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ミミとシバ 9

 ―― 三時間目 体育 弓の練習 ――


 ブィ~ンィンィン――トスン! 

 ペッコリーナ先生がみんなのお手本に放った矢は、五重丸になっているマトの、中心から三つ目の丸の中に当たった。

「意外に上手じゃないわね」

 メルメルが呟くとトンフィーは不思議そうに首を傾げた。

「どうして意外なの?」

「ん? ……いや、別に何でもないわ」

 朝プラムじいさんが、「やっぱりペッコリーナ先生が教えるのか?」と聞いてきた事がメルメルには少し引っかかっていた。もしかしたらペッコリーナ先生は有名な弓使いか何かなのかと思ったが……そんな事は無さそうだ。

「ほら。メルメルの番だよ」

 トンフィーに促されてメルメルは前に出た。下を向き、地面に書かれた線を踏まないよう確認する。

「ん~!」と思い切り矢を引き、狙いを定めて手を離す。

 ピュ~ッ……バス! 

 メルメルの放った矢は中心から四番目の丸の中に当たり、周りで期待していたギャラリーを、「は~あ……」とガッカリさせた。みんな、メルメルなら真ん中に当てられるかも知れないと思っていたのだ。それでも、メルメルはまだましな方で、他の者は皆マトの中にすら当たらなかった。想像以上の難しさに、生徒達はつまらなさそうにぼやいている。緩んでしまった空気を引き締めるように、ペッコリーナ先生は、パンパンと手を叩いた。

「ハイハイ! そんなに簡単じゃないのよ? マトはたくさん用意したから、みんなそれぞれグループになってどんどん練習しなさい!」

 ペッコリーナ先生が言うと、生徒達は自然と仲の良い者同士が固まって、それぞれのマトの前にうまい具合に分かれて集まった。ところが何故か、メルメルとトンフィーの列にドミニクが入って来て、メルメルはちょっと驚いてしまった。そうして、さっきのトンフィーの言葉を思い出し、チラッとドミニクの様子を窺った。するとそこに、何か企んでいるとしか思えない嫌なニヤニヤ顔を見つけてしまって、メルメルは酸っぱい顔になった。

(仲良くなんて冗談じゃないわ!)

「ヤケニアツイトオモワナイ? アタシダケ? ギャギャギャ! アラアラ、コンナニシチャッテ!」

 お喋りオウムが退屈し始めたようで、生徒はなかなか集中出来なくなってきた。

 トンフィーの番が来て、メルメルは列の最後尾の方で、心配しながらその姿を見つめた。

(へぇ……なかなか様になっているじゃないの)

「ギニニ! キューチャン! アラ、アタシッタラマタ…………レジスタンス!」

「――!」メルメルは驚いて、慌てて首を巡らしピッピーの方を見た。ペッコリーナ先生は焦ったように、ピッピーの頭を軽く叩いている。

(今、確かにレジスタンスって……。レジスタンスって、確か、昨日の夜来た男の人が話していた……)


「わー! 危ない!」


 誰かの叫び声が聞こえて、メルメルはハッと我に返った。自分以外が全員上を見ているのに気付いて、上を振り仰いだその瞬間―― 


 バキーン!


 目の前で何かがはじき飛び、メルメルは目をパチクリとしてしまった。

「え? え? な、何?」

 皆シーンと静まり返っていて、メルメルの声ばかりがやけに響いている。助けを求めて視線を彷徨わせ、真っ青な顔で、弓を放った姿勢のまま座り込んでいるトンフィーの姿を見つけた。その後ろでは、ドミニクがトンフィーと同じように顔を青くして突っ立っていた。

「ドーミーニークー!」

 もの凄く恐ろしい顔で、ペッコリーナ先生がドミニクに駆け寄り(……たぶん駆けているんだ)ゴキン! と思い切り頭を殴りつけ、その耳を引き千切らんばかりに引っ張った。

「冗談では済まされないわよ! バカも大概にしなさい!」

 メルメルは何となくコソコソとトンフィーに近づいて行った。座ったままのトンフィーに手を差し出し、引き起こしながら尋ねる。

「一体どうしたの?」

「ぼ、僕、わざとじゃないんだ! だ、だってドミニクが、ドミニクが……」

「落ち着いてよトンフィー。何があったのかワタシはさっぱり分からないのよ……。トンフィーがわざと悪い事なんかするわけないって、ワタシが一番良く知ってるんだから安心してよ」

