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イケメンを拾うと世界が変わる  作者: ろみ


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幻の店「食事処 清川」

魔国城内でいつからか、とある噂が広がり始めた。

夕暮れ時、ふと気づくと王城内に見慣れぬ白木の引き戸が現れる。

ある日は唐突に廊下の突き当りの石壁に。

またある日は、等間隔に並ぶ美麗な扉の端に忽然と。

その素朴な引き戸には白い暖簾がかかっている。

誘われるようにその引き戸に手をかけ暖簾をくぐると、なんとも食欲を刺激される香りとともにほんわか美女が笑顔で迎えてくれる。

そこは食事処のようで、席に着くとお任せで食事が出てくる。

王城内のフードコートのような、異世界食がメインの店で、食事を食べ、店を出るとその店の入り口は瞬く間に消え失せてしまう。

その店で食事をした者は、長らく抱えていた体の不調も、気鬱も溶けるように消えてなくなってしまうという。

しかし再びその店を訪れたいと願っても、その願いが叶った者はいない。

その僥倖に巡り合えた者の中で異世界語に精通している者がいて、周囲に言って聞かせた。

店の暖簾には流麗な文字で「清川」と書かれていたと。

幻の食事処「清川」の噂はまことしやかに城内を駆け巡っていた。



「いらっしゃいませー」

 ちーちゃんの挨拶に入り口に目を向けると、目の下に真っ黒なクマをこしらえた男性が入ってきた所だった。制服をみると文官さんっぽい。

 男性はよろよろとカウンターに腰かける。

 うちのお店、「清川」は小料理屋としてではなく、家庭料理をお任せで提供する食堂として夕方から2、3時間程度で営業するようになった。

 基本は魔国幹部で神域が許可した者だけが入店できるのだが、神域の気まぐれなのか、時々王城で働く人々がふらりと来店する。

「お肉とお魚どちらがお好きですか?」

「・・・肉で」

「かしこまりましたー」

 今日は良い鳥のもも肉があるので、肉リクエストの方はもれなくちーちゃんのげんこつ唐揚げ定食となっている。

 外はカリッと、中のお肉はジューシーで、ガツンとニンニクが効いてる激うま唐揚げ。

 ちーちゃんと男性のやり取りを、お座敷から私とクルム君は夕飯を食べながら眺めている。

 ちなみに私もげんこつ唐揚げ定食、クルム君はハンバーグにミニ唐揚げトッピングの晩御飯である。

 料理上手のちーちゃんは、お疲れのご様子のお客さんには高カロリー定食をがんがんと提供している。

 すると疲労困憊のお客さん全員が力漲る様子でお帰りになる。

 代金は請求しないシステムで、不定期営業の城内食堂のようなものね、と理解したちーちゃんはその日のお客さんの様子を見ながら気前よくお料理を提供している。

 肉汁滴る唐揚げで白いご飯をモリモリ食べながら、クルム君の食事の見守りもしていると、真横のガラス戸がコツコツ鳴る。

 15センチ位窓を開けると、先端に真っ赤な実が生った枝先がにゅーっと伸びてくる。今夜のお客さんは、特に神域とご神木が目をかけている人だったみたい。

 私が赤い実をそっと掴むと、実は簡単に枝から外れる。実が取れた枝はするすると庭に戻っていく。私はカウンターの向こうにいるちーちゃんに赤い実を渡すと、それを受け取ったちーちゃんはカウンターの向こうで何やら作業をはじめた。

