チェンシー町にでかける
町に出かける日は朝から快晴だった。絶好のお出かけ日和だ。
タオからは町に行くにあたっての注意を山ほど受けた。
知らない獣人に話しかけられても足を止めない、タオの側から離れない、道の真ん中は荷車に轢かれるから歩かないように、などなど。
静樹は全て真面目に聞き取り、頭に刻み込んだ。
日本のように平和な国ではなさそうだから、町の中でも気を抜かないようにしよう。
「それじゃ、出発するよ。ちゃんと着いてきてね、疲れたらすぐに教えて」
タオは人間が四人がかりで運ぶような、大型の荷車に大量の薪を詰めて出発した。
「あ、あの! 一緒に押しましょうか」
「いいよー、いつもやってるし大丈夫。転けたら大変だし、普通に歩いてて」
気後れしながらも、静樹が押したところで大して戦力にならなさそうだと隣を歩くことにした。
町までの道は川までの道と違い、三人ほど通れそうな幅のあるしっかりとした道だ。
進むにつれていくつかの道が合流し、より太く歩きやすい道になる。
ちらほらと民家も見えるようになってきた。
木造りの家の側には畑があり、鹿や山羊、リスなどの獣人が農業に勤しんでいた。
タオが手を振ると彼らも振り返してくる。静樹も同じように手を振った。
「シズキが食べた野菜のうちいくつかは、ここの集落の方に薪と交換で譲ってもらったんだ」
「……仲が、いいんですか?」
「それなりかな? 時々世間話をするくらい」
草食動物の獣人達は、虎獣人であるタオを恐れる様子がない。
タオは自分でも言っていたとおり、温厚な虎獣人のようだった。
杉の森を抜けると、草原が広がっていた。
石壁に囲まれた町らしき場所が遠くの方に見える。静樹は指を指して尋ねた。
「あれが、町ですか」
「そう、チェンシー町だよ」
門前に辿り着きタオが牛獣人に挨拶をすると、顔見知りの門番だったらしく快く中に入れてくれた。
「わ……」
表通りは柳のような葉が揺れる木が立ち並んでいて、その間を縫うようにして露店がでている。
オレンジ色の提灯が家の軒先に吊ってあり、町全体の雰囲気が華やかだった。
周囲には様々な動物の顔が楽しげに道を行き交っている。
兎と狼のカップルが手を繋いで歩くのを、遠巻きに見送った。
獣人達も静樹を見つけて、珍しいと目を丸くするが、それ以上に過敏に反応されたり、話しかけられたりすることはなかった。
タオは露店には目もくれず、朱に塗られた門構えの老舗を通り過ぎて裏口に入っていく。
緑の屋根を見上げながら、静樹も後に続いた。
「こんにちは、薪を届けに来たよ」
店には甘い煮豆の匂いが漂っている。店の奥から狐の獣人が出てきて、タオに声をかけた。
「ああ、タオの旦那! ようこそお越しくださいました、厨房へどうぞ」
荷車を裏口に置いて狐獣人についていくと、狸の獣人がいた。
彼は糸目を更に細めてタオを見上げると、饅頭作りの手を止めて駆けつけてくる。
「よう、いらっしゃい! いつも悪いねえ」
「いいえ、ご贔屓にしてもらってありがとう。いつもの場所に置いておくね」
「いやあ助かるよ、アンタんとこの薪が一番嫌な煙が少なくて、いい饅頭が蒸せるんだ」
しばらくの間二人が話すのを眺めた。静樹の背丈と同じくらいの狸獣人のおじさんが、頭一つ半は大きい虎獣人と親しげに会話をしている。
(みんなタオのことが怖くないんだ……やっぱり僕が怖がりすぎなんだな)
この半月、タオは何度も静樹に触れてきたけれど、爪や牙を当てることは一度もなかった。
きっとこれからもないだろう。
(便利な道具や武器だって、使う人によって凶器になるかどうかが変わるんだ。タオは信じられる人だ)
他の獣人からの態度を見てそう結論づけたところで、タオが話を終えて静樹の元へ戻ってくる。
「お待たせ。俺の仕事は終わったから、次は静樹の行きたいところへ行こうか。ああ、それと服も買わないとね」
荷車はしばらくの間、店の裏に置いていてもいいと許可をもらった。
身軽になったタオに連れられて大通りから一本奥の道を進む。
