異世界での就活 1
お爺ちゃんがいつも私に言っていた。
汗水たらして頑張ってりゃあ、お天道様が必ず見ててくれるからな。
見てるの?必ず。
それなら、私の現在の家事手伝い・自宅警備員という、楽しいことばかりのぬるま湯生活もお天道様がしっかり見ているかもしれない。
なんなら天国のお爺ちゃん、お父さん、お母さんも今の私の生活を見ているのかもしれない。みんなに、「あ~あ・・・」ってな感じで、がっかりされているかもしれない。
お天道様はともかく、天国のみんなに顔向けできるまっとうな人間に私はなりたい。
セイとちーちゃんの財力におんぶに抱っこの生活、良い訳がないでしょう。
「と言う訳で、仕事を探したいと思います」
しかし、私の就活宣言に難色を示したのはセイだった。
「どうして仕事したいの?もう経済的に不安は無いよね?土地も家もお金もあるよ?奈津にはここで俺の帰りを待ってて欲しい。欲しい物は何でも買ってあげるし、奈津はここに居てくれるだけで何もしなくていいんだよ?」
このように人を堕落させる悪魔のような発言に終始し、全面的に私の就職に反対するセイだったのだけど、そこでちーちゃんがサクッと一言。
「束縛する男は嫌われるわよ」
セイの顔色が一瞬で白くなったのだった。
「それで、仕事をしたい、と?」
応接テーブルをはさんで私の前に長い脚を組んで座るノエイデスさんが、ふーっと長い溜息をついた。目頭をもんでしばし黙り込むノエイデスさん。
そのノエイデスさんの向かいの長椅子には私をはさんでセイとフーさんが座っている。
最初はお城の求人窓口に行くつもりだったけど、それを聞いたセイとフーさんに連行され、突然ノエイデスさんの執務室にお邪魔するという迷惑行為を今働いている。
「働かなくとも食べていけるだろう。我々としても、君たちは神域で守られてくれている方が助かるのだが」
「食べるには困らないかもだけど・・・」
ちーちゃんには仕事があって、役割がある。
私には役割がない。
ストンと腑に落ちた。
「私、何かの役に立ちたい。仕事下さい」
私、不安なんだな。
セイからは貰ってばかりで、何もお返しできていない。セイが突然私達を放り出すとは思えないけど、セイに依存しきったこの生活が少し怖い。セイは100%善意でしてくれている事なので、怖いと思っているなんて言えないけど。
私はこの国に必要とされたい。それで、ここに居ていいんだって安心したい。
衣食住を保証されていて、これ以上を望むのは欲張りなんだろうか。
「・・・魔王付きの、小間使い、ではどうだ?」
私が考え込んでいると、どうにかアイデアを絞り出してくれたノエイデスさん。
「どんな仕事?」
「まずは毎朝陛下とご登城いただきます。その後はしばらく陛下の執務室で待機。午前10時に陛下と執務室でお茶を召し上がっていただき、その後待機。お昼時には陛下と執務室で昼食をご一緒に召し上がっていただき、そのまま待機。午後3時には陛下と執務室でお茶を召し上がっていただき、そのまま待機。お夕飯時になったら陛下とご一緒にご帰宅いただくお仕事です。もしご気分がすぐれない場合は、即刻ご帰宅も可能です」
「それ、仕事?」
私の隣でスラスラと答えてくれたのはフーさん。
「陛下の心の安寧を保つための、ナツ様にしかお出来にならない素晴らしいお仕事と存じます。」
うう、フーさんの笑顔の圧が強い。これで手を打て、的な圧を物凄く感じる。
「真面目な話をするが、ナツ、お前は何か得意な事はあるのか」
「ええと・・・体力には自信があるし、打たれ強いと思う!」
私の返しにスンと表情を消すノエイデスさん。
私のアピールはノエイデスさんに響かなかった模様。
「うむ・・・、うむ、そうか。では今、喉から手が出るくらいに人手を欲しがっている者を呼んでやろう」
そう言うと、こめかみに手を当ててしばし目を瞑るノエイデスさん。
「呼んだー?」
コンコン!バーン!と、小気味良いノックのすぐ後に勢いよく扉を開けて入室したのはトーコちゃんだった。
「ん?この部屋では珍しい面子」
「トーコ、お前研究室に人手を欲しがっていたな。ナツが働かせてほしいそうだ」
「ええっ?ナツが?!えとー・・・」
トーコちゃんがフーさんを見て、私を見て、セイを見た。
「あー、そっ、そう!人手が足りなくてぇ!な、ナツが来てくれるなんて、タスカルナァー」
「よろしくお願いします!」
トーコちゃんの後半の棒読みな感じに気付かないふりをして、私はこのチャンスに全力でのっかった。
「トーコ、命に代えても守れ」
「御意」
セイが物騒なことを言う。私は戦地にでも連れていかれるのだろうか。