「おまたせしましたー」

 げんこつ唐揚げ定食がお客さんに提供されるが、りんごスライス的な物が混じった、付け合わせのサラダが何やら神々しい光を放っている。

 食べ終わって元気を取り戻したお客さんは足取り軽く帰っていった。

「こんばんはー」

 さっきまでいた男性客とニアミスで、トーコちゃんがお店にやってきた。

 リクルートスーツを着ていなければ、下手したら中学生に見えるくらいの美少女なのだけど、魔国製薬部の部長さんで、軍部の将軍も兼務している文武両道のすごい子である。

 魔国幹部が来店し始めると、神域がご案内する日替わり一般客の部は終わりになる。

 この一般客ご案内システム、ものすごく神域の意思を感じる。

 ちなみにこちらの世界の理については、私は引っ越し初日に理解することを放棄している。そーなんだーと受け入れるしかない。

 幹部常連様で来店するのはスーツチームが圧倒的に多い。

 セイの結界を恐れての事なのか、貴族チームの来店はほぼない。

 やっぱり私達に対して色々思う所もあるんだろうな。

「チヒロー、お腹空いたよー。何かすぐ食べたい」

「はいはい、先にこれお通しね。今夜はごはん?お酒?」

 カウンターにぐったり突っ伏すトーコちゃんの横に、くすくす笑いながらちーちゃんが小鉢を置く。なんか、あの小鉢も光ってる。

「ああ~、染みる。チヒロの料理なんでも最高。このドレッシング至高。今日はがっつりごはん、肉で」

 ご神果スライスのフレンチドレッシング和えをぱくつくトーコちゃん。

「ナツ、聞いてよ!宝物管理部、まだご神葉とご神果の研究許可を出さないんだよ。このぐだぐだしている時間がどれだけの損失か!伝説のご神葉とご神果だよ?!いったいどんな効能があるのか、気になって夜も眠れない!」

「う、うん」

 あの合同会議でご神果欲しいと貴族チームとやりあったスーツチーム代表がトーコちゃんである。

 ちーちゃん特製の光るご神果料理を食べたトーコちゃんは毎回元気いっぱいに帰っていくけど、トーコちゃんいつも最初から元気だから効能がいまいち分からない。

「こんばんは」

 トーコちゃんがげんこつ唐揚げにかぶりつき始めたころ、ノエイデスさんがお店に顔を出した。

「丼もので」

 トーコちゃんの隣にノエイデスさんが腰かけ、トーコちゃんと気安く話を始める。

 同じ将軍閣下同士だもんね。

 ちーちゃんが手早く親子丼を作って提供すると、ノエイデスさんは奇麗な所作で、でもあっという間に親子丼を完食する。

 ノエイデスさんの注文はほぼ100%丼ものなのは、とにかく早く食べられるからだろう。食後の目的があるのだ。

「うまかった」

「ありがとうございます」

 食事が終わったノエイデスさんはくるりとお座敷にいる私達に振り返る。

「少し、寄らせてもらって良いだろうか」

「どうぞー」

 私が中庭に出られるガラス戸をカラカラと開けると、ノエイデスさんはいそいそとお座敷に上がってきた。

 お座敷の横すぐ近くに小夏の犬小屋があるのだ。

 動物好きの人には色んなタイプがあるけど、ノエイデスさんは寡黙にとにかくもふり倒すタイプである。

 小夏もガラス戸が開く前からノエイデスさんに気付いていて、期待に満ちたキラキラの瞳でジタジタ足踏みをして待ち構えていた。

 毎回全身マッサージをしてくれるノエイデスさんを小夏も大好き、相思相愛である。

「カイトはほんと動物好きだよねぇ」

「ほんとねぇ」

 ちーちゃんとトーコちゃんがノエイデスさんを眺めながら食後の会話をまったり楽しみ始めた頃、入り口の引き戸がガラリと開いた。

「いらっしゃいませ」

「愚息が今夜も世話になっている」

 暖簾をくぐってイケオジが来店された。

 この方、貴族チームのノエイデスさんの正面に座っていた方なんだけど、なんとノエイデスさんのお父さんである。

 政務部六星筆頭のブラン・ノエイデスさんといい、息子さんの端正イケメンとベクトルが違い、眼光鋭い精悍なイケおじ様なのである。

「ブラン宰相おつかれっすー」

「うむ」

 全方位に気安いトーコちゃんに鷹揚に答え、彼女の隣に座るブランさん。

 ブランさんには私が敬称をつけて呼んだら、ファーストネーム呼びを要求されてしまった。息子さんを「ノエイデスさん」呼びしているのに、お父さんの方はファーストネーム呼びという、おかしなことになっている。

 ブランさんの服装は貴族といっても近代的なんだよね。今夜はベージュのタイトなトラウザーズに黒のブーツを合わせて、黒絹シャツの上にこげ茶のベストを合わせている。このベストに金糸の刺繍の縁取りが施されていて、シルバー基調のカフスボタンは螺鈿細工があしらわれている。

