七色の勇者 4
「どうして、そんなに七色の勇者が現れると信じてるの? あのおばあちゃんの占いなのに……」
何だかいたたまれなくなって、メルメルは思わず言った。
「古の大予言をしたのは、ホラッタばあさんがボケるずっと前だよ。それに占いの前半部分は既に当たっているんだ。――安らかなる青き国に闇生れし時、青き国は暗黒の国へと変わるだろう……。ここまで完璧に当たっていたら、その先だって当たっていて当然だと思わないかい?」
「う~ん」
確かにそうかも知れないが、だからってそんな熱い視線を送られてもメルメルだって弱ってしまうのだ。
「七色の勇者か……」
グッターハイムの呟きに後押しされるように、ニレの語り口は熱を帯びてくる。
「メルメル、私は――フレンリーに聞いてみたんだ。君が七色の勇者だと予言された事をどう思うかと。フレンリーは、お婆様がそう予言したのなら、確かに、間違いなくメルメルは予言の勇者なのだろうと言っていた。あの時のお婆さんの予言は外れない筈だって。私も……その、何だか不思議なんだけど、君が七色の勇者である事を不自然だと感じないんだ。君は――君自身はどうだい? この先――」
「待ちなさいニレ。話が随分それてるわ。それは今議論する事では無いでしょう」
ペッコリーナ先生が厳しい声で言った。明らかに、この話題を嫌っている風だった。
「で、ですが……」
「確かに脱線し過ぎてますね。メルメルの話は今度にして、話を元に戻しましょう」
ニレはまだ何か言いたそうな様子だったが、トンフィーにまで制されてはと、渋々納得したようだ。
「皆さんの話を参考にして僕なりに分析してみた結果、レジスタンスという組織は、グッターハイムさんとラインさんを中心に、いずれ現れる七色の勇者を心の支えにして、それぞれが苦しい日々の中で何とか頑張って活動を続けているといった状態だと思います」
「まぁ……そうだな」グッターハイムが頷いた。
「そこで、こう考えてみて下さい。レジスタンスという組織を一軒の家に例えます。余り丈夫な造りとは言えませんが、三本の大きな支柱によって何とか崩れずに建っています」
「支柱?」
首を傾げたメルメルに軽く頷いて、トンフィーはグッターハイムの方に顔を向けた。
「まず一本目の支柱は、レジスタンスのリーダーであるグッターハイムさん――あなたです」
「お? お、おお……。ま、そうだろうな」グッターハイムは心なしか胸を張った。
「それから、かつて最強の軍隊であった赤軍を率いて、闇の軍隊と最後まで戦い続けた赤の大臣――つまり――ラインさんです」
「当然ですね!」
ニレがにっこりと笑って、他の者は思わず目を伏せた。
「最後の一本は……もう分かりますよね? レジスタンスの心の支え。いずれ現れると予言された七色の勇者その人です」
「…………」メルメルは俯く。ニレの立っている辺りから熱い視線を感じた。
「敵はこの三本の支柱さえ壊せば、レジスタンスという組織は瓦解すると考えた。全部壊さなくても良いかも知れない。それ程しっかりとした作りとは言えません。一つでも多くの支柱を壊そう。闇の王国はそう考えたのです。ところが、ここで一つ問題があります。グッターハイムさんやラインさんを何らかの方法で倒す事は出来るかも知れない。どんなに強くても、所詮は生きた人間ですからね。でも、七色の勇者はどうでしょうか? あくまでも予言の中に現れただけで、まだ現実には誰だかも分かっていなかったのです」
――いなかった。その言い方で、トンフィーが自分を七色の勇者だと思っているという本音が伺えて、メルメルはこっそり驚いていた。
「今のままでは倒すどころか、手を出す事も出来ない。そこで敵は考えました。それなら、七色の勇者が現れるという予言をした本人に、その居場所を聞き出せば良いと」
「それで婆さんをさらったのか!」
グッターハイムはようやくその理由が分かって、思わず驚きの声を上げた。
「だから、ブラッドさんは執拗にホラッタばあさんの居所を探っていたんです。そして敵は今回の、そうですね……。作戦――とでも言っておきましょうか。それを思いついたのです」
「作戦って、グッターハイムを呼び出した事?」
ペッコリーナ先生が言って、トンフィーはそちらに顔を向けた。
「それも作戦の内ではあります。でも、それだけじゃない。今回敵は、三本の支柱の内一つでも多くの支柱を壊せれば良いと考えた。だから仕掛けは二重にも三重にも用意されていたし、中にはあわよくば成功すればラッキーというレベルのものもあった。……わ、分かりづらいですかね。一つ一つ説明しますね」
皆は頭の中がチンプンカンプンといった様子で(メルメルなんて、頭が爆発寸前になってるんだ)トンフィーはちょっと焦った。