「よし、話はまとまったな。フロントゥイネはいい加減、魔王陛下を仕事に連れて行ってくれ。俺の部下がこの部屋に入れず困っている」
「畏まりまして」
ノエイデスさんが話は終わりとばかりに私達に退室を促すと、たおやかにほほ笑みながらフーさんが席を立つ。
セイが立ち上がると同時に私を抱き上げてギュウとハグする。
セイの私へのハグは異性に対してというより、クルム君へのハグとあまり変わらない感じがする。なもんで、何故かハグは照れずに受け入れてしまうのだった。
「迎えに行く」
「うん、頑張ってくるね」
セイの背中をポンポンと叩くと、セイがそっと私を床へ降ろしてくれた。
「よーし、お仕事頑張って、そのあと美味しいチヒロのご飯食べに行こうー!」
「じゃあ、行ってきます」
ノエイデスさんは片手をあげ、フーさんはニッコリ笑顔で、セイは少し心配そうに、三者三様に見送られ、私はトーコちゃんの研究室に向かった。
「歩いていくとダルイから、飛んじゃうね」
廊下に出て少ししてからトーコちゃんが私に手を差し伸べるので、ぽんとその上に私の手を重ねる。
視界が瞬時に切り替わり、私は薄暗い雑然とした部屋の中央にトーコちゃんと立っていた。
分厚い緑色のカーテンは閉め切られたまま。
天井から吊るされた数個の裸電球が、頼りない黄色い光を室内に放っている。
大きないくつもの作業台には薄汚れたビーカー、三角フラスコ、すり鉢などが雑然と置かれており、それぞれ何か液体やら粉末が入っている。
その上やら下やら、書類が散乱しており、さらに色んな物の隙間に黒いローブを身にまとった人たちが座ったり立ったりして蠢いている。うめき声とともに。
そして何か、部屋全体に青臭いようなカビ臭いような、何とも言えない異臭が漂っている。
「地獄・・・」
「楽しい楽しい製薬部研究室だよー!」
このけだるい空間で、トーコちゃんの元気のよい声が場違いに耳に突き刺さる。
「と、トーコ部長・・」
トーコちゃんの声が刺激になったのか、備品の隙間で蠢いていた人々が緩慢な動作でトーコちゃんににじり寄ってきた。
震える手で黒ローブの一人がくちゃくちゃの書類をトーコちゃんに差し出す。
「おお!試薬8番、2158回目の配合パターンだね!いいよ、いいよ、リリー!でも薬効もうちょい増し、もう少し上、狙っていこう!」
1人目の黒ローブの人がワッと泣き崩れた。
「あ・・あうぅ」
2人目は最早、言葉すら発することが出来ず、床に蹲る一人目の人に乗りあがってブルブル震えながら、三角フラスコの底でカラカラ転げまわる黄色い結晶をトーコちゃんに差し出す。
「うん、さすがユアン!108年目にして初の綺麗な結晶化、出来てる!あともう少しだけ、透明度上がったら最高!やれるやれる!もうちょっと頑張ろう!」
2人目のユアンさんはリリーさんと呼ばれた一人目の上で気絶したように動かなくなった。
その後もトーコちゃんの元気と勢いに溢れた、褒めながら切る、といった研究員の皆さんへの差戻しが続く。
阿鼻叫喚である。
「トーコちゃん、私、洗い物でもしてるね」
「わー助かるよ、ありがとう!」
トーコちゃんの隣にいてもやれることはないので、広い研究室の片隅の、洗い場らしき場所へむかってみる。
その一角にたどり着くまでも、床の上の書類とか、空の小皿とか、気絶している研究員さんとか、踏まないように注意である。
白に所々灰色の線が走るリノリウムの床が通っていた学校を思い出させる。
目的の場所にたどり着いて、山と積まれている器具備品を割らないようにそっと取り除いていく。
しばらくすると、思った通り水道の蛇口らしきものが見えてきた。
洗った物を置く場所、まだ汚れている物を一時置く場所、地道に作業台にスペースを作って、洗い物を片付けていく。
私の身長よりも高く積みあがった洗い物を少しずつ崩していく。
私はこういう、物が奇麗になって片付いていく作業が嫌いじゃない。むしろ好き。
作業に没頭していると、ようやく洗い場の底が見えそうになってきたところでギョッとした。
「トーコちゃあーん!!」
「おお、メリーさん2号、ここに居たのか」
私の悲鳴に近くで蠢いていた研究員さんが、ひょいと洗い場を覗き込んだ。
「久しぶりだなー」
そう言って、もう一人近場に居た研究員さんが私をギョッとさせた物を洗い場の底から引きずり出した。
それは様々な薬液と粉末と埃で灰色に薄汚れた、メイド服を着た意識のない成人女性だった。
「ひいい!」
どさりと乱暴に床に下ろされるメイド服の女性。研究員さんのご無体に動揺するのは私だけだった。
「おお、行方不明だったメイドだ。どうりで研究室が散らかるはずだよ」
私の傍に来たトーコちゃんがしげしげとメイド女性を覗き込んでいる。
