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最終決戦 12

 徐々に薄れてゆく意識の中、ラインは身動き一つせず、瞳に映り込む景色をぼんやりと眺めていた。

 ――なかなかどうして、我ながらしぶといものだ。

 働きの鈍くなった頭で、そんな事を考えていた。長く続いていた振動は収まっていたが、時折思い出したように、まるで天井が抜けたような激しい破壊音が聞こえてくる。実際いずれかの階で天井が抜けたのかも知れないが、その後は再び激しく地面が揺れて、上から降ってくる砂埃が目の前に降り積もってゆくのだ。もしかしたら、そろそろここの天井も抜けて仕舞うかも知れない。

 ――いずれにしても同じ事か。

 落ちてきた天井の下敷きになるのも、体の中に入り込んだ毒が心臓に達してしまうのも、死ぬ事には変わりがない。

 それにしても唯一の救いは、この矢に塗られていた毒がそれ程苦しみを伴って死ぬ種類の物ではなさそうだという事だ。毒によっては、それこそ悶え苦しむ程の痛みを感じる物もある。ソフィーがそれと知っていてわざわざこの毒を選んだとは思わないが、それでもそのおかげで見苦しい様をあの子達に見せずには済んだ。

 ――最後の最後にみっともない姿を曝したくはないからな……。

 肉体は朽ち果て、心も消え去り逝くものに許されるのは、人の記憶の中に思いを残す事くらいのものだ。ラインは生まれ変わりなる物を全く信じないわけでは無かったが、それに希望を見いだせる程には信じていなかった。だからあの子供達の記憶の中で、消したいような嫌な思い出として残りたくは無かったのだ。

 ――少しは役に立っただろうか? あの子達の未来の役に……。

 ラインは、やはりぼんやりと目の前の景色を眺めていた。そこには、幾度となく振り返り泣きながらあの子達が消えて行った階段がある。

 ――無事に外に出られただろうか?

 一瞬不安を覚えて、直ぐにその心配が無い事を思い出した。あの子達をもっとも愛している者に任せたのだ。彼女が今一番信頼出来る友でもある。間違いなく、メルメルとトンフィーは無事に塔を出た筈だ。

(何故……)とラインは思う。

 どうしてこれほどまでに、あの子供達の事を思うのか。特にメルメルの方への思いは強かった。あの子の顔を思い出すと、今も何とも言えず胸が苦しかった。もしかしたら、それはあの子に母親がいない事に原因があるのかも知れない。メルメルがラインの中に少し母親のようなものを感じて接して来たから、ラインの中にある母性が刺激されて……。そこまで考えて、

(勝手な思いだ……)ラインは何だかおかしいような気分になった。

 ――だが、もしもそうなら嬉しいものだ。

 子供を産んだ事の無い自分にも、その様な素晴らしい本能が芽生えたなら嬉しい。ラインは目の前の景色を見つめながらも、そこに子供の顔を思い浮かべようとした。しかし残念ながら浮かんできたのは、顔をぐちゃぐちゃにして泣き叫ぶあの子の顔だった。最後に見たのがそれなのだから仕方ないが。

 ――何だ……泣くな。笑え……。

 強く念じて、ようやく二コリと可愛く笑ったその時、階段の下からよく日に焼けたまぁハンサムと言えない事もないような男の顔が現れて、ラインは心の中で、

(邪魔なやつめ)

 と、笑った。


「ライン!」グッターハイムは倒れたラインの元へと駆け寄った。「おいっ……! 生きてやがんのか? 馬鹿やろう……」

 覗き込んだ顔は青白い。それでもわずかに瞼が動いて、グッターハイムはホッと胸をなで下ろした。背中の矢以外に、それ程大きな外傷は見当たらない。

「どうしちまったんだよライン……。こんな……こんな傷ぐらいで」

 大の男がみっともなくも涙ぐみながら言う。自由になる右手でぐいっと顔を拭い、改めてラインの顔を覗き込んだ。

「安心しろ。すぐ助けてやる」言うなり、相手の反応も待たずにその肩に手をかける。「むむ……。まったく。不便なものだな」

 片腕のみで体を起こさせるのは、思いの外困難であった。ただ持ち上げるだけなら力の有り余ったグッターハイムには容易い事だ。しかし負傷したラインの体を気遣いながらとなると、話は別だ。

「よっ……と」

 少し肩が浮いたところで、グッターハイムは顔が地に着くほど体制を低くし、ラインの肩に自らの肩を合わせた。そうして体全体で相手を支えながら上半身を起こすと、自然と抱き合うような形になった。小さいが、確かな息遣いを右の耳に感じて、グッターハイムはたまらない気持ちになった。

「お……? な、なんだ?」

 弱々しい力ではあるが、ラインがグッターハイムの左手を掴んでいた。既に左手の感覚は無く、実際には掴まれた感触があったわけでは無いが、服が袖口から引かれた事でそれと気付いた。

「どうした? ラインよ……」

「………………れた?」

「え……?」

 耳元で聞いていても、かすれていて何と言っているのかはっきりとは分からない。グッターハイムは右耳に全ての神経を集中した。

「だ……れに、やら……れた?」

「…………」

 怪我の事を言っているのだろう。グッターハイムは思わず目を閉じた。

 ――分かっているんだろう?

 グッターハイムはゆっくり瞼を開き、無事な右腕をラインの背中に回し、軽々とその体を肩に担ぎ上げ立ち上がった。

「……ソフィーのやつに。……ちょいとな」

 なるべく大きな振動を与えないよう気を使いながら歩き出す。

「フッ……そう、か……」

 わずかに笑いを含んだ、こちらをからかうような声音だった。

「まったく……。あいつの強さには恐れいったぜ。悪魔の兵隊になってパワー倍増だぞ、ありゃあ」

 わざとらしく陽気な声を出すと、ラインはそれに合わせるように笑った。

「フフ……知れた、事、よ……」

「――もう無理に喋るな……。すぐに外に連れ出してやるから」

 相手からの反応は無い。グッターハイムは足を早めた。

「死ぬな……死ぬなよライン」

 かなりのスピードを出しながらも、天井から時折崩れて落ちてくる石を全て避ける。ラインの元に辿り着くまでは多少の石など気にせず全力で走って来た。しかし、今はなんとしても彼女に当てるものかとグッターハイムは躍起になって、小さな小石さえも全て器用に避けている。ばっくりと開いてしまっている地面の亀裂を軽く飛び越えながら、心の中で叫び続ける。

 ――どうして彼女なんだ! 連れて行くな……連れて行かないでくれ!

 自らの命と引き換えでも構わないとさえ思う。彼女を失うという事は、この国に残された唯一の希望を失うという事。――いや。何よりも、自分自身が希望を失ってしまう。

「生きてくれ……生きてくれよライン……」

 譫言のように繰り返していると、再び右の耳がかすかな囁きを感じとった。グッターハイムは慌てて立ち止まると、出来る限り顔を後ろへ捻った。

「ど、どうしたライン。……なんだ?」

「――――――」

「それは……どういう事だ?」

「…………」

 問い返したが、もう相手からの反応はない。グッターハイムは不思議そうに首を捻りながらも、再び先へと進んだ。崩れかけた階段を猛スピードで下って行く。ところが、下っている途中で何故かピタリと立ち止まってしまった。

「こりゃ……参ったぜ……」かなう事なら、バリバリと頭を掻きむしりたい様な気持ちだった。「どうするか……。なぁ、ラインよ……」

 おそらく、先程の大きな振動はこのせいだったのだろう。グッターハイムの立っている階段の下は、

床が丸ごと、全て――抜け落ちてしまっていた……。

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