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最終決戦 1

「…………ってるんだ、お前の………そもそもレジスタンスの………ボソボソ………」

 メルメルとトンフィーが階段を登り始めてしばらくすると、上の方からボソボソと男の話し声が聞こえてきた。二人は一瞬びくりとして立ち止まったが、息を殺しながら徐々に上へと進む。それにしたがって声も少しずつ大きくなってきた。おそらく上で待ち構えている何者かの声なのだろうが、不思議な事に話しているのは一人だけで、他の人間の声は一切聞こえてこない。

「……のだ。どうせ、こそこそと嗅ぎ回るくらいしか出来んのだろう? 女なんぞを担ぎ上げて戦おうとするから……うん? ……………ああ。そうだったな……今の貴様等の大将は何たらとかいう、どこぞの馬の骨ともしれぬ輩だったか? しかし――そもそも何故そんな聞いたことも無いくだらない輩を大将に据えたりしたのだ? ……確かにあの女なぞに指揮を取らせても、かつての赤軍と同じようにレジスタンスなぞという負け犬どもの集まりは、我が軍隊の前にボロ雑巾のように踏み敷かれるのが落ちだがな」

 話の雰囲気から察するに、やはり一人言というよりは、誰か話し相手がいるように感じられる。しかし聞こえてくるのは低いイガイガした声一種類だけだ。もしかすると、この人物がやたらと大きな声の持ち主か、それでなければもう一人の人物がとても小さな声の持ち主か――。メルメルはなんとなく前者のような気がしていた。

「ところでお前のところのバカ大将は、まんまとこちらの思惑通りに誘き出され、のこのことここへ向かって来ているしいぞ……。そう――あのクソ女と共にな……。しかも、何でもガキを二人も連れて来たという報告が入っているのだ!」

 メルメルとトンフィーは思わず顔を見合わせた。

「グワッハハハ~! 本当に救いようの無いアホ共だ! 我が軍隊を恐れる余りに狂いでもしたか、戦場にガキを連れてくるとはな! ――グワッハハハ! グワッハハハハハハ!」

 耳をつんざく様な大きな笑い声に、メルメルとトンフィーは慌てて両耳を塞いだ。

「グワッハハハハハハ! グワーッハハハハハハ!」

 何がそんなに可笑しいのか、声の主はいつまでも笑い続けている。先程から聞こえている話し声も少し呂律の怪しいところがあるし、もしかすると酒にでも酔っているのかも知れない。メルメルとトンフィーは屋上に出るすぐ手前で立ち止まって話を聞いていたが、ゆっくりこっそり、顔だけを上に覗かせてみた。――冷たい風に二人の髪がなびく。

「……………」

 そこは、メルメルの知っている「屋上」というものとは少し雰囲気が違っていた。メルメルが知っているのは園にあった物なのだが、ちゃんと人が落ちないように柵がしてあったし、ペッコリーナ先生がプランターに大好きなお花をたくさん育てていて、そのおかげでとても華やかだった。

 だからメルメルにとって「屋上」というものは、お日さまがぽかぽかあったかくて、お花の良い香りが漂っていて、いつまでもいつまでも寝そべっていたい(実際、メルメルはお昼休みにいつまでも寝そべり過ぎて授業に遅れてしまい、しょっちゅうペッコリーナ先生に怒られてたんだ)そんな様な空間だった。しかし――

 ここにはお花もないし、柵もないから園の屋上でやっていたように追い駆けっこなどしようものなら、勢いあまって下に落ちてしまいそうだ。それに、高さのせいと夜のせいか(勿論メルメルは夜なんかに園にいた事はないんだ)やけに風が強いし寒いし、あまり長くいたいと思えるような場所ではなかった。ただ一つ、良いところがあるとすれば、それは無数に散らばる星がキラキラと輝く美しい夜空くらいのものだ。だがそれも、ガラガラと汚らしく響き渡る大きな笑い声が台無しにしてしまっている。

「メルメル……」

 メルメルが空ばかり見上げていると、隣からトンフィーが小さな声で呼びかけてきた。メルメルが見ていた方とは正反対の方向を指差している。その顔が何故かやけに青白い。決して月明かりばかりのせいでは無いだろう。メルメルはトンフィーの指差した先に視線を移した。

