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今度こちらに越してきた清川です

 月曜日の夕方、セイが好きな野菜たっぷり餃子を焼くばかりに準備して、買い物から帰ったら、ちーちゃんに鈴木さんが無体を働こうとし、セイが超常現象を発動し、家ごと異世界にお引越しをし、異世界の軍隊(多分)に自宅を取り囲まれている。←今ここ


 異世界の軍隊の方々は丘の向こうから次々と現れて、真っ黒な武器らしき物を構えて我が家の敷地を取り囲んだ。

 何だか地球ではありえない大きさの、スズメっぽい鳥にハーネスを付けて跨っている人もちらほらいる。男性が乗れるサイズのスズメは体高が3メートルくらいあるけれども、黒目がうるうるしていて可愛い。

 風景とスズメはファンタジーなんだけど、軍服とか武器はドラマで見るような特殊部隊的な近代的な感じで、世界観がよくわからない。

「こ、こんにちは」

 月が出ているから「こんばんは」かもしれない。

 恐々と挨拶すると、私達に対峙していた前列の人達が構えた武器を一斉にジャキンと私に向ける。

 私が息を飲むと同時にパンと破裂音が鳴り響き、私に武器の照準を合わせていた方々が放物線を描いて後方に吹っ飛んでいった。柔らかそうな芝生に成人男性数人がドスンドスンと落下する。

 気づくと私とちーちゃんはセイの背中に庇われていて、セイの右手は吹っ飛んだ方々に掌を向け伸ばされている。

 ひょっとしなくても、セイから先制攻撃しましたね?

 私の友好的に引っ越しの挨拶作戦は早々に失敗した。私達を囲む軍隊さん方が更に殺気立つ。

「去れ」

 その軍隊さん達にセイがびっくりするくらい尊大に言い放つ。

 多分私達、よそ様の土地に不法侵入しているんじゃないのかな。

 異世界に来たことよりも、この物々しい空気にドキドキが止まらない。

 でも緊張はしているけど、不思議と恐怖心はない。セイの腕がとても暖かい。

 ちーちゃんは大丈夫かと隣を見ると、この緊迫感を物ともせず、セイの腕に両手を添えて興味深そうにキョロキョロ周囲を見渡している。

 ちーちゃんは肝が据わりすぎていると思う。

「セヴェルカルム!」

 セイの腕の中で私が緊張して固まっていると、軍隊の壁がザっと左右に割れ、その間を長身の男性がこちらに大股で歩いてくる。長身黒髪長髪ポニテ目元涼やか、服装は同じ特殊部隊の制服ながらも華麗な銀糸の刺繡が階級の高さを表してそうな軍服装備、属性過多なイケメンが現れた。

 新たに表れたイケメンは私達を見てしばらく固まっていた。物凄くびっくりしているみたいだったけど、我に返ったのかすごい勢いでセイに何やらまくし立ててきた。

「~~~~!~~~~~~!!」

 長身黒づくめの黒髪ポニーイケメンが激怒っているけど、何を言っているかはわからない。異世界チートの翻訳能力は私とちーちゃんに備わっていないようだった。

「セヴェルカルム!!~~~~~!」

 明らかに、セイのお知り合いだよね?しかしセイはふいとそっぽを向く。

 ポニイケがため息をつき、私とちーちゃんを見下ろす。セイが態度悪くてすみません。

「セイ・・」

 腕の中からセイを見上げると、セイがじっと私を見下ろしながらちーちゃんとひとまとめにギュッとハグし直す。いや、こちらの事はいいのでポニイケとお話し合いをお願いします。

