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午後7時50分 あの時のように

「あの少年ともう一人、誰かいるだろう?」

「さあね、知らないよ、私は」

「強がったって、得することはなにもないぞ!」

「……知ってるよ、そのくらい!!!」

 午後7時30分頃。深淵と閃光による決戦の火蓋が、再び切って落とされた。

 互いの意地と正義をぶつけ合い、命を賭した最悪の戦い。それが今、この山の中で行われていた。

 傷つき、苦しみ、互いを殺し合った末路、それは何なのか、想像に難くない。だというのになぜ争い合うのか、それはきっと守りたいものがあるからだろう。だからこそ、戦うのだ。正当な理由をつけて、自分に言い聞かせて………。



「なんなんだよ、勝手に話を進めて」

 一人残される形になってしまった慶彦は、ぼそりと愚痴た。

 ようやく深淵に会えた。けれど、彼女は戦い始めてしまった。このかけがえのない山という住処を守る為に。

 肌で実感した。なぜ深淵が、現実から目を逸らそうとしたのか。簡単な話だ、彼女自身が、戦うという行為に対して好的な印象を持っていなかったから。戦うことが

嫌いで、怖いから。

 だからあの日、深淵は弱音を吐いたのだ。

 きっと、こんなことになってしまう前に慶彦が出来たことはたくさんあっただろう。だというのに、なぜしてやりきれなかったのか。今更、慶彦は後悔した。

 この戦いはきっと、どちらかが死ぬまで続けられる。

 どちらかが死ぬまで。

 生き残るのは、どちらか一人。

 一方は死に、一方は生きる。

 そんな結末だけは、絶対に避けたい。いや、何がなんでも、避けなくてはならない。

 それが、今の慶彦に出来る最大の役割だ。

 グッと拳を握り、決意を固める。どんな作戦で行くかは、直感的にもう思いついている。あとはただ、実行するのみ。

「よし、今行くぞ、深淵ッ!」

 決意を胸に、慶彦は駆け出した。



 息も絶え絶え、午後8時頃。

 慶彦は自分でも驚くほどの持久力で、山の頂上付近まで走っていた。

 昔の記憶が正しければ、この山の頂上はもうすぐだ。その頂上には、天体観測用の小さな広場があるだけ。

 昔はそこで、星空を眺めた事もあったな。なんて、感傷に浸っている余裕は、残念ながら全くもって無い。

 今はただ、前を向くことだけで精一杯だ。

 無惨にも木々が倒れていたり、立ち並ぶ木々の木の葉がトンネルを作っていたりと、環境破壊よろしくな光景が広がっているが、その道しるべがあるおかけで、なんとなく2人の位置が分かる。それだけは非常にありがたかった。

