真実の愛を引き裂く相手は私ではありません
人間関係が色々とアレ。
ロゼッタ・ウィルミントンは王命によって王子と婚約を結ぶ事になった令嬢である。
お互いの間に愛なんてものはない。
顔を見るたびお互いいがみ合うような不仲とまではいかないが、貴族たちが通う貴族院でばったり遭遇してもお互い一瞥だけして立ち去っていくような、冷めきった関係である。
今まではあまり高位身分の令嬢や令息と関わる事のなかった低位身分でもある者たちは、そんな二人を見ていくら政略結婚とはいえ、あれはどうなんだろう……? なんて思ったりもしていたのだ。
だって、あれじゃあ夫婦になったところで、本当にやっていけるのかわからない。
男爵令嬢や子爵令嬢の中の何割かは、そういう風に思ってしまったのである。
それから、一部の伯爵家の令嬢も。
そうして夢を見てしまった。
ロゼッタ様とフランツ様の仲があまりよろしくないのであれば。
側妃や愛妾といった立場としてなら、自分が寵姫となる事もあり得るのでは……? と。
正妻の――正妃の座はロゼッタであっても、彼女よりも自分の方が愛されるような事になれば。
王妃程の権力は持てなくても、しかし王妃程の責任を持たなくても良い。
そうしてフランツが国王になってから、自分は愛されるだけで贅沢な暮らしができるかもしれない。
貧乏貴族に限ってそういう風に思ってしまったのである。
貧乏であっても賢い者はそうならなかったし、貧乏じゃなくてもあまり賢くない者はそう思ってしまったのだ。
市井で流行っているらしき娯楽小説では、身分違いの恋を描いたものが現在人気であった。
身分という壁に阻まれてしまっているが、しかし二人の愛は真実のものだったのです……というような、一見すると美談っぽく思える話。
一部の令嬢たちは恐らくそういった作品に影響されているのだとも思われていた。
その中で、男爵家の令嬢ラプリムはフランツと出会って彼の方から距離を縮めてくれたものだから、すっかり舞い上がってしまった。
本来なら自分と彼とは出会う事もなかったであろう立場。
ラプリムの実家でもある男爵家は、領地こそそれなりに広いがそこまで裕福というわけでもない。
学院に通うのは、貴族としての義務、というわけでもないのだが成人して社交に出てから人間関係を築き上げるのと、学生時代に地盤を固めておくのとではやはり学生時代から人間関係を作っておいた方が圧倒的に有利であるわけで。
それに、結婚相手も見つかっていないような令嬢や令息は、いっそ学院で同じく婚約者のいない相手とどうにかお近づきになって縁を結んだ方が結婚できる可能性も上がるのだ。
多少無理をしてでも学院に通わせようとする親は多かった。
ラプリムは、そういった学院でどうにか嫁入りできそうな相手を見つけてこい、と言われた側だ。
家は兄が継ぐし、そうなればラプリムがいつまでも家にいるわけにもいかない。兄もまだ結婚相手は決まっていないけれど、しかしラプリムが成人して尚家にいるとなれば。
成人前ならまだギリギリ許されそうだけど、成人しても家に居座る小姑がいる家に嫁ぎたいなんて思う女性が果たしているだろうか。
ラプリムととても仲の良い女性であれば家にいてもいいのよ、と許してくれるかもしれないけれど、生憎とそういったラプリムにとって優しいお姉さん的立場の令嬢には兄以外の婚約者がいる。
なのでそう言ってくれるだろう優しいお姉様方が兄の嫁に来ることはない。
学生時代に婚約できなくても、卒業後にでもまだお互いに交流を深めていけたら……と思えたり、実際に手紙などでやり取りをして仲を深めようとしてくれる相手ができれば両親や兄もうるさくせっついてこないだろうとは思っていたが、しかし学院でラプリムはフランツとちょっといい仲になりつつあったのだ。
自分が正妻に、とは無理だとわかっているけれど、しかしそれでも舞い上がってしまうのは仕方のない事だった。
将来の国王の愛人ともなれば、生活水準は今より確実に上がる。
フランツ様の心をつなぎ留めるべく、がんばらなくちゃ!