「~~~~~、~~~~~」

 セイとは埒が明かないと思ったのか、ポニイケが私に向かって話しかけてくる。

 うーん、異世界語全然ワカリマセン。

「~~~~~~~!~~~~~セヴェルカルム!」

 ポニイケのこめかみの血管が破裂しそうで心配になってきたころ、セイはふーと大儀そうにため息をついた。一度セイは私達の抱擁を解く。

「奈津」

 セイが両手で私の頬を包む。そのままセイが顔を近づけてくる。

「ななな、な」

 近い、近い!動揺する私に構わずセイは鼻先が触れ合う位にまで顔を近づけ、ぴたりと額を合わせた。たまらず私はギュッと目をつむる。

 すると額がほんわり暖かくなる。

 しばらくじっと額を合わせてからセイはゆっくりと顔を離した。

 ほんわかした熱が額から引くと同時に周囲のざわつきが意味を持って聞こえてきた。

 あやしい、だの、無礼な、だの、超痛かった、だの。

 おお、異世界チート翻訳が起動しました。

 みなさん、セイがホントにすみませんでした。

「千紘、手を」

 セイがちーちゃんに掌を差し出す。ぽむとちーちゃんはセイの掌に自分の手を置く。

 しばらくするとちーちゃんが驚いたように目を見開いた。

 ちーちゃんにも翻訳機能が備わったみたい。

 おでこくっ付ける必要なくない?

「セヴェルカルム、神域へ侵入し不審な建造物まで持ち込むとは何を考えている!神域の結界もお前の暴挙で最早跡形もない。安全管理部が蜂の巣をつついたような騒ぎだ。急ぎ城へ戻り各幹部を招集しなければなるまい」

 ポニイケの抗議は続く。うん、なんか、色々大変な事をしてしまったっぽい。

 セイはポニイケをスルーして片手を天に向ける。

 我が家の庭を包囲していた黒服の皆さんがハッと息を飲む。先制で一発やらかしているので、黒服の皆さんの私達への警戒は依然解けていない。

 セイは涼しい顔をしたまま掌を天へ向け続ける。キンと澄んだ金属音が小気味良く響くと、みるみる空一杯に薄青が広がり、薄青が溶けるように再びクリーム色とピンク色のグラデーションが広がった。

 周囲はどよめき、ポニイケは唖然として口を開けて空を見上げている。

「1000年は保つ」

 寡黙イケメンに戻ったセイから十分な説明はない。

 私とちーちゃんは何が起こったのかと、ポカンと空を見上げるばかり。

 ポニイケは頭を一振りして、気を取り直すようにセイに向き合う。

「・・・結界を張ればよいという事ではない。神域は不可侵領域だ。我々が立ち入った事でどんな影響がでるかもわからん。ここから早急に立ち退いてもらいたい」

 私はポニイケのお邪魔にならない様に口をつぐんでいたのだけど、私の足の裏がマッサージでもされるかのようにもこもこ動き出した。

「えっ、何?わわわ」

 ありえない感触に驚くと私の目線がギュンと30センチ位高くなった。私の足場の土が盛り上がって、気付くと隣にいたちーちゃんを見下ろしている。

 さらにぐんと高くなった時、セイがひょいと私を突如出来た土の盛り上がりから助け出してくれた。

 私が立っていた場所の土がもろもろと割れて崩れて若木が顔を出すと、その若木がぐんぐんと空に向かって大きくなっていく。

 ト〇ロ的な?!と見守っていたら、若木の成長は我が家の二階を超えて3メートルほどで止まった。若木の変化はそれだけに止まらず、私の頭上に伸びた枝先に若葉が茂り、白い小さな花が無数に咲き、花が散り、リンゴのような赤い実がみるみる膨らんでいく。

