雨の日にイケメンを拾う
採用面接の帰り、曇り空はみるみると雨雲を分厚く膨らませ、自宅にたどり着く前に大粒の雨が降り始めてきた。
今日の面接は、私の発言に対しての面接官の薄い反応にパニクってしまい、退室時には息も絶え絶えとなった。
精神的ダメージを受けた上に突然の雨。ひたすらに辛い。
世の中人手不足じゃなかったっけー?大学を中退した就活女子に世間も自然も厳しい。
急ぎ足で自宅近くの公園に差し掛かる。
公園といってもばねでビヨンビヨン動くパンダとウサギの遊具が一つずつ、ベンチが二つ、それがみっちり詰まったささやかな公園だ。
ふと気づくと、その公園内のウサギにパーカーのフードを深くかぶった男性が跨っている。俯いていてその表情は見えないし、率直に言って怖い。ベンチじゃなくてウサギに座っているのが更になんか怖い。
私の地元は住人同士の距離が近くて、見知らぬ人はものすごく目立つ。
まだ夕方だけど、雨天で周りは薄暗い。その異様な人物は公園出口近くに設置されているウサギに跨っていたので、出口脇の歩道を私は猛烈な勢いで通り過ぎようとした。
すると私の慌ただしい足音に気づいたのか、俯いていたその人物がふと顔を上げる。
至近距離で不審者と目が合う。その瞬間、私の足が地面に縫い付けられたかのように急停止した。
ものすごく顔がいい。
北欧の色素薄い人達系、北欧神話系美形。これCGじゃなくて本物?私の貧弱な語彙では表現しきれない、人間離れしている美形が目の前にいた。
目の前のイケメンが、立ち止まる私を前に少し首をかしげる。
髪色はシルバーグレイというのか、長めの前髪が整った顔の上を斜めに流れて、その上を雨のしずくが伝う。長いまつ毛から零れた水滴が後から後から下に落ちる。
「・・・こんにちは」
目をそらせないまま挨拶をしてしまった。イケメンは私を見つめながら無言でこっくり頷く。
「・・・大丈夫、ですか」
今度は微動だにしないイケメン。
「そ、それじゃあ・・」
大丈夫じゃないイケメンをどうしたらいいのかわからない。
その場を離れようと地面に張り付いた足を無理やり一歩前に動かす。
するとポーカーフェイスだったイケメンが、ふと眉尻を下げ、微かにほほ笑んだ。
「う・・・」
美形は一挙一動で凡人を簡単に動揺させてくれる。なぜそんなに寂しそうに笑うのか。
イケメンのご尊顔を凝視しながら私は数秒固まった。やばい、青い瞳がすごく奇麗で吸い込まれそう。そして、やばい、濡れた体がシャレにならない位に冷えてきた。
イケメンだって、全身が濡れそぼっている。
そして人は動揺していると思わぬことを口走ってしまうものだ。
「う、うちに、来まスカ?」
なんで!自分の発言に自分でびっくりする。
そしたらなんと、超絶イケメンがこくりと頷くではないか。思わぬお返事に、自分から言い出したくせにヒュッと息を飲む。
誘いにOKをもらってしまった。
「こ、こっち・・・です」
私の前で静かにウサギの遊具に座り続けるイケメンの重圧に耐えられず、私は自宅への一歩を踏み出した。
もうこの状況、操縦不能である。
私の誘いに同意したイケメンは、ゆっくりとウサギから立ち上がる。
背が高い。180センチは軽く超えているかも。
私がからくり人形のようにぎくしゃくと歩き出し、3メートルほど先行してから振り返ると、イケメンが公園の出口と歩道の境で立ち止まってこちらを見ていた。
「・・うちに、来る?」
気が変わったかと再度意思確認すると、再びこっくりとイケメンは頷く。
このイケメン、一言も喋らない。とりあえず、頷く、頷かない、でイケメンの意思確認をする。
私はダッシュでイケメンのもとまで戻り、だらりと力なく下げられた彼の手を掬い上げてグイっと引っ張る。その瞬間、イケメンの人形めいた美形の両眉がわずかに上がり、両目が軽く見開かれた。
これ以上イケメンのペースに合わせていられない。雨に濡れて寒いうえにトイレにも行きたくなってきた。最早一刻の猶予もない。