「ま、まず敵は、母さんを悪魔の兵隊にする事を思い付きます。それは勿論、母さんとラインさんの仲を考えての事です。ただ、出来ればこっそり誰にも気付かれる事無くそれをやりたかった。そうすれば、自然とラインさんの方から友人に会いに来る可能性もあるし、騙し討ちするチャンスも生まれ易いからです。だけど、敵にとってすごく邪魔な存在がいた。それは――僕です」
「トンフィー?」メルメルは驚いた。
「ずっと一緒に生活していたら、悪魔の兵隊だと気付かれてしまうかも知れない。一番簡単なのは僕を殺す事だけど、園に通っている僕が突然来なくなったら、ペッコリーナ先生達は直ぐに不審を抱いてしまうでしょう。そこで敵はこう考えたのです。母さんが悪魔の兵隊になっても、僕が誰にもその事を話せないようにしてしまおうと。その為に、母さんを命の石で蘇らせる代わりに、友達のおじいさんを騙す手伝いを僕にする様に仕向けた」
「それがそもそも罠だったのね……」ペッコリーナ先生が成る程という感じで呟いた。
「……愚かな僕は、まんまと敵の作戦通り動いたんだ」
「トンフィーは愚かなんかじゃ無いわよ!」
思わずメルメルが叫んで、皆ビックリして目を丸くした。トンフィーは困った様に少し笑った。
「ありがとうメルメル。でも、ラインさんのおかげでその事はちゃんとみんなに話せて、反省する事が出来たから良いんだ……。――そして……罪悪感と、ブラッドさんへの恐怖を感じた僕は、誰にも母さんが悪魔の兵隊になった事を言えなかった。しかもおじいさんから上手くグッターハイムさん宛ての手紙を書かせてしまって、敵に更に作戦を進めるチャンスを与えてしまった。手紙を使ってグッターハイムさんを呼び出した後、悪魔の兵隊がメルメルの家に手紙を届けに来たでしょう?」
「ああ。俺のドジで燃やしちまったやつだな」グッターハイムはバツが悪そうに頭を掻いた。
「あれには恐らく……これは本当に推測ですが、こんな風に書かれていたと思います。『爺は預かった。返して欲しければ、レジスタンスのリーダーと赤の大臣の二人で、西へと向かえ』……まぁ、要するに曖昧に行き先を書かれていたと思うんですよ。西には隠れ家があり、その先にホラッタばあさんの家があり、最後にカルバトの塔があります。これは、もしかするとグッターハイムさんが敵の居場所を知るために、ホラッタばあさんの占いを頼りに行くかも知れないという狙いがあるからです。だから敵は僕らの後ろを付けていた。ラインさんに見つかってしまいましたけどね」
やっぱりトンフィーは頭の中で、いっつも想像のつかない事ばかり考えているんだと思って、メルメルは改めて驚いてしまった。
「な、何か驚いたな。色々な出来事にそんな意味があったなんて……」
どうやら、ニレもメルメルと同じ様な気持ちでいるらしい。
「でも、敵にも誤算はあったんだ。まずは手紙をグッターハイムさんに焼かれてしまった事。僕らが、猫達の手助けで迷い無くカルバトの塔を目指した事。途中でラインさんに尾行者を見破られた事。僕らが旅について行って、挙げ句には僕が秘密を全部ばらしてしまった事。ペッコリーナ先生も加わって、思いの外こちらが強かった事」
「――そうね。だけど、結果的に我々は大きな痛手をこうむったわね……」
ペッコリーナ先生が寂しそうに呟いた。他の者もしょんぼりと俯く。メルメルは鞄越しにラインの欠片が入っている袋に触れた。
「結局敵は、目的を二つも果たす事に成功した訳だ」
グッターハイムが唇を噛み締め、悔しそうな顔をした。
「そ、そんなに落ち込んでは駄目ですよ! そりゃあ、おばあさんの安否は気になりますが……。向こうはまだ、実は七色の勇者が既に現れている事を知らないんだ。実際には、支柱は一本も失われていないじゃないですか!」
ニレはにこやかに両手を広げて熱弁するが、誰もそれに同調する事は出来なかった。
「ニレ……実はな……」
仕方ないという感じで、グッターハイムはニレに歩み寄った。これから「あの話」を語り出すのだろうと思うと、メルメルは思わず耳を塞ぎたくなった。
「何ですか? そんな深刻な顔をして……。あー! そうだった! 深刻と言って思い出した! た、大変なんですリーダー!」
「お、な、何だよ……。余り脅かすな」虚を突かれてグッターハイムは思わず怯んだ。
「ミデルから出発した、残りの闇の軍隊です! どうやら奴ら、メルメル達の町の方へ向かった様なんです!」
「な、なんですって!」ペッコリーナ先生が悲鳴を上げた。
「どういう事だニレ!」
「私は結局奴らに追いつけなかったんですが、たまたま連中を発見した仲間がいて、奴らが西の森に入るところまで確認したらしいんですよ。それで、慌てて隠れ家に知らせに戻って来てたんです。既に、フレンリーを含む隠れ家のメンバーは、全てメルメル達の町に向かいました! 私はそれを知らせに来たんだった!」
「アホ! それなら最初にそれを言え! ――行くぞ!」




