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フラれて始まる君との恋  作者: るち
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新しい客

 今日は土曜日。目を覚ましたタイガはベッドに横たわったままぼぉっとしていた。


先日『desvío』に行ったすぐあとは思考が停止し、その後数日はカツラへの行動は起こせなかった。

しかし、何度考えてもタイガはカツラを諦めることなどできなかった。このままなにもせずになんて到底無理だった。


 唯一の不安はカツラに新しい恋人がいるかもしれないということだ。この考えは焦燥感を抱かせた。

あれだけ目立つ容姿なのだ。研修中に言い寄って来る者がいてもおかしくはない。


 「絶対に嫌だ...。」それを考えると嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。かつて自分に向けられていた優しい笑顔、キス。自分以外の誰かがそれを享受している可能性は否定したかった。

しかしもしそうだとしても...。たどり着く思いはいつも一緒だった。自分が奪い返せばいい。それだけのことだ。今ならカツラの全てを受け入れることができる。彼のそばにいたいしいてほしい。


 カツラと過ごした日々は短い。カエデの時とは比べものにならない。こんな短期間にタイガはすっかりカツラにやられてしまっていた。


 これが惚れた弱みか...。今思えばあんなに怒りが収まらなったのも、カツラに対する気持ちが強すぎたからだ。カツラが自分の元を去ってからカツラへの熱い思いに気付くとは。もっと冷静になるべきだった。子供のように拗ねて彼につらく当たってしまった。今、あの時に戻れるのなら...。毎朝カツラが手料理を届けてくれた時に時間を戻せるのなら、抱きしめてきちんと話を聞くのに。


 自分がどれだけカツラのことを強く求めているのか本人に伝えなくては。タイガはそのためならなんでもするつもりだ。許しを請い、(すが)る。それでカツラが自分の元に戻ってくるのなら。


 とにかく話し合わなければいけない。あれだけ執拗に話そうとタイガに付きまとっていたカツラ。自分はそれを一切取り合わなかった。そして今は立場が全く逆転してしまったことに皮肉を感じた。


 それでもさすがに一人では『desvío』に行く気にはなれず、フジキに店への同行を頼むことにした。思い立ってすぐにフジキに電話を掛ける。


「もしもし。フジキさん、お疲れさまです。あの...。急で申し訳ないんですが、今夜ってなにか予定ありますか?」


「おぉ、タイガ。特に予定はないぞ。どうした?」


「あの。今夜久しぶりに『desvío』に行きませんか?」


フジキの返答次第では他の手を考えなければいけない。


「それはいいな。俺も最近行っていないから。久しぶりにうまい酒でも飲みにいくか。」


タイガは胸をなでおろした。第一関門は突破した。


「ありがとうございます。」


フジキと待ち合わせ時間を決め電話を切る。ベッドから出て立ち上がり思い切り背伸びをする。

待ってろ、カツラ。今夜こそは。決意を新たに行動を開始した。







18時。会社前でフジキと待ち合わせをし、『desvío』に向かう。道すがらフジキが話し出した。


「いい感じみたいだな。例のレストランの件。オーナーも喜んでいるよ。」


「そうですか。よかったです。」


「カツラ君とは話せたか?」


「いやぁ...。それがまだ全然話せていなくて。」


タイガは恥ずかしさをごまかすため、片手で頭を掻きながら答えた。


「別に避けられているわけではないんです。ただ、あまりにも普通というか。」


「普通?」


それのどこが変なのだというふうにフジキが聞き返した。


「うまく言えないんですが。カツラはもともと誰にでも人あたりがよくて。でも前はそんな中でも俺は特別なんだって思えるなにかシグナルみたいなものをカツラが送ってくれていたんです。」


カツラの営業スマイルを思い出す。胸にチクりと痛みがさす。


「そのシグナルがなくなったのか?」


「そうですね。一線引かれたと言うか。特別ではなくただの客みたいな。」


「...。」


タイガのこれまでの報告にフジキも黙り込む。なにやら思案しているようだ。


「電話すればいいじゃないか?知っているんだろ、連絡先。」


痛いところをついてくる。タイガはカツラとの関係が切れてしまった事実を認めてしまうようでこの件には触れたくなかった。


「それが。携帯番号替えられてしまったみたいで。」


「え!?」


さすがにこれにはフジキも驚いたらしい。


「ははは...。」


「お前、そんなに悠長に構えてていいのか?」


「だから、焦っていますよ。それで今日はフジキさんにも来てもらったんです。俺一人では厳しいんで。」


「そうかそうか。よし。俺に任せておけ。」


フジキは嫌な顔をせず情けない後輩のサポートを快く引き受けてくれた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 店に着いた。今日は土曜日なので店は混んでいた。店員たちは忙しそうだ。店内の温度がいつもより高く感じる。タイガとフジキの二人はいつものカウンター席に腰を下ろした。

