エピローグ、という名のプロローグ
セフィアが舞っている。
否、実際には戦っているのだが、カイにはやはり舞っているようにしか見えなかった。
セフィアの動きが物語っているのだ。
世界を。
世界の深層での出来事を思い出しつつ、カイは戦う二人の姿から目を離さない。
あの少女の兄だというクロウ。
ホルスの神子だというセフィア。
そして―――
太陽の瞳の力を宿す自分。
この出会いは始まりに過ぎないのだろう。
けれど、この始まりはきっと大きな意味を持っている。これから始まるであろう旅に向けての。
◇◇◇
「これで終わりだ!」
と、セフィアの声。
眩い閃光と共に振り下ろされるセフィアの短剣が『誘い』の体を捉える。太陽の光を宿し、その熱で温められた短剣をその身に受け、『誘い』は一際大きな叫びをあげた。
「ぐぬぅああああああ」
その叫びと共に『誘い』の体は砂と化していく。
指先、爪先から順に崩れ、風に舞って散っていく。
「《薄明かり》の町の一件では、まんまと逃げられたが、今度はそうも行かないだろう?今度は確かにお前の本体に突き刺したのだから」
「くそっ! どうして……」
崩れ行く体で、『誘い』が憎憎しげにセフィアを睨みつけた。
「どうしてわかったかって?うちの雇い主が、同じような小賢しい手を披露してくれたからな」
セフィアの言葉に耳を傾けていたカイは思わず苦笑をもらす。セフィアの雇い主・ホスルが披露した小賢しい手とは、自分のことだと察しが付いたからだ。
そんなカイの様子に気付いたセフィアも、カイに苦笑いを向けた。
「これで、この村に掛かった呪縛もとける……」
それに―――とセフィアは言葉を続けた。
「クロウの方も、もう決着がつきそうだ」
目を向けた先には、昼の領域で攻防を繰り広げる二人の夜の民。
二振りの剣から繰り出される不規則な斬撃を紙一重でかわしたクロウが、『戦慄』の懐に飛び込み、自らが手にした細身の剣の切っ先を『戦慄』の右肩目掛けて繰り出すところだった。
斬撃を繰り出す時に腕を伸ばしていたため、反応が遅れた『戦慄』はその攻撃を防ぎ切ることが出来ず、右肩に衝撃をくらう。
「くっ」
だらり、と右腕の力が抜け、コトリッ、と右手に持っていた剣を取りこぼす『戦慄』。
相手の右肩から剣を引き抜いたクロウは、そのまま『戦慄』の体を蹴り飛ばした。
ずざざざざざざざざ―――
体勢を立て直す暇もなく『戦慄』の体は数メートル飛び、余波で地面の上をさらに数メートル滑る。 視界を覆うほどの砂埃が上がった。
「すごい!クロウもあんなに強かったんだ」
「まあ、仮にもあいつらが裏切り者と呼ぶ以上、あいつらと並ぶぐらいの地位や力を持っていたんだとしてもおかしくないさ」
「そう……だよね……」
「何だ、複雑な顔して。クロウが昔あいつらの仲間だったんだとしても、クロウがクロウであることに変わりはない。今俺たちの目の前にいるクロウは、俺たちの味方としてのクロウだろ?お前がカイであることにかわりがないように」
くすくす、とカイは笑う。
「セフィアったら、ホルスと同じこと言ってるや」
「そうか?」
「そうだよ」
「まあ、そう言われてもあんま嬉しくはないけどな。それより、クロウの戦いを見届けないと……」
「うん!」
二人は、ゆっくりと剣を構えたまま、歩を進めるクロウに目を戻す。
ちょうど砂埃が収まりを見せてきていて、二人はもちろんのこと、クロウもその中から手負いの『戦慄』の姿が浮かび上がるものだとばかり思っていた。
けれど、晴れた視界の中に『戦慄』の姿はどこにもない。
地に残されたのは、地を滑った跡と肩から滲み出たであろう血の跡だけ。
「腑抜けたと思っていた裏切り者も案外やるものだな。仲良しごっこをしているお前達に遅れをとったのは、認めたくないが、これ以上俺も昼の領域では遣りづらいから引かせてもらう。だが、俺と次に会うときまで、命は大切にしておけよ。遊び相手がいなくなってはつまらんからな」
姿の見えない『戦慄』の声がどこからか響く。
「ふん。負け惜しみなど聞きたくないね」
「セフィアの言う通り。容赦はしないぞ『戦慄』」
「容赦してもらわなくて結構。ただ、こちらもこれまでの様に生ぬるいことはしない、ということだ。今回の一件で『暁』も重い腰を上げるだろうからな。クロウ、『暁』の実力はお前がよく知っているだろう?」
「…………」
会話の節々に出てきた『暁』と言う名に、カイとセフィアは首を傾げ、クロウは無言で俯いた。
「お前が目論む、お姫様の救出を『暁』は全力で阻止するだろう。そして、神子による月の瞳の奪還の計画も同じことだ。闇の森を越え、お前達がこちらの領域に足を踏み入れたが最後、お前達の命はセトと『暁』の掌だと思え」
「それでも―――」
と、カイは言う。
「俺達は行くよ。俺達の本当に大切なもののために」
カイの言葉に俯いていたクロウは顔を上げ、セフィアは表情を和らげる。
「そうだな。俺達には心強い味方『太陽』が付いている。夜の闇をも照らし夜明けを導く、その光が俺達のもとにある以上、恐れることはない」
セフィアがカイの頭を撫で言う。
「もとより、覚悟など、裏切った時に決めているさ」
クロウがカイの肩に手を置き言う。
「はん、いいだろう。まあ、そうでなければ、楽しくはないがな……精々、これからも楽しませてくれよ」
そう言い残して、『戦慄』の気配は完全に消え去った。
後に残された三人は互いに顔を見合わせる。しばらくすると、空からはカイが呼び寄せた太陽の姿は消え、夜の帳が戻ってきていた。
けれども、村中に満ちていた呻き声はもう聞こえない。
皆、悪夢から解放されて良い夢を見ていることだろう。
そして。
これからの月の瞳を巡る旅を励ますように、丸く大きな満月が夜空に輝いていた。
一先ず、第一部完結です。
「colors」完成後、第二部「月の瞳」の執筆に掛かっていこうと思います。
その前に活動報告で設定裏話などを載せようかと思っているので、そちらもよろしくお願いします。
では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。