 貴族のおしゃれ、と庶民の私は思う。

 ブランさんは政務部の大臣さんだけど、体もすごく鍛えていそう。

 とてもかっこいいモデル体型のオシャレおじ様である。

「一緒にどうだ」

「うううー、飲みたいっすけど、明日早いんでまた今度!お先します!チヒロ、ナツ、またね!」

 お酒のつまみを数品頼んで飲み始めたブランさんのお誘いを断り、トーコちゃんは瞬く間に帰っていった。

 その後はカウンターにブランさんが一人、ちーちゃんとぽつぽつと会話しながらお酒を楽しんでいる。

 大人な空間だなーと思っていたら、ちーちゃんがウサギの形に剥いたご神果をそのまんまブランさんに出した。光り輝くウサギを前にして、ブランさんはククッと喉で笑いながら冷酒を飲み干す。

 ブランさんにはこの実がご神果だってバレていると思う。

 来客傾向として、若い元気な幹部が夕方早い時間からやってきて、ご飯をモリモリ食べて帰る。日が沈んだ頃、大人幹部がやってきてお酒を楽しんで帰る感じになっている。ノエイデス親子は皆勤賞並みに通ってくれています。

 ノエイデスさんはというと、小夏を抱きしめて動かなくなった。

 小夏も両目を閉じて、ノエイデスさんの腕の中でじっとしている。

 この蜜月が3か月も続いている。

 小夏は元が保護犬なので、望んでくれるならと譲る話をしたこともあったけど、「神域の外で小夏が生きられるか分からない」とノエイデスさんは悲しそうに答えた。

 それなら、私とちーちゃんは?と思ったけど、セイが常時私たち2人に多重結界を展開をしているから、例えば成層圏とかに放り出されて落下しても死なないそう。

 ちなみにこの話を聞いてからセイから小夏に守護結界を掛けてもらおうとしたら、小夏は失神してしまったのだ。これは、会議室で貴族の皆さんが具合悪くなったのと同じ現象なのだろうか。普段はセイの近くで平然としている小夏なのだけど、謎である。

 今は安全に神域の外に小夏が出られる方法をノエイデスさんが模索している。

 早く小夏とノエイデスさんが一緒に暮らせるようになるといいな。私にできることは、ノエイデスさんと小夏の逢瀬を見守ることだけだ。

 クルム君はお腹もいっぱいになり、体もホカホカ、瞼が落ちそうになるけど必死に睡魔に抗っている。

 セイの帰りを待っているのだ。

 住居スペースで寝てくれててもいいんだけど、人の輪の中にいるのが好きなクルム君はいろんな人が出入りする店舗スペースがお気に入りで、毎晩お座敷で睡魔と戦っている。もうそろそろかなと思っているとガラリと引き戸が開いた。

「皆様、お疲れ様でございます。」

 暖簾をくぐってセイとフーさんが入ってきた。フーさんは今日もカチッとスーツを着こなしていて、対照的にセイはユニクロ涼感パーカーのフードをすっぽりかぶり、ラフなチノパン姿である。そんなに好きか、という位ほぼ毎日ユニクロパーカーをセイは着ている。

「おかえりー」

「陛下、お疲れ様でございます」

 私とブランさんにセイがこくりと頷く。

「おかえりなさい。セイちゃん唐揚げでいい?フーちゃんにはチキンのトマト煮込みがあるわよ」

「頂戴いたします」

 フーさんが嬉しそうにカウンターのブランさんの隣に腰かけ、セイはお座敷に上がってくる。ノエイデスさんは小夏をまだまだ充電中でセイが視界に入らない様子。セイはノエイデスさんに構わず私の隣に腰を下ろした。私は反対隣で寝落ち寸前のクルム君をセイに手渡す。

「セヴェルカルムさま、おかえり、なさい」

 とうとう瞼を開けられなくなったクルム君を向かい合わせに縦抱っこして、セイはクルム君の背中をトントン叩く。すーっと寝息が聞こえてきて、クルム君は完全に眠ってしまった。セイは危なげなく片手でクルム君を抱っこしたまま、唐揚げ定食をパクパク食べていく。セイの食事が終わってしばらくすると、フーさんがお座敷に近づいてきた。

「陛下、もうそろそろよろしいかと」

 こくりと頷いたセイがすっかり眠り込んだクルム君をフーさんに引き渡す。クルム君は夕飯後、セイに抱っこしてもらって寝落ちしてからフーさんに回収されて帰っていくのが日課だ。

 カウンターをみると煮込みのお皿とビールの大ジョッキ3つが空になっていて、それでも涼やかな佇まいのフーさん。フーさんは酒豪である。

 フーさんが帰り支度をはじめて、ブランさんも立ち上がる。

「カイト帰るぞ」

 ブランさんの呼びかけに、小夏への抱擁を解き、名残惜し気に小夏の頭を撫でるノエイデスさん。ノエイデスさんをじっと見上げる小夏。毎日今生の別れのような場面を見守る私達である。

