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七色の勇者 5

 パッカラッ! パッカラッ! パッカラッ! パッカラッ!

 メルメル達を乗せた馬は駆足で走って行く。日は既に傾き始めていて、遠く地平線がオレンジ色に染まっていた。隣を見れば、グッターハイムの前に座ったトンフィーが慣れない馬の駆足に疲れたのか何だかぐったりとしてしまっていて、メルメルは少し心配になった。後ろを振り仰げば、ペッコリーナ先生も相当疲れている様子で顔色も余り良くなかった。今度は体を捻って、後ろを振り返ってみた。そこには、涙で頬を濡らし全てに絶望したかのようにガックリと肩を落としているニレの姿があった。

 出発して直ぐに、グッターハイムは馬を走らせながらも、カルバトの塔で起こった事を全てニレに話して聞かせたのだ。ニレは、「嘘だ……」とか、「そんな馬鹿な……」とか呟いていたが、周りの人間の表情から真実だと悟ったのか、それ以来一言も口をきかずに、しくしくと泣いてばかりいた。

「どう! どう、どう、どう!」

 グッターハイムが急に馬を止めた。

「――どう、どう! ……どうしたのよ、グッターハイム?」

 ペッコリーナ先生も慌てて停止した。

 グッターハイムは素早く馬を下り、トンフィーの手を掴んだ。

「降りるんだトンフィー。――ニレ! トンフィーを乗せてやってくれ」

 トンフィーは戸惑いながらも馬を降りた。グッターハイムは馬にくくりつけてある荷物を解いて皮袋の中の水を馬に与えた。ペッコリーナ先生も馬から降りて、それにならった。

「ペッコリーナ、俺はここから少し飛ばして行くぞ。お前達は後からゆっくりと来い」

「あら! だ、大丈夫よ……私だってもう少し――」

「余り無理をするな。顔色も良くないぞ。町の皆が心配なのは分かるが……。トンフィーも、ニレも――あいつは精神的な事だろうが……ともかく、もう限界だろう」

 ペッコリーナ先生は二人に顔を向け、グッターハイムに向き直ると、軽く頷いた。

「ごめんなさいね……。少しペースを落とさせて貰うわ」

「気にせずゆっくり来い。いざという時、疲れ切って使い物にならんようじゃ困るからな」

 グッターハイムは軽くペッコリーナ先生の肩を叩き、サッと馬に跨った。それを見て、メルメルは慌ててトンフィーにミミとシバの入っているうさぎの鞄を押し付けた。

「トンフィー。ミミとシバをお願い……。――待ってグッターハイム!」

「ん?」メルメルは走り寄っていって、グッターハイムの足を掴んだ。

「ワタシも行くわ! まだまだワタシは元気だもの!」

 必死の目をして見上げてくる少女を、グッターハイムは片眉を上げて見つめた。

「駄目よメルメル……あなたは私達と一緒に――」

 ペッコリーナ先生が言い終わらないうちに、グッターハイムはググッと体を傾け、メルメルの腕を掴んだ。

「グッターハイム!」

 ペッコリーナ先生が悲鳴を上げる。それには構わずグッターハイムはメルメルを引き上げ自分の前に乗せた。

「行くぞメルメル!」

 馬は猛スピードで走り出した。

「まったく……! しょうがない子ね……。――頼むわよ! グッターハイム!」

 ペッコリーナ先生の叫び声は、あっという間に走り去って行った二人の耳に届いたかどうかは定かでは無い。


 初めに、「日が暮れるまでに森に入りたい。飛ばすからしっかり掴まっていろ」と言ったきり、グッターハイムはすっかり口を閉ざしてしまった。彼にしてみれば、ラインの事やメルメルの町に向かった闇の軍隊の事など、考える事が山積みで黙り込んでいるだけなのかも知れない。メルメルの方から話しかける事もなかったが、こちらは皆で走らせていた時よりも各段に馬の速度が上がったから、その背に掴まっているのが精一杯で、口も聞けなくなっているだけなのだった。

 グッターハイムの思惑通り日が暮れる前に森には辿り着けたが、間も無く夕暮れが訪れ、今では完全に辺りは闇に包まれている。一応道が通っているとはいえ、時には木が横たわっていたりする森の中で、ましてやランプの明かりだけではそれ程馬の速度を上げる事は出来ない。グッターハイムはやむを得ず少しだけペースを落とした。それでようやく余裕が生まれたので、メルメルはグッターハイムに話しかける事にした。

「ね、グッターハイム。闇の軍隊は、ワタシ達の町に向かったのかしら?」

「うん? ……ニレは、仲間が西の森に入るところまで確認したと言っていただろう。町に入るのを確認した訳じゃないからな……」

 グッターハイムはそう答えながらも頭の中では、間違いなく敵はメルメル達の町に向かったと考えていた。

 西の森はそれ程大きい訳ではない。少人数ならともかく大部隊で、余りちゃんと道も整備されていないような足場の悪い森の中を通過するのは得策ではないだろう。他の場所に用があるなら迂回した方が賢明だ。ただ、西の森は、少し町を覆う様に横に広がっているから、メルメル達の町へ行くならばやはり森を抜けて行くのが自然と言える。

