タオが僕を好きな理由
タオはしばらく考えた後に口を開いた。
「なんでだろうね? 気がついた時には好きだなあ、番になってほしいなあって強烈に惹かれてたんだよね。見た目もかわいいし肌触りもいいし」
やっぱり見た目だけで惚れられていたのかと苦笑したが、彼は一生懸命に続きを話しているので耳を傾けた。
「それに色んなことを一緒にやろうとしてくれるのが嬉しいんだよね。行動の一つ一つが小動物みたいで可愛いし」
また可愛いと言われた……どうやら見た目だけでなく行動もキュートだと思われていそうで、居心地悪く腕を摩った。
「努力家なとこも真面目なとこも好きだな、知れば知るほど好きになっちゃう感じ。だからそんな静樹と友達になれて、一緒に住めて嬉しいよ」
「そ、そうなんだ……」
彼の笑顔には無理がなく朗らかで、本心からそう言っているように聞こえる。
褒め倒されて恥ずかしくなり、木の実採りに戻るとタオもそれに習う。
また別の枝の木の実を採り始めたタオを、追いかけながら問いかけた。
「タオは……」
「ん?」
どうしよう、聞いてもいいだろうか。
彼自身のことを詮索すると嫌がられるかもしれないと懸念したけれど、一歩だけ踏み込んでみることにした。
「木こりの仕事は好きでやってるの?」
「好きっていうか、必要とされてるからかなあ。チェンシー町には大型の獣人が少ないから、木こりとかの力が必要な働き手が求められているんだ」
「そうなんだ」
「だからユウロンにもしょっちゅう頼まれるよ、屋根の修繕やら米を運ぶから人手が欲しいとか、力仕事ばっかりをね」
「力強そうだもんね」
「虎獣人だからねえ。この前なんか、牛が足を怪我したから担いでくれって呼び出されてさ。流石に重かったよ」
「牛を担いだの? すごい」
「ふっふーん、力持ちだからね」
タオは嫌がるどころか積極的に自分の話をしてくれた。静樹と会話するのを楽しんでいる様子を見て、心が弾む。
「シズキは指先を使う細かい作業が得意だよね。前に饅頭を捏ねた時、生地をしっかり等分に分けてたじゃない? ああいうのって俺は苦手だからさ」
「そうかな? 指に針を刺しちゃう不器用者だけど」
「あの時はきっと緊張してたからだよ! シズキは兎獣人みたいに、怖がりなんだよね」
「え」
ごく自然に指摘されて、ドキリと心臓が嫌な音を立てる。
静樹は自他共に認める怖がりではあるが、この性質が好意的に受け入れられた試しはない。
隣で実をむしり取りながら、気分を害していないかなと表情をうかがうと、彼はにんまりと牙を見せて微笑んだ。
「ふふ、怖がりなシズキが俺にはこんなに心を開いてくれて、嬉しいなあ。また肩車しようか? 上の実取る?」
怖がりなことを疎ましく感じていないどころか、好意的な様子を目の当たりにして酷く驚く。
牙を見ても恐ろしがることも忘れるくらいに、静樹にとっては衝撃的だった。
「え、あ……うん?」
気もそぞろになり曖昧な返事をすると、彼はしゃがんで待ってくれたので、急いで肩の上に乗った。
実をもぎりながら、頭の毛に自分から指を埋めてみた。
ふわあっと温かで滑らかな感触が手のひら中に広がり、心の底まで温かくなる。
(そうか、タオは僕に話しかけられるのが嫌いじゃないんだ……僕の気持ちだって、正直に話したって迷惑じゃないんだ)
トクトクと高鳴る心臓の音は、怖さを感じている時とは違って全く不快じゃない。
胸の奥からこんこんと湧き出る泉のような温かさは、静樹の指先まで満たした。
採った実を手に握りしめたまま、温かさを噛み締める。
静樹は胸の奥にしまい込んで誰にも言えなかった言葉を、そっと風に乗せた。
「僕、小さい頃に猫に噛まれたことがあってね」
「えっ! どこを⁉︎」
「腕だよ、この辺り」
右腕の肘と肩の間を指し示すと、彼は急いでシズキを土の上に下ろす。
「痛くない? 大丈夫? この前抱きしめた時に思いきり当たってたよね⁉︎」
「痛くないよ、傷跡があるだけなんだ」
「そう……傷跡が残るくらい噛まれるなんて、痛かっただろうね」
労わるように、服越しに肉球でむぎゅむぎゅ押された後、ハッとしたように指先が離れていく。
「あ、ごめんね、つい触っちゃった」
「別にいいよ、少しくらいなら」
「そんな甘いこと言ったら、また遠慮なく触っちゃうよ? 俺は力が強いから、気をつけないと駄目なのに」
口ではそういいつつもやはり触りたかったらしく、くすぐったいくらい柔く服越しに腕を撫でられて、肩を竦めた。
「痛いのは嫌だな。噛まれた時もとても痛くて、恐ろしくて……それで未だに、牙が苦手なんだ」
「そ、そうだったんだ⁉︎」
タオは勢いよく自分の口を両手で押さえた。
二歩、三歩と離れながらショックを受けているタオを見て、静樹は苦笑しながら首を振る。
「いつもは怖いんだけど、さっきは恐ろしいと思わなくて……牙を見せてくれる?」
「駄目だよ、苦手なんでしょ?」
「お願い」
真剣な声音で言い募ると、タオは渋々といった様子で口元から手を離した。
静樹はタオに近づいて、腕を伸ばす。
「口を開けてもらっていい?」
「なんで?」
「牙に触ってみたい」
「ええっ⁉︎ 怪我するよ?」
「しないように気をつけるから…‥駄目?」
首を傾げながら尋ねると、タオはうんうん唸った後そっと口を開けてくれた。