春の土砂降りの中、イケメンの手を引いて、私は小走りで我が家へ向かった。
面接は失敗したし、雨は土砂降りで傘は無いし、絶世のイケメンに遭遇するし。
ちょっと冷静さを欠いていたとは思う。
「ただいまー」
ガラガラと引き戸を開けて玄関をくぐると、奥から軽快な足音がパタパタと近づいてくる。
「なっちゃん!濡れちゃったでしょ?」
ちーちゃんがバスタオルを広げながら玄関に飛び込んできた。
今日のようにポニーテールにしていると、ますます若く見える。下手したら私より若く見える奇跡の32歳である。
「!!」
玄関には私ともう一人、築50年の日本家屋には少し規格が大きすぎるイケメンが濡れそぼって立っていた。
驚いたちーちゃんはしばし私とイケメンの顔を見る。しかしそれも数秒、切替の早いちーちゃんは玄関の上り口にぺいっとバスタオルを叩きつけた。
「2人とも!靴を脱いでタオルでしっかり足の水気を拭きなさい!あなた、靴下も脱ぐのよ!」
初対面で名前も知らない客人にちーちゃんは指示を飛ばす。
ちーちゃんは走って部屋の奥に戻り、引き返して私の頭にもう一枚バサッとバスタオルをかぶせた。
「あなたから先にお風呂に入って!なっちゃんは着替えておいで!」
と言いながらイケメンの手をちーちゃんはぐいぐいと家の奥に引っ張っていく。
従順な大型犬のようなイケメンは廊下の先の脱衣所に押し込まれると、引き戸のすりガラス越しにしばし立ち尽くしたあと、諦めたかのようにもそもそと衣服を脱ぎお風呂場に消えていった。
玄関に戻ってきたちーちゃんが私の濡れ髪をバスタオルでわっしわっしと拭いてくれる。ちーちゃんの勢いに圧倒されて、私もイケメンもちーちゃんにされるがままである。
「よし、あとは任せて着替えておいで」
「・・・わかった」
もう小さな子供ではないのだけど、ちーちゃんにお世話されるのは嬉しいのだった。
私はちーちゃんにイケメン対応を任せ、濡れた服を着替えに2階の自室へ向かった。
濡れた服からルームウェアに着替えると体温が戻ってきてほっとする。
1階の居間に降りていくと、ローテーブルには少し早めの夕ご飯が並び始めていた。配膳は3人分。ちーちゃんの口角が機嫌良さそうにキュッと上がっている。
「なっちゃんのお風呂は食べてからでもいい?」
「いいよ。残りのお料理運ぶね」
ちーちゃんは私が連れ帰ったイケメンを、おもてなししてくれるらしい。
隣の大森さんから一昨日ジャガイモを大量に頂いたので、大皿の肉じゃががテーブルの中央にでん!と鎮座している。肉じゃがの他はキャベツとしめじのお味噌汁と、小松菜ともやしのおかか和え、だし巻き卵、キュウリの浅漬け。
和食は大丈夫だろうか。まあ、食べられるものを食べてもらえばいいか。
配膳を二人でしていると、イケメンが頭を屈めてそろりと居間に入ってきた。
ちーちゃんが着替えに渡したお父さんのスウェットの上下は、イケメンが着ると横幅は足りているけどかなり丈が足りてない。久しぶりに出番のあったお父さんのスウェットを着たイケメンを見て、ちーちゃんが目を細める。
「大学のお友達?たくさん食べてね」
うう、ごめん、友達じゃない。でも今更言えない。
ちーちゃんが席を勧めるとイケメンが気負いなく座布団の上に胡坐で座る。
長い脚を持て余すのではと心配したが、我が家の小さなローテーブルと喧嘩せず足を楽にしている。和やかに始まった夜ご飯、私の心配をよそにイケメンは箸も奇麗に使いこなしていた。
「お名前はなんていうの?」
「セヴェルカルム」
ちーちゃんの問いに返ったのは不思議な響きの名前。やっぱり外人さんだった。イケメンのリアクションは「無言でこっくり頷く」がデフォだったので、顔に見合った低音イケボに私は慄く。
「せ・・せぶ、セイちゃんでいいかしら」
ちーちゃんが大胆に愛称をつけた。セしか合ってない。しかしイケメン改めセイちゃんはちーちゃんを見つめてこっくりと頷く。それから私に目線をくれる。うむ、といった体でもう一度セイちゃんが頷く。
呼べと?私もセイちゃんと呼ぶ流れ?
