最終決戦 3
ドゴーーーーーーーン!
その瞬間、地面がぐらりぐらりと揺れて、びっくりしたトンフィーはその場にしゃがみ込んでしまった。メルメルの方は老朽化したカルバトの塔が崩れて仕舞うんではないかと、いらぬ心配をした。
「……グフッ。……フッフッフッ……グーッフッフッ。………グワッハハハハハハハハハハー! ――どうだ! どうだ、どうだ、どうだーーーー! 見たかくそじじい!」
ガスバルドが叩いた所は床がへこんでいて、まるで月のクレーターの様になってしまっている。もしもあの腕で殴られれば、メルメル達など、初めてお手伝いをしてプラムじいさんと二人で焼き上げ、余りの喜びにはしゃぎ過ぎてメルメルが地面に落としたミートパイと同じ様な事になるだろう。
(そう言えば、あの時は頭が割れそうに痛くなる程泣いたわ)
メルメルが遠い日の(そうは言ってもまだ一年前の話なんだ)思い出に浸っていると、クレーターをじっと見つめていたプラムじいさんが、ふと顔をあげてガスバルドを見た。
「ワシには、やはり化け物のように見えるのう……」
「………」
プラムじいさんは真っ直ぐに目の前の大男を見つめている。まるで狂犬病にかかった野良犬のようによだれを垂らし、怒りに顔を真っ赤に染めている大男を。
プラムじいさんは怯える様子もなく、キラキラと輝く瞳でただ真っ直ぐに見つめている。
「お前さんも気付いているのじゃろう……。じゃからそんなに興奮しておるのじゃろうが?」
ガスバルドは無言だ。
「お前さんは石の力を抑えられてなどおらんよ……。お前さんは――」
ガスバルドは動かない。
「石の力に負けてしまったんじゃ」
やはりガスバルドは動かない。
「お前さんはラインに、――きっと他にも様々なもの達に負けてきた。じゃが、どうしてもそれが嫌じゃった。負けを認められんかった。……違うかな?」
ガスバルドがピクリともしないので、メルメルは逆に不安になってきてしまった。
「じゃからそんな安易な方法で強くなろうとしたんじゃろ。……じゃが、安易な方法では、所詮、安易な力しか得られん。ラインのように、こつこつと日々の鍛錬で得た様な力とは違う……」
ガスバルドの大きな背中が、ようやくピクリと動いた。
「お前さんは、ラインには勝てん――」
バチーン!
「――――!」
ガスバルドに殴られ、プラムじいさんの頬が盛大な音をたてた。
次の瞬間、メルメルは怒りに身を任せてガスバルドに飛び交ってやろうかと思ったが、トンフィーが素早く目の前に立ち塞がったので、唇を噛んで何とかその衝動を堪えた。
殴った張本人は以上な程肩を上下させている。「ハー……ハー……じじい……」
メルメルのいる場所からでも、俯いたプラムじいさんの痩せた頬がどんどん赤く腫れ上がっていくのが分かる。
(おじいちゃん……!)
まだ、殴ったのが左手だから良かった。もしも右手だったらミートパイになってしまう。だからといって、勿論それを喜べる気にもなれず、メルメルが目に涙を一杯にして見つめていると、プラムじいさんがゆっくりと顔を起こした。一瞬チラッとこちらに視線をよこし、そして、まるで安心させるようにニッコリと微笑んだので、メルメルはまんまとホッとしてしまった。
「ハーハー……じじい。………ハーハー、な、何が可笑しい? ……俺か? ハーハー……俺を笑っているのか?」
ガスバルドは息を荒くして、肩を震わせている。
(……まずい)トンフィーは嫌な予感がした。
「俺を……ハーハー! ……俺を、わ、――笑うなーーー! じじい!」
ガスバルドが思い切り、その右手を振り上げた。
「――――!」
「う――グオオォォォ! 何だ――こいつらはぁぁ!」
剣を振り上げ、ガスバルドに襲いかからんとしていたメルメルは、思わずその動きを止めた。見上げると、右手の拳を振り上げた巨人の顔に二匹のトラ猫が張り付いていた。
プラムじいさんは目を丸くする。「お、お前達~!」
「フギャー!」
「グオオ! また貴様らかー! 離れろこのクソバカ猫め~!」
ガスバルドはいやいやをするように顔を振った。だが、二匹はがっちりと爪を立ててしがみついている。ミミは頬に、シバは顎に噛みついて全く離れそうにもない。いつもの、必殺「すっぽん攻撃」だ。
「や、矢が……」
暴れているガスバルドの右腕の付け根辺りに深々と矢が刺さっているのが見えてメルメルが後ろを振り返ると、トンフィーが、矢を放った態勢そのままで固まっていた。
「や、やっちゃった……」
「グオオォォ!」
ようやくガスバルドはミミとシバを払いのける事に成功した。二匹はかなり遠くに吹っ飛ばされたが、軽やかに地面に着地して怪我などはなさそうだ。その様子を見てメルメルはホッとしていたが、実はホッとなんてしている場合ではなかった。
「……お~や~?」
ハッとしてメルメルが前に視線を戻すと、おでこに青筋をいっぱいに浮かべたガスバルドが、ニヤ~っと笑いながらこちらを見ていた。
