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カルバトの塔 18

 結局、二十匹近くも出てきたイグアナもどきは、ミミとシバの大活躍であっという間――とまではいかないまでも、メルメルが考えていたよりもずっとあっさりと倒す事が出来た。

「ふ~……」

 顔や手や剣についてしまった血をハンカチで丁寧に拭き取ると、メルメルはようやく一息ついたような気持ちになり、ゆっくりと天井を見上げた。例の穴からは、もう何者も現れてはこない。ただ静かに、垂れ下がった縄ばしごが揺れているのみである。メルメルは視線を下に戻し、自分の周りをぐるりと見渡した。

「ぜー ぜー ぜー ぜー」

 まず目に入ってきたのは、床に大の字になってほとんど白目を剥いているような状態のトンフィーの姿だ。確かにいまだかつてない様な働きぶりだったし、それに――と、メルメルはペッコリーナ先生が言っていた事を思い出していた。――魔法というものはたくさんのエネルギーを消費する――というものだ。先ほどトンフィーは何回か魔法を使っていたからそれもあって相当疲れたのだろう。メルメルはお母さんのような顔で満足そうに微笑み、他へと視線を移した。

 地面に転がっているイグアナもどきの中には、矢で射抜かれたもの、半分燃えて煤になったもの、剣で貫かれたもの、そしてこれがほとんどだが、鋭い牙でえぐられた様なものがいる。そうして、たくさんのイグアナもどきを倒したミミヴォルティーとシバヴォルティーは、敵がいなくなったのを良い事にトンフィーのお腹から飛び出してきたアケのお尻をつついたりかじるふりをしたりして、からかって遊んでいる。そんな光景を見て、ほんわかした気持ちになりそうな自分に気付いたメルメルは、慌てて気合いを入れ直すべく、パチンと勢い良く顔を両手で挟んだ。その音にビックリしたらしく、目を丸くして犬二匹と猫一匹がメルメルを見た。

「さあ、ミミ、シバ! 猫の姿に戻りなさい!」

「どうしたの~? どうして~ミミとシバを~猫に戻すの~?」

 疲れきって倒れたまま、トンフィーは思わずフレンリーのような喋り方になりながら首を捻った。するとメルメルは、だってと言いながら大きな二匹の犬を指差した。

「このままの姿じゃ鞄に入らないでしょう? ミミとシバは自力では梯子を登れないもの」

 確かに、縄梯子を犬や猫が登るのは難しそうだ。メルメルはウサギの鞄に二匹を詰めて梯子を登る事を思い付いたらしい。なるほど、ナイスアイデアだ。しかし、

「……すぐ行くの~?」トンフィーはげっそりと力のない声で呟いた。

「当たり前じゃない! ぐずぐずしてられないわ!」

「で、でも僕、ちょっと疲れちゃって……」

「今頃ラインさんもペッコリーナ先生も必死で戦ってるはずよ。ワタシ達だけのんびり休んではいられないわ!」

「そ、そうだね……とほほほ」

 そう言われてしまっては、情けない声を出しながらもトンフィーは起き上がるしかなくなってしまった。チリチリとアケが甘えるように近づいてきたのを、再びお腹に仕舞い込んで、「よーし!」と勢い良く立ち上がったが思いの外足にきているらしく、ついよろよろとしてしまった。

「大丈夫? トンフィー……」

 心配そうに首を傾げるメルメルに、トンフィーはぶんぶんと手を振ってみせた。

「大丈夫大丈夫。それに――大丈夫じゃなくたって、まさか僕までメルメルの鞄に入れてもらう訳にはいかないでしょう?」

 クスクスと笑いながら、そんな冗談を言えるくらいならば、まあ大丈夫なのだろうとメルメルは少し安心した。


 ひーひー言いながらも、トンフィーはようやくと縄梯子をのぼりきった。――そこはやたらと狭苦しい空間で、どれほど疲れきっていても、大の字に寝転がるような事はちょっと難しそうだった。

 仕方なく、膝に手をつき息を整えながら周りの様子を伺ってみる。

 ここは本当に狭い場所で、四方の壁までメルメルと手を繋げば届いてしまいそうな程だ。

 そういえば、そのメルメルの姿がない。

 とっくに先に上がってしまった筈だが、おそらく一方の壁にあるドアから隣の部屋へと行ってしまったのだろう。何せじっとはしていられない性格なのだから。

 そう考えながらも、トンフィーは少しだけ不安な気持ちになってきていた。原因は下にいる時からずっと聞こえていた、この音だ。ゴロゴロと今では、はっきり何かが転がるような音だと分かる。その音は、この階に来てから明らかに大きく聞こえるようになっていた。

「一体――何の音だろう?」

 思わず声に出して呟いて、じっと耳を澄ませてみる。少しずつ、音が近づいてきた気がする。トンフィーはいよいよ不安が膨らみメルメルが心配になってきた。取りあえずドアを開けて、首だけ外に出して周りを覗いて見る事にする。

 そこは隣の部屋という訳ではなく細長い廊下になっていた。左右に道が長く伸びており、道の幅はおよそ三メートル程ある。左右どちらの道の先も、およそ五十メートルくらいで緩やかにカーブして先が見えなくなっている。他の部屋へと通じるようなドアもなく、ただ茶色い壁が続いているだけだ。そして、メルメルの姿は――どこにもない。

「メルメルー?」

 トンフィーが首を傾げていると、

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!