「せ、セイ・・・」
ちらりとセイちゃんを見ると、なんと絶世のイケメンがふんわりと微笑んでいた。
人形のように整った顔に一気に血が通って見えて、その花が綻ぶような美貌に私とちーちゃんは思わず見惚れてしまった。
「セイでいい」
日本語分かっていらした。そしてなんというか、もう、顔も声もノーブル。
「お、おかわりする?」
照れ隠しにおかわりを勧めて手を差し出すと、セイがキュッと私の手を握る。ちがう、握手じゃない。異文化交流難しい。
その後は日本語が思った以上に通じるセイと、他愛もない食の好みの話などぽつぽつと交わして、穏やかにその日の夕食は終わった。
乾燥機で乾かした服に着替えてセイが帰り支度をする。
「またいらっしゃいね」
ちーちゃんはイケメンで寡黙でお箸をきれいに使うセイが気に入ったようだ。
まだ雨が降りやまないので少し草臥れたビニール傘をセイに貸してあげる。
「またね」
セイは私の右手を左手で掬い上げてギュッと握り、ぎゅむぎゅむと揉みこむ。
それは何確認なのか。そして右手から私に目線を上げて無言でほほ笑む。
無表情が基本運転らしいセイがほほ笑むとそのギャップがすごくて、顔が熱くなる。恥ずかしいなー。身の回りの異性なんて、お父さんとお爺ちゃんと近所の同級生位しかいなかったもの。イケメンへの免疫は無いので仕方がない。
そのあとはあっさりしたもので、お別れの言葉もなく、セイは雨が降る中もと来た道を戻っていった。
私とちーちゃんはセイの背中が見えなくなるまで玄関口で見送った。
「すごい美形だったわねえ」
「ごめん、ちーちゃん!」
「ん?」
私はセイとは初対面であったことを黙っていられずに、すぐさま吐いた。
初対面の男性を連れ帰った事がちーちゃんにバレた私は、お年頃女子としての危機管理についてをとくとくと説かれたのだった。
「でも、まあ。ずぶ濡れだったなら仕方ないかぁ」
反省してしょんぼりしていたら、お説教の後にちーちゃんが私の頭をわしゃわしゃかき混ぜてきた。くせ毛のショートボブがソフトクリームみたいな造形になっても、私はそれを甘んじて受け入れる。反省しているので。
「まったく、お父さんにそっくりなんだから」
仕方がないわねえと、ちーちゃんは私の頭を撫で繰り回す。
そんなちーちゃんもある雨の日、私が小さかった頃にお父さんに連れられてきたのだった。ずぶ濡れの奇麗なお姉さんが我が家にやってきた日のことは、昨日の事のようによく覚えている。
傘は貸したけど、次の約束もしていない。また会う機会があるかはわからない。でも久しぶりに賑やかなご飯は楽しかったな。
なんて思っていたのだけど、それから毎週月曜日の夕方、セイは食材を手土産に我が家を訪れるようになるのだった。