そんな風にラプリムは思っていたのであった。
そんなラプリムの打算もそれなりにある恋が順調か、と言われると……まぁ微妙なところであった。
順調と言えばそうなのだろう。物語的な意味で、と言われれば。
一介の男爵令嬢、それも身分が低かろうとも資産が莫大であるだとか、歴史が長く由緒ある、だとかであればまだ周囲の反応も違ったのかもしれないが、しかしラプリムの家は歴史はそこそこではあるがそれは他の貴族の家とそう変わらず、資産が莫大かと問われると土地はあっても金はそこまでではない、というやや貧乏貴族寄り。
そんなところの娘が王子様と恋をしている、というのは確かに物語にありがちなものではあったけれど、しかし。
現実でそれが許されるかとなると……あの娘より自分の方がフランツ様には相応しいわ! と思う令嬢たちは多くいたのである。ラプリムが高貴な身分であればまだしも、たかが一介の男爵令嬢。同じ男爵家の生まれである他の娘たちは、彼女でいいなら自分にだってチャンスはあるだろうと思ったし、子爵家や伯爵家の娘たちに至っては彼女よりも身分が上なのだから、もっとチャンスはあるのではないか、と思ってしまったのである。
ロゼッタと比べれば自分など勝ち目はない……と悟っただろうけれど、しかしフランツとロゼッタが仲睦まじくしている光景を目にした事がない令嬢たちは無意識にロゼッタと自分を比べる事はしなかった。
比較対象は自然とフランツの近くにいるラプリムになるのは、そういう意味では当然とも言えた。
そうして周囲はそれとなくラプリムへ嫌がらせをしたり、その逆にラプリムと王子の仲は真実の愛なのかもしれないわ……なんて、夢見がちな目線で応援する者とに分かれた。
ロゼッタが何もしなくてもラプリムを虐める悪役令嬢の役目は他の令嬢たちがこなしてしまったし、可哀そうなラプリムをフランツが庇うものだから、二人の仲を好意的に見る者たちはより一層、やっぱり二人は真実の愛で結ばれているのよ、素敵! なんて。
劇でも見ているかのように盛り上がったりしていたのである。
そうしてラプリムを虐めていた令嬢たちがフランツによって成敗――別に殺されたりはしていない。ただ王家からの覚えが悪くなる可能性が上がる程度だ――された後は、二人の仲を見守る者たちが残るわけで。
そうなると次に目が向くのは、フランツの婚約者であるロゼッタである。
真実の愛である二人の最大の障害。
それがフランツの婚約者のロゼッタ。
ロゼッタ自身はラプリムに何もしていなくても、存在するだけで邪魔なものだと周囲は思うようになってしまったのだ。
他の令嬢たちに虐められた時も颯爽とフランツが助けてくれたこともあって、ラプリムもいつしか本当に彼と結ばれて妻にだってなってしまえるのではないか……まるで物語のように彼と結ばれて幸せになれる未来があるのではないか……?
