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魚のとり方が豪快すぎる

 眠れるはずがないと思っていたけれど、気がついたら意識が落ちていたようだ。


(今は何時だろう)


 寝ぼけながらスマートフォンを探すが、どこにもない。

 そうだ、異世界に来た時持っていなかったんだと頭を抱えながら身を起こす。


 白く濁っていて外の景色が見えないガラス窓からは、朝日が差し込んでいる。

 ボーッと見つめた後、昨日の出来事を頭の中で反芻した。


(悪夢みたいな出来事だったなあ、それでも命が無事なだけマシなのかな)


 身の丈二メートルはありそうな巨躯や、毛皮に包まれた獣の身体を思い浮かべて膝を抱えていると、ポンと肩を叩かれた。


「おはようシズキ!」

「うんぎゃああぁあ!」

「うわっ、びっくりしたあ!」


(びっくりしたのはこっちですけど⁉︎ いきなり触られるなんて本当無理……!)


 寝台の端っこまで逃げて肩を抱いていると、虎獣人のタオは頭を掻いた。


「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて。朝ごはん準備したんだよ、食べる?」


 ゆらりと太い尻尾が揺れている。

 食欲なんて微塵もなかったが、彼の機嫌を損ねたくなくて青い顔のまま首を縦に振った。


「よかった! 先にお皿に盛りつけておくからゆっくりおいでね」


 白と黒の縞模様が見えなくなったところで、ようやく肩の力を抜く。


(心臓が飛び出るかと思った……)


 いい加減怖がりな性格を直したいとため息をついた。一昨日からの心労が祟りすぎて、寝たのに疲れがとれた気がしない。


 寝台を降りて、少し迷ってから服を着替える。タオの服は案の定大きかった。


 上半身に着るしゅうはどんなに襟ぐりを押さえても、胸から腹にかけて露出してしまう。袖は三回ほど折り返さなければ指の先が出てこない。


 ズボンとして着用するに至っては、帯で留めているのに動くとどうしてもずり落ちてしまった。


 みっともないけれど、しゅうだけを羽織った姿で出ていくしかないようだ。

 膝下丈の裾をできるだけ引っ張り下ろして、袖が落ちてこないように調整してからそっと部屋の外をのぞいた。


「わ、シズキ……! や、やっぱり大きかったみたいだね、あはは……も履けないくらい緩かったのかな」


 タオはチラチラと静樹の足や胸の辺りを見ては、気まずげに頬を掻いている。

人前に出るにはみっともなさすぎる格好だったなと恥ずかしく感じたが、他に服がないのだから仕方ない。


「帯がよれているから、直してあげようか?」


 静樹は大袈裟な程に首を横に振りたくった。恐ろしい牙に接近されると、心臓が飛び出しそうになってしまう。


(そんなことより、せっかく用意してもらったんだからご飯を食べないと)


 帯を引っ張り自分なりに形を整えてから、ごくりと唾をのみこんだ。

 あの牙を前にして平常心で食事を摂れるのか、不安になってくる。


(昨日は彼の目の前で食べれたじゃないか。がんばれ僕……!)


 部屋に戻りたがる心に喝を入れて、スツールくらい高さのある椅子に腰かけた。


 タオはシズキの目の前に、ほかほかと湯気を立てる大皿を置いてくれる。

 皿には目玉焼らしき卵料理と焼いた鶏肉、それから饅頭まんとうが乗っていて、紫のソースがかかった茹で野菜が申し訳程度に添えられていた。


「本当は魚を用意したかったんだけど、獲りに行く時間がなかったんだ。この後一緒に川にいこうよ」

「……外は、出歩くと危ないって」

「うん、だから一緒に行こう。まずはご飯をしっかり食べて、元気いっぱいになってからだね」


 タオが笑うと牙が口の端から露出する。

 素早く視線を逸らし、豪快に食事を食べる様子を横目で確認しながら、静樹も目玉焼きにフォークを突き刺した。


「いただきます……」


 目玉焼きも鶏肉も粥と同じように、味が控えめだった。

 ほのかな塩味は素材のよさを引き立ててくれて、予想したよりも美味しかった。


 紫のソースは酸っぱくて甘味もあった。果物で作られているのだろうか。

 饅頭みたいな見た目の丸い物体をかじってみると、中は柔らかくもちもちとしている。


 あの背側がふわふわの肉球のついた手で、料理を作ってくれたのかと不思議な気分になった。


 時々タオに視線を送ると、彼はいつも静樹の方を見ているのに気がついた。

 にこにこしながら鶏肉を口に頬張っている。


(なにがそんなに楽しいのだろう……もしかして、人と一緒にご飯を食べるのが嬉しいのかな。人間を保護するのが夢、とか言ってたし)


 人間はこの世界では、保護されるようなか弱い生き物なのだろうか。


 タオのような獣人や奇怪獣とやらがいるのであれば、生身の人間では敵わないだろうから、静樹の想像通り守られる存在なのかもしれない。


(守ってもらえるのはありがたいな……でも、突然僕みたいなのを住まわせるなんて、歓迎してくれている風だけど申し訳ない)


 せめて、いちいち怖がって悲鳴を上げないようにしなければ。

 虎の耳は人間より性能がいいだろうから、さぞうるさかったことだろう。


(大丈夫、怖くない……タオはいい獣人みたいだし、襲われたりしない……よね?)