「トンフィーーー!」

「メルメル!」

 いよいよ近づいてきた大きな音と共に、左手のカーブの先からメルメルが現れた。両脇にミミとシバを従え猛スピードで走り寄って来る。何故か人も猫も必死の形相だ。

 トンフィーが更に首を傾げたその時――メルメルの後ろからカーブを曲がって、突然、「音の正体」が現れた。

「な、な、な、なーーー!」

 それは、鉄で出来た丸い玉のようだった。

 ゴロゴロと大きな音を立てて、メルメルに追いつかんばかりの勢いで転がって来る。驚きなのはその大きさで、三メートルもの道をいっぱいに塞ぐ程あるのだ。つまり――直径三メートルの巨大鉄球だ。

「わーーーぁぁぁ! …………………………いたたたた」

 結局、身動き出来ずに固まっていたトンフィーをまきこみながら、メルメルと猫二匹はダイビングするようにドアに飛び込んできた。

 メルメルはすぐさま起き上がり、再び廊下に飛び出した。

「うへぇ~……。あぶなかったわ……」

 相変わらず勢い良く転がりながら廊下の先を曲がって行った巨大鉄球を見送って、メルメルは溜め息混じりに呟いた。

「あぶなかったわじゃないよ……。一体どうしたのさ? ――いてて」

 トンフィーがお尻をさすりながら立ち上がるのを見て、メルメルは小部屋へと戻ってきた。

「どうしたって――そりゃあ、偵察に行ってただけよ。敵がいる気配もないし、こんなふうに――」メルメルは目を瞑り、耳に手を当ててみせる。そんな事しなくともゴロゴロと相変わらず音は激しく聞こえている。「――変な音は聞こえてるし。やっぱり、ほら。――気になるじゃない?」

「そりゃあそうだけども……」

「それで廊下を歩いて進んでたら音がいよいよ大きくなって……。あの玉がカーブの先から現れた時は、心臓が一瞬止まっちゃったわ!」

「僕だって、メルメルの後ろからあの玉が現れた時は、心臓がのどまで飛び出してきたよ」

 興奮の余り、互いの冗談にも笑う気になれずに、しばし二人は見つめ合う。

「…………」メルメルもトンフィーも考えている事は同じなのだ。すなわち、

 ――どうしようか? で、ある。

「道の先に何かあった?」

 トンフィーがたずねると、メルメルはぶんぶんと首を横に振った。

「見えなかったわ。ただ細長く道が続いていた――」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 再び音が大きくなってきた。

「わ!」開け放したドアの向こう側を巨大鉄球が通り過ぎて、トンフィーは思わず飛び上がってしまった。

 少しの間ドアの外を見つめ、メルメルはトンフィーに向き直った。

「ず~っとグルグル回ってるのかしら?」

「……たぶん、そうだと思うよ」

「どうやって? どうして止まらずに回っていられるのかしら?」

「う~ん……」

 トンフィーは腕組みをして少し考え、廊下に体半分を出すと手招きした。メルメルも廊下に体半分出すのを待って、トンフィーは廊下の先を指差した。

「緩やかだけど上り坂になってる。つまりこのフロアは全体的に斜めに出来ているんだよ。こんなふうに……」右手の平をピンと張り、指の先を下にして斜めにする。「鉄球はフロアの端に作られた廊下をこうして転がっている」手首から指の先へと、左手の人差し指の先を滑らせた。

「分かったわ! 下り坂で勢いをつけて転がったまま、その勢いで今度は上り坂を転がるのね! それでずーっと止まらずに回り続けるんだわ!」

 メルメルは嬉々として言ったが、トンフィーはゆっくりかぶりを振った。

「それは無理だよ」

「どうしてよ?」メルメルは口を尖らせる。

「摩擦があるからね。玉はしばらく転がるうちに、自然と止まってしまう筈だよ」

「……摩擦?」

「うん。でも、下にいる時からずっと音は聞こえていたから、何かの方法を使って鉄球を止めずに転がしているはずなんだけども……」

 メルメルに摩擦について難しい説明をしても仕方ないので、トンフィーはあえてはぶいてしまった。メルメルも特には気にせず、要するに鉄球が回り続けるのは無理なんだと理解する。二人の子供は、良くお互いを理解しているのだ。

「そうだな……。たぶん単純な方法だよ。どこか廊下の先に発射装置みたいなのがあるのさ。ええっと――パチンコみたいに! さっきから音のテンポが違うのはそういう事だと思う。ほら――だんだん勢いがなくなってきた。ゴロン、ゴロン、ゴロン。ゆっくり転がってる」

 トンフィーは聞こえてくる音に合わせて呟く。

「あ! 止まったわ!」

 目を瞑り耳を澄ませていたメルメルが、驚いたように目を見開く。止まったのは一瞬で、すぐに再び音が聞こえてきた。

「ほら、勢いがいいだろう? きっと発射されたばかりなんだよ。……ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ! ――わ!」再び鉄球が通り過ぎて、分かりきっているのにもかかわらず、トンフィーはまた少し飛び上がってしまった。「……わ、わかった?」

 ドアの向こうを見つめていたメルメルは、しばらく目をパチクリさせていたが、ふと我に帰ってトンフィーに向き直った。

「わかったけど――それで、どうすればいいの?」

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