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 皇宮は五つの宮から成る。皇帝と皇妃、その直系が暮らす白陽宮はくようきゅう。付随する紫月宮しげつきゅうは先帝の后や側室たちのための宮。星華宮せいかきゅうは現皇帝の側室とその子供たちが七歳まで一緒に暮らすことが出来る。残る二つのうち玉廉宮ぎょくれんきゅうは俗に言う後宮で、碧天宮へきてんきゅうは八歳以上になった皇帝の子供たちが住まう他に、婚儀や即位に際して招いた他国の要人や姫妃が宿泊するのに使われる。

 アリーヤに与えられたのは白陽宮の一室であった。

「陛下は皇配こうはい(※女帝の夫の尊称)も御子もおりませぬゆえ、広すぎて困っていると仰ってございます」

 アーハナの案内にあんぐりを口が開いた。

 謁見が済んだのち、すぐに引き合わされたのがこのアーハナだった。ふくよかな五十前の老女だが、動きは機敏として溌剌。彼女が今後アリーヤの世話を一手に引き受ける。

 宮殿内はどこも白い大理石で作られ、居室以外は帷帳いちょうが下げてあるようだ。これは左右に開かれてあれば入室を許可し、閉めてある場合は拒絶の意を示すという便利な代物なのらしい。

 通路を行き、階を上ったり下りたり、大きくくり抜いた窓を横目で見送る。アーハナの背中を見失えば簡単に迷うだろう。

「さ、こちらでござります。帷帳があるお部屋も全てアーリヤ姫様のもの。ご自由にお使いください」

 通された場所は籐の長椅子や文机が置かれた応接室に似る。開けられた帷帳の向こうが寝室のようで、天蓋のかけられた広い寝台と……湯気の立つ桶が三つも用意されていた。

 アーハナが腕に抱えた布を広げ「まずは湯浴みを」と促した。

「ひえ、あ、あの……ひ、ひとりで出来ます」

 庶民生活のほうが長いので誰かに体を洗ってもらうなぞ恥ずかしくて出来ない。瞬時に胸元を掻き合わせるも、

「なにを仰いますか」

 と抵抗虚しくアーハナに身ぐるみを剥がされてしまった。

 ひいいいやだよおおおお……脳内で絶叫しながら桶に座り、背中や腕などを流される。だが、湯浴み自体、祖国を出てから久しぶりのこと。石鹸水に浸した布で体をこすられ、気持ちよさに吐息がこぼれてしまう。祖国と戦争すればいいとまで思って来たのに。

 髪も洗われた。桶を移って泡を流され、今度は肌が温まるまで湯を流しかけられる。

「お肌が白いので色の付いたお召し物がお似合いでしょうね。明日にでも見繕って参ります。軽食をお持ちしますが、他にご入り用なものはございますか?」

 体を拭かれながらアリーヤは「オアシスの地図を」と暗く言った。

 アーハナは着付けが済むとすぐに宦官を呼んで桶を片づけさせ、出て行った。アリーヤは寝台に転がる。綿を打ち古した硬いものではなく、柔らかく彼女の体を受け止めた。

 ほっと吐息を漏らすもアリーヤはただの貢ぎ物。オアシスを復活させ、サラブ帝国に水と緑をもたらすための。

 アリーヤの母が現ハリージュ王の異母姉にあたる。祖父は無論、前王だが祖母は宮仕えの下女だった。現王から卑しい娘と蔑まれ、前王の死去後すぐに宮殿から放り出されたと聞く。

 庶子であろうと王族の血が入っていることに変わりないアリーヤも、水脈を探すことが出来る。現王が自身の娘たちを溺愛し、帝国へなど渡したくないがために自分を探し出して教育し、末姫として献上したのだ。