「こんな所に子供が二人も迷い込んでいるではないか~? ところでこいつは……」ガスバルドは右腕の付け根に刺さっている矢をズブリと抜いた。痛がる素振りは微塵もない。「お前らの仕業か? それならば……」ギロリとその目がトンフィーを捉えた。「お仕置きが必要だな~。……ん~?」
トンフィーは蛇に睨まれた蛙状態だ。
「……ところでお前らのボスは一体どこにいる? それに……あのバカ女はどこだ……」
キョロキョロとガスバルドが辺りを見回す。すぐには襲いかかってこなさそうな様子に、トンフィーは少しだけ肩の力を抜いた。ガスバルドはグッターハイムとラインがどこかに隠れていると思って警戒しているのだ。
「……メルメル、変身だ……」「――え?」
トンフィーが小声で囁いて、メルメルは慌てて振り返った。
「どこだ? ……おかしいな。……まさかガキ二人だけの筈は無い……。隠れてないで出て来い!」ガスバルドは苛立ったように声を張り上げている。
「逃げるんじゃ……。二人共……」プラムじいさんは祈るように二人を見つめている。
「メルメル……一か八かだ……。ウンピョウに変身させよう……」
トンフィーはおでこに汗を一杯浮かべながらメルメルを見た。
ウンピョウはこの前変身した時、変身している時間がボルティーより大分、短かった。だが、このガスバルド相手にボルティーでは歯が立たないだろうとトンフィーは考えたのだ。時間が短くても、一か八か勝負を賭けるしかない。必死の目を見て、メルメルはこくりと頷いた。
「相変わらず、ゴキブリのようにコソコソ隠れていやがるのか! 出て来ないなら、ガキをひねり殺すぞ!」
いくらガスバルドが吠え立ててもグッターハイムもラインも現れはしない。当たり前だ。二人はここにはいないのだから。
「……そうか。では――一人ずつ血祭りにしてやろう!」
ガスバルドはメルメル達の方へと足を一歩踏み出した。
「二人共、逃げるんじゃー!」プラムじいさんが必死で叫ぶ。
「ミミ! シバ!」
メルメルに呼びかけられ、こっそり後ろからガスバルドに忍び寄っていた二匹は髭をピクリとさせた。
「思わず猫にまで助けを求めるとは哀れな奴だ……。小賢しいとは言え、所詮、猫は猫……」
メルメルの視線を追って、ガスバルドは嘲笑うようにミミとシバを見た。
「変身よ!」
「――何……?」
ミミとシバは直ぐにピンときたようで、スチャリと立ち上がった。勿論いつものように後ろ足二本で。
ガスバルドもプラムじいさんも口をぽかんと開けた。
「な……なん――」
「ニャーニャーニャーニャー!」
「ミラークルクル! ウンピョウにな~れ!」
ピッカー!
眩い光に辺りは包まれ、
「ぐうぅぅ……。ウオォォォ! ――このくそガキ共がぁ!」
目潰しの魔法で奇襲でも仕掛けてくると思ったのか、ガスバルドは目を瞑ったまま両手を振り回して暴れている。
「…………ん~?」
何も仕掛けてきそうに無い様子に首を捻り、ガスバルドはゆっくりと瞼を持ち上げた。
「ガゥガゥー!」
「――! な、何だこいつらはー! い、一体どこから――うぉぉ!」
突然目の前に現れた二匹のウンピョウに目を丸くする。しかし――驚く間も無く二匹は牙を剥き出し、襲いかかってきた。
「ぐおぉぉ! 離せー!」
腕や足にがっちり噛みついているミミウンピョウとシバウンピョウ。ガスバルドは狂ったように暴れまわっている。
「ぐおぉ……こいつめー!」
いくら暴れても離れない二匹にしびれを切らして、ガスバルドは巨大な右手をミミウンピョウに向かって振り下ろした。しかしミミは素早く察知して後ろに飛び退いてしまう。
「うぅ……。くそう……。こいつめー!」
ガスバルドは、今度はシバウンピョウに向かって拳を振り下ろす。しかし、やはり直前で逃げられてしまった。そうしてる間に素早くミミウンピョウが尻を引っ掻いてくる。それを払おうと振り返った途端にシバウンピョウに背中に飛びかかられる。
「ぐおぉ! ぐぅおぉ!」
目を血走らせ、よだれを垂れ流し、拳を振り上げ暴れまわっているガスバルドは今や化け物そのものだ。
「くそぅ……貴様等……見ていろよ……」
ミミウンピョウとシバウンピョウが、がっちり両足に噛みついてきたのを振り払いもせずにぶら下げたまま、ガスバルドはドカドカと走り出した。
「あ、あれれれ?」「……どうしたのかしら?」メルメルとトンフィーは首を傾げる。
二人は、ミミウンピョウとシバウンピョウの攻撃に完全に翻弄されているガスバルドを見て、もしかしたら倒せるんではないかと期待を膨らませて見守っていたのだ。しかし、
「あ、ま、まずい!」
トンフィーは、何故ガスバルドが突然攻撃を止めて走り出したのか分かって青くなった。ガスバルドは先程まで座っていた場所に「ある物」を取りに行ったのだ。
「グゥーフッフッフ! これで叩き潰してくれるわ!」
――ガスバルドは椅子に立てかけてあった巨大な斧を手にした。




