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フラれて始まる君との恋  作者: るち
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挑発

 トベラに脅迫されてからしばらくの間、やつが次はどんな手を使ってくるのかと憂鬱な気分で毎日を過ごしていた。幸いなことにトベラは本当に忙しかったらしい。あれから姿を見ずにすんでいる。先日打ち合わせの日にタイガの昼飯を作る約束をした。こんな状況でそれだけが唯一の救いだった。


 その日、タイガのためにまた手料理を作っていた。彼のために考えたレパートリーならたくさんある。タイガが来た時にちょうど熱々を出せるように仕込んでいく。


「カツラ。」


 タイガは以前と同じような感じで「カツラ」と名前を呼ぶ。深い意味はないのだから勘違いだけはしないようにしなければと気を引き締める。熱々のスープを器に入れる。タイガは今日も満足した様子で食べてくれている。「お前のためだけに考えた料理だ。」そんなことは今となっては決して言えないが。


 仕込み作業を続ける。タイガとすごすゆっくりとした温かい時間。以前店でタイガが仕事に励んでいるのをそっと見守った時を思い出す。あの時はただただそばにいたくて。もうそんな関係は望めないがタイガをそっと思うことぐらいは自由だろう。そんな気持ちに一人浸っているとタイガから今度出かけないかと声を掛けられた。

「聞き違いか?」と身構える。自分はすぐに妄想にふけってしまう癖があるようだ。それで痛い失敗を経験している。押し黙り仕事に集中していると再び声を掛けられた。


「カツラ?」


「えっ?」


「だから...。今度出かけないかって。」


聞き間違いではなかったようだ。どう答えたらいい?なにが正解だ?タイガが求めている答えとは?仕事をしている時間だって真逆な二人だ。なんの目的でタイガがそう言っているのか理解が追い付かない。


「時間なんて作れる。いつがいい?」


そんなことをしてカエデは...。


「大丈夫なのか?」


「だから大丈夫って言っているだろ?」


 カエデとなにかあったのか?まさか相談ごとをされるのだろうか。それはさすがにまだ気持ちの面で厳しい。冷静に適格なアドバイスが今の自分にできるとは思えなかった。タイガの気持ちを害することなく断る方法を考える。だめだ。タイガのこととなると頭が働かない。視線が定まらず動揺が走る。これでは心の奥底に封印した気持ちを気付かれてしまう。


その時、激しく裏口が閉まる音。聞き覚えのある靴音。トベラが来た。


「よぉ、カツラ。」


トベラがタイガをジロジロ見ている。タイガも気分を悪くしているようだ。この場の空気をなんとかしたくてトベラにタイガを紹介する。


「うちの新しい取引相手。酒屋ではないけど。」


トベラはきっと今のこの状況を楽しんでいるはずだ。どう出てくるかと様子を伺う。


「カツラ、あっちで話がある。だいじな取引の話だからな。聞かれたくない。」


タイガをこの場に残し、スタッフルームに来いと言ってきた。要求を断ればなにをしだすかわからない男だ。時計を確認すると店長がもうすぐ来る時間だ。仕方なくタイガを一人残しトベラの待つ部屋に行くことにした。



 ドアを開けると先にスタッフルームで待っていたトベラは、えらっそうに椅子にふんぞり返って座っていた。なにかの資料を手に熱心に読んでいるようだ。本当に取引のことかとほっとしたのも束の間、部屋に足を踏み入れた瞬間トベラは立ち上がりガツガツと近づいて来た。そのまま腕を掴まれ壁に押し付けられた。背中を強く打ち鈍い痛みが走る。


「カツラ。今日の分は?」


甘い声でそう言ってキスをねだってきた。タイガ以外他は全て同じ。

感情を押し殺し割り切ってトベラに口づけをする。しばらくお互いの内を探り合い唇を重ね続けた。


「は...っ、んっ。」


今日のキスをはねちっこい。顎と後頭部を持たれトベラから離れることができない。舌先を使って口の中を隅々まで味わいつくされる。


「あっ...。」


舌同士を絡み合わせられる。そのまま唇で舌を吸われピチャピチャと卑猥なキスの音をさせる。トベラの唇は顎先へ移り首元を愛撫し始めた。両手は腰をしっかりつかみ下へとおりていく。まさかここで始める気か。先日はキスだけですんだ。そのためそれ以上のことはすぐには求めてこないだろうと油断していた。タイガが同じ空間にいるのに。瞼を固く閉じトベラにされるがままになる。覚悟をしたがしばらくするとトベラからの執拗な愛撫が止んだ。

「おかしい。止んだ?」目をそっと開けトベラを見るとやつは無表情でこちらをじっと見つめていた。


 なんだ?なぜなにも言わない?次はなにを要求してくるつもりだと押し黙り目を見張る。するとトベラはさっと身を翻して椅子のそばに落ちている先ほど見ていた資料を手に取った。