トーコちゃんはおもむろにメイド女性をひっくり返し、女性の背中に掌を当てた。
「えい!」
トーコちゃんの掛け声でメイド女性の体全体がビクンと痙攣する。
するとうつぶせになっていた女性が四肢に力を入れてゆっくりと起き上がった。
女性にしては背が高い。すらりとした肢体に整った顔の金髪碧眼。髪の毛はお団子がぐちゃぐちゃに絡まっている。
その女性は少し咳き込み、それから周囲を見回しトーコちゃんに視線を止める。
「トーコ様、酷いではないですか」
「おはよう、メリー」
トーコちゃんを皮切りに、研究員の皆さんが口々にメイド女性に声をかける。
死んでるかと思った!メイド女性と研究室の皆さんは旧知の仲だった様子。
「最悪ですよ。私、超臭い。入浴を所望します。まあ皆さんも、私とそう変わらない小汚さですけどね」
目覚めた途端、メイドのメリーさんの毒舌が冴えわたる。
ズバズバ言われても、それは違いないと研究員さん達も朗らかに笑っている。
「なんでそんな所で寝てたのさ」
トーコちゃんの質問にメリーさんが愕然とした。
「信じられない!私、魔力の補充をお願いしてから起動停止しましたよね?それがあんな所に放り込まれて。誰がやったかって、トーコ様しかいないでしょうよ!」
「あはは、そうだったっけ?ごめんごめん」
メリーさんがブチ切れてトーコちゃんに詰め寄っているが、トーコちゃんはどこ吹く風。
「そうだ、紹介するよ。こちら、私の大切な友達のナツだよ。これからメリーと一緒に研究室で働いてもらうから仲良くね」
油断して傍観していたら、突然私を紹介されてビクッとした。
「よ、よろしくお願いします」
「・・・よろしくお願い致します」
にこりともせず、真顔で挨拶をされる。
メリーさん、私とよろしくするつもりはあんまりなさそうだよ。
私、メリーさんと上手くやっていけるかしら。
「じゃあ、メリーはひとまずお風呂行っといでよ。魔力も動力室でしっかり補充してきてもらってね」
メリーさんは大きくため息をつくと、ギラリと私に流し目をくれる。
「この研究室の物はガラクタに見えても重大な研究成果に繋がるものもあります。しようもないゴミに見えても必ず私に確認をして、要・不要の仕分けをするようにしてください。よろしいですね」
「はい」
驚くべき登場の仕方をしたメリーさんだが、職場の先輩である。私は神妙に返事をする。
私の態度が及第点だったのか、少しメリーさんの目元が和らいだ気がする。
「私は体を清めてきますので、あなたはここの洗い物を続けていてください。それくらいなら一人で出来るでしょう」
「はい!」
私の良いお返事に、今度ははっきりと目元緩め、メリーさんが頷いてくれた。
最初の塩気味対応からのうっすらの微笑、嬉しい!頑張ります、メリー先輩!
ちょろい私はメリー先輩が帰ってくるまで真面目に洗い物に励んだ。
こざっぱりしたメリー先輩が研究室に戻ると、早速先輩メイドとしての本領を発揮する。瞬く間に散らかりまくった研究室が整っていく。
すごい!魔法を使っている!逆再生のように散らかっていた書類、備品の汚れが消えて、宙を舞って書棚や箱に収まっていく。カーテンの色までワントーン明るくなって、淀んでいた空気まで奇麗になったよう・・・。
私、ここに要らなくね?
研究室での私の存在意義に不安を抱いたころ、研究室の扉がノックされた。
ひょっこり研究室に顔を出したのはフーさん。美人の登場に研究室の男性陣がざわめく。しかし、フーさんは扉から半身を出したまま後ろの誰かとヤイヤイやり合っている。
「お、お待ちください陛下!」
フーさんを押しのけてセイが研究室に姿を現した。
そして研究員全員が瞬時に意識を刈り取られ、床に沈んだ。
研究室で立っているのは私とトーコちゃんとメリー先輩のみ。
「あー、陛下ダメですよー。一般国民が無防備で陛下の魔圧に耐えられるわけないじゃんね」
トーコちゃんの文句に構わず、セイはずんずんと研究室に入ってきて私を持ち上げてギュウとハグをする。
「会いたかった」
別れたのは3時間前ですが。
セイが言葉を発したと同時に、メリー先輩が白目をむいて後ろに倒れて後頭部を強打した。これはいったいどういう事態。
「ナツ様、お疲れ様でございました。トーコ、それでは失礼しますね」
「明日以降の送迎は陛下以外でよろしくでーす」
事態の収拾もつかないまま、私はセイに抱っこされながらの強制退場となった。
研究室でただ一人生き残ったトーコちゃんが私達に手を振る。
こうして私の勤務初日は終わった。恙無く終わった、とは、言えない。
特に最後。
でも不可抗力じゃない?私が直接起こした問題はなかったはず。
明日も頑張ろう。