などと、そんな風に夢を見てしまったのである。
愛人の立場で良かったはずなのに、フランツが助けてくれたことで彼の事がより好きになってしまって。
欲が出た、と言えばそう。
王妃としての責任とか重圧とか、そういうのをわかった上で側室でいいわ、なんて思ってたくせにいつしかラプリムは彼の隣で王妃として立つ自分の姿を想像するまでになってしまったのである。
そうして夢を見た結果、ラプリムは様々な努力をした。勉強もダンスも礼儀作法も、王妃として必要になるだろうから、と一層頑張ったのである。
そして周囲はそんな頑張るヒロインとフランツの様子を見て二人の一挙手一投足に目が離せなかったし、ラプリムもすっかり自分が真のヒロインだと思い込んでしまった結果――
「フランツ様を解放してあげてくださいませ、ロゼッタ様」
そんな風に言い出したのである。
場所は学院内のサロンである。
ラプリムは大勢の味方が自分についているのを実感しつつも、大勢を伴って彼女のところに突撃したりはしなかった。
大勢でたった一人にあれこれ言うのは、既に自分が体験済みである。
ラプリムに嫌がらせをしていた令嬢たちに言い寄られた時の恐怖があるので、自分も同じような事をしてはヒロインとしての名折れだと思っていた。
だからこうしてたった一人で彼女を呼び出し、話し合いで解決しようとしたのである。
学院の中ならもしロゼッタがラプリムに害をなしたとしても助かる道はあると判断して。
「あぁ、貴方が、あの」
何かを知った風な態度のロゼッタにラプリムはいかに自分がフランツを愛しているか、切々と語っていく。
ラプリムの中ではすっかり物語の終盤に差し掛かっているような気持ちで、ヒロインとして振舞うのも当たり前になりつつあった。
ロゼッタは他の嫌がらせをしてきた令嬢と違って、ラプリムに何も仕掛けたりはしてこなかったけれど、もし彼女たちが手を出してこなければロゼッタ自身でラプリムに嫌がらせを仕掛けたかもしれない……だって立場的に彼女が悪役令嬢になっていたっておかしくはないのだから。
そんな風にも思っていたけれど、仮にもしそうなったとしてロゼッタがラプリムを傷つけるような事になれば、フランツに助けを求めればいいとも考えていた。
ナイフのような凶器は学院の中に持ち込めない。
だから、もしロゼッタが激昂してラプリムに危害を加えるとしても、その辺にある物を投げつけるだとかで一撃で死ぬ可能性も低い。
ラプリムは内心でできれば怪我はしたくないけれど……と思いながらもロゼッタへフランツとの婚約を穏便に解消してもらうべく説得を続けていた。
そうして一通りの話が終わったところで。
「貴方の話を聞く限り、フランツ殿下を好きなのは貴方ですよね」
「えぇ」
「フランツ殿下が好きな方は別に貴方じゃないので、貴方が好きだから私が身を引く、という意味がわからないのですが」
「えっ!? だって私とフランツ様は……」
「あぁ、もしかして、貴方フランツ殿下と恋人になったつもりでいらっしゃったの? まぁ、それはそれは可愛らしいこと。どうして私が貴方たちの事を何もせず見守るだけだったかも知らずにこうしてやってくるなんて」
ふふっ、ふふふ……とこらえ切れずに笑いを漏らしたロゼッタに、ラプリムは何を言われているのかわからなかった。
フランツの好きな相手が私ではない……?
だったらどうして彼はあんなにも自分と仲を深めようとしてくれていたというのか。
「最近の貴方はすっかりヒロインが板についてきたなと思ってはいましたけど……そういう事でしたのね。
最初のころの貴方はあわよくば殿下の寵愛を得て愛妾あたりでも構わないというのが透けて見えていましたのに……人の欲望には果てがないとはよく言ったものですね」
「なっ……」
「真実の愛の二人に襲い掛かる数々の試練。ヒロインを虐める意地悪な令嬢たち、そうして最後に立ちふさがる私……と、確かに見ようによっては物語のようではありますけれど。
殿下にも万一貴方が私のところに突撃してきたら真実を明かしてもいい、と言われておりますので教えてさしあげますね。
殿下が好きなのは貴方ではなく、貴方のお兄様ですわ」
「…………え?」
ロゼッタの言葉が頭に入ってこなかったラプリムが声を出したのはたっぷり数十秒を要してからだった。
「貴方のお兄様は私たちの一つ上で、卒業なさってしまいましたからもう学院で姿をお見掛けすることもございませんでしたけど、今年は貴方が入学してきたでしょう?