 さすがに、そのくらいの事は分かっているのか、メルメルは不安げに呟いた。

「闇の軍隊は一体どこに向かったのかしら……」

「もしかしたら、メルメル達の町を越えて、更に東にある隣街に向かったのかもな。あそこなら割と大きいし、ミデルからあの街に拠点を移すつもりかも知れない」

「でも、どっちにしてもワタシ達の町を通過するんでしょう? みんな大丈夫かしら……」

「な~に。町に入っても、何もしないで通り抜けるだけかも知れん」

 この言葉も本音ではなかった。

 グッターハイムの今までの経験から、闇の軍隊が何も手出しをせずに町を通り越すとは考えられなかった。制圧しようとするか、略奪の限りを尽くすか……。余り良い結果は想像し難い。そもそも、今まで手を出して来なかったのだって、この辺りが余りにも田舎でそれ程目立った特産品なども無く、闇の王国にとって余り価値が無かったからなのだ。それでも勿論、税などはきっちり納めていたから文句も言われず捨ておかれたのだろう。だが、これからは事情が違う。敵はブラッドからの報告で、あの町にたくさんのレジスタンスが潜伏している事を知っている筈だ。トンフィーの言うところの「作戦」が終わってしまった今、もうメルメル達の町をほったらかしにしておく理由が無い。

「とにかく……急ごう。町まではもう少しだ」

 グッターハイムはわずかにスピードを上げた。メルメルが不安げに後ろを振り仰いだ、その――次の瞬間。

 ヒヒヒ~ン!

「――ああ!」

 突然、馬が竿立ちになって、メルメル達は地面に投げ出されてしまった。グッターハイムはすぐさま起き上がって腰から剣を引き抜いた。

「――くそ! この野郎!」

「ギャン!」

 近くにいた一頭を薙払い、残りの数を確認する。一、二…………七匹。

「は、ハイエナもどき……」メルメルが呟いた。既に起き上がって、生意気にも剣を構えている。

「ふん……。それはラインから貰ったものか?」

「――そうよ。助太刀するわ!」

 グッターハイムはニヤリと笑った。グッターハイムがかなり腕の立つ戦士だという事くらいメルメルだって良く分かっている。しかし、今は怪我で片腕しか使えない状態だ。だからあえて自分も戦おうと考えたのだ。

「まぁ、そう気張らんでも、そろそろ追いついて来るだろう……」

「え……」メルメルが首を傾げたその時、

「ガウガウガウ!」

「ああ! る、ルーノルノー!」

 大きな狼がメルメルの後ろから飛び出して来て、ハイエナもどきに躍り掛かった。

「よし……。ここは頼むぞルーノ! ――行くぞメルメル!」

「え――あ、はい!」

 走り出したグッターハイムを追い掛けて、メルメルも慌てて走り出した。後ろから犬の悲鳴が聞こえてくる。

「馬が逃げちまった。探し出すより走った方が早い。町まではあと少しだ」

 メルメルは頷きながら後ろを振り返った。

「大丈夫だ。ルーノがやられるなんてあり得ん」

 もう一度頷き、前を向いた。今度は走る事に集中する。しかし、本気を出したらグッターハイムを置いて行ってしまいそうだったので、少しメルメルは速度を抑える事にした。

「キメラを放っているってのは良くない傾向だぜ……。何だか奴らの腐った匂いまで漂ってる気がしないか?」

 メルメルは鼻をヒクヒクさせたが、悪魔の兵隊の匂いを嗅ぎ分ける事は出来なかった。その代わり、何だか焦げ臭いような匂いを僅かに感じた気がして顔をしかめた。その時、

 目の前の木々の隙間から、遠くの空に白い煙が上がっているのが見えた。

「グッターハイム! ――あれを見て!」

「な……くそ!」

 あれはメルメル達の町の方向だ。メルメルの心拍数が一気に跳ね上がった。「み、みんな……!」

「ま、待てメルメル……。先に行くなって!」

 気持ちが焦り、メルメルは走る速度を抑えられない。「駄目よ……そんなの嫌よ……」

「待てって――こら!」

 グッターハイムの叫び声も、もうメルメルの耳には聞こえない。時折木々の隙間から見える白い煙を睨み付けながら、頭の中では次々と町の皆の顔が浮かぶ。

(チムシー――リリアン――園長先生――ドラッグノーグ先生――ラウルさん――ドミニク――。みんな……みんな……駄目よ、死なないで!)

 いくら気が焦っても、中々町は見えて来ない。メルメルは思わず叫んだ。

「お願い! みんな死なないでーーーーー!」

(もっと――もっと早く走れたら良いのに!)


「――え?」


 突然、フワリと体が持ち上がった。

 体の下に、いつの日か味わった事のある筋肉質な固い体の感触と、高級絨毯のような柔らかい毛並みを感じる。勿論メルメルは驚いていたが、取りあえず無我夢中でその背にしがみ付いた。

「………………」

 獣は無言で風を切り、闇を物ともせず駆け抜ける。静まり返った森の中で獣が土を踏み鳴らす音と、激しい息遣いだけが耳に響いていた。

 メルメルは赤い毛並みを両手で強く握りしめ、涙で濡れる頬をギュっと押し付けた。

「ううっ……。――ラインさん……!」

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