 メルメルが言うとトンフィーは少し落ち着きを取り戻した。

「う、うん。良かったメルメル……何もなくて。凄く危なかった……」

 ドミニクの方に目をやれば、まだペッコリーナ先生に絞られていて、どうやらさすがに参っている様子だ。

「危ないって、ドミニクが何かしたの?」

「うん。あのね……僕が矢を放つ瞬間に、ドミニクが後ろから僕の足を蹴ったんだ」

 メルメルは大体そんな事だろうと思っていたし、やっぱり呆れてしまった。

「最低ね。それで、どうなったの?」

「ドミニクも、マトからそれさせるだけのつもりだったんだろうけども……。余りに強く蹴られたもんだから、つい膝が曲がっちゃって……僕……僕、思わず空に向けて矢を撃っちゃったんだ!」思い出したのかトンフィーはブルッと震えた。「そうしたらその矢が……」

「――ワタシに向かって落ちて来た?」

 トンフィーはまたブルッと震えて、頷いた。「そして、もう駄目だ! と思ったその次の瞬間……」

 メルメルは先を期待してトンフィーを見つめた。ところが、何かを思い出しているような顔で、トンフィーは目を輝かせて黙り込んでいる。メルメルは焦れてきた。

「その次の瞬間、どうしたのよ?」

「ペッコリーナ先生さ!」

「……へ?」

 メルメルがつい間抜けな声を出すと、トンフィーは目をキラキラさせたまま、メルメルの方を向いた。

「ペッコリーナ先生が矢を放ったんだ! その矢がメルメルの顔のすぐ手前で、僕の矢を弾き飛ばしたんだ!」

 メルメルは思わずペッコリーナ先生の方を向いた。相変わらずドミニクにお説教を続けている。その横顔をじっと見つめる。特にいつもと変わりないように感じた。しいて言うなら、普段より少し目を吊り上げて怒った顔をしてはいるが……。トンフィーも隣で一緒になってペッコリーナ先生を見つめた。その目はやはりキラキラ輝いている。

「凄く早い動きだったんだよ。瞬きする間も無いくらいに」

 ペッコリーナ先生のポッコリしたお腹を見ながら、メルメルはちょっと信じられないような気持ちだった。しばらくはぼんやりと、ペッコリーナ先生がドミニクにお説教をしている姿を見つめていて、ふと先程のピッピーの言葉や、プラムじいさんの言葉などを思い出した。

(何だか変な感じだわ……ペッコリーナ先生に直接聞いてみようかしら?)

 そう思い、メルメルがペッコリーナ先生に歩み寄ろうとした――その時。

「ニャ、ニャ、ニャ、ニャ、ニャ~!」

 門の方から、校庭を猛スピードでミミとシバが走って来た。二匹はやたらと必死の形相を(特にシバは鼻水まで垂らしているんだ)している。

「ニャー!」「ニャ二ャー!」

 ミミとシバは交互に鳴き声を上げながら、メルメルの回りをグルグルグルグル回り始めた。メルメルも周りの生徒も、そのただならぬ様子に唖然としてしまった。

「ど、どうしたのよ? ミミもシバも……」

 メルメルが困ってオロオロしながら視線を送ると、グルグルに混ざろうとするアケを抱き上げて、トンフィーも驚いて目を点にしていた。

「な、何かを訴えてるのは確かだよね……」

「訴えるって……何を?」

「それは……残念だけれど僕は猫語がわからないから……」

 大真面目な顔でそんな事を言っている。トンフィーも相当混乱しているようだ。

 メルメルが、このままだと二匹がどっかの虎のようにスープになって仕舞うんではないかと心配し始めた頃、ペッコリーナ先生が近づいてきて、グルグルを止めない二匹に向かって、「にゃ~ん?」と話しかけた。するとミミが、「ニャーニャー!」と、答えた! ……ように見えた。

「す、凄い先生! 猫と話せるんですか!」トンフィーは再び目をキラキラさせた。

「いや、そう言うわけじゃ無いんだけれど……」

「えっ? だって今、にゃ~んて……」

「何となく言ってみたのよ。一体この子達はどうしたのかしら? メルメルの飼っている猫ちゃんなの?」

「飼ってるっていうか、ノラ猫なんですけど……」

 メルメルの横ではトンフィーが溜め息を吐いている。先程の素晴らしい弓使いといい、危うくペッコリーナ先生の信者になりかけていたのでガッカリしたのだ。

「でも、あなたに向かって何か言っているみたいよ?」

 メルメルは首を右に捻ったり左に捻ったりしている。

「近所の猫ちゃんか何かなの?」

「おじいちゃんが毎日ご飯をあげているんです。だから、飼っているってわけじゃないけど、家の中にずっといる時もあるし……」

 メルメルが言うと、ペッコリーナ先生は眉根を寄せ、急に厳しい顔付きになった。

「おじいちゃんが……」と呟き、指を顎に当てて考えこんでいる。そんなペッコリーナ先生の様子をメルメルはぼやっと見ていた。すると突然、

「ウニャ~!」「ウニャ~!」

「あぁ! こ、こら~!」

 ミミがメルメルの右の靴ヒモを、シバが左の靴ヒモをくわえて引っぱり出した。

「せ、せんせ~!」メルメルはとっても困ってしまって、思わずペッコリーナ先生に助けを求めた。

 するとペッコリーナ先生は意を決したように大きく頷いた。

「よし! メルメルの家に行ってみましょう!」

「え! い、今からですか?」

 まだ授業の最中で鐘も鳴っていないのだ。

「メルメルの家で何かあったのかも知れないわ。 ――ドミニク! ドラッグノーグ先生を呼んで来てちょうだい。 恐らく校舎の裏でコッソリ煙草を吸ってるか、職員室でお煎餅でもかじってボーっとテレビでも見てるわ!」