殿下は貴方のお兄様――エリック様との繋がりをどうにか得ようと貴方に近づいたにすぎませんの」
「えっ、え? で、でもフランツ様と兄は男で」
「えぇ、殿下はそういう人ですわ」
「えっ!?」
「本当にご存じなかったの? まぁ殿下は外面取り繕うのは完璧ですものね……気付けなくても仕方ないとは思いますけれど……殿下の友人としてエリック様を近くに置こうにも、そもそも男爵家の跡継ぎと王子では接点がなさすぎるし、かと言って特に功績をだしたわけでもないのに爵位を上げるわけにもいきません。
フランツ様は何度かいくつかの領地へ視察という名目で貴方の暮らす領地にも行った事があるのですが、その時にどうにもエリック様を見て恋に落ちたらしく……そしてご自身の恋愛対象が男性であるという事を知ってしまったようなのです」
頭の中が真っ白になりかけていたラプリムに、ロゼッタの言葉が突き刺さっていく。
「殿下は私との婚約を解消するはずがありません。貴方にあり得るのは愛妾くらいです。そうして貴方と繋がりがあれば、エリック様とも繋がりができる。殿下はそう考えて貴方に近づいたのでしょう。
貴方は物語のヒロインなどではありません。
殿下の真に愛する人はエリック様で、貴方は殿下にとって自分の恋のための当て馬か踏み台。
場合によっては悪役令嬢になる事もできるかもしれませんが……ヒロインには決してなれない。
仮に殿下が貴方との子を望んだとしてもそれは貴方の子が欲しいからではなく、エリック様の妹だから血縁的な繋がりがあるなら、という事で疑似的に彼の子扱いになるでしょうね」
はっ、と呼吸が浅くなるのをラプリムは感じていた。
嘘だ、と言いたかった。
そうやって私を騙して嘲笑うつもりなのでしょう、と叫びたかった。
けれどロゼッタの表情は、今までラプリムに貴方が王子様に相応しい相手なわけないでしょう? 分を弁えなさいと嫌がらせをしてきた令嬢たちのような悪意が滲んだものではなく。
どこまでも淡々としていた。
表情こそ平静を保っていても、目に何らかの感情が浮かんでいたりはしないかと思ってラプリムは縋るようにロゼッタの瞳を見つめたが、ロゼッタの瞳にも表情にも。
なんの感情も浮かんでいなかった。
「貴方がそれを理解した上で、エリック様との橋渡しをするためだけの道具として殿下に関わるのであれば別に何も問題はないのです。えぇ、恋した相手が自分の兄が本命だとわかった上で、それでも殿下の愛人として実際愛される事もないと知ってもそれでもと言うのであれば。もし貴方と殿下の間に子ができたとしても、貴方の子ではなく愛する人の血を受け継いだ子扱いできっと取り上げられるでしょうね。
でも、それでも構わないというのであればそれでいいと思いますの。私は。
けれどそうではなくなってしまった。貴方は殿下との真実の愛なんて言って、王妃としての立場を望んでしまった。もし奇跡が起きて貴方が正妃となったところで、愛される事なんて決してないし、王妃としての仕事ばかりがのしかかるだけですわよ。本当にそういう人生をお望みで?」
「わ、わた……私は……」
否定したい。
否定したかった。
そんな事あるはずがないと。
フランツ殿下は私の事を愛してくれているのだと。
けれども、ロゼッタが嘘を吐いたにしても内容に問題がありすぎる。
フランツの醜聞でしかないような内容だ。彼が同性愛者であるなどと。
そういった相手がいないわけではないとラプリムも耳にしたことはある。けれど、それはとても少数で、そうでなくとも国で信仰されている宗教上許されないもので。
もしこの話が広まれば、そんな話を広めた人物こそが断罪されるだろう。
フランツは今までそういった素振りを見せた事がないのだ。それはつまり、信じられる下地がないという事に他ならない。
火のない所に煙は立たないとはいえ、フランツがそういう人物であると思われるよりもまずはフランツの評判を貶めるために性質の悪い嘘を流布したと思われる方が余程信じられるだろう。
その他にもロゼッタが何か言っていたようだけど。
もうラプリムの耳には何の言葉も届かなかった。
自分がどうやってサロンを出て学生寮の自分の部屋に戻ってきたのかすら、ラプリムは記憶になかったのである。
「――という事がございましたわ」