 それに、僅かにだが聞こえる2人の声に武器の衝突音。そして、衝突時の火花が時々ちらと瞬く。

 これも、2人の居場所を知る手がかりになってくれていた。

 だんだんと、2人との距離が近づくのを感じる。

 もうすぐ山の頂上だ。小さな広場は、もう遠目に望める位置にある。その広場の中央、そこにははっきりと深淵と閃光の2人の姿を、認めることが出来た。

 再び、慶彦は彼女らの前に現れる。その時、きっと彼女ら2人は揃って驚愕で一瞬、言葉を失うはずだ。その隙を狙う。ただそれだけだ。そう、ただそれだけのこと。

「行けるさ。俺なら」

 バチッ、バチッと何箇所もの空に火花が散る。

 ふいに、バチッと火花が散ったかと思うと、互いに剣と槍で鍔迫り合いをする深淵と閃光の姿が確認出来るようになる。

「おい、光ってるの!」

「は?」「は?」

 2人が全く同じ言葉を全く同じタイミングに放った。慶彦を見る動作も、同時という、ある意味奇跡のようなコンビネーションだ。

「こっち来てくれよ、お前からの自己紹介、まだもらってない」

 肌が風圧を受ける間もない一瞬で、閃光は慶彦に肉薄する。

「閃光だ。邪魔だから、消えてくれ」

 閃光の槍が慶彦の頭上をかすめる。予測してしゃがんでいなければ、今頃は首切りされていただろう。

 慶彦はすぐさま立ち上がり、閃光に告げる。

「俺と契約しようぜ。俺とお前の仮契約。……いや、お試し期間だ」

「はっ? お前何を言って………」

 有無を言わせず、慶彦は閃光の手を取った。槍を握っていない左手だ。冷たい華奢な手だった。

 辺り一面が、白い光に包まれる。眩しさに思わず、慶彦は目を瞑った。しかし、目を閉じても瞼ごしに眩しさを感じる。けれども不思議と、鬱陶しいなどとは微塵も感じなかった。逆に慶彦は、この光に優しさを感じた。

 そんな時間が数秒続き、やがて光は消えてゆく。

 時刻は午後7時50分

 光が去った後に残ったのは、薄暗い森の月光と、右中指の白い指輪だった。

 ついでに、不服そうな閃光の顔。



「やった勝った〜!」

「マスターずるい。バナナを置くなんて」

「避けられない暗黒は、まだまだ半人前」

「………もう1回」

「おはよう、ってまだやってたのか」

 朝6時

 慶彦は起床して挨拶するなり、2人が9時間ぶっ通しでゲームをしていることに気づき、目を丸くする。

「そう、まだやってるの」

 黒いコントローラー片手に、深淵は朗らかに笑う。

「マスター、始まる」

「ん、よしやろう!」

 朝から騒がしいもんだな。と慶彦はある意味感心した。

 自然と出るあくびを噛み殺しながら、洗面所で顔を洗う。なぜかぬるま湯だった。

「………?」

 タオルに手を伸ばすと、一緒に紙が付いていた。セロハンテープで固定するという危なっかしい方法だった。

『ありがとう あんこく』

 小学生かよとツッコミたくなる平仮名に、ヨレヨレの字体。それでも、この言葉に籠もった意味は、外見以上のものがある。

 慶彦はふと、右手に目をやった。

 純白の指輪。昨日、閃光と交わした半ば強制の契約によって得られた、副産物だ。

「仲良しの架け橋って、今更ながら俺は何を言ってたんだが」

 あの時慶彦はこんな考えを持っていた。

 光と闇。両方と契約すれば、仲良しに一歩近づくんじゃないか、と。

 それを行動に移し、なんとなんとで成功したのだ。

「私と深淵は擬似的な仲間。殺し合いなど、するだけ無駄になった」

 そう告げて、閃光は消えた。ちなみに、消える寸前に閃光の口角が上がっていたというのは、内緒である。

 タオルで顔を拭き、暗黒からの手紙をポケットにしまう。

 今日も今日とて、学校という日常が慶彦を待っている。面倒なことこの上ないが、若干楽しみでもあった。

「2人共、延々とゲームし続けるのだけはやめ………」

 ガシャャャャン!

「またガラスをやられた」

 深淵と暗黒がびくつき、戦慄している中、慶彦だけが冷静に音の正体を暴いた。いや、暴いてしまった。慣れというのは、恐ろしい。

「どうせ閃光だろ! お前こそ一番ガラスを割らないと思ってやってたのに!」

「すまない。まさか壁があるとはつい知らず」

「本当にそう思ってるのか?」

「もちろんだ! 嘘などついてどうする」

「……なら、いいけど」

 慶彦は疑惑の目を向け、やがて冷蔵庫に向かう。朝食のトーストを作る為だ。

「……ちょろいな」

「は!?」

 ぼそっと聞こえたその声に慶彦は絶叫し、失望する。

「最低だ! 俺の想像以上に、お前はひどい奴だよ!」

 そんな悲痛な叫びから、新たな1日が始まった。

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