、みんなも無事なのかしら? ……チムニー?」
返事をしない相手を不思議に思って、メルメルは体を離してその顔を覗き見た。
「……ひっく! め、メルメル――あ、あたし死んじゃうかと……ぐすっ」
「あらら……」
泣いてしまったチムニーの頭をよしよしと撫でながら、メルメルは辺りを見回す。他には誰もいないようだ。取りあえずは敵の気配もないが、
「チムニー。あなた歩けるかしら? もしかすると、さっきの叫び声を聞き付けて別の兵隊が来るかも知れない。直ぐに移動した方がいいわ」
「え……? へ、兵隊って……」
メルメルは倒れた悪魔の兵隊を指差した。
「これよ。悪魔の兵隊。立てるチムニー?」
チムニーは悪魔の兵隊を恐ろしげに見つめながらこくりと頷いた。
「みんなは無事なのかしら? どこにいるのか知らない?」
何とはなしに園の方向へと足を運びながら、メルメルはチムニーに問い掛けた。
「分かんないわ……。あたし、ずっと一人きりだったから。でも、園のみんなはまだ園の中にいると思う。だってあの時、まだお昼休みだったんだもん」
「あの時?」メルメルは首を傾げた。
「あの時……。えっと、あいつらが来た時」
「あいつらって悪魔の兵隊?」
チムニーが頷くのを見て、メルメルは、なるほどと頷いた。
「チムニーはどうして園にいなかったの? お休みしたの?」
「ううん、そうじゃなくって……。あたし家に縄跳びを取りに戻るところだったの」
「縄跳び?」
「今日、四時間目に体育の授業をする筈だったの。昨日ドラッグノーグ先生が縄跳びをするって言ってたのに、あたし、すっかり忘れて家に置いてきちゃったの。たぶん先生に言えば貸してくれたんだろうけど……」
「うん、先生余分に持ってたわよ。ワタシ、前に忘れた時に借りたもの」
「そう。その時の事を思い出したの。それで家に取りに行く事にしたのよ」チムニーは顔をしかめた。
「どうしてよ?」メルメルは首を捻る。
「メルメルってば、縄跳びを借りたせいでどうなったか忘れちゃったの? ドラッグノーグ先生と、一時間みっちりマンツーマンで授業を受けたでしょうが!」
「あ、そう言えば……」思い出して思わず眉根を寄せた。「あれは……最低だったわね」
「でしょ? だからあたし、お昼休みに家に取りに行く事にしたの。家はそんなに遠くないし、ダッシュで行けば三十分くらいで往復出来ると思って」
メルメルはチムニーの家に何度か遊びに行った事がある。確かに三十分あれば余裕だろうと考え、頷いた。
「それで家に向かってしばらく走ってたら……」
チムニーはそこで一旦言葉を切った。その時の事を思い出したんだろう。顔が青白い。
「走ってたら……?」
「初めは……何て言うか、焚き火の匂いみたいなのがして……。そうしたらそれが、実はどこか遠くで家が燃えてたみたいでさ、煙が見えてきて……。何か、それがあたしの家の方角な気がして見に行こうかなと思ったら、たくさんの足音が聞こえてきて……」
「あいつらが来たのね」