「そうか。突然距離を置かれたからもしかして、とは思ったけれど」
「でも、もしこちらに突撃してきたら真実を明かしていいと言ってましたものね」
「あぁ、その言葉に二言はないから、それに関しては何の問題もない」
婚約者同士の交流として、学院が休日の日、二人はテーブルを挟んで向かい合っていた。
テーブルの上にはお茶と、いくつかの菓子が並べられている。
形だけなら確かに婚約者同士の語らいの場に見えるだろうけれど、しかし二人の間にある空気は完全に業務上の報告をしているだけでしかなかった。
何故ってフランツが想いを寄せている相手はラプリムの兄であるエリックだし、ロゼッタだって別に想う相手がいる。
そんな二人が婚約者として仲睦まじく見えるはずもない。
フランツはエリックを愛している。
一つ上の学年であったエリックと、フランツはなるべく偶然を装って関わってはいたけれどその時は他の令息たちも周囲にいたので、彼だけに熱い目を向けているなど誰も気付かなかった。それはその想いを向けられているエリックですらも。
それでもフランツはそれを良しとしていたのだ。
エリックは男爵家の跡を継がねばならない。妻を迎えなければならないのに、王子の我侭で跡取りである道を絶たれた挙句愛人として囲われるなど望みはしないだろうから。
そうでなくとも同性愛というのはこの国では許されるものではない。
こっそりと同性同士で結ばれている者もいるにはいるが、フランツは王族である以上、どれだけひっそりとしていたところで充分に大っぴらになってしまう。
それは、フランツも望んではいなかった。
それでも構わない、とエリックが自分を望んでくれるのならば……という夢想こそしたけれど。
フランツは王族としての自分の立場と役割を理解していたからこそ、その想いを実現させようとはしなかった。
婚約者であるロゼッタにその事実を明かしたのは、割と早い段階だった。
幼いころに父である国王に連れられていくつかの領地を巡った事があった。
その時にエリックを見て、彼は恋に落ちたのだ。
それからずっと、フランツの心の一等大切な場所にはエリックがいたのである。
フランツに王として致命的なまでに資質が足りないだとか、能力が不足しているとかであったなら。
そうなれば臣籍降下し一介の貴族となってもっと気軽にエリックと関わる事もできたかもしれないけれど、しかし彼は優秀だった。
同性愛者であるという点を除けば彼は誰もが思うような理想の王子様だった。
ロゼッタは別にそこら辺興味がない。
それでもそこら辺の事情をわかっているのは、フランツが懺悔をするかのようにロゼッタに明かしたからだ。
婚約者として尊重できたとしても、君を愛する事はない。
そう言われたから。
最初、それを聞いた時はロゼッタも少しは悲しい気持ちになったりもしたけれど。
だがフランツの懺悔を聞いていくうちに、じゃあ仕方ありませんわと割り切った。
ロゼッタは幼いころから聡い子供であったが故に。
自分を愛してくれない者を自分だけが愛するなんて不毛な事はせず、それならそういうものと割り切ってしまいましょう。
そんな気持ちでサクッと切り替えたのである。
フランツはロゼッタの想い人を知っている。
フランツが拾い、自分によく似ているからという理由で影武者にした少年。
セドリックがロゼッタの想い人であった。
フランツとセドリックは本当に似ていた。
違う部分は目くらいだろうか。
フランツはややつり目でキリリとした目元であるが、セドリックはややたれ目で穏やかそうな雰囲気である。
違いはそれくらいだった。いっそ、もっと他も違っていればセドリックが影のようにフランツに付き従う事もなかっただろうに。
セドリックはフランツとは母を別とした子供であった。
王が――父が、フランツが生まれて間もない頃に手を出してしまった女が生んだ子、それがセドリックだ。
たった一夜の過ち。父にしてみればそれくらいの気持ちで、ついでに言うなら手を出した女が孕んだ事すら知らなかったのだろう。
だが王妃は――母は、気づいてしまった。
職を辞し、城から出て行った女のその後を知ってしまった。
王の血を引いた子供。放置はしておけない。