「その顔狡いよ……」
「? 何か言った?」
「なんでもない」
鋭利な牙が口から露出して見える。つるりとした白い歯に、指先をぴとりと当てた。
「う、わ……ツルツルだ」
温い吐息が指先に当たるが、タオの息だと思うとちっとも嫌な気分ではなかった。
不思議なことに、あれだけ恐れていた牙なのに怖くもない。
尖った先端部分も指先でなぞってみる。ただ触るだけでは切れたりしなかった。
水っぽい感触と牙の硬さを十分に堪能した後、静樹は思いきってタオの手をとった。
「爪も見ていい?」
「さっきからなに? わざと怖い思いをしたいのかな?」
「怖くないか確かめているんだ……タオに触ってみたいなって思ったから」
「え」
タオは耳も尻尾もピンと上に立てながら、指先にグッと力を込めて爪を出現させた。
「えいっ、これが爪だよ。危ないから先端には触らないでね」
爪は牙よりも尖っているように見えた。
指の背まで覆われた毛皮の下と肉球の間にあたる部分から、三センチはありそうな鉤爪が飛び出している。
横から摘むようにして触れると、固い感触が指先に伝わってきた。
尖った部分に触れないよう気をつけながら手を離す。
「もうしまっていいよ」
「どうだった?」
「……意外と平気みたい」
あんなに怖がっていたのはなんだったのだろうというくらい、触ってみると恐ろしくもなんともなかった。
恐怖の気持ちが想像上で実際以上に膨れ上がっていたのかもしれない。
大好きな友達であるタオの体だと思えば、固い爪も牙も怖いどころか興味深かった。
「それならよかった、俺も体を張った甲斐があったよ」
彼も静樹を怪我をさせないように緊張していたのか、体を解すように左右に首を回す。
「たくさん採ったし、そろそろ帰ろっか?」
「うん」
静樹はカゴを持ち上げようとしたが、重くて持ち上がらない。タオは軽々と抱えてくれた。
「ありがとう」
「いいよ、力仕事は俺に任せて」
彼の逞しい二の腕を見上げて嬉しくなった。
こんなにもかっこよくて頼りになる人が、自分のことを好きだと言ってくれているなんて。
怖がりでどうしようもない自分の弱い部分も、なんでもないことのように接してくれるから、惨めに感じないでいられる。とてもありがたかった。
「それにしても、変だなあ」
「え?」
帰り道、タオはくんくんと鼻を効かせて何かを探しているようだ。
「いや、この時期は奇怪獣と遭遇しやすいのだけれど。全然会わないなって」
「会いたくない……」
やっとタオのことが怖くなくなってきたのに、これ以上恐ろしい思いをしたくない。首を横に振ると、タオも肯定するように頷いた。
「そうだね、会わずに済むならそれに越したことはないし。帰ろう」
採ってきたトオリの実の皮をナイフで剥いて食べてみると、シャキシャキした洋梨のような味がした。
「美味しい」
果物を切るだけなのに、律儀に前掛けを身につけたタオがにっこりと笑う。
「シズキの好きな味だった? いいね、半分は生で置いておいて、半分は干そうか。そろそろ冬ごもりの支度もしなきゃいけないし」
「冬……もしかして、冬眠する?」
「しないよ! 人間もしないんでしょ?」
「しない」
「だよね。雪の間は町に通うのが大変だしお店も開かなくなるから、俺も毎年食料を貯め込んで家でゆっくり過ごすんだ。今年はシズキがいるから楽しくなりそうだなあ」
これから冬が来るのかと、静樹は想像上の雪国の冬に思いを馳せた。
暖かい地方に住んでいたから、雪は年に一回見るか見ないかといった頻度でしか降らないものだった。
冬支度なんて考えたこともない。
「冬ごもりの準備、僕も手伝いたい。何をすればいいの?」
「ふふっ、一緒にやろう! まずは果物を切ってしまおうか」
「……前から疑問だったんだけど、タオは肉も野菜も果物も、なんでも食べるんだね」
「どういう意味……ああー、昔々のご先祖様は肉食だったらしいよ。確か人間の世界にも、俺たち虎獣人のご先祖様に似ている動物がいるんでしょ? その動物は肉しか食べないってこと?」
「うん、そう」
「へえ、変なの。肉しか食べなかったらあっという間にお腹を壊しそうだ」
静樹からすれば虎の見た目をしているくせに、野菜でもなんでも美味しく食べる方が変だと思ったけれど、同じ食べ物が楽しめるのはいいことだ。
種の部分を切り取って薄くスライスしたトオリの実を、ザルの上に並べていく。
日向に面した窓の下に置いて天日干しをした。
天気がよかったため、一日干す頃にはしっとりとしたドライフルーツが出来上がった。
凝縮された濃い甘みはタオにも好評で、二人して舌鼓を打った。
その日から、静樹はタオと力を合わせて冬ごもりの準備を行なった。
二人で薪を町に売りにいく日もあるが、それ以外の日は冬支度に充てた。
タオは隙間風が吹き込む場所を塞いだり、肥えた獣を狩って塩漬け肉を作ったり毛皮を滑したりする傍ら、ひたすら薪を切って蓄えていく。
静樹は肉や魚の下処理方法を覚えて塩漬けにするのを手伝ったり、木の実でジャムを作ったりと主に料理を担当した。
できることがあるって嬉しい。完成したジャムの瓶を目の前に並べて喜ぶタオの顔を見ると、自分まで心が温かくなる。
静樹は仕事を探していたことも忘れて、冬支度に打ち込んだ。