「これだ。カツラ。お前に見てほしい。」


そう言って資料を差し出す。


「え?」


戸惑いながらそれを受け取り確認する。どうやら新しい店舗をオープンするための計画書らしい。本当によく手を広げるなと感心する。


「お前、これやる気ないか?」


トベラの言っている意味が分からず顔を見つめ返す。


「自分の店持ちたくないかって聞いているんだ。お前ぐらい酒の知識があれば問題ないだろう。軌道にのるまで大変だろうから、給料はこの店の倍出す。」


いきなりのことでよく呑み込めない。引き抜きということか?そのまま黙っているとトベラが続けた。


「お前、死にそうな顔しているぞ。つらいなら逃げたっていいんだ。俺が力になってやる。環境を変えたらなんとかなるもんだ。」


 トベラの言葉は意外だった。助けてやると言っているのだ。ここ最近つらいのは一体誰のせいだと怒鳴りたくなったが、トベラの言葉がひっかかった。「死にそうな顔」自分はそんなひどい顔をしているのだろうか...。タイガに気付かれて...。直ぐに思考はタイガに結び付く。すべてがタイガが中心。途端に涙が一筋頬に流れた。


「カツラ。何故だ?そんなにやつがいいのか?」


トベラが肩に手を置き、心配そうに顔を覗き込んできた。自分の答えはわかっている。研修の時に嫌というほど思い知った。再会してからもそうだ。勝手に気持ちが溢れ出す。タイガなしの人生はあり得ない。タイガのただ一人の人にはなれなくとも。


「トベラさん、ありがとう。でもやっぱり俺はこの店が好きなんだ。ここで働く仲間も客も。」


答えはわかっていたというようにトベラは続けた。


「あいつもだろう?」


タイガのことだ。俯きうなづいた。


「ええ。」


トベラは今まで疑問に思っていたことを口にした。そんなに好きなら何故告白しない?トベラはカツラを振るやつがいるとは思えなかったからだ。しかもタイガも恐らくカツラのことが好きだろうと気づいていた。


「かつてつき合っていた。フラれたんだ。タイガは真っすぐだから。俺では無理なんだ。」


自分たちは違いすぎるのだとカツラは続けた。そしてその時にしつこく付け回して、タイガに嫌な思いをさせたのだと。




 あいつはいったい何様だ!カツラのことを理解しようとしないタイガにトベラは腹がたった。ここ数日でトベラはカツラにかなり特別な感情を抱くようになっていた。いつもは澄ましており必要最低限の愛想しか見せないカツラから垣間見える意外な表情に釘付けにされていた。カツラに触れたいと思う気持ちが日増しに強くなり、カツラの弱みを握りキスを迫った。この感情の正体が一体なんなのかトベラ自身も気づいていなかったが、最近ではカツラのことばかりを考え彼の本当の笑顔を見たいと思うようになっていた。カツラさえ承諾したら、本当に新しい店を示した条件で任せるつもりでもいた。それで笑顔を取り戻せるのなら。しかし肝心のカツラがタイガに熱を上げているのだ。トベラにはどうすることもできない。


 「恐らくタイガはカツラにまだ未練がある。」トベラはカツラの話を聞き、またタイガ自身を自分の目で見、そう確信していた。「やつはよっぽどひどい仕打ちをしたのだろう。」カツラの態度からしてカツラから積極的にやつに働きかけることはない。しかし、タイガの動き次第では二人の関係がどうなるかは予想がつかない。やつが中途半端な気持ちのままで関係を修復したところでまたカツラが傷つくだけだ。


 トベラは珍しく感情を吐き出したカツラを気遣い、気持ちが落ち着くようにとカツラを一人部屋に残し店を後にした。会わなければいけないやつがいる。正面からぶつかってやる。そう決心しトベラはある人物を待っていた。







「タイガだろ?」


 『desvío』との打ち合わせの帰り道を歩く暗い顔のタイガがいた。なにも知らずに悲劇をしょい込んだような表情に怒りが涌いてくる。そのままストレートに感情をぶつける。


「カツラは俺のものだ。諦めろ。」


「あんたには関係ない。」


まだまだガキだ。こんなやつにカツラは振り回されているのか。より憎しみが増す。そして無視して立ち去ろうとするタイガに一番嫌がる言葉を浴びせた。


「カツラと俺は深い仲なんだ。わかるだろう?お前じゃカツラみたいな男は無理だ。」


 最初の一言は別としてその後に続けた言葉はトベラの本心だった。こいつでは無理だと。カツラは魅力的だ。言い寄るやつらにいちいち目くじらを立てていては関係を続けることは厳しい。カツラを信じ愛しぬく強い気持ちがなければいけない。だが、目の前の男はそうしなかった。こんなやつは一生変わりはしない。自分が正しいと思い込んでいる。完全な人間などいないのにそれを相手に求める。こいつと一緒にいてもつらい思いをするだけだ。


トベラの言葉にぶちぎれたタイガが殴りかかって来る。タイガにとどめを指す。


「あいつは研修先で男女関係なく楽しくやっていたぞ?俺も混ぜてもらった。あいつは。かなりよかった。」


 実際はトベラはカツラと深い関係にはなっていない。キスは交わしたが、それもカツラの本心からではない。研修でよく一緒にすごしていた女とも最終的にどうなったのかはわからないのである。真実はカツラしかわからない。しかし、これで壊れる男ならカツラも諦めが付くだろう。その時は遠慮なくカツラのすべてを自らのものにするつもりだ。


「じゃぁな。」


タイガを払いのけトベラは立ち去った。さぁ、この男はどうでるか。

読んでくださりありがとうございます。

続きが気になる、面白かったなど思われましたら、是非是非☆評価、応援よろしくお願いいたします。

楽しんで読んでいただけるようがんばります。

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