日陰で人気が少ない通りをおっかなびっくりついていくと、店の前までびっしりと服が並べられた一角があった。
「こんにちはー、人間用の古着ってありますか?」
タオが声をかけると、気の強そうな顔つきの猫獣人が何着か抱えて持ってきてくれた。
「あんまり数はないけど、これでどう?」
「シズキの気にいる物はある? わあ、これなんて素敵じゃないかな? 南方で流行している服らしいよ」
示された紺色の服はシャツのように前開きの服だが、ボタン部分が結び帯で飾られていて、華やかな印象だ。
カンフー着みたいだという印象を受けた。
服装には拘らないから、寒くなければ何でもいいんだけどなと困り顔で見上げてみると、期待のこもった視線を送られた。
「すごく似合いそうだよ! ほら」
歪みが強い鏡に映った自分を見ても、似合っているか判断がつかない。
しかしタオはとても気に入ったようで、静樹の肩に衣装を当てて満足そうに微笑む。
「やっぱり、すごくいい!」
「えっと……じゃあ、これにします」
「毎度あり!」
タオの服より余程高価そうな衣装に恐縮しながらも、三着ほど買ってもらった。
これから冬が来るからと、足元までを覆う綿入りの袍も買い揃えてくれる。
「あの、こんなにお金を出してもらっても、僕返せないです」
「いいよ、気にしないで」
「でも……」
「気になるっていうなら、冬の間だけでもいいから俺と一緒に住んでよ。シズキに俺のいいところをたくさん紹介するから!」
番になりたいアピールに余念がないタオの様子に、静樹はアハハとに苦笑いをする。
(その気もないのに一緒に住んでたら、脈があるって誤解されそうだなあ。友達としては最高によさそうな人なんだけどな……)
友達になりたいという申し出であれば、悩むことなくお願いしますと即答したのに。
でもそうではないから、やはり長い間お世話になり続けるのはお互いのためによくなさそうだ。
静樹にできる仕事があるのか、町にいる間に探してみようと思った。
服屋から出ると、静樹は図書館に行きたいと主張した。
「としょかん?」
「はい。本がたくさんあるところなんですけれど……」
まさか無いのではと、タオの反応を見て額に汗が浮かぶ。彼はうーんと唸った後、ポンと手を打った。
「ああ、いっぱいじゃないけど本が売ってるお店ならあるよ」
そして彼が案内してくれたのは、まさかの質屋だった。
雑多に高価な物が並んでいる店内をのぞきこむと、フクロウの店主が出迎えてくれる。
「何をお探しかね」
「本を探してるんだって。あるかな?」
「あるとも。今持ってこよう」
フクロウの鳥人が差し出してくれたのは、たった五冊きりの本だった。しかも何が書いてあるか読めない。
「こ、これだけですか」
「不満かね?」
「い、いえ……あの、他にもっと本がある場所はありませんか」
「富豪や貴族の屋敷なら保管されているだろうが、平民ではなかなか見る機会はなかろうて」
「そう、ですか」
(困ったな、図書館がなくて字も読めないなら、司書の仕事なんて絶望的にできなさそうだ)
他にできそうなのは計算仕事だけれど、店番を兼ねているからコミュニケーション能力が必須らしい。
肉食獣人にいちいち怯えていたら、接客はままならないだろう。
「シズキがどうしても仕事がしたいって言うなら、俺の家の仕事を手伝ってくれたらいいよ! 今日だってスープを一緒に作ってくれて助かったし」
質屋を出た後当てもなく歩いていると、タオが励ますように声をかけてくれた。
「料理……できるようになったらいいんですが」
「なるよ、シズキなら大丈夫! 一緒にがんばろう」
片想いされている相手の好意にいつまでも甘えてはいけないと思うのに、優しく応援されると縋りたくなってしまう。
答えあぐねていると、活気のある声が広場の方から聞こえてきた。
「みなさーん! 国中で大好評公演中のマーロン雑技団が、ついにチェンシー町にもやってきました!」
「何か催し物をやってるみたいだ、行ってみよう」
揺れるタオのしましま尻尾を追いかけながらついていく。