しばらくするとウィローが接客してくれた。本日のオススメの酒と料理を注文する。カツラは奥なのかタイガたちの席からは見えない。フジキがいてくれたおかげでタイガもみじめな思いをせずに酒と料理を楽しめた。

一時ほどしたころ、フジキがウィローに話し掛けた。


「カツラ君はいるのかな?」


タイガの心臓が跳ね上がる。


「奥にいますよ。」


「俺、久々にカツラ君と話したいから都合いいときこっちに来てって言ってくれないかな?」


「はい。了解です。」


「フジキさんっ。」


タイガは小さな声で呼びかけた。


「大丈夫だ、タイガ。俺に任せていろ。」




 数分後、奥から長身の男が軽く微笑んで近づいてきた。カツラだ。いつもと変わらず黒いシャツ。店の熱気のためボタンを普段より一つ多く外しているのかシャツの襟元が大きく開いている。白い鎖骨がむき出しになり、タイガは目のやり場に困った。


「こんばんは。フジキさん、タイガ。」


いつもの客向け用の笑顔。相変わらずタイガのことを名前では呼ぶが、その響きには以前のような親しみは感じられない。フジキはこの違いに気付いているのだろうか?


「久しぶりだね、カツラ君。今日もオススメの酒、うまかったよ。」


「よかった。最近忙しかったんですか?」


「まぁね。しがないサラリーマンだから。」


「ところで以前こいつから聞いたんだけど。」


フジキは隣のタイガを指さしながら言う。


「たまに臨時営業するらしいね。できたら俺もその時に連絡もらえたらと思ってね。カツラ君からメールもらうことってできるのかな?」


フジキはタイガのためにカツラの連絡先を手に入れようとしているようだ。


「どうかなぁ。個人的なやり取りは禁止されていて。」


例の常套句(じょうとうく)だ。フジキが相手でも無理らしい。


「じゃ、タイガならいいだろ?こいつに送ってやってよ。そうしたら俺もつながっているからさ。」


フジキはタイガの肩に手を掛けカツラに頼み込んだ。普段は空気がよめるフジキはこんなことはしない。タイガのためにかなり無理をしてくれている。


「あはは。」


髪を軽くかき上げながらカツラが愛想笑いをする。

タイガにはカツラがこの状況をなんとか切り抜けようと高速で頭を回転させているように見えた。


俺のことが。そんなに嫌なのか...。意気消沈しかけたタイガだったが、次に耳に入ったカツラの言葉は意外なものであった。


「携帯、水没させてしまって。だから、メモリも全部なくて。タイガの連絡先もないんだ。」


「水没?」


タイガは思わず声が出てしまった。


「なんだ。じゃ、新しいのは?」


引き下がらず頑張るフジキ。


「それがさ。これ。」


カツラがポケットから出しのは一昔前どころではない、本当に通じるのかと思うような古い機種の携帯だった。


「出張前に急いでいて洗い場の中に携帯を落として。連絡手段は必須だから。これ持って行けって店長が。店長は携帯二台持っていたから。」


カツラの話を聞き、タイガは安堵の波に襲われた。無視されたわけではなかったのだ。


「買い替えないのかい?」


「なんか面倒臭くて。」




その時、入口のドアが開いた。


ギィー。


「いらっしゃいませ。」


 客向け用の笑顔を顔に浮かべカツラの視線がそちらに動く。なにを目にしたのか笑顔が消え大きく見開かれる翠の瞳。

カツラを見ていたタイガはなにごとかとそちらに目を向けた。

男が立っていた。背丈はタイガぐらいある。ガタイがよく色黒の肌。茶色がかった黒髪に挑戦的な黒い瞳。年は30代前半ぐらいか?男盛りの野生的なオーラを発していた。


「よぉ、カツラ。会いたかった。」


男はそのまま店に入り図々しくカウンターの中にまで入ってきた。タイガとフジキが呆然と様子を眺めていると


「ここは立ち入り禁止。」


カツラがそう言ってその男をカウンターの外へ追いやろうと手を伸ばした。


「お前、そんな硬いこと言うな。」


男はカツラの腕を自分のほうに引き寄せ体を密着させた。そして自分の口元をカツラの耳元に近づけ囁いた。まるで恋人たちがするように。

読んでくださりありがとうございます。

続きが気になる、面白かったなど思われましたら、是非是非☆評価、応援よろしくお願いいたします。

楽しんで読んでいただけるようがんばります。

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