まだ他に知る者はいないようだが、下手に放置したままでいれば、いつか、その小さな火種は燃え盛り王家を破滅に追いやるかもしれない。
フランツは薄々、自分が行動に出なければセドリックは王妃によって始末されていたのだろうな、と察してしまった。だからこそ、母よりも先に行動に出た。
母親が死んで、たった一人で暮らしていかなければならなくなってしまった異母弟。
危うく野垂れ死にそうになっていた彼を偶然を装って拾い上げ、自分に似てるからと影武者にするという名目でフランツはセドリックを近くにひっそりと置く事にしたのである。
ロゼッタもそうだが、フランツもまた幼い頃より聡い子供であった。
そして自分が女性を愛せない事も既にわかっていた。
セドリックは拾われた時、自分とあまりにも似た王子様に対して信じられないものを見るような目をしていたけれど。
彼も、それなりに賢い子供ではあったから。
フランツの話を聞いて、似ている理由に納得したのだ。
そして、フランツの母――王妃に、もしセドリックが思い上がった行動を取るようならばきっと殺されるのだという事も。
そもそも平民として暮らしてきたセドリックは、頑張っても貴族の令息くらいまでにはなれるかもしれないが、フランツを押しのけてまで王になろうなどとは思わなかったし、仮になったところでやっていけるとも思わなかった。
ただ、何もできないまま王妃によって殺される可能性もあるために、己を鍛える事に手を抜かなかった。
自らを鍛え、影のようにフランツに付き従い、いざという時は彼の身代わりとして表に出る。
そのために覚えなければならない事は山のようにあったけれど。
フランツが意図的にセドリックを危険な目に遭わせるような事はなかったし、セドリックもうっかりフランツを危険にさらせば我が身の危険という事もわかっていたからこそ。
恐らく普通の兄弟とは形が異なるが、彼らは上手くやっていけていた。
ロゼッタは、そんな日々鍛錬と学びを欠かさぬセドリックに気づけば惚れていたのである。
フランツはその状況を利用できると考えた。
いずれ自分が王になれば、王妃は余計な口出しをこれ以上してこないだろう。
母の事が嫌いなわけではない。けれど、彼女とて元は政略結婚で愛なんてない関係だったくせに、自分ばかりが可哀そうだという態度が。
フランツにはうんざりだった。
大体自分だって護衛の騎士とちょっといい雰囲気出してただろうに、とも。
一線を越えていないのはわかっているが、お互い最低限の接触しかしなかったくせに、まるで最愛の人に裏切られたみたいな態度をとられてもフランツは何言ってるんだろうこの人、としか思わなかったし、全面的にフランツが自分の味方をしてくれると信じて――というかそうなるように仕向けようとしてくるのも面倒だった。
母の事は嫌いではない。
興味がないだけで。関心がこれっぽっちも向かないだけで。
王妃として仕事ができる女性ではあるけれど、それ以外はフランツとあまり話が合うわけでもない。
ついでにフランツは父の事もどうでも良かった。
後から拾ってきた異母弟が一番家族しているとすら思っている。
世間一般の家族というものをフランツだって理解していないわけではない。ただ、王家とは無縁だなと思っていただけで。
けれどセドリックがそういった普通を教えてくれたからこそ、フランツは――
「面倒をかけたね、ロゼッタ」
「いえ。元々そういった話はされておりましたから。なんの問題もございませんわ」
「学院を卒業すれば、私たちは結婚することになる」
「えぇ」
「その時は、その時こそ約束を果たそう」
「……はい」
フランツはどう足掻いても女性を恋愛対象として見る事ができなかった。
ロゼッタの事は嫌いじゃない。けれど、そういう相手として好きかと問われれば答えは否だ。
彼女が想いを向けている先はセドリックで、セドリックも密かにロゼッタを想っている事を知っている。
そしてセドリックは母親の方こそ身分なんて無いような存在だが、父親はフランツと同じ。
だったら。
次の王となる子は、セドリックとロゼッタに任せてしまえばいい。
セドリックが直接王として人前に出るのは難しくても、王の仕事はフランツが、王妃としての仕事はロゼッタが。
役割こそこなすものの、それ以外の王家の血を残すという部分はそちらに任せてしまえばいい。