 今まで何人もの王族がそうやってハリージュ国から輿入れしたにも関わらず、帝国の状況は芳しくないと聞く。それは、一体何故なのか。

 再びやってきたアーハナから受け取った地図を早速開いた。

「ハパタールの大オアシスまで枯れかけているって話だった……」

 となれば小オアシスは言うまでもないだろう。

 軽食の皿から干したデーツを摘み、かじるが、優しい甘さも心をほぐしてはくれない。

 帝国には三つの大オアシスと無数の小オアシスが点在する。帝国の中央を流れる大河アムリルとオアシスが民や旅人を潤す役目を果たす。

 大オアシスは最も太い水脈を掘って作ったと聞いているため、十年単位で枯れるなどあり得ない。そこまで水量が期待出来ない水脈は井戸にして早々と枯れないように配慮するというのに。

 日が落ちるまで、アリーヤは地図と睨めっこしていた。


 翌日、朝食を済ませアーハナの用意した衣服に着替える。一枚の布を着付けるのは祖国と似ていたが、こちらはとても薄い生地。ややもすれば肌が透けそうな生地を使い、見事透けさせることなく胸の上と下を帯で締めた。剥き出しの肩はこれまた透ける布でサラリと包むだけ。

「涼しいわ」

 嬉しそうなアリーヤは淡い若葉色の肩出しワンピースに、白い紗の上衣姿だ。

「それはようございました。本日は謁見がござりますので、こちらへ」

 アーハナに連れられて入った謁見の間(昨日とはまた別)には、男性が四人に少女が一人。少女は明らかに不満そうにアリーヤを一瞥し、ツンと顎を上げてみせた。他にもいたが侍女や側近だろう。壁際に控えていた。

 うわぁ気が強そう……その横顔が一瞬女帝が被り、ほのかな予感を抱きながら挨拶をした。

「ハリージュ国より参りました、アリーヤと申します」

「サラブ帝国唯一の星アミカよ」

 褐色の肌と金色の瞳が女帝によく似た少女が高圧的に言う。

 見たところ十代の半ばを過ぎた様子で、肩にかかる金髪を手で払う仕草は優雅で自信の現れだ。

「本当にあなた一人でオアシスの復活なんて出来るの? 私は来月には隣国ムンガールへ嫁ぐわ。女帝陛下おねえさまに恥をかかせないでちょうだいね」

 話が見えないまま、アミカは呆れた表情だけを残して去っていった。

 なにあれ――固まるアリーヤの耳に小さく抑えた笑い声が。

「いやいや。妹がすみません」

 そう笑い混じりに言ったのは男性四人のうち一人で、穏やかな微笑みが似合う。

 ああ、では、やはりそうなのだ。

「シルトです。サラブ帝国宰相の地位にあり、女帝陛下あねうえの補佐をしています。よろしく」

 会釈を返すと、側で仏頂面をしている男性に手を述べる。

「こちらは兄のジュンパナ、皇太子の位にあります」

「みなさま、陛下のご兄弟であらせられますのね」

「おや。ご理解が早い。こちらは弟たちです――王都知事チャド、騎兵隊長ルド。微力ながらオアシス復活の手助けをさせていただきますよ」

 皆、容姿はよく似ているが瞳の色が違っている。シルトはたらし風、チャドは不機嫌、ルドは軽薄とアリーヤは記憶した。

「よろしくお願いします。早速ですがここから最も近い小オアシスへ参りたいです」

「ってこたぁおれの出番だな」

 意気揚々と言ったルドは金茶色の髪を襟足だけ長くし、左耳に真珠の耳輪を着ける。瞳は濃い月色で、華奢な青年といった印象が強いがその四肢は適度に筋肉のついており、年若い女性を騒がせるには十分だ。

駱駝ラクダは操れるか?」

 アリーヤはそれがどんな生き物か想像も出来なかった。

「見たこともありません……」

「分かった。あんたは乗ってりゃいい、誰かに引かせる。アーハナ、チャドルと水筒の用意だ」

「かしこまりました」

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