戸籍謄本
あれは、3年前、結婚の挨拶に、久しぶりに思春期を過ごした横須賀の児童養護施設つくし学園に行った時でした。理事長の近藤さんは、5年前にお亡くなりになって、当時は、私が暮らしてた頃の兄貴分的な存在だった博史さんが施設長をされておられました。
「懐かしいなぁー」
「ここにいる子供達 今じゃ ほとんどが親の虐待で保護された子なんだよ」
「そうですか・・・ 酷い世の中になってしまいましたね」
「ほんとそうだよ その点 みさちゃんのお母さんは偉かったなぁー 自分の命を削ってまで みさちゃんを育たててたんだから」
母は、私を育てる為に寝る間も惜しんで、好きでもなかったお酒を飲んで私を育ててくれた様です。お葬式の時、キャバレーの支配人さんから、お酒を飲んでは、良くトイレで吐いていたって聞きました。そのおかげで、病気になって天国へ行ってしまったと思うと、感謝と申し訳ないと言う思いが、心の中を渦を巻きます。でも、母親と言うものは、強いですよね。38にもなって、いまだに、その母親になっていないと思うと、女として何か惨めに感じてしまいます。
「へー やっと 結婚するんだ!」
「やっとって何ですか! やっとって!」
「ゴメン ゴメン でも 心配してたんだよ みさちゃん 人見知りで引っ込み思案だから この子 結婚 出来るのかってね」
「そうですよね でも それは 今でも 変わっていません なんで結婚しても続けられるのか ちょっと不安なんです・・・」
この時の不安が、現実のものになるとは・・・
私は予言者なんでしょうか。
「近藤さんが亡くなって もう5年か」
「そうですね ほんと 近藤さんにはお世話になりました」
「それは そうと みさちゃんに 渡したいものがあるんだ」
と、博史さんが、持って来たのは、古ぼけた茶封筒でした。
「開けみて ごらん」
中に入っていたのは、戸籍謄本でした。
「これは?」
「お母さんの戸籍謄本」
「お母さんの?」
「うん」
「でも・・・」
確かに、姓は、三浦となってなっていましたが、下の名前が 私が知っている名前ではありませんでした。。
「これ 本当に母のものでしょうか?」
「封筒の裏 見てごらん」
封筒の裏には、確かに「三浦美砂子 母 戸籍謄本」と書いてありました。
「でも 私が知っている名前と違うんです それと 生まれた場所も」
「そう・・・」
「それに 何で 近藤さんが こんな物を?」
「これ近藤さんから聞いた話だけど お亡くなりになる半年ほど前に お母さん ここを訪ねて来られたらしいんだ」
「えっ?」
「多分 お母さん 自分の命が長くないと気がついておられたんじゃないかな それで みさちゃんの事をお願いしに ここに・・・ その時に 近藤さん お母さんから これを預かったらしいんだ」
それを聞いた瞬間、目頭が熱くなって涙が零れ落ちました。
「近藤さん お母さんから これはこの子が結婚する時に渡してくださいって お願いされたらしいんだ」
「そ そうだったんですか・・・」
「それで この間 みさちゃんが結婚するって電話をかけて来た時 この事を思い出してね・・・ きっと 近藤さん 天国で やっと お母さんとの約束が果たせたって 喜んでおられるよ」
「そうですね・・・」
次の朝。
二日酔いの頭痛で目が覚めたのは、もう、九時を回っていました。
「ヤバ! チックアウト 何時 だったけ!?」
慌てて、シャワーを浴びて、髪を乾かして、小じわが目立った顔に化粧をして宿を出た私は、ふと、あの女の子の事と、昨夜、あのお店で見た写真のことが、気になって、横浜に帰る前に、もう一度、行ってみようとと思い立ちました。
「どっから 行こうかな?」
グー
お腹が鳴りました。