フランツはそう考えて、ロゼッタに話を持ち掛けた。
ロゼッタとて最初から二つ返事で頷いたわけではなかったけれど。
だがフランツと結婚したところで、二人の間に子が生まれるかは限りなく微妙であったし、子供ができないまま月日ばかりが経過すればそのうちいずれかの家臣が側妃を勧めてくる可能性も出てくる。だが、どれだけ側妃を迎えたところでフランツは女性を相手に性行為ができるとは思っていないし、かといって薬を飲むのも避けたかった。
側妃が増えれば増えるだけ、子供ができないのはフランツに問題があると思われるし、その際にフランツが同性愛者である事がバレてしまえば、王家の求心力が下がる事も目に見えてくる。
幸いな事に、と言っていいかは微妙だが、もしロゼッタとセドリックの間に生まれた子供がセドリックに似たとしても。
フランツとセドリックの差は目元くらいで、その目元が似た子供が生まれたとしても。
ロゼッタに似ている、と周囲は思うだろう。それ以外の部分は間違いなくフランツ似だと思われる。
であれば。
子供に関しては血筋の問題もそこまでないわけなので、想い合う二人に任せてしまえばいい。
「ですが、本当によろしかったのですか? 彼女に明かしてしまって。
まぁ、彼女が殿下の事を同性愛者だなんだと周囲に言ったところで誰も信じないでしょうけれど」
「だからだよ。下手な事を言って王族を陥れようとした、なんて思われて処罰されるような事になるかもしれないとなれば、言えるはずがない。
その言葉が信じられる事があるとすれば、それこそ私が君との婚約を破棄してエリックに堂々と言い寄るか、はたまたどこぞの男と駆け落ちした時だろう」
「……まぁ、否定はできませんわね。
下手をすれば自分が振られたから王子の名を貶めようとしている、と周囲は思うでしょうし」
ダシにされてお可哀そうに……とロゼッタが言うが、その声には全く感情がこもっていなかった。
「自分の恋が成就するとは思っていないけれど。
それでも、愛のない結婚をして愛せない子供を育てるより、君とセドリックとの間に生まれた子ならまだ可愛がれる気がするからね。
愛する人と堂々と結婚した、と言える立場にできない事は申し訳ないと思うけど」
「構いませんわ。こうなった以上、毒を食らわば皿までと申しますし……えぇ、要は最終的に国にとっての利が出ればいいのです。つまりは、そういう事でしょう?」
「……そうだな」
ちらり、と周囲に視線を向ける。
離れた位置に控えている使用人たちにこの会話は聞こえていない。お互いギリギリ相手に聞こえる程度の声量でしか会話をしていないし、傍から見れば淡々と義務を果たしているだけにしか見えないだろう。
こんな会話が聞こえていたら、今頃誰かしら血相を変えて国王か王妃のどちらかに報告に向かっている。
「あの人たちのように義務だけで国を治めていくよりは、愛を持って治めていきたいところではあるね」
「政略が貴族にとっての義務みたいな部分はございますけれど……あまりにも愛がなさすぎると学院の中みたいに、恋物語に夢を見すぎる者も増えますものね。真実の愛がどうとか」
「真実の愛か……私たちの愛なんて真実であれ偽りであれ、どちらにしても大差ないだろうに」
「それを言ったらおしまいなんですけど」
「私と君とセドリック。私たちは三人で最高に仲のよい家族としては勿論、お互いに相思相愛だという風に仮面夫婦を演じるわけだ」
「家族としては演じる必要もないでしょう」
「それもそうだったな」
はは、と軽やかにフランツが笑ったことで。
遠くに控えていた使用人たちが動揺したのが見えた。
それに合わせてロゼッタもまた微笑む。
結婚後も仲の冷え切った夫婦になると思われていた二人が笑い合った事で、進展があったと思われるのだろうけれど。
生憎とこの二人の間に愛なんて最初から芽生えちゃいないのである。
次回短編予告
とある乙女ゲームの世界に転生した攻略対象者が、同じく転生ヒロインさんに目をつけられたので何とかする話。ゆるふわ世界線設定なので処刑とか火炙りとかそういうのはないです。
次回 良心の呵責はない
一歩間違ったら自分がやべぇやつになってた可能性に慄く転生者の明日はどっちだ。
投稿は今月中。