「……………………………!」

 すぐには、メルメルはそれが人間の後ろ姿だとは分からなかった。

 ここには電飾のような物がなくて、光源は月明かりのみだから薄暗くて良く見えなかったという理由もある。しかし何よりも、その人物が余りに大きく、メルメルは、まさかこの巨大な影が人だとは思わなかったのだ。良く見れば、それは鎧を着た人物が椅子に(この椅子もバカでっかいんだ)腰かけた後ろ姿なのだと分かる。煙草でも吸っているらしく、顔の辺りに白い煙を漂わせていて、それがまるで噴火前の火山の様で、より一層の不気味さを演出していた。

 その活火山、もし立ち上がったら三メートルはあるんじゃないかと思われる程の大きさがあるのだ。その巨体に隠れてしまって、おそらく向こう側にいるであろう、話し相手の姿はまったく見えない。

「ロロ族だ……」

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でトンフィーが呟いた。

 ――ロロ族とは何か? それを聞いてみようかと思ったその時、メルメルの目にもっとずっと気になる物が映った。それは、大男の傍らで膝に立てかけるように置いてある巨大な――

 斧だった。

 改めて大きな後ろ姿を見つめる。

(――斧を持った大男……)

「それにしても、一体ベラメーチェの奴は何を考えているのか……。こんなせこい罠を仕掛けなくとも、お前を締め上げてレジスタンスのアジトを吐かせればそれで済むものを……………ほぅ……グッフッフ。俺様の拷問を受けた後でも、そんな強がりをほざく事が出来るかどうか試してみるか? ……………まぁいい。お前の事は傷つけるな、ましてや殺すなどという事の無いようにと言われているからな……。お前のようなじじいを生かしておく事が、それ程重要だとは思えんがな」


「――!」


 大男の言葉にメルメルは目を見開いて隣を見た。同じように驚いてこちらを向いたトンフィーと顔を見合わせる。二人は無言で頷き合うと、それぞれの武器を構え直し、階段の残り数段を慎重に上り始めた。

「そもそも俺は、レジスタンスなどほおっておけばいいと思ってるのだ。どうせそんなゴミ共に大した事は出来はしないのだ。他の連中はやたらと気にしているが……」

 メルメルとトンフィーは姿勢を低くし、じわりじわりと大男に近づいた。幸い大男の他に敵はいない。暗闇と風の音に紛れて、もう少し近づいてみたいとトンフィーは考えていた。奇襲を仕掛けるにもその方がいいし、大男の向こう側にいるであろう人物が、今どういう状態にあるかも知りたかった。

 ――どの様に捕らわれているのか? 

 果たして自力で逃げる事が出来る状態なのか? 年寄りとはいえ、まさかメルメルやトンフィーが背負える程軽くはないのだ。

「どうせ奴らが恐れているのは、赤の大臣だったあの女なんだろうがな……。なぁに、今の奴など、もう、ただの腑抜けに違いない…………………ほぉ。…………そうは言うが、あの時から十年も経つというのに、その間あの女に何が出来た? と、言うよりも、表立ってあの女が動いた形跡すらない。恐らく、我が軍に恐れをなしてどこかで尻尾を丸めて隠れていたんだろうよ。――そうだ! 知っているか? かの戦いでの、赤の大臣であったあの女の無様な有り様を……」

 大男の話している内容に、メルメルの顔付きが段々険しくなってきていて、それを見ながらトンフィーは隣でドギマギとしていた。

「女王が既に死んでいる事も気付かず、あの女がハルバルートに乗り込んで来た時の事だ。情けない事に、奴は広場で待ち構えていた黒騎士に足止めを食らって、城の中に入る事さえ出来なかったらしいぞ? みんなの憧れ、赤の大臣様が聞いて呆れるわ! ――挙げ句には子分どもが皆殺される中で、一人おめおめと逃げおおせるとはな。……まぁ、ラインとかいうあの女、まるで――ゴキブリのような奴よ! グワッハハハハハハ!」

 メルメルが怒りに顔を赤くして前にずずいと出たので、トンフィーは慌ててメルメルの前に立ち塞がった。唇に指を当て厳しい顔をする少年に、メルメルは口を尖らせ渋々と後ろに下がった。


「お前さん、よほどラインに恨みでもあるようじゃの~」


 その時、初めて大男の話し相手の声が聞こえて、メルメルとトンフィーの肩がビクリと動いた。

「恨み~? ふんっ。……恨みなどではないわ。ただ、俺様はあのバカ女の――あのバカ女のアホさ加減に腹が立つだけだ……」

「ふむふむ……。それでは一体どういったところがバカ――、ん? バカではなくアホだったかな? ――もとい、アホなのかのう?」

 場違いな程穏やかな声に、メルメルは涙がこみ上げてきた。

 ――無事でいてくれて良かった。

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