「へ? あ、はい!」ドミニクは慌てて校舎に向かって走って行く。

「せ、先生! 何かって……何があったんですか!」トンフィーが青くなって叫ぶ。

「いえ……たぶん何もないでしょうよ……ただ、念の為……」

 ペッコリーナ先生は心ここにあらずといった感じで、遠くを見て考えこんでいる。その様子は何にもないと思っているようには、とても見えない。

 メルメルは、トンフィーやクラスメート達に手伝ってもらって、何とかミミとシバを押さえながら(それでも二匹はスッポンみたいに靴ヒモを離さないんだ)少しドキドキしていた。

「な、なにがあったと思う?」

「分からない……。ただおじいさんに何も無いといいけど……」

 トンフィーは青い顔で心配そうに言うし、ペッコリーナ先生はそんな風だし、メルメルは結構のんきな性格だけれど、何だか不安な気持ちになってきてしまった。

「連れて来たぞ~! こっそりと煙草の方だったぞ~!」

 ドミニクがドラッグノーグ先生を引き連れて戻って来た。

「こ、こらこらドミニク」ドラッグノーグ先生はあわあわしながら、ペッコリーナ先生に向って手を振った。「いや、最後の一本だよ、うん。これで止めようと決めたんだ。――そもそも、この間止めると約束してから吸ってなかったんだよ? いや本当に。ただ、いざという時にとっておいた最後の一本をだね――」

「そんな事どうでもいいから、ちょっと黙って聞いてちょうだい!」

 ペッコリーナ先生が厳しい顔で言うとドラッグノーグ先生は少しムッとした顔になった。

「そんな言い方はないだろ? 大体なんだって――」

「メルメルの家で何かあったみたいなの」ピシャリとペッコリーナ先生が言う。

「……なんだって?」

「いえ、まだ分からないけど、何かあったのかも知れないわ」

「……」珍しくドラッグノーグ先生は静かになり、真面目な顔になった。

「ノーグ、私は今からメルメルを連れて、この子の家の様子を見てくるから、あなたは生徒達に授業の続きをしてやってくれる?」

「……了解したよ。任せてくれ」

 本当に珍しく、ドラッグノーグ先生が口数少なく頷き、ペッコリーナ先生はメルメルの方に顔を向けた。

「さあ! 行きましょう!」

 メルメルが頷くと、トンフィーは慌てて叫んだ。「ぼ、僕も行くよ! 僕も行きます先生!」

 ペッコリーナ先生は首を横に振った。「駄目よ。あなたは授業の続きをしなさい」

「でも、僕心配で……」

 トンフィーは本当に心配そうな顔をしている。メルメルはトンフィーが来てくれたら嬉しいし心強いのになと考えたけれど、ペッコリーナ先生はうんと言ってくれそうにはないなと悟った。

「大丈夫よ、トンフィー。すぐ戻って来るもの。トンフィーはちゃんと弓の練習をして、ワタシが帰って来た時ちゃんと教えてね?」

 トンフィーは情けない顔になった。「ぼ、僕がメルメルに? ……分かったよ。気を付けてね……」

「ニャー!」

 ミミとシバはまるで早くしろと言わんばかりに、門の前で待ち構えている。メルメルが慌てて門に向かうと、「ちょっと待って」ペッコリーナ先生は地面に置いてある自分の弓と、矢を入れてある筒を背負い込んだ。

「さ、行くわよ!」「イクワヨ! イクワヨ!」

 メルメルは、どうして弓を持つのかと不思議に思いながらもペッコリーナ先生に続いてミミとシバのもとに向かった。二匹は先に立って走り出す。それを追いかけながら、門を出る直前で振り返ると、トンフィーは相変わらず心配そうにしてこちらを見ていた。メルメルは安心させようと立ち止り、笑顔で手を振ると、トンフィーも小さく手を振り返してきた。

「メルメル! 早くしなさい!」「ハヤク! ハヤク!」

 メルメルはペッコリーナ先生を追いかけながら、去り際にチラリと見えた、弓を引いたり戻したりしているドラッグノーグ先生の情け無い顔を思い浮かべて、

(弓なんて教えられるのかしら?)と首を捻ってしまった。

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