午後6時、その過去は
お久しぶり! というわけで14話、スタートっ!
「見えてきた……っ」
暗くなってきた住宅街を走り、慶彦は視界にあるものを認識する。それは、山への入り口。今やあの山を登る人などおらず、まるで獣道のようになってしまっている、山への入り口だ。
何度も見てきた立て看板を確認もせず、慶彦は山の中に入る。
木々のすき間から差す月明かりが、慶彦の焦りのかき立てる。今はどことなく、光を認識したくない気分だった。
ガサガサと邪魔な木の枝を退かし、落ち葉を踏みながら山を登っていく。一歩、また一歩と登るたびに慶彦の不安はかき立てられる。
深淵は今何をしているのか。暗黒はどこにいるのか。
もしかすると、慶彦の心配はただの杞憂で終わり、何事もなかったかのように、深淵達は家で待っているかもしれない。いや、むしろそうであってほしい。
と、つまらないことを心の中で願うが、慶彦には杞憂で終わってくれない確信があった。無造作に割れた窓。山にたった一筋の光。そして
「………来た」
深淵の言った、過去の言葉。
「くっ……」
山の一角。そこでは、人知れず決闘が行われていた。一方は闇のように黒く、もう一方は太陽のように明るい。深淵が、光からの使者『閃光』と戦っているのだ。
「このっ……!」
「はっ!」
深淵の剣と閃光の槍がぶつかり合い、闇と光の粒子がまるで火花のように飛び散る。激しい鍔迫り合い。お互い、武器に込める力が徐々に強くなっていき、鍔迫り合いはより拮抗する。
「っ……」
だが、その状況は長くは続かなかった。深淵の込める力が閃光に負け始め、状況は閃光に有利なものへと変わっていく。
頬を伝う汗の感触。焦燥。様々な感情が深淵の胸の内に飛び込んでくる。思い出したくもない経験が、過去が、ふいに脳裏を掠めた。
「弱くなったな、深淵」
「……うるさい…っ」
深淵は剣に力を込める。だが、それ以上の力で閃光に抑えられる。圧倒的な力の差。それが、深淵の前に立ちはだかった。
「前に戦った時はあんなにも強かったというのに。これじゃあまるで、弱い人間と一緒だ」
「この……ッ!」
深淵が剣に最大限、闇の力を込める。よりどす黒い色へと変わる刀身。それを全力で、閃光にぶつける!
「あまいっ!」
バッ! と閃光が一気に力を込め、槍を振るう。
深淵の攻撃は見事なまでに掻き消され、閃光の攻撃をモロに受けた深淵はふっとばされる。
「あがっ……」
ドッと鈍い音をたて、深淵は背中から木に激突する。木には大きな衝撃の跡が残り、そこを中心にして、メキメキと木が倒れていく。
うつ伏せのまま、動かない深淵。その姿に、閃光は違和感を覚えた。数十年、あるいは数百年前だろうか。深淵と最後に戦った日。その日に比べ、確実に今の深淵は弱すぎる。たった一撃でダウンするような貧弱性も、ここまで低い闇の力の出力も、何もかもが、怪しいほどに弱い。たった数百年戦わなかったとして、ここまで戦闘力が低くなるのは、あからさまにおかしい。
閃光は警戒心を高める。過去、わざと弱ったフリをした敵に不意を突かれ、殺された仲間がいる。同じ轍は、絶対に踏まない。
倒れ、動かない深淵の元に、閃光はだんだんと近づいていく。
深淵は命の危機を感じた。しかし、彼女は指をぴくりと動かしたきり、意識が途絶えた。
「………来ると思った」
そう呟いた少女は、慶彦の目の前に立っていた。深淵よりも背が低く、小柄な体形をした彼女は、なぎれもなく暗黒だ。慶彦はこの闇夜のように暗い山の中でも、それが一目見て分かった。
「来るって、どういう意味だ? それに深淵の奴は一緒じゃないのか?」
聞きたい疑問を、慶彦は全て口に出す。とりあえずという感じで暗黒に会え、ひとまずの安堵はしているものの、未だ心の奥底には、不安が渦巻いている。
「………あなたには、関係ない」
「関係ないと思ったら、俺はわざわざこんな所に来ない」
暫しの沈黙が流れる。その間にビューッと風が吹き、両者の髪を躍らせた。
慶彦は黙って待つ。暗黒がこの後、一体どんな事を話してくれるのか、教えてくれるのか、急かすような真似はせずに、慶彦は丁寧に待った。
「……私は、人間が嫌い」
「なんでだ?」
「マスターを、裏切るから」
「………詳しく、聞いてもいいか」
その言葉を聞いて初めて、暗黒はピクッと反応する。けれど、暗黒は以前として慶彦に背を向けたままの状態。やはり、そう簡単に心は動くものではないのだ。
「生半端な覚悟なら、もう消えて。私達の前に、もう現れないで」
はっきりと強い言葉で暗黒は、慶彦を拒絶した。いつも無愛想な暗黒だが、ここまで強い言い方をしたことは一度もない。それだけで慶彦は、この問題がどれ程のものなのか、理解することが出来た。
「生半端な覚悟で、わざわざこんな山奥に来るものかよ」
「………マスターは」
暗黒は振り向き、慶彦と目を合わせる。