 異世界すごい、と不思議現象に固唾を飲んでいたけど、ポニイケが顔面蒼白になっている。

「これは・・・。ご神木と、ご神果、か・・・?」

 ポニイケが呆然とつぶやく。

「神域が許した」

 セイが通常運転で淡々とつぶやく。

 登場と同時にキレ散らかしていたポニイケが、今度は抜け殻のように力なく突如現れた果樹を見上げている。

 そうしている間に、赤い実をつけた枝が不自然に私に向かって枝をグググと降ろしてくる。植物なのか動物なのか訳が分からない。意志でもあるのだろうか。

「異世界すごい」

「美味しそうねぇ」

 見た目はリンゴそっくり。

 私とちーちゃんが目の前まで降りてきた赤い実をしげしげと眺めていると、その実が目の前でポトリと落ちた。その実はどんくさい私とちーちゃんの間に転がる。

 後に続くように食べごろ位に結実した実がぽろぽろと落下する。

「!!!」

 ポニイケが私とちーちゃんの間にスライディングして落ちた実すべてをキャッチした。

 黙っていると軍服に身を包んだクールなイケメンなのに、言動がアツい。

 私とちーちゃんの間に仰向けスライディングしたポニイケは丁度腹部に見事5個の赤い実を受け止めて見せた。

 そしてそのまま、遠い目をしてしばらく空を仰いでいた。

「・・・あの」

 目まぐるしく変わる状況の収拾がつく気がしない。

 ポニイケに恐る恐る声をかけると、ポニイケはお腹の赤い実を大切そうに抱えながらゆっくりと上体を起こした。

「俺はカイト・ノエイデスという」

「清川千紘です」

「清川奈津です」

 ポニイケの突然の自己紹介に、私とちーちゃんもペコリと頭を下げる。

 私達が言葉を理解できている様子に、ポニイケ改めノエイデスさんは一つ頷いて見せた。

「奈津、千紘」

 ノエイデスさんを間に佇む私とちーちゃんの手をセイがそっとそれぞれ握って引き寄せる。赤い実を抱えたまま座り込むノエイデスさんから3メートルほど離れてから、よしとばかりにセイは頷き足を止めた。私とちーちゃんの手はセイに繋がれたままだ。

 ノエイデスさんは私達を見てから盛大に舌打ちをする。

「セヴェルカルム!どういう意図あってのことか説明をしろと言っている。その二人を連れてすぐに城に戻れ!」

「これから夕飯を食べる」

「いい加減にしろ!!」

 何だかノエイデスさんが可哀そうになってきたので、くいくいとセイと繋いだ手をひっぱる。

「セイ、ここ、お邪魔しちゃいけない場所だったんじゃない?私達、出ていこうか?」

 私の言葉にセイがふるふると首を振る。

「神木も許した。大丈夫」

 赤い実がなった神木(?)がセイに呼応するかのようにわっさわっさと枝をしならせる。すると青葉がぱらぱらと庭に落ちてきた。

「総員!一枚残らず神木の葉を拾え!」

 ノエイデスさんの言葉に特殊部隊の皆さんがそう広くもない我が家の庭に整然と入り込み、サササと葉っぱを全て拾い、また速やかに清川家の敷地の外に出てから庭を取り囲むように整列する。

 一糸乱れぬ集団行動に感心してしまうが、「神木の葉っぱ、すげえ」、「おとぎ話じゃなかったんだ」、とかガタイの良い男性陣が頬赤らめてひそひそ話していて、少しほっこりする。

 この赤い実とか、葉っぱとか、この世界の人達にとって非常に貴重なもののようだった。

「セヴェルカルムとでは話が進まん。チヒロ殿、ナツ殿。ここは我が国が守護する神域で、これまでは誰一人このように足を踏み入れることは出来なかった」

「出来なかった?」

「これまで神域の結界に手を出した者は、全員が物言わぬ肉塊となり無残な最期を遂げた。神木の玉と葉は神話の中の話でしかなく、実在するなどと思いもしなかった」

 感慨深げにノエイデスさんが赤い実を見下ろす。

 その前に肉塊て。私達、すごい所に連れてこられていた。

「結界の消失が観測され、決死の覚悟で我々は神域に足を踏み入れたのだが・・・。チヒロ殿、ナツ殿、ぜひ一度我らが王城にお越しいただけないか。神域に許されたというあなた方の今後について、相談させてもらいたいのだが」

「うーん、お夕飯食べて今日はもう休みたいんだけど。明日でもいい?」

 ちーちゃん、安定のマイペース。

 でも確かに、色々あって疲れたな。

 ノエイデスさんが縋るように私の方をみるけど、すみませんとばかりにペコリ頭を下げる私を見てノエイデスさんは大きくため息を吐いた。

「セヴェルカルム、明朝迎えを送る。必ず3人で登城してくれ」

 全てを譲って諦めたノエイデスさんにセイが無表情にこっくり頷く。

 ノエイデスさんの帰還の号令に黒ずくめの皆さんはもと来た道を戻っていく。

 来る時と打って変わって、あちこち指を指しながら帰っていく皆さんの様子は少し楽しそうだった。

 ノエイデスさんと黒ずくめの皆さんはみんな帰っていった。

 一触触発の状況だったけど、大変なことにならなくて良かった。

「さ!餃子を焼きましょう!」

「うん」

 何事もなかったかのように夕飯の準備に戻ろうとするちーちゃんと、いつも通りの無表情のセイに挟まれて私は自宅に足を向けたのだった。


やっと異世界です。

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