「ナツ、チヒロさん、セヴェルカルム、また来る」

「はい、いつでもどうぞ」

「皆様、おやすみなさいませ」

 4人が連れ立って帰っていくのを見送る。本日の清川の営業は終了した。今日はお客さん少なめだったかな。

「ちーちゃん手伝うよ」

「洗い物片づけるだけだから、居間でセイちゃんと休んでてー」

 毎晩ちーちゃんに手伝いを申し出るのだが、テーブルを拭く位しかさせてもらえない。

「アイスでも食べよっか」

 やることもないのでセイと連れ立って居間に向かう。フーさんの差し入れで、清川家では年に数回のご褒美アイス、ハーゲンダッツが冷凍庫にギッチギチに入っているのだった。


「奈津はストロベリーだよね。俺はいつもクッキークリームだから今日はチョコにしようかな。うーん、どれも美味しいから悩むね。でもやっぱりチョコにする」

 この、ほんわか口調でアイスを選ぶ人物は驚くなかれ、無表情・無言でうなずくがデフォだったセイである。店舗内にお客さんがいる時は、寡黙イケメンのセイなのだけど、私とちーちゃんとセイの三人になると、まーしゃべるしゃべる。

 このほんわか口調で沢山お喋りするセイは、見た目とギャップがあってとてもかわいい。

「はあ、おいしい。チョコも間違いない。アイスは何でもおいしいね」

「セイは甘いものほんと好きだねぇ」

 セイは非常にリラックスした様子で居間の柱に背を預けて長い足を投げ出し、表情を緩めてアイスを口に運んでいる。うむ、可愛いです。毛並みの良い大型犬が寛いでいるようで、いつまでも眺めていられますなー。と、このように油断をしていると不意打ちが来る。

「はい、あーん」

「うっ」

 セイが一口、自分のアイスを差し出してきた。う、うう、恋愛経験乏しい私にはハードルが高いですけど!!余裕なふりして一口もらってしまえばいいのか、む、無理。蕩けるような笑みでこっち見るのや、やめ・・・。

「うぐっ」

 あわあわしている私の口にセイがスプーンを突っ込み、色気もへったくれもない声が出る。

「おいしい?」

 火照った顔のままコクコク頷く私にセイは満足げにほほ笑むと、私が口を付けたスプーンで何事も無いようにアイスを食べ始める。

 もうだめだ、恥ずかしくて心臓爆発する!という一歩手前位でセイはスッと引く。

 これが毎日。なんだろう、この、私の限界が試されている感じ。私だけジタバタしていて、涼しい顔をしているセイが恨めしい。

 キッとセイを睨みつけると、セイの隣に生温かい目でこちらを見ているちーちゃんがいた。

「セイちゃん、お手柔らかにね」

「わかってる。あんまり押すと逃げられそう」

「やめてえええ」

 保護者公認状態が尚更居た堪れない!

「今日は、これくらいで、勘弁してください!」

 茹で上がった顔の私を見て、セイはふふっと余裕の笑みを浮かべてから自分のアイスを再び食べ始める。

 ぎいいぃ!この!イケメンがぁ!

 思わずポロっと告白まがいのことをしたのは私の方なのに、私がセイにグイグイ迫られている現状。

 しかしまあこんな感じで、楽しくて、少しドキドキして、にぎやかな毎日を過ごしている。

 魔王陛下の生活費と幹部用食堂運営費、という名目でびっくりするくらい毎月お城からお金をもらい、小料理屋よりも気楽な、食事処「清川」を何の不安もなく営業できるようになった。

 セイは働き者の魔王様で、朝8時にはフーさんのお迎えでお城に仕事に出掛け、ちーちゃんは夕方の開店に向けて午前中からゆったり仕込みを始める。私はフーさんと入れ替わりに遊びに来たクルム君のお相手をして、小夏のお相手をして、毎日の自宅と店舗の掃除とか家事をこなしながら朝・昼・晩とちーちゃんの美味しいご飯をモリモリと食べる。

 そして私は、ふと気づいた。

「私、仕事してなくない?」

 神域にお引越しして3か月を過ぎたころ、自分がニートと化していることに気付いてしまったのだった。


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