「マスターは、人間と仲良くしたいの」
「………」
それから、暗黒は様々な事を慶彦に話した。深淵の過去を中心として、一体、彼女がどんな人生を歩んできたのか。どんな現実に、直面したのか。
何年も前、深淵に初めての部下が出来た。小柄で無愛想な少女だ。彼女は名を暗黒と名乗り、深淵と共に仕事をするようになった。といっても、仕事はただ山を守るという簡単な仕事。日々暇な時間を潰す為の努力をしながら、適当に山の巡回。そんな雑な態度でもいい仕事だった。最初は緊張感のあった暗黒も、ここまで仕事が簡単なのかと、1種の落胆をしつつを、心の底では安堵していた。
仕事に慣れ始め、早1ヶ月。事件は起こった。
マスターである深淵が失踪したのだ。暗黒は焦った。今までの仕事で起きなかった初めてのトラブル。彼女1人で解決するのには、荷が重い。何をすればいいのか、何から始めるべきか、暗黒は悩んだ末、1つの答えを導き出した。それは、マスターである深淵の持つ闇の力を逆探知の要領で辿り、居場所を突き止めるというもの。初めて使う技だが、思いのほか上手くいき、すぐに暗黒はマスターの居場所を突き止めた。
マスターの元に焦りを覚えながら向かった。胃が痛いというのはこういう事をいうのかと、その時初めて、暗黒は理解した。
マスターのいるであろう場所に着き、一目散にマスターの姿を探した。
その時、見てしまったのだ。マスターが人間に対して『契約』をしている瞬間を。
契約。それは、互いの寿命を代償にして、絶大な闇の力を得るという、1種の儀式のようなもの。それをマスターは人間と交わしていたのだ。本来ならばあり得るはずのないパートナー。交わるはずのない2人。
初めての衝撃に、暗黒は絶句した。
それから月日が経った。マスターの契約者は21という人間にしては若すぎる死を迎えた。その理由を、マスターは知らない。いや、正確に言うならば、記憶にない。
契約。それは言い換えれば、一種の禁術。絶大な力を得る代わりに失うもの、それは寿命だけではない。契約を結んだ者との記憶、これも失うものだ。楽しかったことも、辛かったことも、そして、忘れたくないことすらも。契約者の内、どちらかが死亡した瞬間、記憶は無くなる。これがルールなのだ。契約という、負の遺産が生み出したルール。
「一つ聞いてもいいか」
慶彦のその言葉に、暗黒は頷きで返す。
「………人間の契約者の死因はなんだったんだ」
慶彦は少々言葉を選びながら、暗黒に質問した。
「マスターの暴走による、寿命の過剰搾取」
「………つまりは……」
「マスターが、人間を殺した」
人を殺した。この言葉が重く、慶彦にのしかかった。今までの人生、人の最期を見ることはあれど、意図的に迎えさせられた最期を慶彦は身近に見たことがない。だからこそ、苦しく感じた。
けれど大切なのは、「暴走」という単語。先程暗黒は、マスターの暴走、それが原因だといった。慶彦からしてみれば、深淵にしても暗黒にしても、分からないことだらけだ。この「暴走」が一体何を原因に起こってしまったことなのかによっては、慶彦も考えを改めなければいけないかもしれない。
「その暴走の原因は一体…」
「それはマスターの……」
「……いや、やっぱりいい」
慶彦は、暗黒の言葉を途中で遮った。そうなると、必然的に暗黒の示そうとしていた答えが知れなくなる。
聞かなくていいのか。いや、聞かないからいいんだ。
誰かを信じることが、幸せへの第一歩。そう慶彦は昔、おばあちゃんから教えてもらった。さっきという瞬間まで、慶彦は深淵に対して少なからず疑心があった。暴走してしまったのは深淵が原因なのではないか、と。
深淵は人間らしさのある者だ。笑うし悲しい思いもするし、人を思いやる気持ちもある。けれど、慶彦という人間と深淵という生物では、確固たる違いがある。それは、闇の力を扱えるかどうか。そこが唯一の違いであり、最も力という差が出る部分だった。
慶彦にとって未だ未知の力。それの可能性を、慶彦は疑ってしまった。
あんなに傍で笑っていた深淵の事を、慶彦は疑ってしまったのだ。
深淵とは楽しい時間を多く過ごした。戸惑い、呆れることもあったけれど、その日々は非常に充実していて、飽きなかった。
そんな日常という幸せを手に入れたというのに、今更になって深淵を疑うのは、流石に嫌だった。幸せを、たった一つの疑心だけで壊してしまうのは嫌だった。
だから、暗黒の言葉を止めた。
今更になって、慶彦は確実な決心がつく。
「ありがとな、聞かせてくれて。もう昔話は十分だ」
暗黒の目を慶彦はしっかりと見つめ、言い放つ。
「深淵を連れ帰りに来た。俺はその為にここに来たんだ」
14話でした。今の内に言いますと、設定とか文章がちゃんと成り立っているのか不安でたまりません。不安で夜と学校の授業中しか眠れません!