 まだ会ったばかりだから無条件で信頼がおけるわけじゃないが、なるべく心を開いて信じてみようと思った。


 目玉焼きを一口で丸ごと飲み込む口の大きさを目にして、背筋はブルリと震えてしまうけれど。

 怖くないったら怖くないのだ……


「ぶぇっくしょい!」

「ひえ!」

「あ、ごめんね食事中なのに。鼻噛んでくる」


 くしゃみひとつで悲鳴をあげる自分が心底情けないと嘆きながら、出された食事を懸命に食べ進めた。


 結局全ては食べきれなかったけれど、タオは笑って許してくれる。


「残しておいて、後で食べようか。歩いたらお腹が空くはずだから」


 タライの中に食器を漬けたタオは、背の高い棚の引き出しから箱を取り出した。


「外に出る前に、君の服を調整しないとね。肩や足に触ってもいい?」


 駄目だ無理だ魂が口から出ると、ぶんぶん首を横に振りたくって急いで部屋に戻り、元の服を着て借りた服を彼に差し出した。


「……ええと、駄目だった? そっか……うん、調整するから少し待っててね」


 タオは残念そうに尻尾を下ろしながら服を受け取った。

 罪悪感が胸を掠めるが、無理なものは無理だ。また失神しかねない。


 所在なく寝台に腰かけて待っていると、やがてタオが褲褶こしゅうを抱えて姿を見せた。

 頭を下げながら受け取り、素早く着替える。


 肩がずり落ちないように別布で襟をつけ足し、袖も縫ってくれている。

 褲の方は、紐をつけ加えた上で裾を切ってくれたみたいだ。今度こそまともに動けるようになった。


 ためらいながらもドアの隙間から顔を出すと、静樹の全身を確かめたタオが優しげに声をかけてくれる。


「大丈夫そう?」

「はい……ありがとうございます」

「よかったー。じゃあ、そろそろ出かけよう」

 タオが家から出ていくので、森の方向を警戒しながらも追いかける。彼は納屋らしき場所へ向かった。


 静樹も周囲を見渡しながらついていく。

 森の中に構えられた、一人暮らしのワンルームくらいの大きさの納屋の中には、手作りらしき様々な道具が置いてあった。


 斧が特に多いなとの所感を抱いていると、虎獣人は釣り竿と網を持って納屋から出てくる。

 脇には木でできたバケツも抱えていた。


「お待たせ、川に行こうか」


 ログハウスの側に大量の薪が積んであるのを眺めながら、静樹は大人しくタオについて歩いた。


 後ろから目にすると恐ろしさが和らぎ、静樹はようやくタオをまともに見つめることができた。


 半袖になるまで捲り上げた袖の下から伸びる、白い毛で覆われた腕は、毛皮越しでも逞しいことが窺える。

 足もガッチリしているので、何かしら肉体労働に従事しているのかもしれない。


 腕も足も細く頼りない静樹とは大違いだ。

 あれだけ身体が大きかったら、怖い物も少ないだろうなと羨ましくなった。あんなにモフモフでなくてもいいが。


 森の中には人一人が通れるだけの小道が続いていて、目印の看板だとか外灯のような人工物は全く見当たらない。


 夜はろうそくの明かりしかないし、水道は存在せず料理もかまどで調理していたようだった。

 帰る方法がわからない以上、不便な環境に適応するしかなさそうだ。


 せっかく住まわせてもらえるのだから何か手伝いがしたいけれど、かまどなんて使えるのだろうか……


(それにしても、尻尾がふわふわだ)


 歩く度にバランスを取るように揺れるしましま尻尾を、気がつくと目で追ってしまう。


「川はもうすぐだよ。足元が滑りやすいから気をつけてね」


 見たことのない蔓草の雑草や、表面がつるつるの木の間にある小道を進むと、ざあざあと流れる水音が聞こえてきた。


 小道は急な傾斜を描いて、川岸へと続いている。

 タオはひょいひょいと身軽に降りていく。静樹は周囲の草を掴みながら、慎重に足を動かした。


 運動が苦手な静樹は泣き言を言いたくなったが、タオに助けを求めて触れられでもしたら、驚きすぎてバランスを崩してしまうだろう。


 一人で降りるしかないと覚悟を決めて、一歩ずつ足場を踏み締めた。


「手を貸そうか?」

「だ、大丈夫、です……!」


 本当はちっとも大丈夫ではないが、虚勢を張って内心悲鳴を上げながら降りていく。

 タオはそんな静樹を心配そうに見守っていた。


 川辺の石に両足をつけ、やっと降りられたと一息つく。

 渓流と表現するのが適切そうな川は、流れが早かった。深いところで泳いだら流されてしまいそうだ。


 水の色は綺麗に澄んでいて、晴れ渡った空と木々の深い緑を映して輝いている。


 大自然の空気が心地よくて、静樹は思いきり肺に息を吸い込んだ。

 こんなにも森の奥に来るなんて、初めてのことかもしれない。


「えーっと、どうするんだったっけな……ここにエサをつけるんだっけ、まどろっこしいなあ。直接網で獲ればいいよね」


 タオは釣竿をひとしきり弄った後ポイと投げ捨てて靴を脱いだ。魚獲り網の棒の部分を持って、ざぶざぶと水流の中へ歩を進める。


「魚は……あ、いた!」


 ビュンと空気を切る音、次いでバシャーンと水面が思いきり叩かれる音がした。

 大量の水飛沫が彼の背丈以上に打ち上げられて飛んでいくのを、瞠目しながら見送る。


「あれ、獲れなかったなあ……もう一回だ!」


 タオの豪快すぎる漁のやり方では、魚が逃げてしまってなかなか獲れないようだった。

 それでも何度も繰り返しているうちに、ようやく一匹の魚が網にかかる。


「やった! シズキ、受け取って」

「えっわ⁉︎」


 慌てて水を汲んでおいた木のバケツを差し出すと、彼は中に魚を入れた。

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